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アウシュビッツは史上最悪の施設として人々に記憶されています。実際には、犠牲者の約半数が収容所ではなく、公衆の面前で殺されました。何が進行しているのか、市民は知っていた・・。」
 

ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の教訓に学ばないまま、大虐殺は繰り返されるのだろうか。米国を代表する歴史家ティモシー・スナイダー氏が新著「ブラックアース」で具体的な国名を挙げて警告を発し、大きな反響を呼んでいる。アウシュビッツ強制収容所に象徴されてきたホロコースト像の大幅な転換も迫る同氏を訪ねた。


 ――ホロコーストとは「ドイツのユダヤ人がガス室で虐殺された出来事」と、多くの日本人が信じてきました。あなたが昨年米国で出版した「ブラックアース」は、この常識を覆す内容を含んでいます。私もショックを受けました。

 「欧米でも、ホロコーストはドイツ国家が関与し、ドイツのユダヤ人の身の上に起きた悲劇だと思われてきました。実際には、犠牲者の大半がドイツとは関係ない。殺されたユダヤ人の97%は、当時のドイツの外にいたのです」

 「ホロコーストは『記憶の文化』と化しています。現代人はもはや出来事自体を話題とせず、それがどう記憶され、伝えられているかを論じます。でも、本当に何が起きたのか、実はまだ知られていない。そのような問題意識から歴史を描き直そうと思いました」

 「アウシュビッツは、100万人ものユダヤ人が殺された現場です。ただ、1941年に始まる大量虐殺で、ここが舞台になったのは主に末期の43~44年です。なぜ虐殺が始まったのかは、この施設を見てもわかりません」

 ――著書の中では「アウシュビッツの逆説」と呼んでいますね。

 「アウシュビッツは史上最悪の施設として人々に記憶されています。でも、ここだけを語ることはホロコーストの過小評価につながりかねない。虐殺が密室の中で実行されたように見えるからです。実際には、犠牲者の約半数が収容所ではなく、公衆の面前で殺されました。何が進行しているのか、市民は知っていたのです」

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 ――ドイツ国家が強大がゆえに虐殺を起こしたと信じられていますが、これにも異を唱えました。

 「ヒトラーをナショナリストと見なすのは間違いです。人種に基づいた帝国を築こうとした彼は、もっと過激な何者かです。彼にとって、国家はそのための手段に過ぎなかった。ドイツで国家の力が強大化したからホロコーストが起きたと考えるのは、誤りです」

 「38~39年のドイツは、当時のソ連ほど強圧的ではありませんでした。虐殺を本格化させるのは、ドイツが国境を越えて外に出た後です。そこは、バルト3国やポーランドの国家がソ連侵攻で破壊されて生まれた無法地帯でした。だからこそユダヤ人虐殺が可能になった。国家の有無がホロコーストの決め手となったのです」

 「つまり、直接ホロコーストの責任を負うわけではないにしても、ソ連が演じた役割は大きい。ドイツの求人に応じて虐殺に協力したのも、ソ連の市民でした」

    ■    ■

 ――あなたは、虐殺に手を染めたのが「私たちとさほど異ならない人だ」とも指摘しています。私たちもいつか虐殺を起こし得るのでしょうか。

 「それは重要な問題意識です。現代社会は『犠牲者の立場』に配慮します。問題は、『犠牲者だ』と考えること自体が純朴とはいえないこと。誰かを攻撃する人々の大半が、自分たちを『犠牲者』と位置づけるからです。ナチスも同様でした。国際的な陰謀にさらされていると考えたナチスは、すべてを『自分たちを守る行為』として正当化したのです」

 「では、何が普通の人を人殺しに変えるのか。ドイツの歴史家の多くは、訓練と思想だと考えました。確かにそういう面はありますが、私はここでも『国家の破壊』が持つ重要性を指摘したい」

 「国家が破壊されなかった西側のフランス国内と、国家が破壊された東側のポーランドやソ連領内とで、ドイツ人は全く違う振る舞い方をしました。国家に伴う諸制度が消滅し、無法地帯に陥った東側で不安にさいなまれた人々に、ドイツ人は『国家を再建する代わりに、ユダヤ人攻撃に協力せよ』とささやいたのです。国家の崩壊は、人が殺人者になるうえでの社会学的な条件です」

    ■    ■

 ――現代人はホロコーストからどんな教訓を得るべきですか。

 「私たちはホロコーストを理念、思想、意図といった面から分析するあまり、物質的な面から分析する営みをおろそかにしてきました。しかし、ヒトラーが重視したのは物質面。すなわち、限られた資源、土地、食糧を巡る戦いです。『ドイツ人の絶え間ない闘争をユダヤ人の倫理観や法感覚が妨げている』との考えが、ヒトラーの反ユダヤ主義の基本でした」

 「多くのユダヤ人が暮らすウクライナや東欧にドイツが進出したのは、何としてでも豊かな土地を征服し、食糧を確保したいという思いからです。生き残りの危機が迫っていると信じ込むようなパニックに陥ったことに、ドイツの問題があった。この種の精神状態に加え、国家が消滅した環境、特定の集団を攻撃する思想が重なった時、虐殺が起きるといえます」

 「ルワンダやスーダンで起きた大虐殺も、生存パニックと国家の崩壊に起因しています。現在のシリアにも、国家崩壊の状況がうかがえる。(イラク戦争で)米国がイラクの体制を転覆させた時も、同様の問題を引き起こしました」

 ――とすると、次に大虐殺が起きるのは?

