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葬式仏教は死後もぼったくられる!ご主人様亡き後に妻である自分が死んだら、その後には墓守が誰もいなくなることに今頃気付き、檀家契約を解約しようとしたら、強欲坊主が経営するぼったくり寺から離檀料100万円を請求された友人の話。
一年前にご主人様(享年70歳)を亡くした友人(65歳)がいる。
その友人A子の話によると、ご主人様は、
「墓というものは生前に準備しておけば長生きできるらしい。」
との迷信を信じて、生前に○○寺と檀家契約をして、
墓地を使用する権利を取得たらしい。

「やれやれ、これで安心して極楽浄土に行ける。
後は墓石を建立して、100歳ぐらいでお迎えが来たら入るだけだな・・」

などと言っていた矢先に特定検診のオプションで受けたガン検診で、
大腸にガンが見つかり、リンパ節転移もあり、
辛く苦しい治療(外科手術と抗がん剤治療)の甲斐もなく、
治療開始後6ヶ月目で帰らぬ人になったのだという。

A子曰く。「どうも・・主人はガンが原因で死んだのじゃなくて、
抗がん剤の副作用で死んじゃったみたいなのよね。
今更どうすることもできないけれど、
せめて亡き主人の希望通りにお墓に納骨をしなくては!」

ということで、寺と提携している石材屋を訪れた際の世間話で、
「ところで奥さん、墓守は息子さんですか?」と訊かれて、
「えっ?墓守?墓守は私ですけど」と答えたら、
「やだな~奥さん。奥さんの次の代の墓守のことですよ。」
と言われ、ハッと気が付いたのだとか。

(一度も外で働いたことのないお嬢様シニア主婦でも
気が付くのが遅すぎるわよね........)

A子夫婦は子どもに恵まれなかったので、
当然、彼女が死んでも墓守(祭祀継承者)はいない。
彼女も65歳の前期高齢者。
体のあちらこちらが壊れてきているのを実感している。
それに、あと何年生きられるかも分からない。
そこで、特定の寺の檀家でいるよりも、
維持費や管理費不要で宗教不問の納骨堂や霊園にでも
主人と自分の遺骨を入れてもらうほうがいいのではないか?
との思いが強くなってきたそうな。
それに、まだ納骨もしていないし、
墓石も建立していない。
すぐにでも離檀できるだろうと、お寺さんに行き、
檀家契約の解約を申し出たところ、
寺側は祭祀継承者としての彼女に
離檀料100万円を請求してきたのだという。
(もしかして、離檀を防ぐための寺の作戦?で吹っ掛けた?)

亡きご主人様は5人兄弟の末っ子で、
兄たちは全員があの世の住人となっており、
甥や姪との付き合いは何十年もなく、
住所も電話番号も知らない。
近隣との付き合いも、夫婦の終の棲家として定年後に買った
新築マンションなので、近隣は若い人ばかりで親しい人もほとんどない。

更には亡きご主人様は地方の農家の5男坊として生まれたが故に、
自分名義の寺の墓所を所有することが
彼の人生のステータスでもあったらしい。

そして・・
家族葬で執り行った葬儀に参列したのは
A子の姉3人(全員が未亡人で高齢者+自力での移動が困難な
長姉の付き添いで付いてきたその長女)だけ。
そんな5人だけの小さな家族葬でも、
火葬場の空き待ちの遺体保管費用が思いのほかかかり、
葬儀社から請求された葬儀費用は約100万円で、
当然のごとく、別途費用として、
通夜と葬儀での○○寺のご住職の読経とお布施と戒名代(信士)で100万円。
たった5人だけの「おくりびと」の葬儀費用が計200万円もかかったらしい。

これけでも常軌を逸したぼったくり葬儀よねぇ。

加えて、墓所の引越でもなく改葬でもなく、
まだ、お墓に納骨もしていないのに、離檀料が100万円・・。
住職も人間である。強欲な人も、
清廉潔白な人もいるだろうけれど、
離檀料が100万円って高すぎない?
そのぼったくり寺だけかもしれないけれど、
葬式仏教専門のお寺って、いったいどうなってるの?

A子は今、自分の死後に墓守のいないことに気付いたことに端を発し、
仏壇を買う予定だったがそれも止めにして、
離檀料の費用に当てるべきか?
100万円を払わずにそのまま檀家として残るべきか?
の選択で死ぬほど悩んでいる。
そして......................

お寺って何?
お墓って何?
仏壇って何?
供養って何?
お布施って何?
極楽浄土って本当にあるの?


独り言のように抽象哲学的なことを訊いてきたが、
私には私の・・A子にはA子の価値観があるので、
離檀料の費用のことで頭がいっぱいのA子に向かって、
「あなたは葬式仏教の餌食にされてるのよ。
人は死んだら無そのものじゃないのかしら?
それに、霊なんて存在しないのよ。」
などと無碍なことは言えない。

「そういう質問は、
そういうことの専門職であるご住職様に訊いてみたら?
ところで檀家契約書には離檀料について何て書いてあるの?」
と訊いたら、
「えっ?契約書?そんなものあるの?
主人の遺品整理をしたけど檀家契約書なんて無かったわよ。」
との答えが帰ってきた。

私は心の中で、
「あの世なんて、死んでみなくちゃ、誰にも分からないわよ。
ほとんどの宗教では来世の存在を説くけれど、
それは、肉体の機能停止に因って絶対無になる恐怖を
和らげるための単なる方便でしかないのよ。
ご主人様は運悪く、たまたま強欲坊主が経営する極悪寺を選択しちゃったのね。
そしてあなたもあなたの亡きご主人様も、
今もこれからも葬式仏教のただのカモネギでしかないのよ。」

と思ったが、そんなことは口には出せないので、
「とにかく、契約書が無いのなら、もう一度ご住職様に会って、
100万円の根拠を訊いてきなさいよ。
そして、契約書のコピーを見せてもらうことね。」
としか言えなかった・・。

そして、少数派でいることを厭い、
大多数の人々と同じ行動を取ることが
人生最良の道だと思い込んでいるA子が、
もし、意を決して、
仏教の初歩のそのまた初歩(仏教における死とはなにか?)
を住職に訊いたと仮定して、
結局A子は訳のわからない仏教用語で丸め込まれ、
ぼったくり寺側からの、生から死への移行に必要な
葬送の儀式とその後の供養の必要性、
そして、永眠の場(墓)と来世の存在を信じ込まされ、
本来ならば払う必要のない離檀料を払うだろうな・・」
と思ったのでした。

葬送の儀式の必要性の有無や永遠の眠りの場は人それぞれの死生観なので、
何が何でも必要と思えばお金をかければいいし、
お墓が先祖の霊の住むところと考えていて
心の癒しの場ならば、お墓参りをするのも否定はしない。

