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不幸論・・真の幸福は究極の不幸の中に在る?
「婆さんや、もっともっとふたりで今以上に幸せになろうね。」(^^♪
「爺さんや、あなたと連れ添ってウン十年。私はほんとうに幸せ者でございますよ。」(*^。^*)
「独りでも、いつも幸せに生きてるわよ。」v(^^*)

などと、日々お思いの方々もいらっしゃるとは思いますが・・・。

私もそのように「老いて尚、素晴らしきかな我が人生♪」
を送る予定でしたのに、
どこでどう間違えてしまったのか・・
はたまた人生修行が足りないのか・・
ときたま満足感を感じるのはお腹いっぱいご飯を食べたときだけです。
それは脳の満腹中枢が一時的に満たされたという生理的現象ですわよね。
それ以外では心が全然幸福感を感じませんのよ。
いつも飢えておりますの。
この歳ですから、ギラギラした野望の達成に基づくような幸せなんかではなくて、
飢えているのは日々の小さな幸福感にですわ。

この世に完全は在り得ません。
ですから、ほんの少しだけでも・・・・

「それなりの人生だったけど、我が人生に悔いなしだわ。
  ほどほどに幸せな人生だったわ♪」

と、思えるような最期を迎えたいと思ってはみても、
なかなか思うような到達地点まで達することができません。
べつに、、、、幸せのマックスなどは目指してはおりませんが、
このまま、心が乾いたまま、
不幸のどん底?で精神を枯れ果てさせて、
お迎えを待たなければないのでございましょうかねぇ・・・。(-"-)


そこで、なんとはなしに自覚している屈折した自我を正反対の方向から眺めてみようと
読んでみた本です。

世に蔓延する「幸福症候群」。
だがその幸福感は、他人の不幸や「死」の存在を「知らないこと」「見ないこと」で支えられている。
著者は、長年の哲学的考察のはてに―どんな人生も不幸である―という結論に辿りつく。
この「真実」を自覚し自分固有の不幸と向きあうほうが、「よく生きる」ことになるのではないか。
古今東西溢れる「幸福論」とその信者たちの自己欺瞞を鋭く指摘した上で、そう提案する。



青字は引用

P84~85
だいたい、幸福論を書こうという人の動機が気に入らない。
彼(彼女)は、まずだれでも幸福になれるという基本態度を押し出す。
次に、この礎石の上に、自分の体験を重ね合わせて、幸福とはだいそれたものではないこと、
それは考え方を変えることでだれの足元にもころがっている、
という壮大な建造物(砂上の楼閣?)を造りあげる。
幸福論は、第一に、自分が幸福であると確信している人が書く。
そして、第二に、だれでも自分と同じようにすれば幸福になれると説く。
これは幸福教の暴力的な布教である。すべてが、まやかしである。
幸福そのものが虚妄なのではない。
幸福は、厳密に考えると、じつはあまりにも高いところに位置する。
それは、カントの「理念」のように、われわれの手の届かないところに存在している。
幸福が安直に手に入ると思うことが、虚妄なのである。
―中略―
幸福論を一読しただけで幸福を得ることができるのなら、
こんなに簡単なことはない。それは錯覚である。
各人の幸福は、自分の五感で探すよりほかはない。
そして、ヤコブが砂漠で神と格闘したように、全身全霊でみずからの人生と格闘した後に、
幸福に到達できないことを知って、絶望するよりほかない。
言いかえれば、ひとは自分が紛れもなく不幸であること、
しかもそれから永遠に抜け出られないことを、身をもって自覚するほかないのである。
こうしたことを悟った者は幸福ではない。
しかし、幸福という幻覚に陥っている者より数段マシである。



この本は社会に蔓延する「人は幸福であるべき!というポジティブ志向」
を真っ向から否定し、人間は生まれながらにして不幸な存在であり、
幸福などというものは幻想である。と言い切っている。

幸福ということの分析を、ここまではっきり書いて貰えると、
私は、「ますます今を大事に生きよ!」
と、勇気づけられるているような気がしないでもない。
ゆえに、ある意味、この本は「不幸論」とはいいながらも、
或る人にとっては「究極の幸福論」かもしれない。


私自身に関して言えば、虚構と建前論に裏打ちされた
「幸せになれる本」などはあまり興味はない。
それと、お涙ちょうだいの定番本である「愛と感動で涙溢れる闘病記」や、
「今は不幸でも、明けない朝はない!
だから、いつも前向きに夢と希望を持って生きようよ♪」
の類(たぐい)の本にも興味をそそられない。


残念ながら、この世にはどんなに努力をしても、お金持ちにも成れず、
前向きに!前向きに!と呪文を唱えても、
健康体にも恵まれず、身心の病に苦しむ人も大勢いる。

常に何事にも感謝!感謝!と念仏のように唱えて生きていても、
心から信じていた人に裏切られることもあるし、
若くして不治の病に罹患することもある。
NZ地震で被災された方々のように突然に思わぬ災難に巻き込まれることもある。

それでも、日々感謝!感謝!と念仏を唱え、私は幸せ者です。
この私の病も家族の病も事故も、又その事故により身体に障害を抱えてしまいましたが、
そのことも私にとっての幸せへの道であり、
自分に課せられた人生の修業道なのです。
と、思える人って、怪しげな新興宗教を信仰する人以外にいるのかしらん?

本当は心の中では、自分は不幸だと認識しているのに、
世間の「幸福であらねば!症候群」に惑わされて、
「前向きに!前向きに!人は死ぬまで夢と希望を持って生きよ!」なんて、
無理矢理に自分の心を常識という虚飾に塗(まみ)れさせるよりも、

「そうよ............私はどうせ不幸な人間なのよ・・・・(-"-)」と、

あっさりと認めてしまったほうが、精神衛生上いいような気がする。
(同じように思う人が、1%はいるはずだけど・・・(*^^)v)


思うに・・・・
地球という惑星では、
神(在るのならば)に選ばれたと錯覚している人間という生き物たちが、
歴史が刻まれたときから何千年にも渡り、似非正義と似非善を振りかざし、
聖戦の名のもとに侵略と殺戮を繰り返し、自然を破壊している。
この進歩のない生き物の生態や現実を見るまでもなく、
個々の人間の人生は決して満ち足りたものではなく、
尽きぬ悩みと日々の葛藤に苛まれ、人間の業(カルマ)に振り回され、
束の間の幸福という幻想を求めながらも、
それが何たるかも知らずに、また得られもせずに、
必ず死んでいかねばならない・・。
このように考えれば、
確かに人間という生き物は不幸の中の存在としか思えない。


人が100人いれば、価値観も幸福感も100通り存在する。
などと結論付けてしまえば身も蓋もないけれど、
絶望の淵にへばり付いていることでしか、
満足感や安堵感を得られない人がいるのだろう。
それが、世間のステレオタイプな常識を重んじる
善なる人々の感じる幸福感とはタイプの違う、
或る意味、真理?に気付いてしまった人の、
絶対不幸の中に身を委ねることで得られる幸福感=安堵感なのだろうか・・。



ある中年女性が、ある本を読み、
「いつも幸せを感じている人は精神の病に犯されている。」
という記述を真に受けて、
「私はいつも幸せなんです。精神の病気でしょうか?」と
精神科を受診したという話を聞いたことがある。
笑い話しのような話だが、精神科ではちゃんとした病名があるらしい。


はたして、その病名は・・?

