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原発ジプシー
原発ジプシーとは、wikipediaによると
日本のフリーライターである堀江邦夫が1979年に発表したノンフィクションである。
日本において原子力発電所(以下「原発」という)の定期点検時には、
原発を運転する電力会社の社員ではなく、関電プラントなど原発の保全業務を担当する会社の
下請け企業に一時的に雇用された労働者が、点検業務にあたる。


私の甥(30代)もまさに原発ジプシーである。
電力会社の正社員ではなくて、下請会社に在籍している。
原発で働いていることは口にしたが、原発内部の仕事内容はタブーらしく、
多くは語らなかった記憶が蘇る。
一年ほど前は中部電力が保有する中部地方の原子力発電所にいると聞いた。
もしかしたら・・
今現在は福島第一原発の現場作業員として呼び出されているかもしれない・・。

メディアは協力会社だの関連会社だのとオブラートに包んだような言い方をしているが、
実際は、複数のピンハネの構造で成り立っている下請会社及び孫請け会社であり、
危険極まりない現場で作業をするのは電力会社の社員ではなくて、
下請、孫請けの社員たち=原発ジプシーなのである。

詳細はこちら→原発で働く人→下請け労働者々
原発で働く労働者は下請け、孫請け・・・
と8代も下の会社に雇われている場合も少なくありません。
そのため劣悪な労働条件下、安い賃金で働かされます。
例えば電力会社から労働者一人当たり1日15,000 円支払われたとしても、
中間にいる親方がピンハネするために、
実際に労働者が受け取る賃金はそれよりずっと少なくなってしまいます。
さらに、被ばくしたり、ケガをした場合は下請け業者が、
上の業者や電力会社に気兼ねして握りつぶしてしまい、
表に出さないことが通常です。

被ばく労働の実態が社会に知られていない原因がここにあります。
原発は事故がなくても、仕事の中で被ばくをしいられている労働者がいなければ
絶対に動かないことをよく理解しておく必要があります。



ついでなので、今回のようなレベル5相当以上の大事故には至らなかったが、
日本の過去の⇒wikipedia 日本の原発事故を調べたら、
まだ記憶に新しいものから、記憶にないものまであるわあるわ!
興味のある人は上のリンク先(wikipedia)を見てください。



この時期にまた、玄海原発2基「5月にも再開」九電社長(2011年03月31日更新)のニュースを目にした。

狭い国土に非稼働を含め55基もの原発がある日本。
いつ、あの「3.11」の日と同クラスの巨大地震が何処かに起こらないとは言えない。
ゆえに、今生きている人々はたまたまあの場所に居なかったという
偶然の産物なのだと思わざるを得ない・・。

自然の猛威には逆らえないことを身を持って知ったはずなのに、
政財界の人々は、
「1000年に一度の巨大地震」や「想定外の津波」を
言い訳に責任逃れをしている。

電気というエネルギー供給事業会社は独占企業であり、
嫌なら買わなくてもいいという商品ではなく、
嫌でも買わざるを得ない。
そして電気事業会社の幹部は自民党政権時代からの天下りが多いと
昔から新聞紙面やニュースで見聞きしていた。
利権が絡めば、この非常事態においても、住み慣れた土地を追われ、
放射性物質から逃げ惑わなければならない人々のことなど、
所詮他人事なのだろう・・。
そして、今後も原発事故は起こり、その度に国民は右往左往し、
安定した電力供給も得られない状態が続くだろう・・。



スーパーやデパートに溢れかえるモノ、モノ、モノ。
それらのモノを作るには原発に依存した膨大な電気エネルギーを必要とする。
そしてモノを買えば、いずれは捨てる場所とそれらを処分するために、
再び膨大な原発に依存した電気エネルギーを必要とする。
その悪循環という矛盾から目をそむけさせ、
「買う=消費」だけを取り上げ、
それを科学技術の進化or経済だと思っている奢り高ぶる人々がいる。


考えてみるまでもなく、
人間社会などというものは初めから不公平で成り立っている。

そして、いつの世も天災人災に関わらず多大な犠牲や
不公平感を強いられるのは名も無き人々なのである。
退避命令で避難所から避難所を渡り歩くことを余儀なくされている
福島第一原発周辺の人々も、或る意味「原発ジプシー」ではないだろうか。