逆に必要と思わなければ火葬だけして、
遺骨を灰にして山や海に散骨してもいいと思う。

「死者は残された人の記憶の中で、その人が死ぬまで生き続ける・・。」
私のように社会的地位も財産もない無名の民ならば、
葬送の儀式の有無には関わらず、
子どもや孫の記憶の中で生かされ続ければ
それだけで十分なのですが・・・。


離檀料
近年、墓所の引越しなど改葬に伴う離檀に関し、
寺側から檀家が数百万円~1000万円以上もの高額な「離檀料」
を請求される例が増えている。寺側の言い分は、
遺族が墓参りに来ないときでも、寺は毎日のように供養したり、
年忌法要、月命日にも読経を上げるなどを寺が自主的に行っているというものである。
離檀料は、契約書に謳っていない限り法的請求根拠はないが、
改葬の手続きにおいて「改葬許可申請書」に
引っ越し元の墓の管理者(宗教法人)の署名・捺印が必要になるために、
寺側が強気に出るケースが見られる。



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tag : 葬式仏教 離檀料 檀家契約書 ぼったくり寺

いつまで経っても終わらない義父母の墓問題。お墓をそちらの大きなお寺に移したらいかが?と義姉が・・。
昨日、義姉(夫の次姉)のから電話があり、
両親のお墓参りに行ってきたとの報告があった。
たまたま夫は留守にしており、私が相手をしたのだが、
ありきたりな話題から、
次第に義父母のお墓の移設に話が及び、
義姉の言うことには、
あんな小さな貧乏寺の納骨堂では
両親が可愛そうでならない・・と言い始めた。
だから、現在墓守の立場である○○さん(夫の名前)が動いて、
本山であるお東さん(自慢ではないが私は行ったことも、今後も行く気はない 笑)
に納骨するとか、他の案として、
あなたの家の近くの大きなお寺さんの墓地を買って
移したらどうかしら・・と私に言う。
私に言われても困るので、
夫が帰ってきたら報告だけはしておきます。
と言って話題を変えようと思ったのだが、
義姉はその話に食い下がり、なかなか話題を変えようとしない。
それに長姉は亡くなっているので、
次姉である自分が弟と他の姉妹の親代わりのつもりでいるのよ。
とのこと・・。

私は心の中で、「親代わりが聴いて笑わせてくれるわよ。
本当に親代わりのつもりでいるのなら、
義姉さんが動けばいいじゃん!」と思ったが、
そんなことは口には出せないので、
のらりくらりと話を合わせながらも、
あまりにも、鬱陶しいので、
たまたま手元にあったケータイの呼び出し音を鳴らし、
「あら、ケータイに電話だわ。申し訳ありませんが、お義姉さん失礼します。
○○さん(夫の名前)が帰って来ましたら話をしておきます。」
と言って、受話器を置いた。


我が夫が遺産分割調停の申し立てをし、
同市に住むすぐ上の姉と二人だけが、
○○地方家庭裁判所まで毎回でかけていた。
今回電話してきた義姉に至っては一回も出席せず、
わたしは嫁に行った立場だから、と称して
「お墓は長男である○○さんにお任せするわ。
でも頂くものは頂くわ。」の態度を貫き通し、
ちゃっかり法定相続分を相続している。
調停中に義父母の遺骨と位牌を預けているお寺には、
故義母の残した遺産から、
今後30年間の維持管理費を一括で払いたい。
という夫の申し出を姉たちは、
「わたしは嫁に行った立場だから・・」
という錦の御旗を振りかざして拒否し、結局、同意には至らなかった。

結果、墓守費用は、女の中の男一人として生まれた・・というだけで、
墓守をやむ無くされ、遠~~~くのお寺から届く、
維持管理費と檀家会費とお東さんの別院修繕寄付金も含めて、
姉たちが今後もお墓参りに堂々と行けるようにと、
夫が母の遺産の中から、毎年、滞りなく払い続けている。
ちなみに姉たちは一円足りとも負担はしていない。

また、遺産分割調停終了後に、義姉さん方には、
故義父母のお墓参りは、夫が何度も何度も念を押して、
「行きたい人が行きたい時に行くこと。それでいいですね!」
で、話は付いているはずなのだが、
次姉からは、たびたび上記のような電話がかかってくる。

もしかして、お義姉さん(夫の次姉)ったら、
認知症でも始まっちゃったのかしらん?(笑)

もし・・いつの日にか、我が夫が私よりも先にお迎えがきたら、
ボケ田姓を名乗っている私が墓守を引き継がなければならない。
悪いが、私はそれだけはごめん被りたい。

では、どうするか?

檀家規約書には、
5年間に渡って維持管理費と檀家会費を払わない場合は、
寺の敷地内の合祀墓に合祀する。とあるので、
そのようにしてもらおうと思う。

それにしても、生前の義母が吟味して買った納骨堂なのに、
義姉の頭の中では、なぜに自分の父母の眠る場所が、
地方の貧乏寺のマンション式の納骨堂ではダメなのか?
私には全然理解できない。

でも話の端々から察すると、東本願寺に行ってみたいだの、
歌舞伎を観たいだの、スカイツリーに登りたいだの、
東京オリンピックも観たいだの・・
と言っていたので、
現在華道教授で元官僚の未亡人で、同居する一人娘は医者で、
時間とお金がタンマリある義姉は、お墓参りに託けて、
東京見物やらの旅行三昧を楽しみたいだけなのだろう。

それにしても2020年の東京オリンピックねぇ・・。
そのときには80代になっているお義姉さん。
それまで足腰は丈夫かしら?
それにホテルの予約も一人できるのかしら?(笑)


我が地域の大きなお寺でも墓地を売り出している。
チラシを見ると、面積180×180で永代使用料が850万円、
入檀料が50万円、檀家会費年間12000円、墓地管理料年間10000円。
と書いてある。

夫と姉たちが相続したお金の全額を改装費として出せば、
面積180×180の墓地は買えない金額ではないが、
全員が墓地代を含め、改装費用や維持費である檀家会費墓地管理料として
既に手に入れてしまった相続遺産を、改装費として出す気など、さらさらない!
ことは、初めから分かりきっている。

故義母はきっと、自分の残した遺産は、大寺院に立派なお墓を建立するよりも、
自分の子供たちが自分の人生のために有意義に使ってくれるのを望んでいるはずだ。


それにしても、いつも夕食作りの一番忙しい時間帯に電話をかけてくる、
見栄っ張りで世間知らずのお義姉さん(夫の次姉)の
電話の内容には毎度のことながら、ホント疲れるわ。フゥ..............
いっそ、着信拒否設定でもしようかしら。(笑)
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tag : 納骨堂 遺産分割調停 スカイツリー 東京オリンピック 永代使用料 入檀料 檀家会費 墓地管理料 東本願寺