そうねぇ。
知らないほうが「幸福」だと思われるので、秘密にしておきます。(^_^;)


幸福――他人の不幸を眺める事から生ずる快適な感覚。 byビアス

未だかつて、自分は本当に幸福だと感じた人間は一人もいなかった。
もしそんなのがいたら、多分酔っぱらってでもいたのだろう。 byショウペンハウエル

ある人たちにとっては幸福なことが、他の人たちにとっては不幸なのだ。 byラディゲ

幸福感とは一時的に狂気の状態にあるときに脳が創りだす幻である。 byナス代

しあわせはいつもじぶんのこころがきめる。 by相田みつを
110227r
平凡が幸せだなんて言いながら裏では非凡を望んでいたり
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

「命のともしび」・・苦しむ姿に消えぬ迷い
「妻がどう考えているのか、いまの気持ちを知る手段はない。
それに、苦しさだけでも取り除けるかもしれない」。
断った数日後、邦浩さんは胃ろうにすることに同意した。


             ---------中略---------


妻に限れば、胃ろうはすべきでなかったかもしれない。
苦しそうな姿を見ると、邦浩さんは考える。
「妻は、私のわがままで生かされているのかもしれない」。
でも、もう一度同じ選択を迫られても「迷う」と話す。



詳細は朝日新聞の「患者を生きる」2011年2月24日↓をお読みください。

命のともしび 食べること:3 苦しむ姿に消えぬ迷い



やがて訪れる死に至る病から目を背け、老いからも目をそらして、
日々、愉しいことだけを考え、
享楽的(ショッピング、グルメ、旅行等々)なことに身を委ねて、
束の間の幸せを感じる日々のなんと心地良いことだろうか・・。




だが、それも今の内・・・
上記の記事の方は若くして認知症になられた人だが、
老いれば嫌でも自分で自分のことさえできなくなり、
食事も排泄も人様の手を借りなければならなくなる。

今は病気や死は他人事ではあっても、
地震や事故で明日はわが身に降りかかる出来事かもしれない。


だが、この歳までなんとか生き延びてきた。
やっぱり・・病気で死ぬことを想定したい・・・・。


例えば、テレビドラマで見るような死に際だが、
ガン死に限らず、息も絶え絶えながら、
「あなた、今までありがとう。幸せだったわ・・」のごとき言葉を発しながら、
ガクッと首を垂れる臨終場面は真っ赤なウソで、余命が時間単位になれば、
完全に意識混濁状態になり、
家族が理解できるような鮮明な言葉を発することは皆無らしい。

そんな時に「気管切開をして延命をしてくれ」だの、「もう楽にしてくれ」だの、
の要望は自分の口から発することはできない。
では、どうするか?
やはり、本人が生前に書き置く終末期医療要望書に因る意思表示が重要且つ必要となる。

自身の「終末期医療の要望書」を持参せず、もしくは家族に託さずに入院し、
意志表示ができなくなったとき、
延命するか?しないか?の意思決定は家族(居れば)に託される。
本人の意思表示が無い(できない)わけだから、家族も迷いつつも、
患者自身が絶対に嫌だと思っていたチューブに繋ぐ延命を願い出るかもしれない。
受けたくもない辛く苦痛に苛まれる無意味な治療を死ぬまで継続させられるかもしれない。

私は意思表示もできないままでスパゲティ状態で延命されるのはごめん蒙りたい。
むしろ、 意識レベルを下げ、苦痛を感じないようにしてもらって、
穏やかな顔でさっさとこの世からおさらばしたい。

家族には、
「故人は生前にこういうものを書いていました。
ですから、迷いも悔いもありません。」
と言わせたいし、
そのほうが家族を後々まで、罪の意識に苛ませることも、
惑わせることもなく、死にゆく本人も楽なはずだと思う。

今現在の私の「終末期医療の要望書」は延命はしないでください・・
程度の漠然とした意思表示でしかない。
この際、「胃ろう」も「気管切開」も、etc...
も拒否する旨を事細かに書き加えなければ!と思っている。

明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい。 
                    by マハトマ・ガンジー
110225r
大勢の人をおくりて今があるやがては我もおくられびとに
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

tag : 終末期医療 延命 余命 胃ろう 気管切開

麗しきタイム・トラベラー?時をかける老女
「ごめんくださいまし~。ヘルパーの○○田でございますぅ~。」
その日もN代(当時4?歳)は勝手口から、
元気で明るい声をかけた。

そこに、ニコニコ笑顔で現れた銀髪が眩しい美ヶ原琴子さんは当時7?歳。
お育ちが良い、お品のある元お琴の師範である。
元というのは、脳血管の病気の後遺症で身体の左側が少々不自由になり、
残念ながら、奏者&師範職からも遠ざかるを得なくなったのでございますのよ。
それでも、生活援助に伺う度に、
過去にご本人の奏でた筝曲の数々を録音したテープを聴いておられた。
その日のラジカセからは、
八橋検校作曲の六段の調が優雅な音色を奏でておりましたですわ。

そんな琴子さんではありますが、如何せん、加齢には勝てません・・。
ときたま、おボケが出るようになられる前は、
何事にもきちっとしておかなければ気が済まないお人柄であらせられたようで、
その日も、
「お客さんが見えるというので、朝から念入りにお掃除をしていましたのよ。
隅々までピッカピカに光輝くほど綺麗でございましょ?」
と嬉々として自慢をする。

だが、綺麗に掃除をした?とは、本人が今そう思っただけで、
家中にはモノが散乱している。

仕事である生活援助の掃除をしようにも、「念入りに掃除をしたばかり!」
と言い張る優しい琴子さんを傷つけたくはない。
利用者様のその日の御気分に合わせての臨機応変な対応も必要なのですのよ。

取りあえずは、お茶でも飲みながら世間話に興じようと、
琴子さんにはお茶を淹れ、 ( ^-^)o旦~~
N代は持参したペットボトルのお茶を飲み飲み、
彼女の過去の生○流筝曲師範としての数多の栄光話を聴いていましたの。

そこで、琴子さんはお手洗いにお立ちになりました。
10分後に、すっきりした顔で居間にお戻りになられた琴子さん。


突然に、

「あら?あなたはどこのどなた様でしたかしら?」と、のたまわれる。

排泄という行為で、おボケスイッチが入った?