復興だの希望だの夢だのを繰り返し語るACのCMも虚しく耳を通過してゆく・・。
原発に依存した邯鄲の夢が永遠に続くことはない。

今ここに私が、そして、原発ジプシーをしている甥が、
そして、避難所から避難所を渡り歩かざるを得ない福島第一原発周辺の町の人々が、
不公平感と苦難の道を強いられながらも、
此の世の今という時間を生きて居るということは、やはり偶然なのだろうか・・。
110331r
生くことは偶然なりき死すことは必然なりきと無常の風吹く
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テーマ : 思ったこと・感じたこと ジャンル : 日記

tag : 原発ジプシー 邯鄲の夢

国土面積比率において人的危険度が一番高い原発保有国に未来はあるのか?
買い溜めにも走らずに少しだけ?だが我欲も封印し、
元々低い生活水準をさらに落としている今日この頃・・。
普段はTVと言えば録画した映画しか見ない私が、
この2週間は暇さえあれば原発事故関連のニュースに釘付けになっていた。

そこで思ったことはと言えば、
TVメディアという媒体が本来果たすべき使命を果たさず、
一番必要とする情報から、国民の目と耳を逸らさせて、
正確に知らせなければならない情報を覆い隠しているような気がしている。


この2週間、原発事故関連のTV報道で、政府と御用原発学者が繰り返す
「ただちに人体に影響するものではない。」の言葉も聞き飽きた。
風向き次第で福島第一原発から飛んでくる放射性物質の濃度は毎日変わる。
「直ちには影響がないということは、長期間、
つまり時間が経過すれば人体に影響する。」ということになる。

私が住む街のスーパー、コンビニの棚からもペットボトルの水は消えた。
ミネラル・ウォーターの買い溜めに走る乳児を抱えた
若いママさんたちには同情心さえ湧いてくる。
私がもし同じ立場だったら、可愛い我が子の命を守るために、
同じ行動をしただろうから・・。



それでも、依然として終息(炉の安定)の気配すら見えない福島第一原発事故がある。

そんな中、下記の記事を新聞とネットニュースで目にした。




中部電力の水野明久社長は24日、浜岡原発3号機の運転再開の意向を
川勝知事に直接伝え、知事は理解を示した。
また水野社長は「原子力発電はぜひとも必要」と述べ
6号機の建設を進める考えを示した。
中部電力の水野明久社長は24日県庁を訪れ、
川勝知事に定期検査中の3号機の運転再開について、
3月29日に福島原発の事故を踏まえた訓練を行い、
地元へ説明を行ったうえで、
4月上旬にも運転を再開したい意向を伝えた。
川勝知事は「同じ考えだ」と述べ運転再開に理解を示した。




与謝野馨経済財政相は22日の閣議後記者会見で、
福島原発の事故に絡み「石油が希少資源になってきていることや
環境問題などを考えると、
将来とも原子力は日本社会や経済を支える最も重要なエネルギー源であることは
間違いない」と語った。




地震と津波の影響で電源と冷却機能が失われる可能性は、
2006年3月1日の衆議院予算委員会で吉井英勝議員(日本共産党)が指摘していた。
吉井議員は、福島第一原発は地震の際に津波の引き波で
冷却水が取水できなくなる危険性を挙げた後、
「大規模地震によってバックアップ電源の送電系統が破壊されるということがあり、
循環させるポンプ機能そのものが失われるということも考えなきゃいけない。
その場合には、炉心溶融という心配もでてくることをきちんと頭に置いた対策を
どう組み立てるのか」と指摘している。

原子核工学を専攻した吉井議員はこれ以外にも、
震災時の原発事故の危険性について複数回質問している。
10年5月26日の経済産業委員会では、福島第一についてではないものの、
「巨大地震に直面したとき、
自家発(電)の電源も切断されて原発停止となった場合には、
最悪どういう事態が起こるとお考えか」と質問。
これに対し経済産業省原子力安全・保安院の寺坂信昭院長は
「停止した後、崩壊熱(原子炉停止後も放射性物質の崩壊で生じる熱)
を冷却していくことが大切」、
「非常用の電源装置を複数用意すること、あるいはそれ以外の要素で、
冷却機能が継続的に動くことが大切」と答えている。
まさに今回の事故の危険性とその防止措置が議論されていたのだ。




