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介護施設利用費の軽減に新要件・・お上のお情けを受けたければ、預貯金の額まで押さえられ、虚偽申告にはペナルティが課せられます。高齢の親のいらっしゃる方や既に高齢者の皆様方!覚悟は出来ていますか?
すっかり、「ツィートまとめ置場」と化しているこのブログ。
今日はどうしても残しておきたい新聞記事があって、久々の更新です。
それでも新聞記事のコピペが主ではありますが、
偶然お立ち寄り頂いた、たったお一人様にでも、お目に留まりましたら幸いです。

■申告対象となる「資産」の例
特別養護老人ホームなどの介護保険施設を利用している高齢者に、
全国の自治体が預貯金通帳のコピーの提出を求める通知を出し始めた。
施設での食費や居住費の負担軽減を受けている人らが対象。
介護保険法の改正に伴い、所得だけでなく、
資産が一定以下であることも軽減の要件になったためだ。
本人やケアマネジャーらから「なぜ必要なのか」
「本人が認知症で、家族も近くにいない。
どうしたらいいのか」といった問い合わせが相次いでいる。

 厚生労働省によると、軽減の認定を受けている人は
全国で約110万人(2013年度末時点)という。
コピーを提出しなければ、8月から軽減は受けられなくなる。
おおむね月に数千円~数万円程度の負担増になるとみられる。

 コピーが求められるのは、施設に入っている人や、
自宅暮らしでショートステイを利用している人たち。
厚労省の指示に基づくもので、これまでは、
世帯全員が市町村民税非課税なら受けられた軽減が、
省令改正により、単身なら1千万円、
夫婦の場合は計2千万円を超える資産がある人は軽減されなくなった。
財政難に伴って、所得だけでなく、資産にも着目するようになった。

 軽減を受けるには申請が必要で、1年ごとに更新する。
軽減されている高齢者らの元には毎年、
自治体から「更新申請」のための通知が届く。
今年から、引き続き軽減を受けるには、
申請の際に資産を証明できるものを提出するよう求められている。
資産には、預貯金のほか、有価証券や投資信託、
タンス預金なども含まれる。借金は差し引かれる。

 さらに、申告している資産内容が正しいか確認するため、
自治体が金融機関に預貯金や有価証券などの
残高を照会しても構わないという
「同意書」も併せて提出するよう求めている。

 <介護保険施設の負担をめぐる経緯> 
介護保険施設の居住費や食費は、2005年の介護保険法改正で、
原則的に利用者が負担することになった。
在宅で介護を受けている人は家賃や光熱費、食費を自己負担しているため、
公平性を考えた判断だった。世帯全員が市町村民税非課税ならば、
申請すれば負担が軽減されていた。

 昨年6月の法改正で、軽減を受ける要件に「資産」
を追加。
昨年7月に開かれた全国介護保険担当課長会議を受け、
厚生労働省は9月に出した「Q&A」で
「必ず通帳の写し等の添付を求める必要がある」
と具体的な運用方法を示した。

引用元:http://digital.asahi.com/articles/DA3S11805976.html?_requesturl=articles%2FDA3S11805976.html


kaigo
■単身1000万円・夫婦2000万円以下
 施設利用者の居住費や食費は自己負担が原則。
財政の厳しさが増すなか負担軽減の対象を絞り、
所得だけでなく一定額を超える資産がある人にも負担をしてもらおうという見直しだ。
ベースには、負担できる人には負担してもらうという考えがある。

 そこで定められたのが、「単身は資産1千万円以下、夫婦で計2千万円以下」の基準。
世帯が同じか別かに関わらず配偶者の所得をみることも加わった。

 厚労省は全国介護保険担当課長会議に関する「Q&A」の中で、
通帳の(1)銀行名、支店、口座番号、名義のわかる部分と、
(2)直近の残高がわかる部分の写しが必要としている。

 金融機関への照会については、金融機関の本店から一括で調べる方法で、
生活保護受給者の資産をチェックする仕組みを参考にしたという。

 これまで軽減されていた人は申請しなければ自動的に負担が上がる。
たとえば特養で一部屋に複数のベッドがある「多床室」に入所している場合、
所得などによって違うが、軽減が外れると食費は1日990円、
居住費が1日470円増え、単純計算で月計4万3800円増となる。

 今回の見直しは、在宅で暮らす人との公平性をさらに高めることが狙い。
預貯金の額は自己申告によらざるを得ないため、
通帳のコピーなどできる限りの確認を取る必要があると厚労省は考えた。
しかし、現場への周知が十分とはいえなかったことが課題となった。

 日本社会福祉士会副会長でケアマネジャーの田村満子さんは
「従来と全く違う申請方法なだけに、
いきなり送りつけられたように感じて困惑している利用者が多い。
手続き負担は大きく、時間をかけた丁寧な説明を尽くすべきだった」と指摘している。

引用元:http://digital.asahi.com/articles/DA3S11805887.htm



この新聞記事を読んで考えました・・。
タンス預金は自己申告制です。
申告しなければお上に預貯金を把握されることもありません。
老後は何事も、「転ばぬ先の杖」が大事です。
認知症になってしまったら、どうすることもできませんが、
まだ認知症の自覚も、指摘もない人は、せっせとタンス預金に励み、
信頼できる身近な人(肉親)に、その場所を教えておきましょう。
ですが、少額であっても、おカネが絡むと例え肉親でも人心は一変することがあります。
もし、その身近な人に裏切られたとしたら、それはその人の運命かも・・。(^^;)

資産がたくさんあっても、彼の世におカネを持っては行けません。
人生の選択においては、預貯金は葬儀費用(したい人)だけ残して、
使い切るのがベストかもしれません。

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本来なら喜ぶべきはずの90代の老親の長寿は、子に経済的負担が伸し掛る故に、思わず「お母さん早く死んでよ!」と叫んでしまった60代友人の老いの現実は、自己責任なのか?はたまた政治の貧困が所以なのか?
昨日、40年来の友人たち3人と久しぶりに会った。
各人の生存確認と近況報告を兼ねてのありふれた質素な食事会ではあるけれど、
それぞれの老親に加え、自身の老いに対して、
深刻な状況に陥っている者が二人(S子とY子)いた。
今日はその中の一人であるS子の事例です。


S子(66歳 未亡人 子無し)の母親は要介護4の93歳で、
移動は車椅子使用のほぼ寝たきり。
一年前にやっと老健から費用の安い特養に入居できたが、
母親が相部屋はイヤ!というので個室に入居させた。
個室差額費用が半端ではないほどの金額がかかるらしい。
加えて高齢のせいで何度も誤嚥性肺炎で入退院を繰り返している。

S子の母親は自営業だったため、老齢年金も微々たる額。
今までは母親の預貯金を取り崩して、
老健と特養の入居費用と入院費用に当ててきたが、
もう母親の預貯金も残り僅か・・これ以上長生きされると、
S子自身が経済的負担を強いられることになるため、
なんとか、相部屋に代わってもらうように母親に懇願したが、
母親は「私のお金はまだたくさんあるはずよ」と聞き入れてもらえない。
そこで、預かっている通帳の残高を見せたら、
「S子、あなたね、私のお金を勝手に使ってるでしょ!?」
と言われて頭に血が上り、
思わず、口に出してはいけない言葉。
「お母さん、早く死んでくれなきゃ、私の生活が破綻するのよっ!」
と叫んでしまったのだとか・・

母親は、普段は「早くあの世のおじいさんにお迎えに来て欲しいわ~♪」
と口癖のように言っているにも関わらず、
実の娘に「早く死んでよ!」と言われたことのショックからか、
大声で泣き出し、いったい何事かと泣き声を聞きつけた介護職員が来て、
なんとかなだめてくれて、
その場はS子が
「お母さん、ごめんなさい。ついカッとなって、
心にもないことを言ってしまいました。
ごめんなさい、ごめんなさい」と何度もあやまったけれど、
母親の怒りは収まらなかったらしく、一切口を聴かなくなったので、
それ以来、週一で通っていたお見舞いを中止して、早や3ヶ月が経つと言う。
お見舞いに行こうが行くまいが、また、母娘ケンカにも関係なく、
特養の入居費用は容赦なく口座から差し引かれる。
このままでは、今後1年も経たずして、母親名義の口座はマイナスになる。
その後のことを考えると、これ以上母親に長生きされたら、
S子の生活資金の遺族年金の3分の2は母親のために使わざるを得なくなり、
彼女自身の老後そのものも破綻する。

あのとき、興奮状態で叫んでしまった「お母さん早く死んでよ!」の言葉も、
冷静になって考えると、自責の念とかなんとかの理屈よりも、
現実問題として、お母さんにこれ以上長生きされたら
一人娘であるS子が全負担しなければならなくなり、
「もしかして、わたし、母より先に家で餓死しているかも・・」などと言い出す始末。