夫の「もしも・・のとき」の葬儀は「火葬場集合!火葬場解散!の直葬」・・お墓は「海洋葬」で海にすることを具体的に決めた。
先日行ったプールで、今現在は元気ピンピンであられるご主人様の
葬儀見積もりをしてもらいに行った私と同世代の女性の
「主人はもう68歳。既に死亡適齢期よ。避けられない老いと死は先手必勝よ。」
の言葉と行動に触発され、
私もやっと夫の「もしも・・のとき」見送り方を具体的に決めた。


結婚生活4?年の中で、今まで病気といえば軽い風邪程度で
入院に至るような病気は一度たりとも無縁であった夫(団塊世代)が、
最近になって「なんだか、体調が悪いなぁ・・」という言葉が増えた。

エンディング・ノートなど見るのも、言葉にすることも厭い、
「僕の分はあなたが書いておいてくれ・・」とのたまい、
先月、私が某葬儀社のエンディング・セミナーに出かけるときにも、
「そんな死のことを考えるような暗い人生は僕は好きじゃないな・・」
と出かけようとしていた私に露骨に嫌な顔をした夫ではあるが、
どのような死生観を持っていても、老いと死の前には現代医学も
無力であり、嫌でも誰にでも死は訪れる。
己が終末期や葬儀のことを元気なときに決めて置けば、
認知症になっても、ターミナルケアが必要なときになっても、
そして・・やがて、そのときが訪れても慌てふためくこともなく、
訳も分からずに葬儀社にオプション攻めでボッタくられることもなく、
喪主と施主にならねばならない私の思いと
予算内での見送り方を貫き通すことができる。





また、私が住む○○市では下記の4点が揃えば、
自分でも火葬予約をすることもできるらしい。
(1) 火埋葬許可証…区役所に死亡届を提出すると交付されます。
(2) 防水加工が施されている棺…葬祭業者等から購入します。
(3) 市営斎場内でも販売しています。
(4) 棺を搬送する車…霊柩車等(一般車でも可)


(1)は私が区役所に行けば済むし、
(4) の棺を搬送する車は(一般車でも可)とあるので、
私がレンタカーを借りるか、もしくは娘と息子に頼めばなんとかなるが、
(2)と(3)は今からネット通販で棺や骨壷を買って家に置いておくことは
死をタブー視する夫の手前、100%不可能だ。
まさか、「あなたのために買っておいたのよ。」
などとは口が裂けても言えない。(笑)
徐々に体が弱っていき、もう2度と病院から自宅には生きて戻れない・・
ような状態になったときにネット通販(注文から納入まで早くて3日)
で買っておいてもいいが、
もし、PPK(ピンピンコロリ)で逝かれたら棺も骨壺も間に合わないかもしれない。
それに、そのときの私の体調にも因るので、やはり、葬儀社に頼むことにした。
なので・・葬儀とはいっても、市の条例で火葬だけは避けて通れないため、
今の時点では、地元の某葬儀社の直葬プランで火葬のみの葬儀をし、
後日、改めてクルーザーを借り切って、カジュアルな服装での遺族参加型の海洋葬で、
(20名まで15万円、粉骨料、献花、海図に散骨場所を記した散骨証明書付き)
既に購入してある夫の好きなジャズと、
「おくりびと」としての私が選んだレクイエム曲が奏でられる中、
厳かに夫を見送ることにしたいと考えている。



また、聴くところによると、船酔いする人も多いらしいので、
酔いやすい人には乗船前に酔い止め薬を飲んでもらうつもりだが、
船酔いしながらの海洋葬って、
一生忘れられない「おくりびと」体験になるかもしれないかも・・(笑)
などと勝手に夢想している。
クルーザーの下船後はハーバー近くのレストランを予約しておき、
故人(夫)を偲んで参列者全員でフランス料理でも食べようと思っているが、
そのときの私の体調次第では、委託散骨(35000円 ※粉骨費用含む)
も選択肢に入れておくことにした。



このような「火葬場集合!火葬場解散!の直葬」で見送り、
(基本料金15万円。※火葬料金は別途 
※遺体保管料は火葬日まで基本料金内に入っている)
そして、日を改めての「海洋葬」の見送り方だと、
遠隔地に住む夫に似て口煩い夫の姉二人(現在70代前半)が、
もし参列できる身体状態だと想定して
「二回も行かなきゃいけないの?」とか、
いろいろ不平不満を言われそうだが、
私は事前に海洋葬への参列可否の案内状は出すが、
来られる状況でなければ、欠席していただくしかない。

それでも上記の義姉の内の一人は海への散骨希望と聴いているので、
今まで、仏式の葬儀にしか参列したことのない彼女には
海洋葬」は興味深々であるはずだ。

なお↓の動画はあくまでもイメージであり、
私が依頼する予定の葬儀社ではありません。





それから、私が住む○○市には、4つの市営火葬場があるが、
現在は平均4日~5日待ち(エンディング・セミナーで知った)らしい。
なお、1月1.2日と友引の日は基本的に火葬場は休場となっているが、
1つの火葬場は友引の日でも開場していて、
友引でも構わなければ、また開場日は希望時間帯が一番多い
午前11時頃と午後1時頃を避けて、一番早い時間帯の午前9時頃か、
もしくは一番遅い時間帯の午後2時頃なら、死亡翌日の火葬も、
運が良ければ可能であるらしい。
とは言っても、夫は団塊世代。
まぁ、火葬の一週間待ちは覚悟しておこう。

なお、葬式仏教に関わる気は一切ないので、香典は頂かない。
もちろん香典返しもしないし、お坊さんも呼ばない。



そうは言っても夫よりも私が先に行く場合も想定している。
私のもしも・・のときのことは終末期から死亡後までの希望を
エンディング・ノートに記し、遺言書及び現金の在り処を教えてあるので、
私亡き後は、夫と娘と息子が私のエンディング・ノートを読んで
希望通りにしてくれることを願うのみだ。
なお、私の見送り方の希望はここに記してある。

しかし、あくまでも今の時点での案であり、
人間の明日のことは誰にも分からないことを踏まえつつ、
ここに第一案として記しておきたい・・。

記憶する者が途絶えしその日まで真(まこと)の死者にはなれぬものらし 
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tag : エンディング・ノート エンディング・セミナー 認知症 ターミナルケア 海洋葬

墓標に故人のありのままの人生を記し死を笑うことで弔う、世界一陽気なお墓
録画しておいた「地球イチバン ~世界一陽気なお墓ルーマニア」を観た。



ルーマニアの北のはずれにある「死者が語りかけてくる場所」。
立ち並ぶ墓標には、「酒におぼれた人生」、「姑との確執があった」など、
ちょっとドキッとする言葉が刻まれている。
しかし、これらは故人のありのままの人生を記憶し、
その死を「笑う」ことで弔う独特の文化だという。