まぁ、これもいつものことなので、


「通いの家政婦みたいなものですわ。琴子様。」と申し上げたら、

「家政婦・・・・・・・???σ( ̄、 ̄=)ンート.........
 あっ、わかりましたわ。女中のことでございましょ。
 わたくしの家で言えば、ネエヤのことざましょ。」


しばしの間が空き・・・・


琴子さんの記憶を司る海馬は瞬時に時空を飛び超え、
何やら過去へ過去へと向かわれた御様子・・・。

いざ!麗しき過去へ・・・ε=ε=ε=ε=ε=(o゚ー゚)oビューーーーンッ!!


そして、数秒後。


ありゃま。(・_・;)_・;)・;);)) ナントッ!! 
20歳の頃の乙女盛りに突入なされた御様子。


「あら、もしかしたら、あなたはネエヤのウメ?
それにしても、ずいぶん老けたわね。いろいろと苦労したのねぇ。」
と、のたまわれる。

(えっ?老けたって・・・? 私の今現在の顔を見て言ってるのかしらん?
 うーん。複雑。  だけど琴子さんは今はタイム・トラベル中・・。
身体はヨボヨボヨロヨロでも、心だけは若返り、麗しき乙女期を漂っておられるはず。
と思いながら、話を合わせる。)


今までの彼女との世間話の中でよく聞かされていた優雅なお嬢様時代。
資産家であり、家も大邸宅であった琴子さんの御実家には、
遥か青森県の戸来村からやってきた「ウメさん」というネエヤさんがいたらしい・・・。


N代はすぐさま、ネエヤの「ウメ」に成り切り、
「あのぅ・・お嬢様、、、、
お嬢様のお部屋のお掃除を始めたいのでございますが、よろしゅうございますか?」
と探りを入れる。


すると、


「朝から晩まで母がウメをこき使うから、手が皸(あかぎれ)だらけねぇ。
今日は掃除はよろしくてよ。
ところでウメや。あなた確か出戻りだったわよねぇ?
ほら、確か祝言を挙げたばかりの相手に赤紙が来て、すぐに出征して、
パプアニューギニアで、陸軍2等兵の身分のままで、
あっけなく戦死したんだったわね。
そうよねぇ・・・
13歳でネエヤとして奉公に来て、わたくしのように女学校にも行かせて貰えず、
19歳の秋にこの家からお嫁に行ったはいいけど、
あの柳家金語楼に似た結婚相手とはすぐ死に別れですものね。
ウメは本当に不幸な身の上に生まれついたのねぇ。
ほんと、可哀想に・・・・・(゜-Å) ホロリ 」


と実際に涙ぐまれる。


「お嬢様ぁ・・・(/_;) ありがとうございます・・・・
そんなに心配して頂いてウメはほんとに幸せ者でございますぅぅ.............
゜゜・(/□\*)・゜゜・わ~ん 」

とウメに成り切っていたN代も貰い泣きをするほど、
琴子さんは心お優しい大昔のお嬢様なのでございますのよ。


(だけどさ、ウメ=N代の戦死した亭主は柳家金語楼に似ていたって言われてもねぇ・・・
どうせなら、「美貌の裏に宿る孤独の影と背中に漂う虚無・・。」
みたいな・・・眠狂四郎=市川雷蔵にして欲しかったわよっ!(o ><)oもぉぉぉ~っ!


だが、過去は絶対的な事象として存在しており、
映画のターミネーターのように都合よく、人生も過去も未来も変えられない。
「柳家金語楼」でも、まっ、いいか。  ...ρ(..、)イジイジ・・
とか、思いつつ、感涙に浸っていると、まだ涙も乾かないうちに、

突然真顔になり、

「えーと・・・ウメとわたくしは同い年だから、まだ20歳よね。
大東亜共栄圏の夢は儚く消えたけど、
玉音放送で陛下がおっしゃっていたじゃない。もう戦争は終わったって。
だからウメも人生これからやり直せるじゃない。
そうだわ。わたくしがウメの再婚のお見合い相手を探してあげるわ。
どんな殿方が好みなの?条件はあるの?
でもねぇ・・・なにしろウメは出戻りだから、厳しい条件は付けちゃダメよ。
そうよ、ウメは出戻りなんだから・・・。」

と何度も「出戻り」を連発しながら好みのタイプをお訊きになる。


(なんか・・少しだけ、何事も上から目線が気になったが、
今は利用者様がタイム・トラベルの真っ最中。
時代も年齢も錯綜?しているが、
琴子さんの頭の中では、確実にネエヤのウメは存在する。)



「そうですわねぇ。できましたら、顔立ちはアンソニー・パーキンスで、
口うるさくなくて、禿げ頭でなくて、お金持ちで、住み込みの女中さんがいて、
浮気者でなく、舅と姑と小姑とがいない人をお願い致しますですわ。
お嬢様。(*"ー"*)フフッ♪♪」

と、N代は現実の結婚生活の不平不満等を思い起こしながら、
どうせ、琴子さんは、今聞いたことは明日になったら何も覚えていないのだからと、
ここぞとばかりに理想の結婚相手をお願いしたのでありました。(^_^;)


「えっ?なんですって?アンポンタンみたいな人がいいと言うの? 
いやだわ。ウメったら、オーホッホ。あなたボケてるんじゃないの?
そんなアンポンタンな人より、私の知り合いに東千代之介にそっくりな人がいるのよ。
今、その人の写真を見せてあげるわ。ぜひその人とお見合いなさいな・・。」
と言って、隣室へ入っていかれ、約5分後に古ぼけたアルバムを持って居間に現れる。

「ほら、見て見て!この人よ。東千代之介にそっくりでしょ?」

と言いながら見せてくれた写真に写っていた人物は、
時代劇スターの美剣士・東千代之介には似ても似付かぬ、
十数年前に亡くなられた琴子さんの御主人様の
出征前のセピア色をしたお写真でありました。