 「日米欧では、食糧問題をそれほど重大な政治課題だとは考えません。でも、例えば中国のような国は、30~40年後に(ナチス・ドイツと)同じような視点から世界を見ていないとも限りません」

 ――中国については、著書でも取り上げていますね。

 「これはもちろん、予言ではありません。いくつかの要因が存在することを指摘しただけです。大躍進や文化大革命で多数の犠牲を出した経験がある中国は、ナチス・ドイツが30年代に悩んだ『生存圏』に似た問題を抱えています」

 「中国の指導部は、消費社会としての生活水準を守ろうと、気を使っています。だから、食糧問題には非常に敏感です。50年後、中国が土地不足と水質汚染に見舞われると何が起きるか、想像に難くありません。一方で、中国が再生可能エネルギーの開発に非常に熱心であるのは、希望を持てます」

 「ロシアの行動にはもっと懸念を抱きます。2013年からのウクライナ危機以来、ロシアは主権国家をないがしろにする態度を取っているからです。ロシアはチェチェンやウクライナで民間に大きな犠牲をもたらし、その後シリアで多数の市民を殺害しています」

    ■    ■

 ――あなたは中ロとともに、米国も大虐殺にかかわる可能性を指摘しました。これは驚きです。

 「ヒトラーの『生存圏』の発想の背景には科学不信がありました。ヒトラーにとって、科学はユダヤ人がつくった妄想でした。現在の米国も、少し似た意識を持っています。つまり、科学の基礎を信じようとしない。大惨事を防ぐための技術を認めないのです」

 ――進化論を否定するような宗教右派の態度のことですか。

 「問題はむしろ、共和党の内部にあるでしょう。米国は先進国で唯一、人口の相当部分が地球温暖化を信じようとしない国です。中国には『生存圏』問題があり、ロシアは『破壊的国家』だとすると、米国のお家芸は『科学の否定』です」

 「米国がイラクを攻めた時のことを思い出してください。国家が破壊されたイラクで、米兵は故郷では決してしない虐待行為に手を染めました。米国は豊かで安定した大国なのに、すでに異常なことをしでかしているのです。ホロコーストを正しく理解していたら、米国はイラクを破壊しようなどと考えなかったに違いありません」

 「私たち個人がすべきことは、自らの歴史の暗部をしっかりと見つめることです。それは『日本は正しい』『米国が悪い』などという評価とは次元が違う話です。自分の国が他の国の人々に何をしたのか。世論操作を受けないためにも、私たち一人ひとりがじっくり考えるべきでしょう」

 「ホロコーストは歴史上の特異な出来事だと思われています。でも、それを引き起こした原因は今もあちこちに見いだせるのです」

     *

 Timothy Snyder 1969年生まれ。専門は中東欧史。邦訳著書に「赤い大公」「ブラッドランド」など。「ブラックアース」は今夏邦訳予定。


 ■取材を終えて

 「ブラックアース」(黒い大地)は、ウクライナの肥沃(ひよく)な土壌を意味している。生存競争の妄想にかられたヒトラーは、食糧を求めてこの地に侵攻した。今、ロシアがこの地に手を伸ばす。「たとえ欠点だらけで腐敗し弱小であるとはいえ、ウクライナは国家として、いざという時に力を発揮するのでは」。国家が持つ機能に、スナイダー教授は期待をかける。

 警戒を怠らぬよう心がけたい。ウクライナ危機は、単なる東西の影響力の争い、国内の権力闘争にとどまらず、次に起こりうる虐殺の前兆かもしれない。冷戦後、国際社会はルワンダや旧ユーゴで紛争の深刻さを見極められず、惨事を許した。その教訓を忘れてはならない。

引用元:http://www.asahi.com/articles/DA3S12294964.html


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テーマ : 伝えたいこと・残しておきたいこと ジャンル : 日記

「悪魔の飽食」で731部隊を描いて、弾圧を受けた森村誠一氏の8/30 国会前安保法制反対集会でのスピーチ。


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テーマ : みんなに知ってもらいたい ジャンル : 日記

