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心と体を一緒に診てくれる病院求む。
今日現在の被災者数は亡くなられた方が15170人。
未だに行方不明の方が8857人。
と今朝の新聞に載っていた。
他のページには毎日亡くなられた方々の名前も載っている。
0歳であろうが100歳であろうが、老若男女、年齢に関わらず、
震災死は或る日突然にやってくる。
自分がなぜ死ななければならないのか?
などと理由を考えている猶予さえも与えてもらえず、
無慈悲に不条理にその一瞬は訪れる。
ご遺族の方々は今も父や母や子の死を嘆き、
あのとき、こうしていれば、ああしていれば・・と、
生涯消えぬ喪失感と自責の念に
胸が締め付けられる思いでいらっしゃるのだろう・・。

せつなく悲しい出来事が今も継続中だが、
人はこの世に生まれおちた瞬間から年齢に関係なく、
死に向かって生きているという事実は誰にも変えられない。



私などは5歳のときに、「ご臨終です。」と医師に死を告げられ、
(私にはもちろん記憶はないが後に母に聞かされた)
2度目は10歳のときに川で遊んでいて深みに嵌り、
その時に急流に呑まれ10メートルほど流されて溺れ、
意識を失い危うく水死しそうになった。
5歳(病気)と10歳(事故)で2度のニアデス体験をしながらも、
よくもまぁ、この歳(アラシックス)になるまで運よく生き延びられたものだと思っている。

今この時期に不謹慎かもしれないが、
病気や寿命で病院で死ぬのとは違う震災死(津波死を含む)や事故死を思うとき、
どちらの死が楽なのか?と考えてしまった。


例えば余命告知などされている病気であれば、
病院で死ぬほうが精神的にはかなり辛いだろうと思う出来事を思い出した。

今から5年前の初夏、私は某病院に入院中であった。
それまで普通に入院生活を送っていた、
いつもミュッセの詩を読んでいた文学おばさんの同室のガン患者が、
突然病院中に響き渡るような悲鳴をあげた。
多分・・死の恐怖に耐えられなくなった精神が防衛本能であげた悲鳴だったのだろう。

絶叫に近い悲鳴で他の入院患者に迷惑をかけたからという理由で、
彼女は治療半ばで強制退院を言い渡された。

翌朝、彼女は「皆様にご迷惑をおかけしました。」とひたすら謝りながら
同室の患者一人一人に退院記念?の小さなクッキーの包みを渡しながら退院して行った。
その後の彼女の行く末は知る由もないが、
どうして、病院側が強制退院の措置を取ったのか?
どうして、肉体の患部を治療するのと同時に精神のケアも一緒にしてあげないのだろうか?
これが今の病院という医療施設なのか・・・と大いに疑問に思った。

病院とは病気を治療をし、治癒させて退院させる医療施設であることは判るが、
ほとんどの人が病院で死ぬ時代、
なぜ患部だけ診て心まで診てくれないのだろうか・・。

その病院には心療内科と精神科はなかったが、
精神安定剤の処方で少しは落ち着かせることができたはずなのに
たかが悲鳴ごときで強制退院させたことに今も解せない思いが残る。

医師も看護師も足りないことは判っているが、
絶対数が少ないからこそ、精神のケア担当の医療従事者が必要なのでは?
と思ったものだが、心のケア担当はおらず、臭いものには蓋のように、
ややこしい患者は強制退院させ、おとなしく病院の言うことに素直に従い、
おとなしく死んでゆく患者だけを置いておく病院なんて死にゆくものには意味がない。

病院は患者を少しでも長い時間を生かすことが使命であることの否定はしないが、
意識混濁になる数日前まで、苦痛に耐えながら、
ふらふらした足取りで検査、検査、検査と何回も
検査室に通う同室のガン患者を見ていて、
多死時代に死にゆく者の独りとして腑に落ちないものを感じた。
凡婦には判らない複雑な倫理問題も絡むのだろうが、
絶対数の足りないホスピス入院を待っている間に亡くなってしまう人も多いと聞く。
ガン治療を扱う病院ならば、ホスピス専門医がいなくても、
各病院に一室でもホスピス室のような部屋を設け、
本人の事前の意思表示がなくても、ペイン・コントロールを施し、
セデーション処置は家族の同意ひとつで簡単に行われるようにすれば、
チューブに繋いで無理矢理生かし、苦痛に苛まれながら生かされるよりも、
死にゆく人も、それを見ていなければならない家族も少しは救われるのでは?
と思えてならない。
110522r
リラ冷えの静かな雨の日曜はミュッセの好きな女(ひと)のこと思ふ
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テーマ : 思ったこと ジャンル : 日記