この未曾有の災害と未曾有の人災の渦中にありながら、
それでもなお原発を推進しようとする政府と財界と政治家。
そして、今の原発事故を過去に的確に予見していた野党政治家がいたという、
厳然たる事実に目を見張った。

日本は人口密度や経済活動などを鑑みると世界第1位の地震大国であり、
保有数だけをみると、アメリカ、フランスに次いで第3位ではあるが、
国土面積比率における原発数は、異常と言ってもおかしくないほどの
世界第1位の原発大国である。

起こるべくして起こった想定内の原発事故だとは、
御用原発学者や御用専門家は口が裂けても言えないだろうて・・・。
genpatu

我が地域は福島原発より浜岡原発のほうがもっと近距離にある。
今後、浜岡原発にも他の原発にも想定外の地震と想定外の津波は来ず、
想定外の原発事故など起こらない、とは誰にも言えない。

もし、浜岡原発で想定外の事故でも起きたら、
私も原発事故難民になる可能性が大きい。
その上、浜岡原発はわざわざフォッサマグナの上に建造され、
原発を有する欧米諸国からは「日本は何を考えているのだろう?」
呆れられていたらしい。
浜岡原発は本来は建造してはならない場所に建造されてしまった原発であるそうな。
(他の原発も似たりよったりらしいが・・・。)

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原発安全神話も崩れ去った今、
国策としての原発推進は岐路に立ち、
原発の代替エネルギーを模索する時期に来た・・
と私は思ったが、
どうも・・政府と財界では全然その気はないことが判明した。

政府も財界も、今現在起こっている事象と事故を教訓として生かす気もなく、
3.11以前も今後も、相も変わらぬ金権政治を続け、私利私欲に走り、
復興特需を目論みつつ、官僚たちも姑息に立ち回り、
ひたすら想定外を理由に責任逃れをする構図は変わらないだろう。

人間は自然の一部なのだということに気付かずにいる限り、
また、過去を振り返り、見ないことにしてきた過ちに気付き、
そのことを認めない限り、哀しいことだが、歴史は繰り返す。

そして、国民のひとりひとりが、
今のモノに溢れた、私にはどこか違和感のある豊かな生活を
これからも継続していきたいと切望するならば、原発は必要ではあるが、
そのリスクは想定外のリスクであることを認識し、
ひとりひとりがその重荷を背負わなければならない。

今後、どこの県が、そしてどこの海辺の町が原発新設置を容認します・・?

また今後想定外の大地震による大津波に襲われて、
日本全国の海辺にある原発の数基同時事故も否定できない今、
風評被害、恒久的土壌汚染、経済の破綻へと繋がる
国家的危機が訪れるかもしれない。
原発事故難民と化した数多の人々はどこに行く?

そのとき、極東の小さな島国の日本というこの国は
果たして国家として機能し存在しているのだろうか・・?

私の住む地域からも、今日27日、PM12:00
とうとう・・と言うか、やっぱり・・と言うか、
野菜から基準値を大きく上回るヨウ素131とセシウム134とセシウム137が
検出されたとのニュースが入った。


2年前に広島で見た、原爆死没者慰霊碑に刻まれていた、
「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」の碑文が
ふと・・私の脳裏の隅をかすめて行った。
110327ri
過ちは過ちのまま愛は愛のまま上書きされゆく三月
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テーマ : 思ったこと・感じたこと ジャンル : 日記

見えない恐怖(放射性物質汚染)とメメント・モリ
福島第一原発から漏れている放射性物質による汚染で、
福島県とその周辺の栃木、群馬、茨城の一部野菜、福島産原乳が食品衛生法に則り、
出荷停止と流通ストップの措置が取られた。

そして今度は、東京23区と多摩地区の上水道も放射性物質に汚染されているとのことで、
乳児の水道水摂取が禁じられた。

『念のため・・』との但し書きの上での発令ではあるが、

やはり来たか・・・。の感は否めない。

最も怖れていた放射性物質汚染の見えない恐怖が今現実として
じわじわと襲ってきている。
いつ終息するのかの見当も付かない、
先の見えない原発事故と放射性物質汚染の恐怖・・・。
そして未だ頻繁に起こる余震。