独特の「死を笑う」文化が生み出した陽気な墓の数々。
マラムレシュの豊かな森の中にある、
「この世とあの世をつなぐ不思議な世界」へ、
樹木希林さんの語りでご案内します。
番組HPより



日本では嫌われ者の頑固爺さんも鬼姑も、
亡くなったとたんに、「良い人だったわね・・」
と褒めちぎられるのが常だが、ここマラムレシュでは、
墓標「酒におぼれた人生」、「姑との確執があった」などと刻まれるので
死者に対する心にもない見え見えの上辺だけの褒め言葉やお世辞は通用しない。
そして、とにかく明るく陽気でカラフルなお墓が並んでいる。
日本も暗く寒々しく線香臭く今にも幽霊が出てきそうなお墓ではなく、
ペンキでカラフルに塗られた陽気で明るい墓標があっても良いのではないか?
と思うのだが、葬式仏教が根強く、
また世間の常識というものにこよなく甘んじることで、
心の平静を保ちたがる日本では無理なのだろうか・・。

私は全遺骨を粉骨して海への散骨を希望しているが、
万が一にでも家族の誰かが、一部の遺灰をこの地上に埋め、
墓標を建てたいと願ったとしたならば、マラムレシュ墓標のように、
誰が見てもクスッと笑えるような赤裸々な人生模様を刻んで欲しいものだ。
そこで、私の場合にはどんな言葉が一番似合うか?と考えてみた。
できれば、「美人薄命であった」と刻んで欲しいところだが、
もう年齢的に間に合わなくなってしまった・・。
それに、現実はそんなに甘くはない。
実際には「屁理屈だけで人生を駆け抜けた生涯」などと刻まれることだろう・・。
31210r
人の死を弔うためのセオリーは悲しみの中の笑ひにもあり
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tag : マラムレシュ 散骨 墓標 葬式仏教

「主人とお墓をご一緒するなどとは畏れ多くございます・・。」と皇室の終活を見習う平民のオバさま方の話。
いつも行くプールに、いつもの時間にいつものごとく
「おはようございま~す♪」と挨拶してドアを開けたら、
今日は5人ほどのオバさま方が着替えをしながら、
大笑いしながら楽しげに話をしていた。
毎日が日曜日のオバさま方である。
プールに来るのが仕事よ。というオバさま方ばかりなので、
急いで着替えて帰らなければ!という人はほとんどいなくて、
室温が約30℃に設定されている暖かい更衣室で、
のんびりと井戸端会議に花を咲かせている。

はてさて、今日はどんな楽しい話をしているのかしら?
と耳を澄ませば、
「ご主人様と同じお墓に入るか?それとも入らないか?」
の話で盛り上がっておりましたとさ。





A子さん
(誰にでも歩調を合わせる小心者の未亡人の70代)

「わたしはね。亡き主人が入っているお墓に入るつもりよ。
だって・・他に入るところが無いもの・・」


B子さん
(あの人嫌い!と実名まで出してズバズバとものを言う
デラックス・マツコ似で夫有りの60代)

「お墓はあるけど、酒、女、ギャンブルで、散々わたしに苦労させといて、
お墓まで夫と一緒だなんて、絶対に嫌だわ。
わたしは樹木葬にするつもりで、すでに申し込んであるわよ。」


C子さん
(夫有りのいつも物静かな50代)
「わたしはね。死んじゃったらお墓なんて、
一緒だろうが、別々だろうがどうでもいいわ。
どうせ何も分からないんだから・・」


D子さん
(椅子に座るたびにドッコイショ!
立ち上がるときにもドッコイショ!と言い、
一仕事(着替え一枚)が終わるたびにハァ~(;´ρ`)と、
ため息を付くのが口癖の小太りで未亡人の70代)

「あら?みんな、いろいろ考えてるのねぇ?
わたしはね。なんか死なないような気がするから
お墓のことなんか考えたこともないけど、
でもいつかはお墓に入らなきゃいけないのよねぇ。
そうねぇ・・わたしもできることなら、
酒飲みでおまけに金銭面で苦労させられた主人と同じお墓は嫌だわ。」


E子さん
(今が良ければそれでいいと、
自らの終活にも地震等の災害の備えにも全く興味のない夫有りの60代)

「あらやだ~、またそんな暗い話なの?なんか明るい話はないの?」


B子さん
「あらやだ~!はこっちのセリフよ!
あーたね、わたしたちの世代にとって
明るい話なんてあるわけないでしょ?
年金は削られるわ、消費税は上がるわ、
入院しても病院に長く置いてもらえないわ、
在宅訪問診療してくれるクリニックは近くにはないわ、
老健や特養には入れないわ、
おまけに子どもたちは親の介護をする気はないわ、
どこに明るい話があるのよ。
せめて健康寿命を延そうと、
こうやってプールに来てるんじゃない。
あーただってね。いずれ死ぬのよ。
お墓をどうするか?も何も考えてないの?
わたしだって、そういうふうに
生きられるものならそう云うふうに生きたいけど、
お墓問題は間近に迫ってるから、考えないわけにもいかないのよ。
それでさ、わたしね、思うんだけど、
あの皇室でさえも終活をしてんのよ。
あらやだ、そんなことも知らないの?
NHKのニュースぐらい観なさいよ。
それにさ、皇后の美智子さまが、今生天皇の希望する合葬を、
「畏れ多くて・・」とお断りになられたんだってよ。
なんと奥ゆかしい美智子さまなのかしらね。
あーたも皇室の終活を見習いなさいよ。もう若くないんだから。」


D子さん
「でもね。わたし思うんだけどね。
菊のカーテンの裏側なんて、
わたしたちには窺い知ることもできないでしょ?
テレビでは両陛下の仲睦まじい姿しか放映しないから、
真から理想の夫婦象に見えるけど、
あの姿を国民に見せることが
両陛下の国家公務員としての大事な仕事なんでしょ?
それでさ、もしかしたらの話だけどね、
どんなに高貴な方々でも、そりゃあ夫婦だもの・・
長い夫婦生活のその間には男と女としての誰にも言えない
苦労や忍耐の日々がいろいろあったと思うのよ。
特に民間から嫁がれた皇后さまにね・・。
だから、今上天皇が、美智子皇后に、
『もし、君さえ良かったら一緒のお墓に入らないかい?』と訊いたとして、
皇后さまが、心の中では『こんな人とは嫌です!』と思っていても、
立場上、そんなことは口が裂けても言えないでしょ?
だから、『陛下とお墓をご一緒するなどとは畏れ多くございます。』
とオブラートに包んだように言った可能性もあるんじゃないの?
ハァ~(;´ρ`)」