戦争のない状態は「消極的平和」にすぎず、貧困や差別といった構造的な暴力のない「積極的平和」を目指すべきだと提唱したノルウェーの平和学者、ヨハン・ガルトゥング氏が語る積極的平和の真意。「軍事同盟は不要。北東アジア共同体創設に向け努力を」

「積極的平和主義」を旗印に、戦後日本の安全保障政策の大転換に突き進む安倍晋三首相。半世紀近く前から「積極的平和」を説き続ける平和学の第一人者の目に、今の日本の姿はどう映っているのか。日本の市民らの求めに応じて来日したノルウェーのヨハン・ガルトゥング博士に聞いた。


 ――安倍政権は日本の安全保障の基本理念として、国民の生命を守りつつ、世界の平和と安定のために積極的に取り組むという「積極的平和主義」を掲げています。一方、博士は1960年代に、戦争のない状態は「消極的平和」にすぎず、貧困や差別といった構造的な暴力のない「積極的平和」を目指すべきだと提唱しました。安倍政権の積極的平和主義をどのように評価していますか。

 「積極的平和のことを、私は英語でPositive Peaceと呼んでいます。日本政府の積極的平和主義の英訳はProactive Contribution to Peaceです。言葉だけでなく、内容も全く異なります。積極的平和は平和を深めるもので、軍事同盟は必要とせず、専守防衛を旨とします。平和の概念が誤用されています」

 「参院で審議中の安全保障関連法案は、平和の逆をいくものです。成立すれば、日本は米国と一致協力して世界中で武力を行使していくことになるでしょう。そうなれば、必ず報復を招きます。日本の安全を高めるどころか、安全が脅かされるようになります」

 ――外交や安全保障政策の発想に何が足りないのでしょう。

 「日本外交の問題は、米国一辺倒で政策が硬直していることです。創造性が全くありません。外務省は米国と歩調を合わせることばかり気にしています。米国に問題がある場合は、そこから目をそむけてしまいます。あると言われた大量破壊兵器がなかったイラク戦争を検証していないのも、そのせいです」

 「軍縮を訴えているのに、軍縮を実現するために必要な国際問題の解決策を打ち出そうとはしません。紛争解決に本当に後ろ向きだと思います。興味すらないのではと疑うほどです」

 「硬直しているという点では、憲法9条を守れと繰り返すだけで、具体的な政策を考えてこなかった平和運動も同じです。私が日本に初めて来たのは1968年ですが、9条を『安眠まくら』にしている点は今も変わりません。そうしているうちに安倍政権による解釈変更で9条1項の精神が破壊されようとしています。『安眠まくら』はもはや存在しないことを自覚すべきでしょう」

    ■     ■

 ――安全保障関連法案は、中国や北朝鮮からの脅威に備えるために抑止力を高めるものだと説明されています。

 「日本が米国とともに集団的自衛権を行使するようになれば、中国はさらに軍備を拡張するでしょう。その結果、東アジアにはかつてない規模の軍拡競争が起きる。そこまで考える必要があります」

 「北東アジア共同体の創設を提案したい。メンバーは日本と中国、台湾、韓国、北朝鮮、ロシアの極東部。本部は地理的にも中心で、琉球王国時代に周辺国と交流の歴史をもつ沖縄に置いてはどうでしょう。モデルはEC(欧州共同体)です」

 ――政治体制が異なり、領土問題も抱えるそれぞれの二国間関係を考えると実現は難しいのでは。 「政治体制が異なっても、協力はできます。協力することに慣れていないだけです。互いの悪い点ばかり見ていては関係はよくなりません。共同プロジェクトを通じて良い点を発見しながら、段階的に進めていくのです。すでにNGOや民間レベルでは、相互の交流や協力関係が進んでいます」

 「領有権を主張しあっている土地は、共同管理とする。尖閣諸島も竹島も、北方領土もです。それぞれに言い分があるのですから、そうでないと解決できません。答えは実はシンプルなのです」

 「大切なことは、未来の理想的な状況から考えてみることです。あなたは将来、どのような北東アジアに住みたいか。このことをそれぞれが真剣に考えていけば、共同体はそう遠くない将来に実現すると思っています」

 ――日本とのかかわりが長く、中央大や立命館大などで教えてきました。積極的平和への理解は深まっていると思いますか。

 「たとえば江戸時代は、消極的平和です。戦争はなかったものの、対外関係で何もすることがなかった。積極的平和を実現するためには、未解決の問題を解決して、紛争の種をなくしていく必要があります。解決には和解が伴わなくてはなりません。日本は中国や韓国との和解に向けたプロセスがまだ十分ではありません」

 ――平和貢献のために具体的に何が必要ですか。

 「国際紛争を解決する手段として武力を放棄した憲法9条1項を堅持すると、国連総会の場で表明することです。条文と矛盾する政策は改め、攻撃能力の高い武器は手放す。そのうえで各国に9条の採用を呼びかけてほしい。1928年のパリ不戦条約を実現することにつながるからです」