首都圏に住む私が、万が一の災害時の一時的避難場所と考えていた
唯一の親戚の場所は東北の内陸部に位置しているが、
それでも、首都圏よりも放射性物質の汚染度の数値(シーベルト)はかなり高い。
今後の原発事故の動向によっては、
逆にその東北の親戚が私を頼ってくる可能性のほうが大きい。

日本が科学技術大国というのはやはり幻想であったようで、
福島第一原発事故現場では未だ想定外の事故が続いている。

更に想定外の絶望的危機が訪れる前に、
首都圏に住む資産家の人は海外とか西日本方面に逃げる余裕もあるだろうが、
同じく首都圏に住む、年金で倹しく暮らす高齢者という
社会的弱者は逃げる場所などなく、
人口の多さゆえに身動きが取れず取り残され、切り捨てられるだろう・・。
結果・・・ここで死ぬしかないと覚悟を決めつつある。


運よく、原発事故が今以上の最大危機的状況に至らずに回避されたと仮定しても

放射性物質に汚染された野菜を食べなくても、ガンになる人はなるし、
私などは汚染された野菜を食べ続けた結果、数年から数十年後に現れるという、
ガン発症のリスクを云々する以前に寿命というものが来ているだろう。(^_^.)

3年で復興を果たした神戸のようにはいかないだろうが、
早くても10年?ぐらいで復興を果たすかもしれない
東北沖の被災地域の復興後の繁栄を見ることもなく、
此の世から消え去っているかもしれない・・・。

余震からも放射性物質による汚染からも無縁な
安全圏に居住している南国住まいの友人から、
ノー天気な春の訪れを告げるハガキが届いた。
励ましの意味合いを兼ねているのだろうと、善い方に解釈しているが、
人は寄り添うことはできても、一心同体にはなれない。
「人はその人の身になってみないと何も判らない。」
とよく聞くが、今は切にそう思う。

このブログは私自身が納得して生の終焉(老いと死)を
迎えることを目的として始めた。
人間の此の世での「生」は、「死」と隣り合わせで存在し、
今現在を生きている老若男女も、
一瞬の生と永遠の死が交錯する中を危ういバランスを保ちながら、
かろうじて今の生を維持している。


今この投稿を書いている現在、傍らのラジオから、
自分が飲むミネラルウォーターの買い溜めに走って行ったという
東京在住の50代の母親のことを嘆きつつも笑う30代の息子さんからの
投稿メールが入ったと生放送している。
乳児を差し置いても、ガンのリスクを背負いたくないのよねぇ。
その50代のおばさんも・・・。(^_^.)


誰を責めようと責任を追及しようと、
「自然災害であれ、交通事故であれ、寿命であれ、人は死ぬときは死ぬ。」
という事実は消せない。

素人にはなにがなんだか解らない、
原発事故の素人による検証と、東電への責任追及、
及び政府の対応の不手際やまずさに起因する不平不満、
そして、今後の日本における原発の在り方などは、
原発事故の終息のめどが付いてから、
厳しく凶弾したり指摘をすればいいと思う。

今はただ一刻も早く原発事故の終息を願い、
ここには放射性物質が風に乗って飛んで来ませんように・・・
日本の八百万の神々様、仏様、慈悲深い主とイエス様、
それに偉大なるアッラーよ!〔†〕m(゚-゚;)
と、知ってる限りの神仏にお賽銭もなしにお願いし、
ひたすら祈ることしか私にはできない。



津波で亡くなられた多くの尊い命も、数だけは発表されるが、
復活、希望、前向きという、善意の言葉の影で、
それらの多くの死は覆い隠されている。
そういう世の中をどうこういうつもりはないが、
それでも・・・・・・
私はメメント・モリ(自分が必ず死ぬことを忘れるな)
を脳裏から追い出すことはできない。
「メメント・モリ」を常に意識の片隅に棲まわせることで、
「今というこの瞬間の生」を充実させながら、老いと死に臨みたいのである。