tag : ニアデス体験 ミュッセ ホスピス セデーション ペイン・コントロール

美しく死ぬということ。
TVやラジオから流れてくる女優の故田中好子さんの
息も絶え絶えの肉声テープ・・。
昨日逢った友人はあんなものは聴きたくないと言う。
つい数か月前に壮絶なガン死をした肉親を持ち、
彼女自身も現在ステージ1の婦人科系のガンを持つ経過観察中の身でもある。
近い将来に訪れるかもしれないガン死という恐怖の対象を、
我が身に重ね合わせてしまって辛いだけだと言うのである。

死期間近でペイン・コントロールモルヒネを打たれ続けていて、
もうすぐ意識朦朧状態に入る直前の人の声をどうしてメディアが流すのだろうか。
被災者へのダイイング・メッセージであるのならば、
活字という媒体でも良かったはずなのにと思えてならない。

断っておくが、死者を冒涜する気などはサラサラないし、
私も、実生活では「スーちゃん」と呼ばれていた時代もある。
一人の人間としての彼女の死を悼む気持ちに変わりはないが、
嫌な気分になる人も少なからずいるのである。
老いと死をメインテーマにこのブログを更新している私とて、
聴いていて気分のいいものではなく、私まで呼吸困難とまでは行かないまでも、
すこし息苦しくなってしまった・・。(>_<)

本人の強っての希望でのメッセージであるならば、
それはそれで、なんら否定はしないが、
どこか、本人の意思ではなく、
無理矢理台本を読まされている不自然さを感じてしまった。

社会的認知度や経済的環境にも差があるのだから、
どんな形の死を演出しようと自由ではあるが、
突き放した見方をすれば、
日本人全員が彼女のファンであるわけでもない。

それでも、演出過剰と思しき葬儀と盛大な葬列の中、
彼女は数多の人々に惜しまれながら美しく死んでいった。

参列者はやがては認めざるを得ない自分の死を思い、
こういう風に「美しく死にたい・・」とのイメージ的願望で、
ただ単に死を美化して考えたいだけのことであろうか・・。



5年前の初夏、入院中であった私は同室のガン闘病中の病友(享年55歳)の
死に至る前の3週間の姿を今改めて思い出している。
やはり、息も絶え絶えになり、次第に声も出なくなり、紙おむつをあてられ、
亡くなる一週間前には、主治医やご主人様の判別もできなくなり、
モルヒネの効果であろうか、ただただ深い眠りに堕ちていたようだった。

そして、彼女も他者から見たら、「美しい死に方」で旅立って行った。

本来的には死にゆく人にとっては、死に方には美しいも汚いもない。
だが、他者がイメージする「美しく死ぬこと」には、簡単な人と難しい人がいる。

津波に呑み込まれ、未だに行方不明の人々が大勢いる。
ご遺体も見つからず、そのうち捜索も打ち切られ、
そのままになってしまうご遺体も多いことだろう。
彼らは誰が考えても美化され得ない死の形で死ぬしかなかった。
残されたご遺族の方々の間には、未だに否認をし、
決して忘れ去ることのできないやりきれなさと切なさだけが残ることだろう。
震災に因る死では責めるべき相手もなく、辛く悲しい死の形と対峙するしかない。
悲しいことだが、それが現実の死の形なのである。

加えて、人は皆、年齢に関わらず、死因にも関わらず、
今まで培った人生のすべてを置いて、
永遠の旅に出なくてはならない事実は消せない。


他者から見て、誰からも惜しまれつつ見事なほどに鮮やかに人生の終焉を迎える人と、
訳も解らないままに瞬時に人生の終焉を迎えねばならない人との差を思うとき、
「人が生きる」とは、なんなのだろう?と思うときもあるが、
偉大な哲学者や宗教者でも知り得なかった答えを、無知、無学な私が知り得るはずもなく、
初めから答えなどは何処にもないのだと、いつも言い聞かせているつもりでも、
それでも何処かでなにがしかの答えを求めている愚かな自分がいる。
そのような、誰にも答えなど見いだせはしない問いであっても、
もう少しだけ納得したい気持ちを消すことはできない・・。