とD子さんは、しゃべり終わりのため息を付きつつ、
今上天皇と美智子皇后に対して、
不敬且つ畏れ多いことを申しておりましたですが、
私に気づくと、
「あーら、ボケ田さん、あなたはお墓はもう用意してあるの?
亭主と一緒のお墓に入るの?」と訊いてた。

私は「はぁ・・そうですね。
皇后さまとは別な意味で、
できれば、主人とは畏れ多くて一緒に入る気にはなれませんけど・・(^^;」
と答えたのでしたが、
ご主人様と一緒のお墓には絶対に入りたくないと公言していた、
B子さんとD子さんは、
「それいいね。使えるよね。さすが皇后さまよねぇ。
わたしも、『とても畏れ多くて・・・』と言おうっと!」
と心なしか晴れ晴れした顔で更衣室を出て行きましたとさ。
131119r
静寂に抱(いだ)かれていし無縁墓に誰が植えたか白菊の咲けり
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テーマ : ひとりごとのようなもの ジャンル : 日記

tag : 樹木葬 健康寿命 菊のカーテン 合葬

遺骨、位牌、墓、この厄介なもの。その2
遠距離に住む友人A子(6?歳)から電話がかかってきた。
長年パーキンソン病を患い、
ここ10年ほどは病院→特養で寝たきりの上に、
意思疎通も全く出来なかったご主人様が、
先月初めに享年7?歳で亡くなられたそうである。
葬儀に関してはご主人様の生前の意思を尊重して
家族だけでの密葬で終わらせたが、問題はお墓であるという。

亡くなったご主人様は長男であり、既に亡き父母の
葬儀のときにも亡くなったご主人様が喪主を務め、
自分も両親と同じお墓に入れて欲しいと言っていたそうである。
そして、亡き義父母の位牌もA子の家にあるという。

友人A子はご主人様の遺思通りに、
亡き義父母のお墓にご主人様の遺骨の納骨と亡き義父母の位牌
一緒に入れたい旨を菩提寺に連絡をしたら、
意外な返事が返ってきたという。

「あー・・・実はですな。檀家会の方の話によりますと、
この30年間、○○家からは一度も管理費を払って頂いておりませんようで
つきましては、現在納骨してある遺骨を引き取って欲しいのでありますが・・。」
との返事であったという。

改葬するにしても、お金がと時間がかかる。
できれば、面倒は避けたい・・私はいったいどうすればいいのかしら?
と訊いてきた。



私には今まで管理費を払っていなかったという意味が判らず
菩提寺との契約者及び祭祀権者は誰なの?」とA子に訊いたら、
亡くなったご主人様の実弟だと言う。


「えっ???いったいどうしてそういうことになってるの?」

と、訳が判らないままに再び訊ねると、
「主人の家は複雑な家族関係でね。
亡き義父母の相続のときも、弟が全部相続して、
長男である私の主人は相続放棄をさせられたのよ。
そして祭祀権は弟が取り、位牌だけを我が家に預けたのよ。」
と言う。
そして、約30年前から、主人様の実弟とは絶縁状態であり、
先月のご主人様の死も弟には知らせていないという。


A子には娘さんが2人いるが既に嫁いでおり、墓守は期待できない。
アドバイスを求められても、私ごときでは役に立たないとは思いつつも、
私の浅い考えを言ってみた。

「亡き義父母様の菩提寺のお墓からの
遺骨引き取りに関しては、そのままにしておいて、
祭祀権者であるご主人様の弟さんが動くのを待つしかないんじゃない。
今現在7?歳ならば、彼もいずれは死の床に横たわるだろうから・・。

それでも、どうしてもあなたが、ご主人様の遺骨と故義父母様の位牌
何が何でもお寺所有のお墓に入れたければ、新しくお墓を買うしかないんじゃないの?
お墓参りであなたが癒されるのなら、それもひとつの選択肢よね。

でも、いずれあなたがお墓に入った後のことを考えて、
今のうちに娘さんたちと話合っておかないと、
嫁いだ娘さんたちがお墓問題であなたと同じように苦労するわよ・・。

それに、今はね、お墓に対する意識がだいぶ変わってきていて、
お墓はお寺の墓所だけではなくて、樹木葬とか散骨とか、
墓守のいない人たち用の合祀墓とか、選択肢が色々あって、
無理にお寺の墓所でなくても良いと考えている人が増えているそうよ。
まぁ、じっくり考えたら・・」
と言うしかなかった。


私たち夫婦のお墓は何が何でも海への散骨
で意見が一致しているので、
子どもたちにはお墓問題で苦労をさせることはないと思っているが、
現在、夫の両親のお墓問題で悩まされている。

我が夫は女の中の男一人として生まれたばかりに、
お墓のある故郷からかなりの遠隔地に住んでいるのにも関わらず、
姉たちからは墓守祭祀権者のように思われ、
「そっちに改葬はしないの?」とか、
「母の○○忌の法事はいつどこでするの~?」
などと呑気な電話がかかってくることがある。
交通費(飛行機代or新幹線代)を出してくれるのなら、行かないでもないけれど、
今は時間的にも経済的にも私の体力的(ひどい腰痛)にもそんな余裕はない。

それに、今は故義母の「年金パラサイト疑惑」で、
故義姉の夫と孫である代襲相続人相手に
遺産分割調停申立てのための弁護士探しで忙しくて、
それどころじゃないちゅうのっ!(ーー゛)




それでも・・
我が家の近所のキリスト教徒の80代のおばあちゃんのように、
家では聖書を読んでアーメンを唱えながらも、
月一で必ず、お寺の墓所にある両親のお墓参りで
南無阿弥陀仏を唱え、心スッキリになれて癒されるのなら、(^-^)
檀家とならなければならない仏教系のお墓を否定はしないけれど・・。

どこからか蝉時雨だけ聴こえ来て神も仏もただ沈黙す

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tag : 密葬 位牌 菩提寺 祭祀権者 相続放棄 樹木葬 散骨 墓守 合祀墓 年金パラサイト疑惑

遺骨、位牌、墓、この厄介なもの・・終わらない故郷の墓問題
今日、夫の次姉から電話が来た。
内容は夫の実家の墓の移転についてである。
次姉の言うことにゃ・・・
遺産相続でもらえるお金の中から10万ぐらいは出してもいいから、
長男であるあなたが住む地域にお墓を移転したらどうかしら?
それと、分骨してお東さんに納骨したら?」
という内容であった。