メメント・モリ
『やめてくれ、縁起担ぎは、なしだ。
雀一羽落ちるのにも神の摂理がある。
無常の風は、いずれ吹く。
今吹くなら、後では吹かぬ。
後で吹かぬなら、今吹く。
今でなくとも、いずれは吹く。
覚悟がすべてだ。
行き残した人生など誰にもわからぬのだから、
早めに消えたところでどうということはない。
なるようになればよい。』
シェイクスピア「ハムレット」 河合祥一郎訳
110324r
追憶は永久(とわ)に美はし此の地にて街を眺めつ死人(しびと)とならむ
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テーマ : ひとりごと ジャンル : 日記

原発を含む現代テクノロジーは累積による誤謬か?
副タイトル:目先の利益と効率ばかりを追うテクノロジー大国日本に警鐘を鳴らす好個の一冊。

を読み始めた。
まだ5分の1程度しか読んでいないが、
第一章:「部分的には正しいが・・・・・・」に、
便利で快適な日常を与えてくれる現代テクノロジーというものが、
自然の前ではいかに脆弱で
一度暴走を始めたら、ようように収めようのない
マックスリスクを抱えたテクノロジーであるという、
今現在の地球の状態とその行方(未来)を連想させ、
また予見しているかのような記述があって、
興味を持って読んでいる。




以下青字は引用


ペンローズの三角形、
英語では不可能な三角形(impossible triangle)とも呼ばれる図形のこの写真を
ご覧になって、どんな感想を抱かれるだろうか。

Impossible-Triangle
恐らく、
どことなく不自然な形だと思われるに違いない。
平面図としてならともかく、立体的な物体として見れば、
三つの角の一つ一つのつながりは不自然ではないのに、
全体としては現実に成り立ち得ない形だということがわかるからだ。
正しいはずの部分を集めると、全体としては間違った結果になる・・・・・・
こういう状態を、難しい言葉では『累積による誤謬』というそうだが、
この奇妙な形を見るたびに、私は、科学技術に頼りきった現代社会を連想する。



今さら改めて書く必要もないほど当然のことだが、
われわれが科学技術つまり自然科学を応用した技術から受けている恩恵は、
計り知れないほど大きいのである。
このことは、どんなに強調してもしすぎることはない。
もし、人類がこのまま安泰に地球上に生き続けていけるのであれば、
進歩した科学技術ほど有りがたいものはないし、
このままどんどん進んで行ってほしい。




ところが、われわれ人類は、
まさにその進歩した科学技術を利用した強大な工業力のために
大きな行き詰まりに直面しかけているのだ。
行き詰まりの原因の第一位は自然環境の破壊によって生存をおびやかされていること。
第二は、自分で作り出した便利で快適だが極めて不自然な生活に、
実は自然の一部にすぎない人類自身が適応できなくなりかけていることである。



ある時点では文句のつけようもないほど便利で無害だと思われた技術が、
便利であればあるほど、
ある時間を経てからとんでもない結果をもたらす危険性があるからだ。
科学技術に頼りきった社会は、空間的ではなく、
時間的にもペンローズの三角形のように
累積の誤謬とやらを次から次へと重ねているらしい。
人間の能力では、残念なことに、
自分の行為がもたらす結果についてほとんど予測できない。



集団としての人間の行為には、気象現象ほどの周期性も規則性もないから、
予測することなどできるはずがないのだが、それにもかかわらず、
中途半端な科学技術の利用によって、地球の運命を変えられるほどの力を、
人類が身につけてしまったから恐ろしいのである。





烏合の衆の私が現代テクノロジーのリスクなどなにも知らずに、
また知ろうともせずに、自然と科学の関係性にも無関心で、
現代テクノロジーにすべて頼りきっている今の生活を改めて考えさせられた。


まだまだ余震が続く中、外出時の注意喚起用として、
docomoのサービスである「緊急速報エリアメール」の設定をしようとしたら、
機種が古くて(2006年発売の機種を2007年にヤフオクで購入した白ロム)
対応していない事が判明・・。

年寄りはモノを大事にするだ~よ。
携帯電話も使い捨てなのかい・・?