私は母親名での生活保護申請を勧めたのですが、
S子は「考えておくわ」と言ったきり、生活保護は恥とでも考えているのか、
その話には乗ってきませんでした。

人生の決定権を持つのはS子です。
私にはどうすることもできないので、生活保護の話は止めましたが、
喜ばしいはずの長寿も長生きすればするほど、
本人も家族も貧困の連鎖に陥ってしまうという現実・・。

こういう事例は果たして自己責任なのでしょうか?
それとも、根本は政治の貧困なのでしょうか?
私の意見はもちろん後者です・・。

日本国憲法第25条

条文

第二十五条[1] 
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。


私には、国は「すべての国民のすべての生活部面について、
社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進」
に務めているとは到底思えませんが・・

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tag : 日本国憲法第25条

「看取りまで面倒を見てくれる姥捨て山へ引っ越ししました。あなたにはいつも声をかけてもらって、とても嬉しかったです♪」の手紙を残し近所の高齢女性が有料老人ホームへ引っ越して行きました。今私も老いの孤独を噛み締めています。
冷い雨の降る先日、ご近所のM子さん(未亡人 81歳)が
隣の区へ引っ越すということで、ご挨拶に見えられました。

私が30代でこの地に越してきて約30年。
M子さんはそのときは既に50代で未亡人になられており、
一人息子さんも家を出ておられ、
どこへ行くのにも50CCのバイクを乗りこなしつつ、
元気いっぱいで某総合病院の給食部門で働いていました。

そして、彼女の性格はどちらかといえば無愛想で、
初めの頃はこちらが挨拶をしてもチラ見するだけで挨拶を返さない人でした。
近所の人からも「あの方はあの家に越してきて以来、
隣人とは関わり合いを持ちたがらない人なのよ。所謂、変人なのよね。」
と聴かされていたので、
「世の中にはああいう人もいるのよね。」と思いながら、
挨拶返しは期待しないで、会う毎に「こんにちは~♪」
と声掛けをしていたら、
次第に挨拶を交わすようになり、
少しづつですが、他愛のない立ち話もするようになってきたのでした。

歳月は人を変えるのだろうか?
とそのときは思っていたのですが・・。

M子さんは60歳で某病院を定年退職し、
一人息子は隣の区に住んでいるとのこと。
息子は一年に一度程度しか親の顔を見に来ない。
そのときにも嫁も孫も訪ねてはこない。
また、彼女には親しい友人もあまりいない上に
グルメとか旅行とかのマスコミに踊らされての消費活動も嫌いなので、
ほとんど出かけない。

普段は新聞を隅々まで読み、一日中ラジオを聴きながらの
読書三昧で、ときどきは庭に出て、草むしりをするか、
食材を買いに近くのスーパーにバイクで出かけるだけだと言っていた。

そんなM子さんも老いには勝てず、
70歳のときにバイクの転倒事故で大腿骨を骨折し、
それからはほとんど家から出なくなり、
数年ほど、近所の人にはM子さんは生きているんだか
死んでいるんだか判らない日々が続いていたが、
食材はおうちCOOPの配達を頼んでいるようだったので、
近所ではなんとか生きているのだろう・・
ということになっていた。

私はときどきゴミ出しで見かけていたが、
ゴミの集積所は坂道の途中にあり、
大腿骨骨折の恐怖心からか、雨の降る日や雪の日には、
集積所へ行く坂道への一歩を滑るのが怖くて踏み出せず、
そのままゴミを家に持ち帰ろうとするので、
私がついでに捨ててあげたりしていた。
その頃には笑顔で挨拶をするようになり、
私とは普通の近所付き合いの仲になっていて、
先日、引越しの挨拶に見えられたときには、
私は隣の区に引っ越すというので、
てっきり、息子さんの処に引っ越すのだと思っていたが、
違っていた。
そういえば、M子さんが、
「息子と離れて暮らしてもう30年以上も経つのよ。
親子といえど、お互いに既に別の次元で生きているのよ。
今更息子や嫁と暮らせるわけがないわ。
きっと双方が3日で根をあげるわね。」
と言っていたことを思い出した。


そして今日、私の留守中に郵便受けに香り付きの素敵な封筒に入った手紙が
投函されていた。
kodoku
やっぱり・・彼女は独りで寂しかったんだ・・。
と想い、彼女との30年間のお付き合いを思い出して、
涙が溢れてきたのでした。(/ _ ; )


「独り暮らしは自由だけれど、ケンカする相手もいないのは寂しいものよ・・。」
と、プー友(プール友達)の未亡人たちは口を揃えて言いますが、
「じゃ、ご主人様が生き返ったと仮定してどちらがいいの?」
と訊けば、「もちろん!今の自由な生活を選ぶわよ~ん♪」
という未亡人が多いことも事実です。
人間なんて、ホント、ないものねだりの生き物ですね。
私もですけど・・。

そこで、ふと思いました。
日本のどこが男女平等なのでしょう?
まだまだ、既婚女性は老いも若きも家で家事を担うのが、
日本の現実なのです。

それから、
私もM子さん同様、息子夫婦や娘夫婦と
同じ屋根の下で暮らそうとは一寸たりとも思いません。
世代間の価値観はもとより、もう生きる次元が違うのだと考えています。
それにどうせ、我が子供たちも親の介護など眼中にないことも確実ですし、
私は嫌でも2025年問題の渦中に巻き込まれる年代です。
入れる特養はない。寝たきりになっても親族で介護してくれる人もいない。
M子さんを見習って、今のうちに、
自分で終の住処姥捨て山を早めにシミュレーションしておかなければ・・
とつくづく思ったのでした・・。

私の身近では、「そのときになればなんとかなる!」
と考えている高齢者もいますが、高度経済成長期ならいざしらず、
今の社会保障費を削減し続ける政府と、
経済が低迷している時代では、
元気なうちに、「自分はどうするか?」を決めておかないとなんともなりません。

ウサギ小屋に住む都会の老人の行く末をM子さんに
身を持って示唆してもらったような気がしています。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

さて、話はガラッと変わり、
明日大晦日は、朝も早よから、
身体的には、腰痛と60代なのに50肩(左上腕部)の痛みに耐えつつ、
家計的には、アホノミクスによる急激な円安の影響での物価高と
年金減額にも耐えつつ、
メンタル面では、あれから4?年、若気の至りで結婚してしまった
関白亭主の口煩さにも耐えつつ、
おせち作りで大忙しです。
デパートなどの既製品のおせちは買ったことはありません。
添加物だらけなので・・。


というわけで、
この自己満足ブログの更新など、
どこのどなたさまも、誰一人として期待などしておられないことは
重々承知の上ですが、 今年の更新はこれで最後となります。(´ー`)/~~

それでも、元々更新の少ない、吹けば飛ぶよな泡沫ブログにも関わらず、
拍手ボタンをクリックしてくださった方々に今年一年の感謝を申し上げるとともに、
拍手をしてくださった方々と同意or応援コメントをくださった方々だけの
来年の健康とご多幸をお祈り致しております。(笑)

冗談はさておき、
来年も、この地上のすべての生きとし生けるものにとって、
安寧なる日々に成らんことを祈っておりますです。

では、老若男女の皆様、及び通りすがりの皆様。
どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。<(_ _)>


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tag : 2025年問題 アホノミクス 終の住処 姥捨て山

“多重介護”担い手たちの悲鳴---現在、高齢のご両親様を介護中の彼女が言いました・・。『ときどきね。認知症の父が徘徊に出て、遠くの街まで行ってしまって、そのまま帰ってこないで...って、思うことがあるの。』
昨夜のNHK「クローズアップ現代」では「多重介護」を取り上げていましたが、
私の身近で身につまされる実例があります。

今から半年前、7年来のプー友(プール友だち)であるA子さん(独身 61歳)が、
ご両親様(88歳と85歳)の介護のために、
まだローンの残っている2DKの自宅マンションを売り払い、
隣の市の実家に戻りました。
高校を卒業後、同じ会社で定年まで勤め上げ、
やっと自由と趣味(海外旅行とソシアルダンス)に
没頭できる時間を手に入れた矢先に発生した介護問題です。


A子さんのご尊父様は初期の認知症で、
今まではご母堂様が面倒を見ていられたそうですが、
その母親も半年前に脳梗塞で倒れ、左半身麻痺の後遺症が残り、
ご尊父様のお世話ができなくなりました。