そして、ウメ=N代はお見合いの日取りを決めて頂き、
(もちろん、次回の生活援助の日ですわ。)
ニコニコ笑顔でお上品なしぐさで手を振っておられる、
美ヶ原琴子様宅を後に致しましたのよ。
☆⌒(*^-゚)ノ~♪ お嬢様ぁ~。お見合いの件。ヨロシクデスゥ~♪~ヾ(゚-^*)⌒☆
---つづく---
110222r
忘れじの記憶の園の断片をつなぎ合せて過去とたはむる
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テーマ : ひとりごとのようなもの ジャンル : 日記

tag : パプアニューギニア 赤紙 陸軍2等兵 大東亜共栄圏 玉音放送 柳家金語楼 眠狂四郎 市川雷蔵 東千代之介

老年女性の老い先短い人生のストレスの元は老いた夫?
10数年の別居期間を経て、
昨年60歳になった友人が調停離婚を申し出たそうな・・。
離婚時の厚生年金の分割制度も鑑みて、
今まで離婚を踏みとどまっていたいたらしい。

そもそもの別居原因は何だったの?
と訊いたときに、
「夫の自分本位の性格よ。」
と澱みなく答えていた彼女。

そのとき同席していた、
それまで一度もご主人様に対しての愚痴など漏らしたことのない、
幸せいっぱいの結婚生活をエンジョイしているかに見えた
70代前半のA子さんがポツリと一言・・・

「私も・・もし、経済的に一人でも食べていけてたら、とっくに離婚していたわ・・。」


そりゃまぁ、どこの夫婦でも相性100%なんて在り得ないわよね。
それでもなんとか夫婦を続けているのは
女性側からしたら、、、、、私もそうだけど、
経済的に自立できないから仕方なく・・の人が多いのよね。

そして、3人で口を揃えて言ったことは、

「老い先短い人生なのに・・・
老いた夫よ!あなたが私の人生のストレスの元なのよ!
あなたがもっと私の気持ちを尊重してくれたら、
私はもっと豊かで悔いのない人生を全うできるのにっ!
妻を満ち足りた気分にさせて初めて、
あなたにも心豊かで満ち足りた老後が訪れるのよ。
どうして、それが解らないのっ!?」

だって。(^_^;)



そして、その後、
老年期の女性側からストレスの元=夫の言動と行動を論(あげつら)ってみたのよ。

① 誰のおかげでお前は飯が食えるんだ?の態度が見え見え。
② 外出の際、いちいち帰宅時間を訊き、必ず俺の夕飯はどうするんだ?と訊く。
③ 布団の上げ下ろし方まで干渉する。
④ 都合が悪くなると俺は亭主だ!と威張る。
⑤ 妻の言うことはなんでもかんでも否定、もしくは批判する。
⑥ いずれは妻に介護してもらおうという魂胆がある。
⑦ 束縛したり、従属させようとする。
⑧ 無給の家政婦扱い。
⑨ テレビが恋人。
⑩ 家の中に居るだけでうっとうしい。

etc..................

切りがないので10個で止めるけど、
期せずして「おひとりさま」になられてしまった方々からは、
どんな夫でも傍に居るだけで幸せなのよ。
老後は「ふたりでひとり」よ。わがままねぇ。
「おふたりさま」でいられる内が花よ。
等々の思いや御意見もあるでしょうね・・・。


私の40年来の友人(60代後半)は、
ご主人様が勝手に決めた老後計画=「農業回帰で幸せシニア夫婦に♪」で、
定年退職後には田舎に帰り農業を始めたいので、
君も一緒に来るように・・と懇願され、
猛抵抗と猛議論の末に、
結局は経済的に一人で食べていくこともできないが為に、
仕方なしにいやいや田舎に籠ったはいいけれど、
慣れない環境に適応できずに結果、うつ病になったのよ。

でも、御近所や世間様にはうつ病のことは隠し、
自分の心とは裏腹に明るく幸せそうに振る舞うことを余儀なくされて、
心も体もボロボロになり、今も治療中なのよ。

かと言って、都会の家も土地も売り払ってしまった今、
老いた身で夫と離婚して、友人知人が大勢いる都会に戻ることもできない・・。
結果、今は仮面夫婦らしいわ。
そして、
「もし夫が先に倒れても夫の介護は絶対にしない!」
「死んでも夫とは同じお墓には入りたくない!」
と、生前散骨を申し込んだとも言ってたわ。



「女三界(さんがい)に家なし」って言うじゃない。
日本女性の置かれた地位と人間的価値の低さ。
平成の世になっても戦前から何も変わってないわね・・・。
亭主を思い通りに操縦する鬼嫁なんていうのは、
何処の世界の人たちの話なのかしら?
それとも、年代のせい?
それとも、我慢と忍耐が足りないのは私たち女性?


いずれは妻に介護してもらおうという魂胆がある夫たち。

嫌でも訪れるかもしれない夫の介護。
介護疲れに因る殺人も頻発している昨今。
今更離婚もできないし。
う~ん・・。どうしようかしらね。
(ー_ー;)。o O (介護をするかどうか思案中.......)
(ーー;).。oO(認知症になった夫の介護を想像中.......)
110219r
セーターに毛玉を見つけ恋をしたあの日の君はもういない部屋
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テーマ : ひとりごと ジャンル : 日記

余命半年・・満ち足りた人生の終わり方
医療関係者ではない一般人には、
人が死に至る病に犯されて、
最期を迎えるまでのプロセスに接するチャンスはそんなにない。
私自身もこの歳まで生きてきて、
看取りの場に遭遇したのは2回(祖母二人)だけである。
それも幼稚園のときと小学生のときだったので、
記憶はそれほど鮮明ではない。


この本のテーマは緩和医療である。

緩和医療とは、
(生命(人生)を脅かす疾患による問題に直面している患者およびその家族の、
QOL(人生の質、生活の質)を改善するアプローチである。
苦しみを予防したり和らげたりすることでなされるものであり、
そのために痛みその他の身体的問題、 心理社会的問題、
スピリチュアルな問題を早期に発見し、
的確なアセスメントと治療を行うという方法がとられる(WHOの定義文2002より)。
緩和ケア(palliative careパリアティブ・ケア)とも。)


日本人の主な死因別死亡数の割合(平成20年-厚労省)

に因ると、悪性新生物が30%である。
つまり、日本人の約3人に一人が、「がん」で死なねばならない。
患者本人はもちろんだが、
愛する人が死にゆく様を手をこまねいて見ていなければならない家族も辛いだろうな・・
と思う。

いずれ訪れる私の死病が、悪性新生物かどうかは今は判らないが、
がん検診を受けるべきか?受けざるべきか?で迷いに迷ったあげくに、
結局は受けないでいる私が「余命半年」と言われる確率は3分の1ある。