電話帳に登録した人以外からの電話には出ないので、
普段は誰からも電話もメールも来ない。
ゆえに使用頻度も少なく、なかなか壊れない。
加えて、年金を満額貰えない老齢年金生活者には
そうそう携帯電話端末の買い替えなどできない。
地震後、なんの役にも立たなかった携帯電話というシロモノ。( 一一)

(地震直後に停電したため固定電話が通じず、
子供が私を心配して送信したメールが24時間後に届いた。)

これも、中途半端な科学技術のひとつなのでありましょうか・・?
110322r
あと一歩助走を足せば翔べるのに篭の小禽は翔ぼうとしない
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テーマ : 思ったこと・感じたこと ジャンル : 日記

天災と人災のトリプルパンチの渦中で見た我欲
地震、台風、噴火等の自然災害では、明日は我が身・・とは思いながらも、
そのこと自体はどこか漠然としていて、
私の周りの人たちを観察すると、被災者の方々への関心は薄い。
それでも、個々のシンパシーには大きな差があるので、
共感力の高い人は我が事のように思う人もいるかもしれないが、
この世の中、このような前代未聞の地震と津波と原発事故の
トリプルパンチの渦中にも関わらず、
善の心だけを前面に押し出す、心に余裕のある人ばかりではないようだ。

何処ぞやの知事様が、
『我欲に縛られ政治もポピュリズムでやっている。
それが一気に押し流されて、この津波をうまく利用してだね、
我欲を一回洗い落とす必要がある。積年たまった日本人の心のあかをね。
これはやっぱり天罰だと思う。被災者の方々、かわいそうですよ。』
とのたまわれたとか・・・。
さすがにその後は発言を撤回されたそうだが、
天罰などという言葉は、何の罪もなく、落ち度もなく、
日常の繋がりの中でただ偶然にそこに居ただけで津波に巻き込まれてしまった人々と
被災された方々に向ける言葉ではない。

だが、「天罰→被災者」と語彙の一部だけ捉えて報道するマスコミも
我欲そのもの・・・。
知事が言いたいのは、
被災者の方々が罰を受けたのではなく、
日本人全体が我欲に縛られ天罰を受け、
その罰の場所がたまたま東日本太平洋沖に近い地域であった。
そして、他の日本人の我欲の代表として犠牲になった。
と言い替えることもできる。
べつに弁護しているわけではないが、
言葉の全体像を見ないで、一部の語彙だけを取り上げ、
善人ぶって攻撃するという行為も、
都知事を嫌う人の「我欲」ではないだろうか・・?

ここで視点を変え、「我欲」という語彙部分だけを取り上げれば、
今の現状を見るにつけ、どこか納得する部分もある。
現在、首都圏のスーパーでは乾電池も、米も、パンも、レトルト食品類も、
インスタント麺類も、缶詰類も、トイレットペーパーも、ティッシュペーパーも、
納豆も、すべて売り切れである。
道路は、ガソリン給油渋滞で4車線のバス車線停留所区域まで、
給油待ち乗用車で埋め尽くされている。

いくら、政府のおエライさんが、声を荒げて
「品物はあります。冷静に!」などと言っても、
一度火が着いたら最後、買い溜めに走る群集心理に因る我欲を抑え込むことは難しい。





あれから、9日目・・

安全神話が脆くも崩れ去った原発。
99%安全と言われていたが、残り1%は安全ではなかったことが露呈され、
未だ収拾の付かない前代未聞の原発事故の渦中にある。
この世の中1%の意見も疎かにしてはいけないことを身を持って知った。
そして、自然災害というものは人智を超える想定外の事象であることも・・・。

我が地域にも風向き次第では高濃度の放射性物質が飛んでくる可能性があり、
目に見えないがゆえにますます恐怖感だけが募る。
何処ぞの知事様風に言えば、
私の「我欲」目がけて放射性物質が風に乗ってやってくるのだろうて・・。


原発専門家といわれる何人もの方々(おそらく原発推進派、
もしくは批判しながらも推進派であろうか・・)
が各メディアに出ては、最悪チェルノブイリだとか、
最悪スリーマイルだとかの言動や記事を何回も見聞きした。

昨夜のニュースでも、
「原発事故で想定し得る最悪のシナリオを教えて欲しい!」
と声高に訴えている行政の長がいたが、
想定し得る最悪のシナリオなど発表しようものなら、
首都圏は大パニックになり収拾が付かなくなることは明白。
集団我欲で他の地域にまでパニックを引き起こしてはならない・・。
指揮系統機能は完全にマヒし、
ますます自分で自分の首を絞めることになりかねない。