彼女には他にも姉妹(姉と妹)がいますが、他県に嫁いでおり、
こちらも姉妹共に、義父母様の介護中とかで、
一日たりとも家を空けることは叶わず、
両親の近くに住んでいて独身で時間があるのは彼女だけ・・という理由で、
必然的に彼女がご両親の介護の担い手になるしかなかったのです。


ご両親共々、50歳を過ぎた頃から、
「私たち夫婦は、寝たきりにでもなったら、
老人ホームに入る予定でいるから、
一切、子どもたちの世話になる気はない。」
と常々豪語していらっしゃったそうなのですが、
実際に介護を受けなければならない身になったら、
「住み慣れた家から離れたくない!この家で死にたい!」
と口を揃えて言うようになったそうです。

初めは介護保険でのヘルパー派遣とデイ・サービスで
なんとかできると安易に考えていたそうですが、
現実は甘くなかったそうです。

食事もトイレも着替えも時間はかかるけれど、
なんとか自力でできる母親はともかくとして、
最近ではご尊父様の認知症による行動が問題で、
24時間監視が必要になるつつある状態らしいです。

それでも、月に2~3度は、デイ・サービスに両親を送り出し、
急いで電車に飛び乗り、通い慣れたプールで、
気心の知れた仲間たちとひと泳ぎをして、
ア~、スッキリした~♪と言いながら、
笑顔で介護のために隣の市の実家に帰っていきます。

そんな彼女が小声で本音を言います。
『ときどきね。父が徘徊に出て、遠くの街まで行ってしまって、
そのまま帰ってこないで...って、思うことがあるの。』


そこで私は答えました。
「私もね。この間、夫と話し合ったのよ。
もしも、どちらかが認知症にでもなって、徘徊で行方不明になったら、
一応、捜索願いの届け出はするけれど、
なるべくなら、遠~~~くの知らない街まで行って、その街で保護されて、
その街の行政のお世話で、その街の老人施設に入れてもらって、
死ぬまでそこにいることにしましょうよ。
もし、万が一にでも、記憶が戻って自分と家族の名前や住所、
電話番号を思い出したとしても、
誰にも言わないで黙ってることにしましょ。
家に戻ってきたとしても、介護してくれる人はいないし、
現段階では認可保育園に入れない待機児童は約2万人らしいけど、
特養入居待機高齢者は約50万人・・ってことは?
2025年頃には待機高齢者は何百万人になっていて、
先ず、私たちの年代では、要介護5に認定されても、
どこの特養にも入れないわ。
だから、認知症になって、徘徊で家から出て行ったら、
探し回ることは止めて、行方不明になるのがお互いのためよ・・。
ただ、踏切で電車だけは止めないでね!賠償金を払えないから!」
って。

A子さんは、なるほど、「その手があるわね!」とつぶやきつつも、
認知症になったら、踏切で電車だけは止めるな!と言われても
無理な相談よね・・と大笑いしていました。


介護保険制度の改悪で、平成15年4月からは、
介護の必要度が比較的軽い要支援1・.2の訪問介護と
デイ・サービスは市町村の地域支援事業に移され、
特別養護老人ホームの新規入居者は、原則として要介護3以上に限定する。
と決定しています。
kaigo
本日、11月11日は『いい介護の日』だそうですが、
現在、特別養護老人ホームへの入居待ちは、
全国で50万人を超えるのだとか。
保育園に入れない待機児童数とは雲泥の差です。
市場原理主義の日本では、子どもは大切だけれど、
老齢年金や障害年金だけが主な収入源である高齢者は、
生産性も購買力もありませんので、
現政権下では金食い虫である寝たきりや認知症の高齢者は
社会のお荷物的な存在でしかないのでしょう。
ですが、そういう日本を創り上げたのは、
どんな目に遭わされても、どんなに酷いことをされても、
それでも尚、未だに自公政権を支持する多くの高齢者の方々なのかもしれません。
(もちろん、全員とは言いませんけど・・・)

この日本という国の政府は、高齢者や障害者の人権はおろか、
あらゆる人命の尊重や尊厳に関しては放棄している!としか言えない施策ばかりで、
治癒不可能な死に至る病に自らが罹患しようとしている気がします。

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テーマ : シニア・エッセイ ジャンル : 日記

tag : 多重介護 認知症 介護保険制度 いい介護の日 市場原理主義

「老人漂流社会 "老後破産"の現実」を観て・・番組からは生活保護等の社会保障制度を積極的に活用したら!という弱者への思いは伝わらず、資産のない高齢者の長生きは罪であり、自分の老後のことを考えて来なかった自己責任を問う番組だったらしい。
餓死寸前の子供たちや、老後破産寸前の高齢者たち。
そのような日本国民には目もくれず、
多額のお金を世界各国にばら蒔き回っている安倍総理。
海外にばら蒔くお金があるのなら、
何故に国内での社会福祉の為に使わないのさ?
との考えに及んだが、
そういえば、自公政権には、
餓死寸前の子供たちや老後破産寸前の高齢者たちのような、
貧しくて税を払えない人間=社会のお荷物の人たちのことなど
眼中にないことは自明の理であったっけ・・。

餓死する子ども、老後破産する高齢者。
これが日本の少子高齢化の現実なのである。
今後、老老介護殺人はさらに増え、孤立死は日常茶飯事になり、
地獄絵図さながらの日本社会の現実が全国民の目に、
毎日、毎日焼き付けさせられ、
孤立死などという非日常の報道は日常に変わり、
ニュースにも取り上げられなくなるのだろう。
そして、誰もが、子どもの餓死、孤立死、
認知症高齢者の徘徊による死亡事故等にも
何の感慨も湧くことのない日々が近づきつつある。

結果、年金収入しかなくても、長寿遺伝子を持っている運の良い人や、
病弱であっても流動資産(現金や預貯金)を
より多く持っている富裕層の高齢者だけが、
高度医療を受けられて、長寿を全うできるのだろう。

番組内で取材に応じていた80代の高齢男性が
「早く死にたい・・死ねばこの生き地獄から逃れられる・・」
と言っていた言葉が心に突き刺さった。

50代以下の人たちは、かつての私がそうだったように、
自分の老後はなんとかなるだろうと考えている人が多いかもしれない。
老いると、体は思うように動かなくなるし、医療費もかかる。
それでも、老後はなんとかなる!と思っていても、
早めの準備をしておかないと、どうにもならない老後になってしまった・・
という老いの厳しい現実が待っています。

そして、どうにもならなくなったら、
与えられた寿命を生き抜くためには、すべてのプライドを捨て、
日本国民の当然の権利である生活保護制度を積極的に活用するしかないな。
と改めて思いました。

NHKスペシャルなどで老人漂流、老後破産が話題になっている。
高齢者の貧困問題だ。
生活保護基準以下で暮らす高齢者が
大勢いらっしゃることが明らかになっている。
わたしの所属するNPO法人ほっとプラスには、
生活困窮状態にある人々からの相談が日常的に寄せられている。
当然、65歳以上の高齢者からの相談も多く寄せられる。
この背景にあるのは、年金支給水準の低さや無年金、
預貯金の枯渇、医療や介護負担の重荷などさまざまである。
高齢者は、基本的に働くことは難しい場合がほとんどである。
そのため、収入はこれまでの預貯金や年金、
仕送りなどに頼らなければ生活ができない。
生活保護受給世帯の45,2%が高齢者世帯である
(平成25年7月:厚生労働省・被保護者調査)
ことからも理解できるように、高齢期は貧困のリスクが高まる。
そのような高齢者の貧困を防ぐために、
先進諸国の社会保障制度は整備されてきた。
だから、社会保障制度を活用すれば、一定の改善策はある。
しかし、老後破綻と呼ばれる現象の多くは、
高齢者が必要な社会保障制度に結びついていないために発生している。
例えば、日本の生活保護制度は、捕捉率が極めて低い。
日本弁護士連合会は、生活保護の捕捉率が
15,3%~18%しかないと指摘している(
日本弁護士連合会生活保護Q&Aパンフレット)。
ドイツ64,6%、フランス91,6%と比べても異常な低さだ。
捕捉率とは、その制度を受けられる人のうち、
どれくらいの人が捕捉(制度利用)できているかを表す数字である。
だから、日本の高齢者が必要な社会保障制度、
特に生活保護制度を利用できていない。
生活保護制度が高齢者の貧困に対応できていない、
機能不全に陥っているといっても過言ではない。
この利用割合の低さは、
高齢者の生活保護に対する誤解が根強いことも背景にある。
例えば、以下の生活保護に関する噂は誤りである。