末期がんを宣告されてからでは、
到底読めそうもないと思われる重いテーマの本なので、
今のうちに読んでみた。

血縁者にがんで亡くなった人がいる人や、
私のように、がん検診の度に毎回精密検査を言い渡された経験のある人が、
前もって読んでおけば、
そのときには少しでもアタフタしなくて済むことは確実だと思う価値ある本である。

尚、末期のがん患者に投与される医療用麻薬の世間の誤解についても
鋭く指摘している。
そして、がん患者が死に至るまでのプロセスと、
残される家族の心構え等が丁寧に判り易く書いてある。

さて・・・
肉体が「がん」で息を引き取るというプロセスだが、
余命が週単位になると、一番多い症状は、痛みよりも、
なんとも形容のし難い全身倦怠感らしい。

P236より
傍から見ていても、この「身の置き所がないような」
全身倦怠感は患者にとって恐ろしく辛いものだと理解できる
(なので鎮静がオプションにない医者にかかると、
最後は全身倦怠感にさいなまれることになる。
だが残念ながら、
正しく終末期の鎮静が行える医者のほうが圧倒的に少ない。)


すべてのがん患者が本に書いてある通りに最期を迎えるわけではないらしいが、
5年ほど前に入院していたときに、
病友の「余命が週単位」の3~5週間前の状態をつぶさに見ていた。
(というよりも、同室なので見ざるを得なかった。)
その病院には緩和医療の専門医はいなかったので、
どういう緩和医療処置が施されていたのかは知る由もないけれど、
見た目の状態はまさしく、この本に書いてある通りであった。


話を私の周囲に戻すと、
女性の方が死に対しては潔く、男性は最後まで医療用麻薬や鎮静を拒否し、
治癒?や延命を目指して頑張る人が多い・・・。


それに、10年後には団塊世代は72歳から74歳になり、
確実に多死社会が到来する。
緩和医療の専門医がもっともっと増えて欲しいと切に願う。



「満ち足りた人生の終わり方」ねぇ・・・。
若き緩和医療専門医が「誰にでもやがて訪れる死への心得」を
解りやすく説いているという貴重な本ではあるが、
私はまだまだ人生修業も準備も足りないようで、
10%ぐらいしか心の準備はできていない。
せめてあと30年は時間が欲しいわ。
110213r
死の棘に刺されつ惑ふ冬の日に儚き一生(ひとよ)のエピローグ記す
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

健康でありたい症候群
毎日、毎日・・・・
新聞の広告紙面には「健康こそが幸せ♪」と言わんばかりの
高価な健康食品の宣伝が溢れている。
初老期に入った芸能人や、
素人?の宣伝オールドマンと宣伝オールドウーマンが
笑顔満載でこう言う。

「今まで、長年に渡り、辛い症状に悩まされてきました。
でも今は○○○(健康食品の名前)のおかげで、
最高に健康で幸せな毎日を送っています。
人生がこんなに素晴らしいものだったなんて!
この歳になるまで知りませんでした。
もっと早くに○○○を飲んでおけばよかった!
私に、思いも寄らなかった幸せな老後を与えてくれた○○○に感謝です!♪」




ほんまかいな?(¬_¬。) ジーーーッ...................





とは思うけれど、


一か月分で10000万円以上では、とても喉からだけではなく、
鼻からも手はだせない。喉から出るのは溜め息ばかりで、
鼻から出るのは花粉症による鼻水ぐらいしかでない・・。
倹しい年金生活を恨めしく思いながら、労働意欲も少し?はあるが、
もう年齢的に雇ってくれる場所もないだろうから、
こればっかりはどうすることもできない。




そんな日々の中・・・

先日、入院中の友人をお見舞いに行ったときに、
友人と同室の後期高齢者と思しきお婆さんと
イケメン担当医の会話が漏れ聞こえてきた。


高齢婆子さん
「先生、知り合いから、○○○(サプリメントの名前)を
飲んだら?と言われてるんですが、
年金暮らしには値段が高くてねぇ・・
無理をしてででも飲んだほうがいいでしょうかねぇ?」


イケメン医師
「婆子さん、もうすぐ退院ですね。良かったですねぇ♪
ところで、健康食品やサプリメントを摂るなとは言いませんが、
すべて気休めだと思ってくださいね。
もし、本当に効能があるのなら、臨床試験で効能が認められて、
新薬として認可されて医療機関でも使用するはずです。
ですから、
高価な○○○を無理して買うよりも、
体の為にはバランスの取れた食事が一番大切だと思いますよ。
そうですねぇ・・毎日納豆でも食べて、
毎日欠かさず散歩をしたほうがいい・・と僕は思うけどなぁ。
もし、サプリメントに効能や効果があるのなら、この世に病気の人はいないし、
病院なんて要らないはずでしょ?
もちろん医者も要りませんから、僕らは失業かなぁ・・。アハハ・・・(^_^;)」

と苦笑いしながら話をしていた。

イケメン医師のおっしゃることはまことにごもっともな話なんだろうな・・と思う。


人はいついつまでも若々しく、老いを遅らせ、出来れば美しく生きたいと願い、
種々の健康法やサプリメントに飛びつく。

その気持ちは痛いほど解るけれど、
その健康法を実践している人たちと何もしていない人たち、
そのサプリメントを飲んだ人たちと飲んでいない人たちに
どれだけの効果の差異があるのか?
などの統計は、多分していないだろうから公表されることもない。
(私が知らないだけ?かもしれないけど。)

もし、そんなに万人に効く健康法やサプリメントがあるのならば、
ネットで瞬時に広がり、パソコンを使わない人々の間では口コミで広がり、
すぐに売り切れになるだろう。
なので、
わざわざ多額の広告費を払ってまで、
紙面半分を使い宣伝する必要などないことになる。


種々の健康法を実践し、サプリメントを摂り続けても、
効果があってもなくても、
それでも人は老い、そしてやがては死なねばならない。
神のみぞ知る寿命と運に左右される死に至る病には、
誰も太刀打ちできない。

老いて、あちこち故障する身体のパーツと、上手く機能しなくなった脳・・
それが、「今の在りのままの自分なのである。」
ということを認めながら、まだ生かされていることに感謝し、
何事もなく過ぎゆく時間を心ゆくまで楽しむことにしなくては!