故義父母の遺骨は故義母が生前に買っておいたお寺の納骨堂に収められているが、
同居していた故義姉の夫とその子どもが、
「妻が亡くなったのに、
いつまでも故義父母の仏壇と位牌を家に置いておく義理はない。
早く引き取って欲しい!」と、しつっこく言って来ていたので、
寺側の了承を得て、2柱の位牌は遺骨と一緒に納骨堂に置いて貰うことにした。
そして、先日、祭祀継承については、特定の祭祀継承者は置かない。
故義母の遺産の中から維持管理費の20年分を前払いして、
お墓参りは行きたい人が行きたいときに行くことにして、
それで一件落着とする。
20年が過ぎたらもう管理費は払わない。
そして維持管理費を5年間払わないと
無縁仏として合祀されるそうなのでそれで良しとする。
ということで話が付いているはずなのに、
また、独り暮らしの暇な次姉がやいのやいのと電話をしてきて、
故郷の墓問題をますますややこしくしてくる。

20年後には現存する夫の姉たち3人が運よく生きていたと仮定しても、
80代後半から90代前半になっている。
今でこそ、お寺に近い遠いに関わらず、だれもお墓参りに行く気もないのに
こちらにお墓を移しても、お東さんに納骨をしても、
よもや、自力でお墓参りに行く気持ちも気力も体力もあるとは思えない。




脳の側頭葉に存在するという神の領域を含め、
人間の肉体は死んだらただの燃やすゴミ・・・
そのゴミの最終処分場(お墓や納骨堂)に
大金をかけても死者は何も答えてはくれない。
もし、お東さんに納骨をしたとしても、
そこのエライお坊様方に儀礼として経文を唱えて貰っても、
あの世の死者とコンタクトが取れるわけでもない。
また、「お東さんへの納骨」の際にも「ランク=金額の差」がある。
この世は紛れも無い格差社会であるが、
あの世というところも、
戒名のランクを見ても判るように格差のある社会(霊界)らしい。
あの世に行ってまで、ランク付けされた霊として
存在させられるのはいかがなものか?と思ってしまう。


我が夫婦は、この地上にお墓と言う厄介なものを持つ気も、
どこぞの寺と檀家契約をする気もさらさらない。
ゆえに、「その話はもう終わりにしたい。」
ということで次姉からの電話を切ったが、
まだよく判っていない様子であったらしい。

義姉たち三人には位牌を寺の納骨堂に収めるときに、
祭祀権者は置かない。ということを時間をかけて話をしたので、
納得して貰ったと思っていたが、
まったく理解していなかったようである。
要するに、長男で末っ子で一人息子でありボケ田姓を継いでいる我が夫が
実家の祭祀権を継承したと思っているらしい。
遺産相続に関しては嫁に行った行かないに関わらず、男女平等ではあるが、
祭祀権については、まだまだ、戦前の家督相続制度が生きているのが現実なのである。


加速する少子化と多死時代を迎えた今、この狭い国土で、
また家に近いところとなると、首都圏に住む私のような貧しい者が、
個人で地上に墓を持つことは無理な話である。
いっそのこと、火葬後の遺骨や遺灰は
希望者にだけ欲しい分を持ち帰ってもらい、
要らない人はそのまま置いて帰れれば、
悩ましい墓守り問題も起きないと思うのだが、
そのような慣習の変革は葬式仏教を生業とする
宗教法人や葬儀社、仏壇屋、石材店、
墓所販売業者が大反対するだろうて。(ーー゛)


今まで親戚縁者の死で各地域の火葬場に行ったが、
概ね、東日本の骨壷は一種類しかなく、それにバカでかい。
「遺骨は残さないで入るだけ入れてください。」
と言われて、入らない分は、棒で下の遺骨を叩いて砕いて、
ぎゅうぎゅう詰めにしなくてはならかった。
また、西日本の骨壷は概ね、大中小のサイズがあり、
遺骨を持ち帰るサイズは選ぶことができて、
東日本型のように叩いて砕いて入るだけ入れるようなことは無く、
丁寧に入れて持ち帰ることができた。
この違いは、地域の慣習なのか、
火葬場が民営か公営かの違いなのかは知らないが、
私個人の気持ちとしては西日本型の収骨が望ましい。 




近所にキリスト教徒のお婆さんがいるが、
毎月、自宅の庭の花を摘んで、
近くのお寺の敷地内にある実家のお墓参りに行くのを恒例としている。
その月一の祖霊へのお墓参りが一番、心が安らぐ時間なのだそうである。
彼女のように一神教のキリスト教を信じていても、
仏教系のお墓参りに行き、般若心経を唱えてくる行為は、
八百万の神々と共に生きてきた、また、為政者にそのように生かされてきた
日本人ならではの宗教観なのだろうか。

私はお墓参りに行っても、鈍感なのかどうか、メンタル的には何も感じないが、
友人たちに訊くと、極一部の人の感覚では、
お墓とは今を生きている者のメンタリティを鎮静させてくれる場所らしい。

思うに、「わたしはお墓参りに行った。ゆえに死者を忘れてはいない。
わたしは日本人として常識的な善なる行為をしている。」
という理由付けができる自己満足のためにあるものなのだろう。

それでも、現実的には地上にあるお墓は維持管理費がかかり、
我が家のようにお墓参りに行くとしても遠距離なので、
交通費(新幹線代、もしくは飛行機代)と宿泊代がかかる。

我が夫は実家というものを失った今、故郷を失ったも同然である。
加えて、自身がもっと高齢になれば自分の事だけで精いっぱいに成り、
遥か遠くにある故郷の親のお墓など、どうでもよくなるのは目に見えている。

私の墓に対する思いは、東日本大震災以降、
「何が何でも地上にお墓など要らない。」の
決意がますます確固たるものになった。

それでも、下記の今朝の新聞記事のように個々人の墓、遺骨に
対する思い入れは多種多様である。
故郷に帰れない理由は我が夫とはまったく次元が違うが、
葬式仏教とそれに付随する供養儀式にしがみ付きたい人は
しがみ付けばいいと思う。
お墓参りで心が洗われ、また救われ、安堵感が得られるのであれば、
それはそれでお墓とは生者にとってはグリーフ・ケアの代償としては
意味のあるものだと思うから・・・。
p20120426
朽ち果ててエピタフの文字消え失せし名もなき墓に野花置きたり
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tag : 遺産相続 納骨堂 祭祀継承 側頭葉 神の領域 霊界 グリーフ・ケア 葬式仏教 祭祀継承者

祭祀継承権という死者を利用した集金システムについて考える。
義母が100歳を目前して亡くなって2年が過ぎた。
その義母が亡くなる半年ほど前には同居していた義姉もガンで亡くなっている。
その義姉の夫が、義母が亡くなってもう2年にもなるし、
祭祀承継者の義務は終わったものと考えている。
ついては、ボケ田家の長男である我が夫に
仏壇位牌と義母の遺品を引き取り祭祀権を継承して欲しい。」
としつっこく言って来るようになった。