 「誤解しないでほしいのですが、私は専守防衛のための軍事力は必要だという立場です。百%の理想主義者ではありません」

    ■     ■

 ――世界各地で紛争の解決にかかわってきました。

 「200以上の紛争で仲介役をしてきました。1958年に米国・バージニア州で人種隔離政策の調査をしていた時、黒人の子が白人の子と同じ学校に通うかどうかでもめていた地域の話し合いを手伝ったのがきっかけです」

 ――20世紀に戦争を繰り返したエクアドルとペルーの国境紛争の解決がよく知られています。

 「1995年に当時のエクアドル大統領から、国境線について意見を求められました。私は、土地を共同で管理するという想像力を持つことはできませんかと持ちかけたのです。当初は創造的すぎると受け入れてもらえませんでしたが、同国は3年後に二国間ゾーンを提案、これを一部採り入れる形で和平協定も結ばれました」

 ――紛争解決の経験をもとに理論化を重ねてきました。

 「暴力による解決ではない、別の方法はないものかとずっと考えてきたことが大きいですね。母国のノルウェーはナチスドイツに占領され、医者で政治家でもあった父は強制収容所に送られました。私は当時13歳、地下新聞を配りました。ガンジーの非暴力の思想にも大きな影響を受けています」

 「私はずいぶん悩んで良心的兵役拒否をしたのですが、平和について学ぼうとしたら、戦争について書かれた本しかありませんでした。それで59年に『オスロ国際平和研究所』をつくりました」

 ――独自のネットワークを通じ、中東情勢をどう見ていますか。

 「『イスラム国』(IS)の勢いは止まらないでしょう。イスラム教徒にとっての夢を語っている側面があるので。ある調査では、サウジアラビアの9割以上の人が、ISはイスラムとして正しいと答えています。首を切り落とすことは残虐ですが、民間人もいる地域に空爆を加えることも残虐です。ISの側からすれば、自分たちは米国よりも人を殺していないとなります」

 ――文明の衝突が起きているのでしょうか?

 「いいえ。今起きていることは、もっと深刻で重大なことです。コロンブスの航海に始まる西洋の植民地主義と、民族を分断する形で人工的にひかれた国境線。これを解消しようとする動きが生まれ、対立が起きているのです。ISは、かつてイギリスの植民地であったイラクを、フランスの植民地だったシリアを取り戻そうとしています」

 ――日本はどのように向き合っていけばよいでしょうか?

 「西洋の植民地主義に対抗した唯一の国が日本でした。当時の日本が非暴力の形で、支配されている人たちに呼びかけていれば、歴史は変わっていたかもしれません。安倍首相は戦後70年の談話で、戦前、日本が国際秩序への挑戦者となってしまった過去に触れました。けれども、植民地主義というものは挑まれて当然のものだったと思います」

 「日本が米国と軍事力を一体化させていけば、中東で米国の主導する作戦に従事することになるでしょう。そうなれば、植民地主義の継続に加担してしまいます。米国に追従するのではなく、歴史にもとづく独自性を、外交において発揮してもらいたいです」

    *

 Johan Galtung 1930年生まれ。平和研究の国際NGO「トランセンド」代表。元オスロ国際平和研究所長。87年にスウェーデンの財団から「もうひとつのノーベル賞」ライト・ライブリフッド賞を受賞。


 ■取材を終えて

 「日本の平和運動は一国平和主義」「メディアは暴力ばかりとりあげて、解決策を探ろうとしない」。辛辣(しんらつ)な言葉が続いた。特別な思い入れがあるだけ、日本の今の状況がもどかしいのだろう。博士の指摘や提案を「理想に走りすぎ」「浮世離れしている」と遠ざけてしまうことは簡単だ。その方が頭も心も乱れないですむ。けれども、それこそが思考停止なのではないかと思う。

 引用元:http://digital.asahi.com/articles/DA3S11931897.html

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テーマ : みんなに知ってもらいたい ジャンル : 日記

「はだしのゲン」松江市小中校で閲覧制限。その裏には「捏造反日極左漫画を撤去せよ」と某団体からの抗議活動が繰り返されていた。
昨日の朝刊に『「はだしのゲン」小中校で閲覧制限 松江市教委「描写が過激」』
の記事が載っておりましたです。
その理由はと言うと、

朝日新聞 8月16日付け朝刊より引用

広島での被爆体験を描いた、漫画家の故中沢啓治さんの代表作「はだしのゲン」(全10巻)が、
昨年12月から松江市内の市立小中学校の図書館で
子どもたちが自由に見ることができない閉架の状態になっていることが分かった。
市教育委員会が作品中の暴力描写が過激だとして、各校に閲覧の制限を求めた。