「年金を受けていると生活保護は受けられない」

「持ち家があると生活保護は受けられない」

「車があると生活保護は受けられない」

「近くに家族や親族がいる場合は生活保護が受けられない」

「仕事をして収入があると生活保護が受けられない」

このような言葉は、私が相談を受けるときに質問されるものだが、
どれも生活保護を受けることができる。
生活保護制度は、収入が最低生活費に満たない場合、
受給することができる非常にシンプルな制度だ。
足りない収入を補う制度だといえる。
その足りない分の生活費はいくらなのか、計算方法は、
【収入が足りない場合に社会手当を受ける方法!
~家庭の最低生活費を計算して申請しよう~】を参照いただきたい。
要するに、生活破綻する前に早めに生活保護を利用してほしい。
相談窓口はお住まいの役所の福祉課である。
一方で、生活保護に頼らないで生活することが素晴らしいと、
美談のように語られてしまうこともある。
それは大きな間違いだ。
必要な人が社会保障制度を受けずに我慢すると、
制度はどんどん弱体化・縮小していく傾向にある。
社会保障制度は、誰もが普通に暮らせるように、
あるいは暮らせなくなったときのために用意された人類の叡智といえる。
人間だけが持っているとされている社会全体がみんなで支える仕組みである。
この機能があるから、私たちは日本という国に住み、
みんなで協力しながら経済発展など繁栄を謳歌できている。
そのため、社会保障制度が機能しなくなるということは、
国・社会が集団を構成している意味の大半を失うことであるともいえる。
だからこそ、無理せず、多くの高齢者の貧困を改善するために、
積極的に生活保護制度を活用していただきたい。
引用元:http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujitatakanori/20140928-00039403/


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テーマ : シニア・エッセイ ジャンル : 日記

tag : 餓死寸前の子供 老後破産 少子高齢化の現実

7年間行方不明だった認知症女性。家族に生活費1000万円超請求か?から一転、人道的見地から請求すべきでない。と館林市が特例措置。 

名古屋高裁が4月24日、
電車にはねられ死亡した認知症の91歳男性の遺族に、
JR東海への振り替え輸送代など損害賠償359万円の支払いを命じた。
昨年の一審判決から減額したものの、
認知症の人を介護する家族の責任を重く認めたことに変わりない。

 事故は2007年、愛知県大府市で発生した。
当時、認知症が進んだ男性は要介護4で、
要介護1の妻(91)と2人暮らし。
横浜市に住む長男の妻が男性の自宅近くに移り住み、
手分けして在宅介護をしていた。
男性はデイサービスから帰宅した夕方、
長男の妻が屋外で片付けをし、
自分の妻がまどろんだ間に外に出て
徘徊(はいかい)中に事故に遭った。

 判決などによれば、
電車事故の前にも2回、男性は徘徊で保護され、
家族は自宅玄関にセンサーを設置したり、
警察に連絡先を伝えたりしていた。
また、男性が外出したがった際は長男の妻が付き添い、
気が済むまで一緒に歩くこともあったという。

 それでも、一審は「民間のホームヘルパーを依頼するなど、
在宅介護に支障がないよう対策を取るべきだった」と指摘した。
二審は別居の長男の責任は認めなかったが、
同居の妻について「監督義務者の地位にあり、
行動把握の必要があった」と断じた。


このひどい賠償命令の報道を知ってから、足腰の丈夫な夫には、
認知症にだけはなって欲しくないわ・・と思っていたら、
先日、東京都台東区の認知症の女性(67)が
2007年に群馬県館林市内で保護され、
今月12日まで身元不明のまま民間介護施設に入所していて、
7年の時を経てのご主人様と感動?の再会場面をニュースで見た。
そのときに私が思ったことは?といえば、
ご主人様に7年間の介護施設入所費用を含む生活保護費の
請求書が来るのだろうか?
ということだった。


その後の国と行政の対応と進展を時系列で追ってみた。

田村憲久厚生労働相は13日の閣議後会見で、
この女性の生活費の負担について
「どういう解決方法があるのか検討する」と述べた。


認知症女性:7年不明 家族に生活費1000万円超請求か  
毎日新聞 2014年05月15日
◇群馬県館林市も苦慮
東京都台東区の認知症の女性(67)が
2007年に群馬県館林市内で保護され、
今月12日まで身元不明のまま民間介護施設に
入所していた問題で、女性の7年間の生活費が、
市から家族に請求される可能性のあることが分かった。
7年間の生活費総額は1000万円を超えるとみられ、
市は国や県と協議し慎重に対処するとしている。


群馬県内のある行政関係者は
「今回のケースを知って『認知症の家族を見捨てても、
行政が金を出して施設が世話をしてくれる』
と考える人が出てこないか心配だ」と話す。


館林市は16日、
これまでかかった7年間の生活費を女性側に請求しない方針を決めた。
市は「認知症に起因し、社会全体で考えるべき問題。
人道的見地から、請求すべきでない」と判断し、特例措置を示した。


館林市はとても良い前例を作ってくださったとは思うのですが、
あくまでも特例措置であり、
他の行政では保護期間の生活費を請求されるかもしれません。

認知症800万人時代において、且つ、老老介護の場合は、
親やパートナーが認知症にでもなったら、
認知症対応の民間介護施設に入所させるか、
もしくは在宅で鍵をかけて閉じ込めて置くしか方法はないのでしょうか。

国と行政側の本音としては、

「今回のケースを知って『認知症の家族を見捨てても、
行政が金を出して施設が世話をしてくれる』
と考える人が出てこないか心配だ」

に、如実に顕れています。

人は皆、嫌でも老い、そして病気で死んで行かなければなりません。
こんなにも老いることが厳しく切なく哀しいことだとは・・・
若い頃は想像もしていませんでした。

お金を出したくない国と行政にとっては、
老老介護殺人老老介護共倒れなどは眼中にないのでしょう。
今の世の中、人生の先達としての老人の尊厳や人権は
どこに葬られてしまったのでしょうか。
この国で老いるということは過酷な現実が待っているということなのです。

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tag : 認知症 損害賠償 徘徊 在宅介護 監督義務者 特例措置 認知症800万人時代 老老介護殺人 老老介護共倒れ

通所介護施設で雑魚寝宿泊をするしかない老後・・どこにも居場所も死に場所もない老人たち。もしかして私の近未来の姿?
表通りの年越しそばの店に家族連れが並ぶ大みそかの夜、
そこはひっそりとシャッターが閉じられていた。
東京都世田谷区の住宅街。路地の奥の戸建て住宅を改装した施設
この夜も3人が泊まった。

 通称「お泊まりデイ」と言われ
昼に自宅から通うデイサービスの事業所なのに、
泊まり続ける老人がいる。デイサービスの利用は10人ほどだが、
6、7人が宿泊の常連だ。

 ふだんは階段の上り下りができる2人は2階の6畳で、
車椅子が必要な人は1階の8畳ほどの部屋に
ベッドを四つ入れて雑魚寝のように寝る。
ベッドの間には衣類など生活用品を入れた紙袋が積まれ、
ポータブル型のトイレが置いてある。

 夜勤の職員は1人。夜は汚物の処理をしないため、
朝は臭いがむっと鼻をつく。老人たちは狭い部屋に詰め込まれ、
一晩800円の宿泊料を払う。

 シズさん(92)は昨年末に来た。夫が亡くなった後、
アパートで一人暮らしをしていたが、認知症が進み家で転んだ。
病院が経営する老人保健施設に入っていたが、
3カ月しか入れてもらえなかった。

 「特別養護老人ホームは入所待ち。有料老人ホームも見たが、
とても高くて」。親族はため息をつく。

 デイサービスで通っていたキヨコさん(96)はいつしか長期連泊になった。
自らトイレに行けず、食事も職員の介助で食べるが、硬いものは食べられない。
泊まる人では唯一、長男が薬を持って面会に来る。
そのたび「帰りたい」と訴える。

 一番若いフミコさん(65)はここでの生活が2年以上になる。
食事やテレビを見る時以外はほとんど寝ている。
脳梗塞(こうそく)の後遺症もあって物忘れがひどく、
5分に1回は不安そうに聞く。「自分はどうなるの」

 有料老人ホームは介護保険で介護費用の9割が賄われるため、
国が部屋の広さやトイレなどの設備の基準を設けている。だが、
お泊まりデイは保険の枠外のため国の基準もなく、
老人がまともな介護を受けられない「劣悪介護」の温床だ。

 「どこにも受け入れてもらえない老人がいるし、
家族の負担も重い。現実は社会保障制度のはざまにいる人が多数派だ」。
デイサービス大手「茶話本舗(さわほんぽ)」を運営する
日本介護福祉グループ(本社・東京)の藤田英明会長は言い切る。
お泊まりデイを売りに、創業7年ほどで
加盟店を全国745事業所に広げた。世田谷区の事業所もその一つだ。