我が夫婦は葬式仏教とそれに付随する供養の儀式とは
縁を持たないことに決めたので、急に言われても困る。

自営業等で代々続く家であり、
また確固たる継承者がいる家ならば問題はないが、
高度経済成長期に地方から出てきて都会に住みついた
核家族の典型のような我が夫婦には
祭祀権などというものはまったく意味がないし迷惑でもある。


そこで、一計を案じ、
義母が生前に契約をした菩提寺に義父と義母の分の2柱の位牌
預かって貰えるかどうかの確認をしたら、
寺側は管理費さえ払ってくれれば誰が祭祀権者でも構わないと言い、
位牌預かり料として年間一柱に付き1万円を頂きます。
位牌2柱分なので2万円+年間維持費1万円で合計3万円を払ってくれれば、
預かっても良いとの話であった。


関係ないけど、祭祀に関する年間維持費合計の3万円って、
私のひと月分の年金額より高いのよ・・・。(-"-)


そして、故義姉の夫に連絡をして、位牌2柱は寺に持って行ってもらい、
お布施3万円で納骨堂に収められた。
亡くなった長女を除く夫の姉たち3人は義母の生前に何回も実家に行き来しており、
金品の生前贈与や、貴金属の宝飾品、高価な着物等を貰い受けており、
(口には出さないが遺品として送られてきた義母の日記から判明)
母の遺品は何もいらない、と言うので、
家具類を除く義母の遺品全てが我が家に送られてきた。

繰り返しになるが、
我が夫婦は葬式仏教とそれに付随する供養儀式とは縁を切るつもりなので、
故義母が契約した菩提寺であって我が夫婦には関係ない。
ゆえに祭祀継承者になる気などはさらさらない。
それに、お墓参りに行くとしても、費用としては交通費だけで、
飛行機使用の場合では夫婦で往復14万4千円もかかる。
さらには、もう夫の実家は無いも同然であり、
日帰りは無理なので、ホテルを利用しないとお墓参りにもいけなくなった。
これで、ますます、祭祀権の継承を出来ない条件が整ったわけになる。

では、毎年、菩提寺へ払わなくてはならない年間維持費3万円を誰が払うか?
という話になる。
現在遺産分割協議中であるので、我が夫と姉3人の相続分から、
20年分を前払いしてはどうか?という旨の書面による確認書を送ったが、
待てど暮らせど、誰からも返事が来ない。
仕方なく、首都圏に住むすぐ上の姉に電話をしたら、
「そんなこと全然考えもしなかったわ。ボケ田の姓を継いでいるあなたが継承者になって、
あなたが維持管理費を払うものだと思っていたわ。」
と言う。

地元にいる次姉と三姉にも電話をしたら、
「私は嫁に行った立場だから、祭祀継承権者なんて関係ないわ。
世間の常識では姓を継いでいる長男であるあなたが祭祀継承者になるんじゃないの?
だけど、遺産分割協議では、法定相続分はきっちりと頂きたいわ。」
という旨の返答が返ってきたらしい。

女性は「嫁に行った立場だから・・」を強調して、
「私には祭祀継承権なんて関係ないわ。」的態度を取りながらも、
法定相続分はきっちりと頂く。ことは友人間でも良く聞く話ではある。

祭祀承継権については、相続するものではなく、
地域の慣習や関係者の話し合いで、
誰かが受け継ぐものとされているのは知ってはいるが、
たまたま男として生まれたがゆえに、親の姓を受け継いだと言うだけで、
祭祀承継権を無理矢理押しつけられるような風潮は、
戦後66年を経ても尚、戦前の家督相続制度がまだ根強く残っているのだなぁ。
と思わざるを得ない。

だが、夫は譲らずに、ボケ田家としての正式な祭祀継承者は置かない。
今後はお墓参りは行きたい人が行きたいときに行くことにする。
尚、供養関係の儀式も同様とする。
それでも・・・どうしても、世間並みの法事等の儀式を執り行いたいのならば、
母の遺産の中から、「供養基金口座」を作り、姉弟各人の住む中間地点で
仏式でない供養を執り行うことも視野に入れても良い。
さらには、菩提寺から本堂等の建て替えの際などに寄付を求められたら、
供養基金口座」の中から妥当と思う金額を出すことにする。
それでも、あこぎな請求をしてきたら、無視することにする。

もし、母の動産相続遺産の中から、
菩提寺への管理維持費を出すことに同意できないのならば、
遺産分割協議のまとめ役は降りて、動産(預貯金)はそのままにしておき、
孫の代で遺産分割協議をしてもらうことにする。
不動産(土地)は塩漬け(業界用語でほったらかしにすること)にする。
と言ったら、年間維持費3万円×20年間分は渋々同意してくれたそうである。

故義母の相続遺産は義母のものであり、
その義母が死後は供養をして欲しいがために菩提寺と契約をしたのであれば、
遺産の中から出すのが当然だと私は思う。


夫の姉たちは現在60代~70代である。
20年も経てば、姉たちもこの世にいるかどうかも判らないし、
万が一にでもまだ生きていても、ヨボヨボ、ヨロヨロ状態になっており、
お墓参りに行くことも困難な状態だろう。

維持管理費を払わなくなって5年が経てば、
無縁仏として寺の敷地内の合祀墓に埋葬されるそうである。

今から25年もの未来のことになるが、そのときに夫と義姉たちの中の誰が
生き残っているだろう?と考えてしまった。
故義父母も長年苦労を共にした土地で永眠できるのなら、
浮かばれるのではないかと思う。

私は死者を悼むのに、位牌仏壇、遺影、お墓という
仏式のステレオタイプな形のあるものが絶対に必要であるとは思わない。
悼む気持ちさえあれば、故人が愛用していた小物をひとつ家に置き、
その小物が目に入ったら、死者を思いながら合掌するだけでも
立派な供養になるのではないかと思う。

目に見えぬ高次の世界で死者たちは輪廻の支度をしているだろう

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tag : 祭祀承継者 動産相続遺産 葬式仏教 合祀墓 遺産分割協議 家督制度 供養基金 相続遺産 位牌 仏壇

現代お墓考・・私はプランクトンの餌になり食物連鎖する。
私の分のエンディング・ノートは書き終えたが、
夫は「今はそんなものは書きたくない。ついでに俺の分も書いておいてくれ・・」
と言う。

私と夫のどちらが先に逝くかは神のみぞ知ることである。

私が残された場合を想定すれば、
葬儀と墓に関してだけは、私が取り仕切らなくてはならなくなる。

そのときに慌てなくても良いように、
そして、自由価格である葬儀業界の、
その中のぼったくり葬儀社の言いなりにならないためにも、
普段から夫が口にしている終活への思いを重視して
「葬儀と墓」部分だけを代筆して書き進めることにした。