とは思いつつも、本心を言えば、
高価なコラーゲン飲料やロイヤルゼリーも
「喉から手が出るくらい欲しいっ!」のよね・・・。
110210r
老ひてなお秘めたる情念消えやらむこの世のなにを渇望せしや
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

老人介護施設での実習・・ネンネンコロリで生きるということ
友人のお義母様(80代後半)が、老健を出されそうだ・・・と悩んでいたが、
このたび、めでたく?特別養護老人ホームに入居できそうだと喜んでいた。
だが、「嫁の自分が老いた義母の介護もしないで、
世話を他人様の手に委ねるということに対して、
自責の念もあり、複雑な心境なのよ・・」とも言う。

よく聞く話しではあるけれど、
ご主人様の兄弟姉妹は嫁であるあなたが介護するのは当然でしょ!
的態度で口だけは出すが、手もお金も出さないらしい。


育児は明日が見えるが、介護は明日が見えない。
親が、そして配偶者が死ぬまで在宅介護or施設介護は続く。


それで・・特養ってどんなところ?
を、当時の日記を参考に、
特に印象深かった部分を主観のみで記録しておこうと思う。

介護保険が施行される前、
私は県が主催するホームヘルパー養成講座に通った。
そのときはまだ、自分の老いも死も眼中にはなく、
ただ仕事をしたい!
の一心から、受講料の補助がある県が主催の講座に申し込み、
抽選で見事当選し、ただただラッキー!との単純な思いだけで、
受講したのであった。


そして、講座受講の最後に現場実習があり、
数班に分かれ、各10人前後が
県内の「特別養護老人ホーム」に行かされた。
私が行かされた施設は湘南海岸近くの「○○苑」。


「あーあ、また・・・実習生かよ。
はっきり言って邪魔なんだよね!
でも、県からの実習要請じゃ今後のことを考えたら断れないし・・・」

実習生全員が、正規職員のそんな囁き声を小耳に挟みながらも、
実習を休むと修了証が貰えないので
お呼びでない的視線を感じながらも、不安と緊張の中、
はりきって、また怖々と、生の介護現場での実習が始まった。



朝礼で注意事項を聞き、
午前中は、
海風が吹きすさぶ寒い中を施設の周りの落ち葉掃き。
排泄物がカピカピに乾いてこびり付いるポータブル便器洗い。
次は、施設内を消毒液を染み込ませた布でベッドや手すりを拭く作業。

そして、やっと入居者様に触れることが許され、
声がかかるたびにあちこちの部屋を駆けずり回り、
排泄時にベッド横に置いてあるポータブルトイレに座らせる等のお世話。
目の不自由な方を行きたい場所までお連れする。
寝たきりの方の手足の爪を切って差し上げる。
そんな、誰にでもできる簡単なお世話だけで済んでいた。


そして、昼食の時間になった。

実習生は自力ではご飯を食べられない入居者の方々の部屋に集められ、
昼食を食べて頂く係を仰せ使った

相手は寝たきりな訳ですから、空腹感もあまり感じません。
それに一日の大半は眠っているんだか、起きているんだか、
意識があるんだか、無いんだか、
棺桶に片足を突っ込んでいるような、いないような、
そんな人たちです。


本当よ・・・。


そんな方々を無理やり起こすのも一苦労。
口を開けてもらうことも一苦労。

そして、時間は迫る・・・・。

それでもなんとか口を開けて貰うことには成功しても、
さぁ、ここからが大変!

離乳食みたいなドロドロのものをスプーンで口に入れて差し上げるのだが、
ベっ!と吐き出したり、だらーっと口から溢したり。

それが何度も何度も・・・

 
隣を見るとやはり実習生仲間も同じ目に合っていたらしく、
汗びっしょりで苦労している。

どうしても食事をして貰えなくて、
オロオロ、アタフタしている処へ正規の介護士の方が入ってきた。

「あらあら、あなたたち、今まで何を習ってきたのよ?
そんな食べさせ方じゃ何回やっても時間の無駄じゃ~ん。
ほら、こうするのよ見てて!」
と言って、いとも簡単に離乳食状のものを「ゴックン!」と飲み込ませる。
そのときは、さすがプロ!とは思ったものよ。

上手く早く食べさせるコツを例えて言えば、
フォアグラを取るためにガチョウに大量の餌を
無理やりに飲み込ませる方法と同じかなぁ・・。
つまり、ドロドロ食物をスプーンで掬って、
ググッと喉の奥の奥の奥まで差し込むのである。
咳き込んでも、無理やりに・・・。 
そうすれば嫌でも飲み込まざるを得ないわけです。

(そのとき、子供がまだ乳幼児だったときに、
シロップ状の風邪薬を飲ませるときは、
スプーンを喉の奥まで突っ込んで飲ませなさい・・
と医師に言われたことをふと思い出した・・。)


そして、昼食が終わり・・・

その部屋では、
入居者同士が隣のベッドの人と会話をするとか、そんな光景は一度もなく。
しーんと静まりかえった相部屋で、
日がな天井というよりも空(くう)を見続ける人と、
また死んだように眠りにつく人たちがいた。


その部屋の方々は全員が、
「自力移動不可能+寝たきり+紙おむつ」なので、
排泄→眠る→ガチョウの食事→排泄→眠る→ガチョウの食事→排泄。
の繰り返しで、
これで、嚥下が不可能になったら、
御家族、もしくは縁者の方との相談の上で胃ろうになると聞いた。


そんな、昼食風景を見て、そして参加して、
自宅介護の人はどうなのだろう?ということがチラと頭を過ったが、
施設には施設のタイムスケジュールがあり、
入居者の体調や嚥下能力に合わせてのんびり、
ゆっくり食べさせているなんて出来ないらしい。
そのときはそうするしか仕方がなかったから、
教えてもらった方法でなんとか時間内に昼食を食べて頂いたが、
なぜか、人間よりモノ扱いにしている気がして、
相手に対して申し訳ない気分に陥った・・・。







あれからかなりの年月が流れた・・
たった数日の見習い介護士体験で、、
あの経験がすべてだなんてことは言えないけれど、
無理やり餌を口に突っ込まれて生きながらえさせられて、
平均寿命世界一に貢献することに
なんの意味があるのかという疑問符が未だに頭の中に滞っている。

私がもっと歳を取って、ピンピンコロリで逝けなくて、
寝たきりにでもなったら、ああいう施設に入れられて、
ネンネンコロリで無理に生かされて、
一日中天井を見つめながら死を待つのだろうな・・。
寿命は運。死に方も選べない。
ならば、覚悟だけはしておかなくちゃ。

私の母も特養が終の棲家だった。
嚥下力が無くなって胃ろうになる前は、
フォアグラを獲られるガチョウのように、グェ!グェ!と言いながら、
食事を摂らされていたのだろうか・・・。
110208r
なにもなき宙(そら)と静寂・・冬枯れの庭に椿がポトンと落ちむ
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