 市教委によると、描写が残虐と判断したのは、旧日本軍がアジアの人々の首を切り落としたり、
銃剣術の的にしたりする場面。子どもたちが自由に見られる状態で図書館に置くのは不適切として、
昨年12月の校長会で全巻を書庫などに納める閉架図書にするよう指示したという。

 現在は作品の貸し出しはしておらず、教員が校内で教材として使うことはできる。
市の調査では市立小学校35校、中学校17校のうち、約8割の図書館がはだしのゲンを置いている。

 はだしのゲンをめぐっては昨年8月、「ありもしない日本軍の蛮行が描かれており、
子どもたちに間違った歴史認識を植え付ける」として、
小中学校からの作品の撤去を求める陳情が市民から市議会にあった。

 12月の市議会教育民生委員会で審査した結果、「議会が判断することには疑問がある」
と全会一致で不採択になった。
複数の委員から「大変過激な文章や絵があり、教育委員会の判断で適切な処置をするべきだ」
との意見が出たため、市教委があらためて協議し、閉架を決めたという。

 市教委の古川康徳副教育長は「作品自体の価値は高いので撤去するつもりはないが、
子どもたちが自由に読むには配慮しなければならない部分がある」と説明している。


 作者の中沢さんの妻ミサヨさん(70)によると、中沢さんは生前、
「戦争や原爆を食い止めるためには、子どもにも残酷でもその悲惨さを伝えるしかない。
ゲンは子ども向けに描写をやわらげたが、実際の残酷さはあんなもんじゃない」と語っていたという。

 松江市教委の対応について、ミサヨさんは「信じられないし、悲しい。
戦争や原爆の悲惨さや痛みがわかっていないのではないでしょうか」と話した。


 ■作品の本質見抜く力信じて

 広島で平和活動に取り組むNPO法人「ANT―Hiroshima」代表の渡部朋子さん(59)は
「残虐なシーンは確かにあるが、
子どもたちは『困難に負けず強く生きる』という作品の本質を見抜く力を持っている。
子どもたちを信じて自由に読ませてあげてほしい」と語った。
(藤家秀一、武田肇)


 ◆キーワード

 <はだしのゲン> 昨年12月に死去した中沢啓治さんが、6歳の時、広島で被爆し、
父や姉、弟、妹を亡くした体験を基に描いた自伝的作品。
73年に週刊少年ジャンプ(集英社)に連載を始め、
単行本は汐文社版など650万部を超すベストセラーとなり、約20カ国語に翻訳されている。
昨年度からは広島市の平和教育の教材に使われている。核軍縮・不拡散の必要性を伝えるため、
日本政府が核不拡散条約(NPT)の加盟国に英語版を配布したこともある。





だそうでございますようですが・・・ 



そして、本日の朝刊の「天声人語」によると、

『市議会への陳情が発端らしい。ゲンが「間違った歴史認識」を子どもに植え付けるから、
撤去すべしという内容だった。』

と書いてありましたですが、「天声人語」の執筆者は、
誰が陳情したのかを当然知ってるはずなのに肝心要な部分は書いてはいない。
毎月3925円も払っている購読者としては、そこが一番知りたいのですってば!

私には小中学生の子を持つ一般の松江市民が、
「間違った歴史認識」が理由で陳情したとは思えないので
早速調べたら、あ~ら!やっぱりそうだったのね・・。
と私が予想した通りの○○会が出て来た。
陳情したのは、その○○会島根支部だそうだが、
○○会支部は各都道府県に置かれているらしいので、
他の県支部でも同じ様な陳情?をしているのだろう・・。
だが、他の行政の教育委員会は陳情という圧力に屈せずに
「はだしのゲン」を閉架することなく、
堂々と図書室に置き、子どもたちのために貸し出しを続けて欲しい。




今は、おばはんとおっさんになってしまった我が子どもたちが小学生のときに、
良書ということで、図書館で借りてきて、一緒に読みましたですが、
戦時の体験者である祖父母と父母たちから、くどいほど話を聴かされていたので、
暴力描写が過激だなんて全然思わなかったし、
ましてや、「間違った歴史認識」なんて考えもしなかったわよ。

子どもたちも口を揃えて、
「ママ―!原爆ってとっても怖いんだね・・。
ずーっとずーっと、戦争が無くて、今みたいな平和が続くと良いねママ!」
としおらしい感想を述べておりましたですわ。


私が思いまするに、
「見てはいけない!」と言われたり、閲覧や貸出しを規制されればされるほど、
怖いもの見たさで、どうしても見たくなる欲望を抑えきれなくなるのは、
大人も子どもも同じでございましょ。
「はだしのゲン」を学校の図書室で借りられなければ、買ってでも見るでしょうよ。



でも、○○会の陳情という形の抗議を受けて
松江市教育委員会
が昨年の12月から「描写が過激なので小中校で閲覧制限」
という理由をこじつけていたことには、おったまげたわよ!