今日、たまたま墓所購入勧誘の電話がかかってきたので、
先ずはお墓から・・。


いつも、墓所購入勧誘電話に対しては、
「お墓は既に購入してあります。後は入る日が来るのを待っているだけです。」
と答えて電話を切る。
実際にはお墓なんてないけれど。(^_^;)


私の祖父母も父母も地域の慣習に従って仏式で葬儀をした。
そして、当然のごとく、檀家である○○寺所有のお墓に入った。
母が亡くなる前は準檀家であったが、今は正檀家になった。
(今もそのシステムがよく解らない・・・。)
要するに、ほとんどの場合は
寺所有のお墓に入るには檀家になる必要があるということなのだろう・・。

では檀家とは何か?
三省堂 大辞林に因ると、

ある寺の信徒となり、布施などの経済的援助を持続して行い、
葬式・法事などを行なってもらう家。また、その家の人。

他にも、
「一定の寺院に属して、寺を維持していく一般の家のこと。」
とある。



今まで寺との付き合いは皆無。
旧家でもなく、古くから続く由緒ある家系でもない。
夫が死んだからと言って、(夫まだ生きているけど、私が生き残ることを想定してるのよ・・。)
狭いウサギ小屋に住み、財産も無い私が今更何処かの寺の檀家になってまで、
お布施とかいう訳のわからないお金を払い続け、除草や清掃作業等の奉仕までして
その寺を維持していく必要性は全く感じない。


余談であるが、夫の実家には二つの仏壇と三柱の位牌がある。
住職はお盆、春秋のお彼岸、そして各故人の月命日にもお経を唱えにやってくる。
お盆と春秋のお彼岸はまとめてお経を唱えるが、月命日を合わせると、
年間合計39回もお経を唱えにくることになる。

その度に仏壇用の花とお供えの果物(2000円相当)を買い、
お布施(3000円)を準備し、
何時に来るか解らないので、一日中家に居なくてはならない・・。
しかし、その月命日の日に他所で葬儀が入ると、無断欠勤をする。
欠勤を9回として、年間合計約30回とすると、
合計90000円のお布施を払い続けることになる。
檀家になるということは「その寺を維持していきます」という契約を結ぶ事なのだから、
契約をしてしまった以上は、
「月命日は来なくていいです。」とも言えないのであろう・・。


寺院関係者や葬儀業者にはエラク評判の悪い、(当たり前よね・・)
「葬式は、要らない!」に因れば、

「檀家契約を結ぶということは金持ちの道楽である。」
それに、都市部や地方の違いもあるが、
「寺を維持するには最低でも約300件の檀家が必要である」と書いてある。
この数を思い出して住職に檀家数を訊いてみたら100件との答えが返ってきた。
なるほど・・日銭を稼がないと寺を維持できないわけね・・・。




私には檀家契約は到底無理・・・・・・・・。




なので、檀家になり寺院墓地を買うことは考えるまでもなくパス!



では夫の遺骨をどうするか?

①公営霊園墓地を買う。
※家の近くの公営墓地の場合、
 4㎡で永代使用料1,000,000円、維持管理費として年間2,800円。
※我が夫婦にはお墓の継承者はいない。

②夫の実家のお墓(ロッカータイプ)に入ってもらう。
※遠隔地なのでお墓参りに行くのに飛行機や新幹線を使わなくてはならなくなる。
  場合によっては宿泊も必須。
※私がヨボヨボになったら行きたくても行けない。
※維持管理費年間3000円が必要。

③戦後良く聞いた話のように電車の網棚に置いてくる。
※遺失物として保管された後に持ち主が現れなかったら、上野の某寺の合祀墓に入れてくれる。
※公序良俗に反する。

④合成ダイヤモンドに加工してペンダントや指輪にして手元供養をする。
※合成ダイヤモンド加工料:1.00 Ct約2,480,000~  
 ジュエリー加工料:約62,000~148,000
※公営墓所より高い。
※そんなお金があったら、
  私が死ぬ前に一度は行きたいインドのベナレス(偉大なるガンガー)に行く。
※ダイヤモンドに加工して手元に置くほど夫を愛していたとは正直言えない・・。
※遺骨→合成ダイヤモンドの価値が解らない。

⑤散骨。
※費用は遺骨のパウダー化を含め、海洋委託散骨なら約50,000円~ 
  チャーター船による乗船散骨なら約250,000~ 
※継承者の必要なし。
※維持管理費が0円。


本人も散骨には異論はないようなので、
やはり夫にも私と同様に海に散って貰うことにしよう・・。
プランクトンの餌として食物連鎖するのも悪くないような気がする。



参考までに、海以外の散骨にはどのような種類(散骨する場所)があるのかを調べてみた。

山。
樹。
空。
宇宙。
故人が丹精を込めていた自宅の敷地内にある盆栽の肥料にする。
(墓地埋葬等に関する法律でも違法にはならず、故人が遺言で書いておき、それを実行した人もいる。)
等々があるらしい。


海や空への散骨はほとんど問題にならないらしいが、
陸地への散骨は近辺住民とのトラブルも多いと聞く。


遺族にとって一番手間や時間と維持費がかからないのは
やはり海と空であろうと思う。

だが、それでは故人が浮かばれない。人が亡くなったらお墓に入るものである。
何でも世間並みに、人並みにという常識に縛られている人が多いのも現実である。

つい2.3年前、親戚の長老に、
「私は暗いジメジメしたお墓に入るつもりはありません。
私の遺骨は海への散骨を考えています。」
と言ったら、

「何を考えておるのじゃ!そんな非常識なことを考えてはいかん!お前は人間失格じゃ!
お墓が買えんのなら、わしの家の墓に入れてやるぞ。いいか、待ってるから必ず来いよ!」

と諭されたことがある。

その長老も昨年故人になった。
カロートの下で私が行くのを待ち続けているのだろうか?
だが、あんな石頭の頑固爺さんが待っているお墓には入りたくはない。
それに、誰が継承者なのかも知らない。

経済的問題ばかりを書いているようで不謹慎と思う人もいるかもしれないが、
実際に経済的に余裕がなければ、地上にお墓を持つことはできない。
死を金儲けの道具にする人たち(葬式+墓必要論者)の惑わせるような口車に乗るな・・
とは言わないが、
残された者が身近な人の死を真摯に受け止めながら、
心から故人を悼む気持が全うにあるならば、
墓という魂の還る場所は本人が望むのであれば
どこであっても、どんな形であっても良いのではないだろうか・・。


葬送は法の範囲内で行えば自由である。
私は、故長老の意に反し、人間失格と言われようと、
非常識と言われようと、私の遺骨の行き場所は海と決め、
業者まで指定して娘にエンディング・ノートの置き場所を教えている。
必ず実行してくれることを約束して・・。
101128r
ジプシーが流離ふごとく我が魂(たま)は母なる海を永久(とわ)に流離ふ
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

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プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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