 「劣悪な環境」との批判には、
宿泊の受け入れ人数や日数を抑える自主ルールを作り、
健全化に取り組んでいるという。それでも1割は未達成だ。

 団塊世代がリタイアし、東京、大阪、福岡など都市部を中心に高齢化が進む。
2025年には65歳以上の人が3割を超える。その老後には大きな不安が待つ。

 (松浦新、松田史朗)

 (施設の利用者は仮名)



引用元
(報われぬ国 負担増の先に)行き場なく、雑魚寝の老後 通所介護施設に宿泊


引用文は今朝の朝日新聞一面の記事である。
私は今この時間は、それなりに自由に体を動かせて、
それなりに元気で、ラジコで好きなラジオ番組などを聴きながら、
のんびりとパソコンに向かうことができる。

記事中の『一番若いフミコさん(65)は
ここでの生活が2年以上になる。』と書いてある。
ということは、63歳かもしくは63歳以前に脳梗塞になった計算になる。
フミコさんは私より数歳だけお姉さんである。
私もフミコさんのように、いつ何時に脳梗塞で倒れるか分からない年齢に
達していることを認めざるを得ない。
倒れたら、そのままピンピンコロリで逝かせてもらえればいいが、
周囲の親切な人(私にとっては迷惑な人)に救急車を呼ばれて、
命だけは助かり、重い後遺症を残したまま生かされるかもしれない。

そして・・記事中の方々のように糞尿臭の漂う劣悪な環境で、
長期連泊を余儀なくされ、生かさず殺さず銭儲け
の対象物にされる可能性が無いとは言えない。




わざと難解でややこしく、素人には分り難く書いてある、
↓「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律案」
http://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia251016/3.pdf
(平成25年10月15日国会提出、12月5日成立、平成26年1月12日から施行)
という法律がある。

「持続可能な・・・」の意味を、自らの身に照らし合わせると、
在宅介護に舵を切った国の姿勢は、
「高齢者にも応分の負担増を求める」ということになり、
自分の介護費用の負担ができない人、もしくは、
在宅での介護が不可能な人は、自己責任として、野垂れ死ぬか、
糞尿臭の漂う劣悪な環境で生かされろ!ということになる。

日本女性は世界一の平均寿命だというが、
実際の平均寿命は上記の記事中の方々や
自宅や介護施設等での寝たきりの数多の方々によって押し上げられ、
また維持されているだけであって、
私はそのような状況下での世界一の平均寿命などは嬉しいどころか
切なくて、なんともやりきれない気持しか湧いてこない。

人間、どうなるか分からない明日のことを考えるよりも、
今日はこんなに愉しいことがあったとか、
今日はこんなに美味しいランチを食べたとか、
そういうことばかり考えているほうが愉しいに決まっている。
それでも私は、一度しか経験できない人生に於いて、
多少なりとも悔いを少なくするために、「知ること」を選んだ。
ゆえに「好奇心のアンテナ」を疲れない程度に
張り巡らせておき、敢えて、見たくもなく、
また、考えたくもない老いと死の現実問題と闇の部分を
これからも見て聞いて、考え続けたい。

改めて思うに・・
後数年で前期高齢者の仲間入りをする私としては、
2025年問題は、今からでもなんとかしようと努力するどころか、
逆走に傾く為政者のいるこの国に於いては、
死ぬことよりも恐怖の度合いが大きいような気がしてならない・・。
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家族の責任、どこまで? 認知症の男性が徘徊中、線路に…遺族に720万円の賠償命令
一昨日の朝刊に
家族の責任、どこまで 徘徊中、線路に…遺族に賠償命令
の記事が載っていた。

記事によると・・・

家を出て徘徊(はいかい)していた認知症の男性が線路内に入り、
列車にはねられて亡くなった。
この男性の遺族に対し、「事故を防止する責任があった」として、
約720万円を鉄道会社に支払うよう命じる判決が出された。
認知症の人を支える家族の責任を重くみた裁判所の判断。
関係者には懸念の声が広がっている。

■妻がまどろんだ一瞬

 事故は2007年12月に起きた。愛知県に住む当時91歳の男性が、
JR東海道線の共和駅で、列車にはねられて死亡した。

 男性は要介護4。身の回りの世話は、同居する当時85歳の妻と、
介護のために横浜市から近所に移り住んだ長男の妻が担っていた。
この男性が外に出たのは、長男の妻が玄関先に片付けに行き、
男性の妻がまどろんだ、わずかな間のことだった。

 男性はホームの端から数メートルの線路上に立っていたところ、列車にはねられた。
線路に入った経路はわかっていない。事故で上下線20本が約2時間にわたって遅れた。

 JR東海は、男性の妻と、横浜市で暮らす長男を含めたきょうだい4人に対し、
振り替え輸送の費用など損害約720万円の支払いを求め、名古屋地裁に提訴した。

 JR側は、遺族には「事故を防止する義務があった」と主張。
訴えられた遺族側は、徘徊歴は過去に2回だけで事故の予見はできなかった、
などと反論した。


 ■判決「見守り怠った」

 今年8月に出された判決は、死亡した男性には「責任能力がなかった」とし、
遺族のうち男性の妻と長男の2人に賠償責任を認めた。

 長男は、家族会議を開いて介護方針を決め、
自分の妻に男性の介護を担わせていたことから、
「事実上の監督者」と認定した。
さらに徘徊歴や見守りの状況から事故は予見できた、と指摘。
男性の認知症が進行しているのに、
ヘルパーの手配など在宅介護を続ける対策をとらなかったなどとし、
「監督義務を怠らなかったと認められない」と結論づけた。
死亡男性の妻についても、「目を離さずに見守ることを怠った」とした。

 一方、他のきょうだいは、遠くに住むなどの事情で、
家族会議に参加しないなど、
介護に深く関与していなかったとし、責任を認めなかった。

 遺族代理人の畑井研吾弁護士は「介護の実態を無視した判決だ。
認知症の人は閉じ込めるか、施設に入れるしかなくなる」と批判。
長男らは名古屋高裁に控訴した。

 JR東海によると、飛び込み自殺などで運休や遅れが発生した場合は、
損害の請求をするのが基本的な立場。
ただ訴訟にまで発展するケースはここ数年は例がないという。
同社は「認知症の人の介護が大変だということは理解しているが、
損害が発生している以上、請求する必要があると考えた」としている。

 
■施錠しかないのか

 長男(63)のコメント 判決が指摘する
「(出入り口の)センサーを切ったままにしていた」
「ヘルパーを依頼すべきだった」といった事項を全て徹底しても、
一瞬の隙なく監視することはできません。
施錠・監禁、施設入居が残るのみです。
父は住み慣れた自宅で生き生きと毎日を過ごしていましたが、
それは許されないことになります。控訴審で頑張るしかないと思っています。


■「補償の仕組み必要」/無施錠の施設、落胆

65歳以上の高齢者のおよそ7人に1人が認知症と推計されている。
家族や関係者にとって判決は重く響く。

 
認知症の人と家族の会(本部・京都市)の高見国生代表理事は
「あんな判決を出されたら家族をやってられない。
責任をまるまる家族に負わせればいい、というのではダメだと思う」と判決を批判。
一方で「認知症の人の行動で他人に損害が生じうるのは事実。
何らかの保険のような、補償の仕組みを考える必要があるのではないか」と語る。

NPO法人「暮らしネット・えん」(埼玉県)が運営するグループホームは
カギをかけず認知症の人が自由に出入りできる。本人のペースを大事にするためだ。
外に出ようとしていれば職員が付き添う。ただ注意しても、
気づかぬうちに利用者が外に出かける状況をゼロにはできない。
無施錠の方針は監督責任のリスクと隣り合わせだ。小島美里代表理事は
「(判決の考え方で)今まで積み重ねてきたことを無視された気持ちになる。
怖くて、事業をやめたいとすら思う」と話す。


 ■事故までの経過

00年    男性の認知症に家族が気づく

02年    長男の妻が男性宅近くへ転居 男性に要介護1の認定。デイサービスへ通い始める

05、06年 夜中に2度徘徊

07年    要介護4、常に介護が必要な状態に


【07年12月7日 事故当日】

午後4時半ごろ   男性がデイサービスから帰宅、妻や長男の妻とお茶を飲む。
長男の妻が玄関先へ片付けに。妻がまどろむ間に男性が外出

午後5時ごろ    妻と長男の妻で、男性の散歩コースを捜すが見つからず

午後5時47分ごろ JR東海道線共和駅で事故発生

引用ここまで....