何巻だったかは覚えてないけれど、
昭和天皇を批判してる部分があったので、
松江市教育委員会は「描写が過激云々・・」を口実にして、
本当はそこが気に入らないのだろうか?
と昨日の時点では勝手な推測をしていたのでありますが、
今日初めて、松江市教育委員会による
「はだしのゲン」の小中校で閲覧制限の事実が判りましたです。

いよいよ松江市を発端に過激右翼による検閲推進が始まるのかと、
思うと末恐ろしい気がしないでもありませんが、
過去を振り返ると、敗戦後68年を経た今でもなお、
某国家機関による目に見えない形での検閲は累々と続いておりますゆえ、
「用心するに越したことはない」社会であることは事実ではあります。
どこが民主主義国家なのでありましょうか・・?
それに、いくら表向きの理由として「描写が過激」だから、
見せない!措置を取っても、
人類が存続する限りはこの地球から戦争も
宗教観の違いによる民族間紛争も暴力も無くなりません。
今のエジプトの政情のように・・。
だからこそ、事実は事実として見せる、
教えるのが本当の教育なのではないのでしょうか。


子どもたちにとって、
老いて病気で亡くなったお爺ちゃんやお婆ちゃんの御遺体は
綺麗に死化粧が施されていて、普通に眠っているようにしか見えません。
今の子どもたちは戦争や原爆で死んだ人間の姿は写真では観ることができても、
実際に観ることは物理的には不可能です。
世界的ベストセラーである日本の誇るマンガの「はだしのゲン」さえ、
見せない!となると、無菌室で純粋培養されたクローン人間のような、
無味無臭で無感動でゾンビのような子どもたちが
増えてゆくような気がしてなりません。
陳情?された方々は、
国家の言いなりになる子どもを作りたいのでありましょうが、
いろいろな考え方、価値観で構成されているのが社会というもの。
自分たちの思うようにならないからと言って、
強引な圧力もどきの陳情は善良な市民の反発を招きます。
ちなみに、作者の中沢啓治さんは、
子ども向けに描写を抑えて描いているとは言うてはります。

私は「はだしのゲン」は、日本の子どもたちにはもちろん、
世界の子どもたちにも、大人の方々にも、
もっともっと、読んで欲しい本だと思っています。


さてと・・孫たちは丁度今は夏休み。
宿題も終わったようなので、「はだしのゲン」全10巻を
アマゾンで買って送って上げようかしらん・・。(*^^)v

それから、松江市教育委員会には日本全国から
抗議電話が殺到していて、職員の方3人が
てんてこ舞いでご応対されていらっしゃるらしいですわ。

次は何処の県の何処の教育委員会の
「はだしのゲン」小中校で閲覧制限のニュースが入ってくるのでしょうかねぇ。


峠三吉『原爆詩集』より

八月六日

あの閃光が忘れえようか

瞬時に街頭の三万は消え

押しつぶされた暗闇の底で

五万の悲鳴は絶え

 

渦巻くきいろい煙がうすれると

ビルディングは裂け、橋は崩れ

満員電車はそのまま焦げ

涯しない瓦礫と燃えさしの堆積であった広島

やがてボロ切れのような皮膚を垂れた

両手を胸に

くずれた脳漿を踏み

焼け焦げた布を腰にまとって

泣きながら群れ歩いた裸体の行列

 

石地蔵のように散乱した練兵場の屍体

つながれた筏へ這いより折り重なった河岸の群れも

灼けつく日ざしの下でしだいに屍体とかわり

夕空をつく火光の中に

下敷きのまま生きていた母や弟や町のあたりも

焼けうつり

 

兵器廠の糞尿のうえに

のがれ横たわった女学生らの

太鼓腹の、片目つぶれの、半身あかむけの、

誰がたれとも分からぬ一群の上に朝日がさせば

すでに動くものもなく

異臭のよどんだなかで

金ダライにとぶ蝿の羽音だけ

 

三十万の全市をしめた

あの静寂が忘れえようか

そのしずけさの中で

帰らなかった妻や子のしろい眼窩が

俺たちの心魂をたち割って

込めたねがいを

忘れえようか!