モンスター高齢者VS.モンスターヘルパー
「ごめんくださいまし~。ホームヘルパーの○○田でございます~。」
なぜか、「家政婦は見た!」の市原悦子さん口調で勝手口から声をかけたが、
返事はない・・。
キャンセルの連絡は受けていない。
再度大きな声で、
「ごめんくださいましぃ~!!偏屈さ~ん。いらっしゃいますぅ~?
ホームヘルパーの○○田でございますぅぅ~~!!」
と声をかけると、
ときどき、加齢に因るまだらボケが出現するらしい
独居老人(男・8?歳)の偏屈爺男さんがやっと出てきた。
返事もしないで、仏頂面で勝手口のドアを開け、
超ご機嫌斜めな顔で家の中に招き入れてくれる。


「あーあ、また今日もなのぉー・・・? この偏屈ジジィめ!」と、
偏屈爺男さんに聞こえないような小声で呟きながら、
N代(4?歳・仮名)は引き攣った愛想笑いを浮かべて偏屈家の中に入る。


この偏屈爺男さん。
昔は高校の数学教師をしていたらしいが、性格があまりにも偏屈過ぎて、
20代~30代にかけて、お見合いも何度か経験したようだが、
結局は縁談は纏まらず、生涯独身を貫いておられる。
加えて、極端な人間嫌いのようで、
一度、お愛想で深くも考えずになにげなく、
「お独りでお寂しいですわね・・・」と声をかけたら、
「寂しくなんかないっ!独りという自由は何物にも代えがたいんじゃっ!!」
と、烈火のごとく怒鳴られたことがあるので、
どうでもいい天気の話しかしないようにしているが、
それでも、何を話しかけても、返事を返されることはめったにない。

お年のせいで動作はスローモーションだが、
誰の目にもそれなりに元気そうに見える。
如何なる理由でホームヘルパーが必要なのか判らない御老人である。


家に入り、再度挨拶をしても、お天気の話しをしても、
偏屈さんは相変わらず仏頂面で無視するので、
さっさとエプロンを付け、今日の家事援助予定を一方的に告げて、
先ずは部屋に散乱しているものを片づけ、掃除を始めようとしたら、
わざと?なのか、急にボケの谷間に落ちてしまったのか?
ただ単に遊んで欲しいのか?
新米ヘルパーだと思ってナメているのか?
偏屈ジジィが本棚の本を一冊づつ畳に落とす。

「なんなのよー!このクソジジィ!!」と心の中で叫びつつも、
女性演歌歌手のような、わざとらしさが見え見えの、
自分でも気持ち悪っ!と思えるような作り笑顔を絶やさずに、
偏屈さんが散らかした色褪せた本を本棚に入れ直す。

(あーあ・・・また運悪くボケが出たのかしら?
今は正気なのか?それとも、ボケてるときなのか?
の境界線がはっきりしないし、現実の世界にいるのか、
それとも一時的にあっちの世界に行ってるのかの判断も難しいから
ほんと、まだらボケが一番厄介なのよね・・。
ボケるんなら完全にボケて欲しいものだわよ。
そのほうが対処もしやすいのに・・)

などと思いながら、
ゴミ、否、まだらボケ爺様と格闘すること15分が経過・・・。

いくら、ホームヘルパーという、必殺仕事人を自負していても、
余りにも理不尽な行為には堪忍袋の緒が切れる。
たまらずに、「止めて貰えませんっ!」と言っても止めないので、
「おらぁ!止めんかーーーーいっ!なめたらあかんぜよっ!
と大声で怒鳴ったら、
ビビったのか、一時的に正気に戻ったのか、
急に借りてきた猫状態になり、

「ごめんよ!ごめんよ!母ちゃん。ごめんよ~。」
と言いながら土下座をして謝り、
何故かは知らねど、今度は急にお風呂に入りたいと言い出した。

「んんっ?母ちゃん?私があんたの母ちゃん?
娘ぐらいの年なのになんで母ちゃんなのよ!?」
とまたしても心の中でツッコミながらも、
そこは、新米だけどプロのホームヘルパー。

「はいはい、じゃ、お掃除が終わったらすぐにお風呂の掃除をしますから、
少し待っていてくださいね~♪」と
N代もコロッと態度を変え、
まだらボケ偏屈爺様を縁側まで引きずるように連れて行き、
年代物の籐椅子に座らせて日向ぼっこをさせながら、
偏屈さんの好きな歌、「カスバの女」を子守唄変わりにハミングしながら、
冬なのに汗水垂らして動きまわること一時間・・。

「偏屈さ~ん。お風呂が沸きましたですよ。
湯加減は偏屈さんの好きな43℃にして置きましたですよ。
どうぞ、ごゆっくりお入りになってくださいまし~」
と、またしても、市原悦子さん口調で風呂場まで促す。

どっこいしょ・・と声を出しながら、縁側の籐椅子から起きあがった偏屈さん。
突然にN代の手を取り、
「母ちゃん、今日はボクとても疲れてるんだ・・
だから、母ちゃんも一緒に入って体を洗って欲しいんだ。
母ちゃんも早く裸になってよ~♪」と
訪問したときのあの仏頂面と偏屈態度は何処へやら?
180度の変身ぶりで甘えてくる。


ヤバイ!ヤバすぎるっ!


家事援助ヘルパーは「入浴介助」はできない規則になっている。
「決められた援助項目だけしかできない決まりになってますから。」
などと説明しても、おそらく今の状態では解ってくれそうにもないことは明らか。
それに、利用者様がヨボヨボ、ヨロヨロの御老体でも、
男の筋力には負けるかも・・?
N代はどちらかというと男心をそそる自称スレンダー美人?である。(^^♪
あからさまな拒絶の態度を示したら、何をされるか判らない。

そこで、一計を案じたN代は、
「じゃ、5分間だけ待ってて~ん♪ウフ☆(^_-)-☆」と、
昔の恋人にも、今の夫にも、一度も出したことのないような甘えた声を出し、
なんとか独りで風呂場に行かせることに成功。

そして、風呂場でワクワクしながら母ちゃん?を待っているであろう偏屈さんに、

「偏屈さん。実はワタシね・・今日は風邪気味なんです~。
もし偏屈さんに風邪を移したら申し訳ありませんので、
またの機会に御一緒させて頂きま~す。ごめんなさいね~。」
とドア越しに声をかけた。

案の定・・怒っているのか、
突如として偏屈ジジィモードに突入したのか定かではないが、
返事はない。

N代は急いで帰り支度をして、勝手口のたたきに立ちながら、
偏屈さんが風呂場から出てくるのを見計らう・・。
思った通り、やっぱり・・・素っ裸で出てきた偏屈さんに帰りの挨拶をして、
猛ダッシュで偏屈宅を出た。

普段はスローモーションの動作しかしない爺様だけど、
まかり間違って、火事場の馬鹿力で持って走って追いかけられても困るので、
必死でママチャリをこぎ、やっと人通りの多い商店街まで辿り着き、
息を切らしながら振り返ると、真冬だというのに夏物のパジャマを着て、
母ちゃんを見失ったのか・・・・・
真っ赤な夕焼けを背にして、○○商店街の入り口で呆然と佇む偏屈さんの姿があった。



月日が経つのは早いもので、あれから十数年・・・
今、○○商店街をいつもニコニコと好々爺の顔をしながら、
車椅子に乗せられて、若いヘルパーさんと散歩している姿を見かけるが、
御齢9?歳におなりのはず、
完全におボケお爺様になられたのだろうか・・?