法的な面から探ると、自殺のように故意によるものではなく、
防ぎようのなかった過失に当たると思うのだが、
それでも司法は介護者に厳しい判決命令を下した。
今後はこの裁判所命令を元に、認知症の高齢者が徘徊中に線路に入ってしまい、
はねられて電車を止めたら損害賠償金を払わされることになるのだろうか?


どう考えても、在宅での認知症高齢者の24時間見守りは到底無理であり、
人権侵害をも承知の上で、家の一室を監禁部屋として施錠しても、
徘徊できるほどの身体的能力(特に足腰の力)を持っていれば、
壁は突き破り、窓ガラスは割ってでも外に出る人もいるかもしれない。

介護者にとってはまことに厳しい判決だと思う。
と同時に、認知症になってしまった老いた両親や配偶者に対しては、
徘徊しないように座敷牢に閉じ込めておくしかないのだろうか・・。

施設に入れるという選択肢もあるが、
現実的には私が住む町では、現在、要介護認定者での特養待ちは、
年金の範囲以内で入れる施設一箇所に付き、多いところで1,600人、
少ないところでも数百人が空きを待っている。
そして、ほとんどは入居者の死亡による退所者がいないと入れない。
今から20年後、私が運よく生きていたら、80代になっている。
その頃には、特養待ちはいったい何千人になっていることやら・・。

逆にサービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームは、
今現在でも掃いて捨てるほどたくさんあるが、
経済的な面から考えると、おいそれとは入れない。



上記のような賠償命令判決が出た場合を想定して、
民間の保険ではなく、介護保険制度に認知症オプションとして、
徘徊損害賠償項目を追加してもらい、
認知症と診断されたらそのオプションに加入し、
社会全体で分担するしか方法はないのかもしれない・・。


結局は新聞記事にあったように、介護で一番泣きを見るのは
在宅で認知症の親の面倒見ている配偶者とその子どものみということになる。

個人的には720万円の賠償命令を受けたご遺族が、
控訴審で地裁命令を覆し、「賠償責任無し」になることを祈ります。

誰もが好きで老いるのでもなく、
誰もが好きで認知症になるのでもない。
そして、誰もが好きで介護を背負うのではない。

国も行政もまったく当てにならない中、
(来年4月に予定されている消費増税分の多くは社会保障費には回さず、
法律に書き込まれている消費増税法の付則という抜け道を使って
公共事業へのばらまきと企業減税に費やす予定らしい。)
65歳以上の7人に1人が認知症(推計)という
「認知症時代」を生きなければならない私たちの世代・・。
子どもの世話になりたくなければ、また迷惑をかけたくなければ、
「自分はどこで死ぬことができるのか?」
を今から考えておかなければならない時代が到来しているようです。

寄る辺なき孤独噛み締め真夜中にファドなど聴きて運命(さだめ)を思ふ
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tag : 認知症高齢者 人権侵害 座敷牢 介護保険制度 司法判断 消費増税法の付則

「お母さん早く死んでよ!でも....やっぱり長生きして!」老親介護の揺れ動く心と人生の正解について。
寝たきりの96歳の母親を介護している友人(60代女性)の
介護者としての言い知れぬ苦悩を、長距離電話で約2時間ほど聴いた。

彼女の母は今日はデイサービスに行っており、
明日からは3日間のショートスティの予定なので
やっと、束の間の休息が取れそうだという。


介護保険法が施行される、その数年前、
彼女の母親が脳出血で倒れて寝たきり状態になった。
彼女は3人姉妹の三女であるが、姉妹間で話合った末に、
姉妹の中で唯一の独身ということで止む無く会社を辞め、
母親の介護の為に郷里(九州の某県)に戻った。


彼女は私が会社員をしていたときの同僚であり、
40数年来の付き合いがある大切な友人でもある。
郷里に戻ってからは筆まめな彼女はよく絵手紙をくれる。
私も近況を知らせる絵手紙の返事を書く・・。の関係を続けていて、
携帯電話もパソコンも持たない彼女とのアナログなやり取りは
私には心地のいいひとときとして愉しませて貰っていたのだが、
最近彼女からの絵手紙の回数が減ったのをいぶかしく思っていたら、
彼女が膠原病を発症し、一人での24時間介護は肉体的に限界・・
とのことで、昨年末に近くに住んでいるすぐ上の姉(商売人)
の家に母を引っ越しさせ、昼間はヘルパーさんに来て貰い、
夜間は彼女が自分の夕食を済ませて後に姉の家に通い、
夜間専門介護人のような形として、紙おむつ交換の為だけに通っているという。
その夜間の紙おむつ交換であるが、母親がほんの少しの排尿をしただけでも
すぐに「気持ち悪い・・早く紙おむつを替えて・・」というので、
約1時間おきに起きなければならず、
紙おむつ代への経済的な面での負担に加え、
寝不足と私自身の病気の悪化で私のほうが母よりも早く死にそうよ。
と自嘲気味に笑いながらもひどく嘆いていた。

そして、「本当は口には出してはいけないことだとは思うけど。」
と前置きした上で、
「真夜中におむつ交換で頻繁に起こされるときは、
「お母さん!あなたの介護で失われた私の人生の時間を返して!
もう、いい加減に早く死んでよ!と思い。
お母さんの状態が穏やかなときは、
でも....やっぱり、もっともっと長生きして!
と思う気持ちが常に交錯しているの....
私って親不幸でどうしょうもない娘なのかしら?
それとも、これが当たり前の感情で私が恥じる必要はないのかしら?
それにね。いい歳をして恥ずかしいんだけど、
今頃になって、生涯独身を通したせいかしら?
生きる意味とかを考えることがあるの。私どこか変かしら?」と、
切々と介護の窮状訴えながら、私に人生への答えを求めて来る。

親の介護経験のない私には何と答えて良いものやら判らなかったが、
私の場合、亡き母が郷里の特養に入所していたときには、
もっともっと会いに行けばよかった・・
もっともっと手紙を出せばよかった・・
もっともっと母の思いを共有しておけばよかった・・
と今でも後悔と自責の念に苛まれていることと
後悔の無い人生などは有り得ないことを伝え、
「Sちゃんは今まで一人でお母さんの介護を頑張って来たじゃない。
私なんかに比べたら、Sちゃんはスゴイことを成し遂げたと思うわよ。
それから、人間は必ず死ぬのよ。Sちゃんのお母さんもあなたも私も・・
あとは運命に任せるしかないんじゃない?」としか言えなかったが、
彼女は「そうよね。それが正解なのかもねぇ。
ナスちゃんに思いをぶちまけてスッキリしたわ。
また突然電話するかもしれないけど、
そのときはまた私のしょうもない愚痴を聴いてね。
今日は2時間も時間を割いてくれてありがとう。」
と言って彼女は電話を切った。


だが、彼女には言わなかったが、
私は人生に真実の意味での正解などはないし、
生きる意味探しも無駄だと思っている。
人間は常に人生の道に迷い、心は常に惑い、
言い知れぬ不安という絶望に苛まれながらも抵抗の手段すら見いだせない。
そして、肉体という器は無慈悲にも淡々と壊れゆき、
速度を増して死という未知の領域に向かっているのみである。
人間の数だけ生きる意味も違い、個々の納得する人生の正解も違う。
然るに、心肺機能と脳の機能が停止し、死と認定されたならすべてが「無」になる。
その無になる直前に、つまりは人生の最期に自分に正解と思い込ませることができれば
それが正解であり、その人なりの生きた意味を見出したことになる。
それでも納得いかなければその人の人生は不正解の生だったと・・
ただそれだけのことなのではないだろうか?