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テーマ : ひとりごとのようなもの ジャンル : 日記

tag : 歴史認識 中沢啓治 クローン人間 ゾンビ

戦争体験者の証言記録「強盗、殺人…軍命でも私は実行犯、罪語り誓う不戦 兵の体験、次代に」.....敗戦記念日と靖国参拝に思う。
 
戦争体験者の証言記録強盗、殺人…軍命でも私は実行犯」 罪語り、誓う不戦 兵の体験、次代に


 広い庭にやせこけた兵士が片ひざをついている。
台座に「不戦」の2文字。
この像を建てた主、矢野正美(まさみ)さん(愛媛県西条市)は
昨年2月、92歳で亡くなった。
戦場で犯した罪を語り、何度も「8月15日まで生きたい」と言い残した。
矢野さんが伝えたかったものとは何なのか。


 首都圏を中心に戦争体験者の証言記録に
取り組んできた神(じん)直子さん(35)に、
矢野さんから突然連絡が来たのは、
7年前の夏。その朝、テレビで神さんの活動が紹介された。

 「ぜひ、愛媛に来てください」。
3カ月後、神さんの前で矢野さんは2日間、
従軍したフィリピンであったことを語り続けた。

 ルソン島のある村で、ゲリラ潜伏を調べていた時。
教会から出て来た老女が怪しいと、
上官が銃剣で突くよう命じた。

 「しょうがない。グスッと胸を突いたら血がばーっと出てね。
空(くう)をつかんで、その人は倒れました」。
別の村では、残っていた子連れの女性を襲った。

 「強盗、強姦(ごうかん)、殺人、放火。軍命であっても、私は実行犯。
罪の意識はある。かといって(戦友の)慰霊には何回も行ったが、
謝罪のすべを知りません」

 こんな恐ろしい告白もあった。

 敗走を続け、飢えに苦しんだ山中で、
日本人の逃亡兵を仲間の兵が殺した。
その晩、仲間の飯ごうから、久しぶりに肉の臭いがした。
「奪い合うように食べました」。
次の日には自ら死体の所へ行き、足の肉をはぎ取った。

 1941年に陸軍に入隊した矢野さんは、44年夏、
旧満州からフィリピンに転じた。
米軍との激戦で日本軍約60万人中50万人が死に
、矢野さんの部隊の生き残りはわずか1割。
フィリピン人は100万人以上が犠牲になった。

 45年12月、25歳で復員。家庭をもうけ、
砂利運搬船を持ち、懸命に働いた。会社を興し、財をなした。


 ■狂気・むごさ、碑に

 戦後40年がたったころ、
同郷の陶芸家・安倍安人(あんじん)さん(74)が、
矢野さんの戦中の日記を偶然読んだ。
収容所でトイレ紙にメモしたものを引き揚げ後、
大学ノート6冊に清書していた。
「きれいごとじゃない、人間と人間のつぶし合いを
、矢野さんは克明に書いていた。驚きました」

 日記は安倍さんらの手で出版社に持ち込まれ、
「ルソン島敗残実記。」と題されて86年、世に出た。
矢野さんは何も言わず、子や孫に一冊ずつ渡した。

 長女のみゆきさん(66)にはショックだった。
目を背けたくなる父親の行為が描かれていた。
幼いころ聞かされたのは、
フィリピン人や戦友とののどかな交情の話ばかりだった。

 妻の清美さん(86)は驚かなかった。
夫の腰には、敵に撃たれた銃弾のかけらが残っていた。
「いくつも傷を抱えているのは、わかっていました」

 本が出て数年後、
矢野さんは近くに住む彫刻家の近藤哲夫さん(71)に、
兵士の銅像を依頼した。
「ただの慰霊碑じゃない。人間を異常にしてしまうほど、
戦争はむごいもんだと伝えたい」と口説いた。91年3月、像は完成した。

 矢野さんは、神さんに語った。
「僕ができんかったことをあなたがやろうとしている。
自分ももう一度、話さなくちゃいかんと」



 戦場で起きたことを語れる人は、年々去ってゆく。
神さんは、他の元兵士の証言とともに矢野さんの映像を編集し、
若者むけの平和教育に使っている。
フィリピンの戦争被害者の前でも紹介された。

 矢野さんは最後の数年、たびたび人前で体験を語った。
戦争のことを考える若い人や団体に出会うと10万円、
100万円といった金額を寄付して応援をした。

 体調を崩して入院したのは去年1月。最期の日、
「8月15日まで生きたい」と繰り返した。
極限状態のなかで死んでいった戦友を、毎年思う大切な日だった。

 残された庭の像は、「不戦之碑」と名付けられた。
兵士の肩に、蝉(せみ)しぐれがふりそそいでいる。(石橋英昭)

朝日新聞 朝刊 2013年8月15日から引用



世間様では終戦記念日と言うらしいが、私は敗戦記念日だと思っている。
その敗戦記念日から68年。
戦中の話は祖父母や母や伯父からよく聴かされた。
母との結婚前、赤紙一枚で徴兵された父は、
57歳で亡くなるまで、戦地での話を一切しなかった。

「飢えに苦しんだ山中で、日本人の逃亡兵を仲間の兵が殺した。
その晩、仲間の飯ごうから、久しぶりに肉の臭いがした。
「奪い合うように食べました」。
次の日には自ら死体の所へ行き、足の肉をはぎ取った。