そしてまだ、若いヘルパーさんに「母ちゃんと一緒にお風呂に入りた~い!」
と駄々をこねていらっしゃるのだろうか・・・。
110205ri
蜜月の日々は過ぎゆき忘れ得ぬ愛しき人を想ふ黄昏
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テーマ : シニア・エッセイ ジャンル : 日記

親孝行したくないのに親がいる
「いかに納得して死ぬか?」ばかりを追求して、
そのようなことだけを記事にしている私とは違い、
シニアorシルバー世代になっても、
人生に目的、希望、夢を持ち、それらを実践しながら、
心豊かで前向きなシニアorシルバーライフを
満喫していらっしゃる方々には頭が下がる。
きっと、無縁死や孤独死には縁がない幸せな生活環境にいらっしゃるのだろう・・・。




けれど・・・・・
世の中、そのようなシニアorシルバーばかりではないのも事実・・。



夫を7年前に亡くしたA子(当時78歳)は、夫との思い出の残る古い家で
自由きままな独り暮らしをしていたが、長女(当時55歳)の夫が定年を迎え、
社宅を出なくてはならなくなった・・。

ついては、この古い家を解体し、夫名義で家を新築するから同居しない?
と、長女夫婦から話を持ちかけられた。

自分もこれからは老いゆくばかり、介護される側になるのも時間の問題。
実の娘との同居なら上手くいくかもしれない。
婿殿も優しい人だし・・
と思い、同居を承諾した。

木の香りのする新しい家の2Fの奥の6畳一間をあてがわれ、
充実した老後を迎えるべく、同居を始めた。
だが、そこには思い描いていた幸せな老後などはどこにもなかった。


実の母娘ゆえなのか・・
互いに遠慮も気遣いもなく、
言いたいことを言い合い、毎日ケンカばかり。
茶飲み友達も娘夫婦に遠慮してか、次第に足が遠のき、
誰も来なくなった。



そして、ただただ、

車を買い換えるから・・
車庫を借りるから・・
病院への送迎用のガソリン代と昼食代を出して・・
家のローンの返済分の半分を負担して・・
生活費が足りないのよ。お金を貸して・・・
お世話代を値上げするわ・・・
間借り代も取ることにしたわ・・・


等々で、A子の貯蓄と年金は湯水のように吸い上げられていった。
長女夫婦は、徐々に金銭感覚がマヒし、
A子のことを死ぬまで年金という現金が出てくる打出の小槌と思い始めていた・・。

そして今、A子は88歳になった。
加齢に因るまだらボケを理由に、
成年後見人の届け出もしないままに
預貯金通帳も自分の葬式代として仏壇の引き出しにしまっておいた現金も
長女に取り上げられてしまった。
果ては、A子名義の土地を長女に相続させる旨の遺言書も書かされた。
もし、断ったら、この家から追い出されそうな気配がありありと感じ取られたからである。

他にも二人の娘(次女、三女)が居るが、既に義理の親と同居の嫁いだ身。
今更身を寄せる場所もない・・。
米寿を迎えた老いの身に選択肢はない。
このまま、何も言わずただ耐えて我慢して、
この家に置いて貰うしかないのだとA子は考えていた。


昨年A子は手摺のない2Fへの階段で転んで大腿骨を骨折し、
図らずも車いす生活になった。
部屋だけは一階の仏間に変わったが、長女の態度はなにも変わらない・・。
むしろ、邪魔者扱いにしているかのような風に感じてしまう。
「食事が遅い!片付かない!」と毎回文句を言われて嫌な顔をされ、
楽に寝起きの出来る介護用ベッドが欲しいと言っても、
「そんな余裕はない!」と言われ、
物置から出してきた古く汚れたソファベッドに寝かされた。



そんなとき、長女の夫が難病に罹患し、入退院を繰り返すようになった。
当然の如く、長女の夫の医療費はA子の預貯金から出している。

「夫の介護で精いっぱいで、体力的にも精神的にも、
もうお母さんの介護までできない!」
と長女に言われ、
介護認定を受けさせられて、デイサービスに行かされた。
A子は幼稚園児がさせられるような塗り絵も風船遊びも
バカにされてるような気がして嫌だったが、
ここは「老稚園」なのだから・・と思い直して、
努めて楽しいそぶりを見せて我慢していた・・。

そののち、長女の夫の何度目かの入院のため、
「ひとりではこの家に住めないでしょ?」
とA子は強引に老健に入れられた。
だが老健には長くは居られない。
長女が勝手に特養にも申し込んでいたらしく、
来月から入ることになった。

A子は頭が鮮明なときにふと想う。
目の前のお金は目に見えるけれど、
家族の絆などというものは目には見えない幻のようなものなのだ。
家族愛という幻想の産物はシャボン玉のように
儚く何処かへ消えて行ってしまった。

テレビに出てくるお年寄りはみんな明るく笑顔で、
「今が一番幸せです。」などと言うが、
果たして本心なのだろうか?
私の場合は
誰が、何が悪かったのだろうか・・?
どこでどう間違えてしまったのだろうか・・?
それとも、これが当たり前の今の世界なのだろうか?

今更考えてもどうしようもないけれど、
少しでも尊厳を持って生き、尊厳を持って最期を迎えるために、
もう私の側から長女との絆は断ち切ろう。
と・・・。

あの、思い出のたくさん詰まった古い家で誰に気兼ねすることもなく、
時折訪ねてくる友人たちと、心ゆくまでお茶を飲みながら楽しく語り合い、
孤独死するまで自由きままに生きていたほうが、
幸せだったかもしれないわ・・・。

長女は長女で思っていた。
老いた親の存在のなんと疎ましいことか!
無一文の老いた親よ早く死んでくれ・・・
と・・・。
110201r
独り居る寂しさよりもふたり居る時間のほうが孤独だなんて
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

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プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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