ただ、私と同様に生の残り時間が短くなってきたSちゃんには、
心が柱時計の振り子のごとくに揺れ動こうとも、
まだ今ここに生きているという彼女自身の生の時間を大切に有意義に過ごして欲しい・・。

老いるとは辛く切なきものなりき激しき老いも静かなる老いも
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tag : デイサービス ショートスティ 介護保険法

罵声も怒声も当たり前?生き地獄のパワハラ老人保健福祉施設
プー婆友(プールだけでの友人)のS子さんと
水中歩行しながら他愛のない話をしていたら、
老人保健福祉施設に入所されている彼女の御母堂様の話になった。

S子さんは週に1~2回ほど御母堂様の様子を見に行く。
クリスマスにも、せめてクリスマスの雰囲気だけでも味わわせてあげたいと、
小さなケーキをお土産に持って行って二人で食べていたら、
突然、御母堂様がとシクシク泣きだし、
「ここを出たい・・自分の家に帰りたい・・」
と、思い詰めた様子で訴えるのだという。

現在89歳の御母堂様。
いまのところは認知症はないが、如何せん・・・加齢には勝てず、
足腰が弱くなり車椅子での移動を余儀なくされている。

御母堂様は一人娘であるS子さんの家で同居をした経験があるが、
S子さんのご主人様と相性が合わず、
一年足らずで、自ら進んで老人保健福祉施設に入ったと言う経緯があり、
今いる場所が終の棲家、つまり死に場所であると認識している。
ゆえに、今までは一度たりとも「施設を出たい・・自分の家に帰りたい・・・」
などと口にしたことはなかったらしい。

S子さんが、何が原因なのかを訊いてみたら、
現在、排泄行為は介護士さんに連れられての
車椅子での移動によってお手洗いに行っている。
本当は自分の足でお手洗いに行く自信はあるのだが、
半年前ほど前に自力で車椅子を操ってお手洗いに行ったときに、
車椅子から便座に移動するときに、
よろけて転んでしまい、そのときに大腿骨を骨折して、
それからは、一人でお手洗いに行くことは禁止となり、
必ず、介護者付きでなくてはお手洗いにも行けなくなったらしい。
御母堂様はそんな自分が情けなく、
また、排泄ごときで忙しいであろう介護士さんを
いちいち呼び出すのは申し訳ない・・と思っている。

そういうわけで、我慢に我慢を重ねてからコールするので、
ときどきは間に合わなくて、車椅子の上でおもらしをすることもあった。
そんなときでも、今までの介護士さんは優しくはないが、
何も言わずに黙々とビジネスライクに処置してくれていたそうである。
そして、その担当介護士さんが辞めて行って別の介護士さんに変わったのだが、
やはり、つい先日も間に合わなくてお手洗いの手前でおもらしをしてしまったら、
「このションベンもらしババァがっ!誰が車椅子を掃除すると思ってんのっ!」
と怒鳴られたあげく、
人手不足を理由に紙おむつを当てられて、
排泄は大小を問わず、紙おむつにするように命じられたのだと言う。
御母堂様は、怒声に対してすっかり委縮してしまい、
「紙おむつにオシッコなんてできないのに、ウ○コまでなんて尚更無理よ。
こんな処に居るのはもう嫌だわ。私の家に帰りたいの。お願い連れて帰って・・」
と、終いには泣きじゃくるのでS子さんはほとほと困り果て、
事務所に抗議に行ったそうな。



「確かに母はときどきおもらしをします。
だからと言って、無料でお世話して貰っているわけではありません。
人間としての尊厳を傷つけるような言葉には気を付けて頂きたいのです。」
旨の抗議をしたそうなのだが、

事務所側の返事はと言えば
「お宅様のお母様の担当になった介護士は、
今までは他の施設で認知症の方々の担当をしていたので、
今までの癖が残っていたのでしょう。
以後気を付けるように言っておきます。
それから紙おむつの件については、やはり必要だと思われます。
それから、退去手続きはいつでも出来ますのでご自由に・・」
と言われたという。


S子さん自身も、実母を老人保健施設に入居させたことに対して、
いつも自責の念を抱いている。
だが、膝の病気で力仕事は医師に止められていて、
とてもじゃないが、S子さんの家での介護は無理・・
と何度も何度も自分に言い聞かせて、自分の気持ちを納得させている。
母が帰宅を望む母名義の家もあるが、お手洗いに連れて行ってもらう以外は
一日中寝たきりの母を独りで住まわせることなど出来っこない。



S子さんは御母堂様に
「抗議をしてきたから、もう怒鳴られないから大丈夫よ。
それからね。紙おむつに排泄をしなくてもいいから
万が一のことを考えて付けていてね・・。
おもらしをして怒鳴られるよりもいいでしょ。
と、なんとかなだめて、母の尊厳を思い、自分の老後を憂い、
尚且つ、後ろ髪を引かれながらも家路に着いたそうな。



この話を聞いて、
「まさか?いまどき、老人福祉施設でそんなパワハラなんてないでしょ?嘘でしょ?」
と彼女に問い返したら、頭はクリアでボケもなく寝たきりになられてしまった入居者の棟では、
告発や告訴を恐れてか?パワハラは少ないが、認知症棟では、世間では信じがたいひどい言葉・・

「お前なんか生きてる価値なんて、これっぽっちもねぇんだよ。」
「また下痢便かよ。臭くてたまんねぇんだよ。早く死んでくれよ。」

等々の、信じられない言葉が女性介護士の口から発せられていて、
「私は実際にこの目で見て、この耳で聴いてるのよ。嘘じゃないわよ。」
とのことであった。


S子さんに、「超少子高齢化の真っただ中の私たちの年代の人が
老人福祉施設に入らなきゃいけないときのことを考えたら、
ベッド数は足りないわ。介護士は少ないわで、
どんな生き地獄が待っているのかしらねぇ?
家で孤独死したほうがましね。
私、寝たきりになっても絶対に施設には入らないわ。」
と言ったら、S子さん曰く・・・
「あーら、あなたは嫌でも、体が不自由になったら、
私もあなたも無理矢理にでも子どもに入れられるのよ。
でもね。そのときに、ベッドに空きがあればの話だけどね。

今はね。早く母が認知症になってくれることを願ってるの。
尊厳を傷つけられて、家に帰りた~い!
と泣かれることもないだろうから・・。」

とのことでありました。


私も介護保険法が施行される直前にホームヘルパーの実習で、
特養に行ったことがある。

口を開いたまま、目はうつろで言葉を発しない寝たきりの人や、
一日中、ウサギのぬいぐるみを抱いて、
独り言を呟きながら施設内を徘徊する老女や、
下半身丸出しで局部を弄っている老人を見て、
これが老いの現実なのか・・・と溜め息がでたが、
そのときは、自分の老いも死も頭の片隅にも無く、
仕事に就きたい!の一心で、寒空の下、実習先の特養の裏庭で、
排泄物のこびり付いた車椅子洗いをしたことや、
介護のベテランらしき人のパワハラ的言動のことが
まざまざと思い出される。



生産性の無い老人は社会のゴミだと言う人がいる。
だが、人は誰でもいずれは老いる。
「このションベンもらしババァがっ!誰が車椅子を掃除すると思ってんのっ!」
と怒鳴った若い女性介護士さんも、
認知症担当の「お前なんか生きてる価値なんて、これっぽっちもねぇんだよ。」
「また下痢便かよ。臭くてたまんねぇんだよ。早く死んでくれよ。」
と罵声を浴びせかける女性介護士さんも
いずれは老いて、生産性の無い社会のゴミと言われ、
尊厳を傷つけられ、そして、死の恐怖と闘いながらも
最後には自然の摂理通りに死んでいくしかない。
歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇としてね。

最近の私、寒さのせいか、腰痛もひどくなり、40肩もぶり返している。
耳鳴りもするし、少し外を歩いただけで
信じられないほど脈が速くなることもある。

食生活に気を付けていても、適度な運動をしていても、健康食品を摂ってはいても、
加齢とともに身体が徐々に壊れてゆくことは避けられない。

自宅の自分のベッドで、夜、眠りに付いたまま、
激痛で直ぐに意識を失ってしまうという急性心不全で死んでいきたい・・。
と思う年の暮れではありますが、
その時期は、できれば40年後(100歳超)ぐらいがいいな。(*^_^*)

一年の終わりに思ふ一生(ひとよ)とはかくも短くかくも儚き
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

tag : 介護保険法 老人保健福祉施設 パワハラ ホームヘルパー

老年女性の老い先短い人生のストレスの元は老いた夫?
10数年の別居期間を経て、
昨年60歳になった友人が調停離婚を申し出たそうな・・。
離婚時の厚生年金の分割制度も鑑みて、
今まで離婚を踏みとどまっていたいたらしい。

そもそもの別居原因は何だったの?
と訊いたときに、
「夫の自分本位の性格よ。」
と澱みなく答えていた彼女。

そのとき同席していた、
それまで一度もご主人様に対しての愚痴など漏らしたことのない、
幸せいっぱいの結婚生活をエンジョイしているかに見えた
70代前半のA子さんがポツリと一言・・・

「私も・・もし、経済的に一人でも食べていけてたら、とっくに離婚していたわ・・。」


そりゃまぁ、どこの夫婦でも相性100%なんて在り得ないわよね。
それでもなんとか夫婦を続けているのは
女性側からしたら、、、、、私もそうだけど、
経済的に自立できないから仕方なく・・の人が多いのよね。

そして、3人で口を揃えて言ったことは、

「老い先短い人生なのに・・・
老いた夫よ!あなたが私の人生のストレスの元なのよ!
あなたがもっと私の気持ちを尊重してくれたら、
私はもっと豊かで悔いのない人生を全うできるのにっ!
妻を満ち足りた気分にさせて初めて、
あなたにも心豊かで満ち足りた老後が訪れるのよ。
どうして、それが解らないのっ!?」

だって。(^_^;)



そして、その後、
老年期の女性側からストレスの元=夫の言動と行動を論(あげつら)ってみたのよ。

① 誰のおかげでお前は飯が食えるんだ?の態度が見え見え。
② 外出の際、いちいち帰宅時間を訊き、必ず俺の夕飯はどうするんだ?と訊く。
③ 布団の上げ下ろし方まで干渉する。
④ 都合が悪くなると俺は亭主だ!と威張る。
⑤ 妻の言うことはなんでもかんでも否定、もしくは批判する。
⑥ いずれは妻に介護してもらおうという魂胆がある。
⑦ 束縛したり、従属させようとする。
⑧ 無給の家政婦扱い。
⑨ テレビが恋人。
⑩ 家の中に居るだけでうっとうしい。

etc..................