これって、同じ日本人の人肉を食べたということよね・・・。

私は、亡き父もきっと上記の新聞記事のような、
他人様にも家族にも語れない様な地獄絵図を体験したがゆえに
戦地での話は黙して語らずを貫いたのだろうと思っている。





年を経るごとに、今の日本で戦争の悲惨さや
実際の戦地での事実を語れる人は少なくなっている。
戦地体験者は恥とか、自責の念をかなぐり捨てて
赤裸々な戦争の真実を次世代に残して欲しいと願う。
また、80歳代~100歳代の親を持つ人なら、
訊き出して記録することはまだまだ可能だ。

戦後生まれの私たちの世代では
戦争の真実は語ることはできないのだから・・。



また、今日は超党派の国会議員らで作る 
「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」

(↑クリックすると名前等の詳細がでます)
のおよそ90人の議員が、靖国神社に参拝したそうな。
参拝した高市氏は記者団に対し、
「国家、国民を守って、公務で死亡した方々を悼みながら、
国民として感謝の気持ちをささげた。
世界中どこの国でも、国家のために命をささげた方を悼み、
尊崇の念をささげる行為は行われていると承知している」

と述べたらしいが、本当に悼む気持ちがあるのならば、
私人として、8月15日を除く他の日に毎日でも行けばいいのだ。
それに「自らの意思で国家のために命を捧げた」のではなく、
むりやりに戦地に連れて行かれ、むりやりに命を捧げさせられたのである。

日本の下々の民は、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」のような
国粋主義者の集団をいつまでのさばらせておく気なのだろうか?
多くの日本人は「戦争も靖国問題も自分には関係のない世界のこと。」
と思っているのだろうか・・。

米議会調査局でさえも、日本政府の閣僚の靖国参拝は、
「周辺地域の緊張を再び高める可能性がある」と懸念を表明している。

その周辺地域である中国、韓国が閣僚の靖国参拝を
外交カードとして、また、やいのやいのと言ってくるだろう。
それらの事後の対処法を考えられない政治屋が余計なことばかりするこの国に
未来はない。

いくら安部首相が日米同盟を強調しても、もう無理だと思う。
米国にとって日本は、形式上は同盟国であるが、
一度も敗戦国としての経験のない米国にとっては、
ただの従属国である日本の現実は、本国に迷惑ばかりかける、
「こまったちゃん」でしかないのだ。
今、米国の視点は世界第二の経済大国中国なのだ。
米国にとっての日本は対中国戦に備えての、
米軍基地さえあればそれでいいのだ。
いつのまにか、バカボンのパパみたいな口調になってしまったのだ。(笑)
でも、これが事実なのだ。
ついでに、バカボンのパパもバカボンの婆(ババ)も
濁点が違うだけで大して変わらないからこれでいいのだ。(笑)



私自身は差別的な意味では決してなく、
生活様式と文化の違いからだと思うが、
中国人の性格も中華料理も、
韓国人の性格も韓国料理もあまり好きではない。
もちろん韓流ドラマは観たことがない。
一度だけ、興味本位で「冬のソナタ」の
最終回だけを観ようと思ったことがあるが、
全然面白くないので途中で視聴を止めたことがある。

好き嫌いに関わらず、
現在の日本には食品を含むあらゆる品物に
安価な中国産や韓国産が溢れかえっていて、
国産を探すのに一苦労することが多々ある。
やっと国産を探し当てても高価で買えないことが多い。
しかたがないので、貧乏な私は中国産や韓国産を買わざるを得ないのだ。

そんな状況の中、今、中国と韓国を怒らすとどんなことになるか?
を知ってて靖国参拝をしているのだから、
「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」は
私にとっては遺族会の票目当ての政治屋であって、侮蔑の対象でしかない。

近未来、日本は少子高齢化とアベノミクスの大失敗で経済も成長せず、
米軍基地だけは残り、大地震が多発して、
再び想定外の第2のフクシマのような原発事故が起きれば、
(もちろん!起きないことを切に願っておりますわよ!)
国際社会では見向きもされない小国になり、
自滅への道を歩むしかない。

今すべきことは、靖国参拝ではなく、
中韓の首脳と会談すべく日本政府が進んで働きかけて、
歴史の真実と向き合いながら、これ以上の負の連鎖を止め、
隣国と仲良く付き合う最大限の外交努力をするしか方法はないように思う。
昔から「遠くの親戚より近くの他人」って言うじゃない?

御霊からあふれ零れた悔涙か敗戦記念日の蝉しぐれ止まず 
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テーマ : ひとりごとのようなもの ジャンル : 日記

tag : 赤紙 戦争の真実 靖国神社 米議会調査局 日米同盟 遺族会 国粋主義者

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Author:千風
気が付けば、六十路.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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