まだ、この社会では死を語ることはタブーである。
加えて、震災による津波で未だに行方不明、
身元不明の方々が大勢いらっしゃることを鑑みると、
死を語ることなどは、不謹慎であり、自粛すべきことなのかもしれないが、
無用なタブー重視は、更に死の恐怖を・・
ご遺族の方々には、喪失感と自責の念を煽るだけのような気がしてならない。
私は今こそ、大いに死を見つめ、死を語ってはいけないというタブーを破り、
敢えて死を見つめるほうが良いような気がする。
そのほうが命の大切さを、そして一度しかない生というものをより理解できると思うのである。


さて、今日は震災後49日目らしい。
大きな余震は少しは減ってはきた感じはするが、まだまだ安心はできない。

私はどのような形で人生の卒業式を迎えるのだろうか。
明日か明後日か、はたまた運よく、
また図々しくも数十年後も生きているかどうかは判らないが、
己の終焉の形をイメージすることも、
現在進行形の老いの身にとっては一興のような気がする。

もう、美人薄命も叶わない年齢になった今、哀しいけれど、
ひねくれ者の意地悪婆さんで生きていくしかないのだろうか・・。

(・_・)…ン? はてさて、どこのどなた様でございましょうか?
「もう既に立派な意地悪婆さんの域に達しているんじゃない?」
などと褒めてくださるお方は?
110428r
うつくしく死ぬことよりもうつくしく生きるが花と雛罌粟が笑ふ
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tag : 田中好子 肉声テープ ペイン・コントロール モルヒネ ダイイング・メッセージ タブー 震災後

一度死の淵を覗きこんだ人の想い
この年齢になると万全の体調を維持することは難しい。
というよりも何十年も酷使してきた身体なのだから、
万全の体調維持などは到底無理なことなのである。
鉄筋にも耐用年数があるように、人にも耐用年数があるものなのだと
最近増えてきた身近な人々の死によってつくづく思う・・。

日本人は「ピンピンコロリ死」を願い、
余命告知が日本よりは多いらしい米国では
「がん死」を願う人が多いと聞く。
死生観は国、宗教、文化によってさまざまではあるが、
日本人の多くは死への何の準備も心構えもなしにある日突然苦痛無く死にたい。
と思い。
米国人の多くは緩やかな死への道程によって愛する者たちとの永別を覚悟し、
できる限り、やり残したことを片づけて徐々に己の死を受容してから
悔いを残すことなく神の元に行きたい。と思うらしい。


私自身は、この7年間で長期入院を3回も経験し、
そのうちの2回は全身麻酔で身体のパーツを切ったり張ったり縫ったりした。
幸いにも、命に関わる病気ではなく、
霊安室送りには成らずになんとか生還し、
今も細々と生きながらえているが、
4人部屋で同室だった病友3人も既に亡くなり、
私だけが生き残ってしまった。
奇しくも今日は、病友Yちゃん(享年46歳)の命日である。
彼女は元看護師であり、自分の病気(乳がん)のことは詳細に知っていた。
入退院を繰り返していた彼女だったが、
一時退院していたときや外泊日にはよくメールをくれた。
そんな、ある日のメールに書いてあった言葉が今も忘れられない・・。

「一度死の淵を覗きこんだ人間は、
この世で息をしている=生きている!ということだけで
大きな幸せを感じるものなのよ。」

とあった。

ゆえに生き残りの私は、
今のこの一分一秒という刹那を大切に愛おしく生きていかなければ!
と切に思う。
早世した病友たちのためにも・・・。


「過去も未来も存在せず、あるのは現在と言う瞬間だけだ。」
by レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ
si101114
風になり自由に空を翔ぶ友が逢いに来たごとコスモスの野辺

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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

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プロフィール
Author:千風
気が付けば、六十路.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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