切りがないので10個で止めるけど、
期せずして「おひとりさま」になられてしまった方々からは、
どんな夫でも傍に居るだけで幸せなのよ。
老後は「ふたりでひとり」よ。わがままねぇ。
「おふたりさま」でいられる内が花よ。
等々の思いや御意見もあるでしょうね・・・。


私の40年来の友人(60代後半)は、
ご主人様が勝手に決めた老後計画=「農業回帰で幸せシニア夫婦に♪」で、
定年退職後には田舎に帰り農業を始めたいので、
君も一緒に来るように・・と懇願され、
猛抵抗と猛議論の末に、
結局は経済的に一人で食べていくこともできないが為に、
仕方なしにいやいや田舎に籠ったはいいけれど、
慣れない環境に適応できずに結果、うつ病になったのよ。

でも、御近所や世間様にはうつ病のことは隠し、
自分の心とは裏腹に明るく幸せそうに振る舞うことを余儀なくされて、
心も体もボロボロになり、今も治療中なのよ。

かと言って、都会の家も土地も売り払ってしまった今、
老いた身で夫と離婚して、友人知人が大勢いる都会に戻ることもできない・・。
結果、今は仮面夫婦らしいわ。
そして、
「もし夫が先に倒れても夫の介護は絶対にしない!」
「死んでも夫とは同じお墓には入りたくない!」
と、生前散骨を申し込んだとも言ってたわ。



「女三界(さんがい)に家なし」って言うじゃない。
日本女性の置かれた地位と人間的価値の低さ。
平成の世になっても戦前から何も変わってないわね・・・。
亭主を思い通りに操縦する鬼嫁なんていうのは、
何処の世界の人たちの話なのかしら?
それとも、年代のせい?
それとも、我慢と忍耐が足りないのは私たち女性?


いずれは妻に介護してもらおうという魂胆がある夫たち。

嫌でも訪れるかもしれない夫の介護。
介護疲れに因る殺人も頻発している昨今。
今更離婚もできないし。
う~ん・・。どうしようかしらね。
(ー_ー;)。o O (介護をするかどうか思案中.......)
(ーー;).。oO(認知症になった夫の介護を想像中.......)
110219r
セーターに毛玉を見つけ恋をしたあの日の君はもういない部屋
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テーマ : ひとりごと ジャンル : 日記

親孝行したくないのに親がいる
「いかに納得して死ぬか?」ばかりを追求して、
そのようなことだけを記事にしている私とは違い、
シニアorシルバー世代になっても、
人生に目的、希望、夢を持ち、それらを実践しながら、
心豊かで前向きなシニアorシルバーライフを
満喫していらっしゃる方々には頭が下がる。
きっと、無縁死や孤独死には縁がない幸せな生活環境にいらっしゃるのだろう・・・。




けれど・・・・・
世の中、そのようなシニアorシルバーばかりではないのも事実・・。



夫を7年前に亡くしたA子(当時78歳)は、夫との思い出の残る古い家で
自由きままな独り暮らしをしていたが、長女(当時55歳)の夫が定年を迎え、
社宅を出なくてはならなくなった・・。

ついては、この古い家を解体し、夫名義で家を新築するから同居しない?
と、長女夫婦から話を持ちかけられた。

自分もこれからは老いゆくばかり、介護される側になるのも時間の問題。
実の娘との同居なら上手くいくかもしれない。
婿殿も優しい人だし・・
と思い、同居を承諾した。

木の香りのする新しい家の2Fの奥の6畳一間をあてがわれ、
充実した老後を迎えるべく、同居を始めた。
だが、そこには思い描いていた幸せな老後などはどこにもなかった。


実の母娘ゆえなのか・・
互いに遠慮も気遣いもなく、
言いたいことを言い合い、毎日ケンカばかり。
茶飲み友達も娘夫婦に遠慮してか、次第に足が遠のき、
誰も来なくなった。



そして、ただただ、

車を買い換えるから・・
車庫を借りるから・・
病院への送迎用のガソリン代と昼食代を出して・・
家のローンの返済分の半分を負担して・・
生活費が足りないのよ。お金を貸して・・・
お世話代を値上げするわ・・・
間借り代も取ることにしたわ・・・


等々で、A子の貯蓄と年金は湯水のように吸い上げられていった。
長女夫婦は、徐々に金銭感覚がマヒし、
A子のことを死ぬまで年金という現金が出てくる打出の小槌と思い始めていた・・。

そして今、A子は88歳になった。
加齢に因るまだらボケを理由に、
成年後見人の届け出もしないままに
預貯金通帳も自分の葬式代として仏壇の引き出しにしまっておいた現金も
長女に取り上げられてしまった。
果ては、A子名義の土地を長女に相続させる旨の遺言書も書かされた。
もし、断ったら、この家から追い出されそうな気配がありありと感じ取られたからである。

他にも二人の娘(次女、三女)が居るが、既に義理の親と同居の嫁いだ身。
今更身を寄せる場所もない・・。
米寿を迎えた老いの身に選択肢はない。
このまま、何も言わずただ耐えて我慢して、
この家に置いて貰うしかないのだとA子は考えていた。


昨年A子は手摺のない2Fへの階段で転んで大腿骨を骨折し、
図らずも車いす生活になった。
部屋だけは一階の仏間に変わったが、長女の態度はなにも変わらない・・。
むしろ、邪魔者扱いにしているかのような風に感じてしまう。
「食事が遅い!片付かない!」と毎回文句を言われて嫌な顔をされ、
楽に寝起きの出来る介護用ベッドが欲しいと言っても、
「そんな余裕はない!」と言われ、
物置から出してきた古く汚れたソファベッドに寝かされた。



そんなとき、長女の夫が難病に罹患し、入退院を繰り返すようになった。
当然の如く、長女の夫の医療費はA子の預貯金から出している。

「夫の介護で精いっぱいで、体力的にも精神的にも、
もうお母さんの介護までできない!」
と長女に言われ、
介護認定を受けさせられて、デイサービスに行かされた。
A子は幼稚園児がさせられるような塗り絵も風船遊びも
バカにされてるような気がして嫌だったが、
ここは「老稚園」なのだから・・と思い直して、
努めて楽しいそぶりを見せて我慢していた・・。

そののち、長女の夫の何度目かの入院のため、
「ひとりではこの家に住めないでしょ?」
とA子は強引に老健に入れられた。
だが老健には長くは居られない。
長女が勝手に特養にも申し込んでいたらしく、
来月から入ることになった。

A子は頭が鮮明なときにふと想う。
目の前のお金は目に見えるけれど、
家族の絆などというものは目には見えない幻のようなものなのだ。
家族愛という幻想の産物はシャボン玉のように
儚く何処かへ消えて行ってしまった。

テレビに出てくるお年寄りはみんな明るく笑顔で、
「今が一番幸せです。」などと言うが、
果たして本心なのだろうか?
私の場合は
誰が、何が悪かったのだろうか・・?
どこでどう間違えてしまったのだろうか・・?
それとも、これが当たり前の今の世界なのだろうか?

今更考えてもどうしようもないけれど、
少しでも尊厳を持って生き、尊厳を持って最期を迎えるために、
もう私の側から長女との絆は断ち切ろう。
と・・・。

あの、思い出のたくさん詰まった古い家で誰に気兼ねすることもなく、
時折訪ねてくる友人たちと、心ゆくまでお茶を飲みながら楽しく語り合い、
孤独死するまで自由きままに生きていたほうが、
幸せだったかもしれないわ・・・。

長女は長女で思っていた。
老いた親の存在のなんと疎ましいことか!
無一文の老いた親よ早く死んでくれ・・・
と・・・。
110201r
独り居る寂しさよりもふたり居る時間のほうが孤独だなんて
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

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Author:千風
気が付けば、六十路.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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