おおよその人は、口には出さないだけで、
既に最悪のシナリオは解っているとは思うが、
強いて言えば、情報を見聞きできる環境にある一般人は、
今流布している数々の情報から自分自身で分析判断する目や耳を
持つしかないのである。




世界一の原発大国である米国では、この有事の際の日本人の冷静さや、
福島第一原発の作業に当たる東電の協力会社、子会社の無名の人々を
表向きでは「フクシマ50」(3/19日現在では580人)と呼び、声高に称賛しつつも、
福島第一原発上空には、米軍が無人偵察機グローバルホークに加えてU2偵察機を投入し、
原子炉建屋内部の解析などに当たっているとのメディア報道もある。
自国(米国)での想定外の、そのまた想定外の原発事故に備えた
恰好の原発事故実習中・・なのではなかろうか。
と考えると、これも米国という国の「我欲」だと思えてくる。


※参考  世界の原子力発電所設備容量



福島原発で作られた電力は主に首都圏で使われている。
私もその恩恵に預かり、原発近隣に住む人たちのことなど何も考えず、
いままでの生活を享受してきた。
それも見直す良い機会であると思うようになった。

今はただ耐えるのみと思い、今までにない超節電に努めているが、
それでも、たかだか2~3時間の停電ごときで怒り、
我が区域は計画停電地区に入っているだの、入っていないだの、
不公平極まりないだの・・・・
で苦情を言い大騒ぎしている人も身近には大勢いる。

そしてまた時期を狙ったかのように、
カルトと言われている新興宗教の人が続けて来た。
私にとっては神の押し売り訪問勧誘・・彼らにとっては布教活動というらしいが、
「信じる者しか救われません。不老不死の命が欲しくありませんか?
あなたも楽園に行きませんか?」
とインターフォン越しに言われたりしている。
「津波で亡くなられた信者の方々は楽園に逝かれたのですか?
そこは何処にあるのですか?」
と訊いて見たかったが時期が時期なのでそれは止めた。

どうやら、宗教関係者にとっては不安を煽っての絶好の布教時期であるらしい。
また、投資家などは、未だ避難所で寒さと飢餓と闘いながら、
生活物資不足の中、ストレスが溜まる避難生活を余儀なくされている人々が大勢いるときに、
復興関連銘柄として被災された方々の不幸を餌にして、
株で儲けようと蠢いているとの話しも聞く。
義援金詐欺も紙面に載るようになった。
やはり・・人間の根本なる基は我欲の塊としか思えない。
私には我欲が無い・・などとは言わないが、
今はその我欲を出来るだけ封印しなければ、
復旧、復興には膨大な時間と財源を要することになり、
増税もやむなし・・の可能性大であろう。

今はただ踊らされず、自ら踊ることなく、
唯一の信頼できる情報源だと信じるしかない
政府発表の記者会見に耳を傾けることにしたい。

今現在も福島第一原発の被災事故現場では各方面から集められた現場作業員の方々が、
被曝覚悟、もしくは死をも覚悟?で、不眠不休で戦っていらっしゃることだろう。
今も予断が許さない状態であるらしい・・。ただただ頭が下がる。
110320r
救世主(メシア)なる人が現れ数世紀人の獄見ず来世のみ説く
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

東日本大震災・・寄付を受け付ける主な団体・企業
一昨日やっと・・東北地方に住む親戚と電話連絡がつきました。
住まいは太平洋側ではなく内陸部に位置する地域であったせいか、
「大きく揺れただけ」で、ライフラインも異常なし・・
であったと言っていました。
あまりにも大きい揺れに、「家が潰れる!」と思って外に飛び出したら、
玄関前に止めてあった車が横転しそうになっていたそうです。



3.11以降、ますます増え続ける悲惨な状況を映像で見るにつけ、
被災された皆様とは決して同じ目線に立てないことや、
傍観者であらねばならないことを自覚しつつも、
ただただ胸が痛みます・・・。

私と同年代と思しき初老の御夫婦が、
がれきの中を必死でお孫さんを捜し回る姿の映像に、
我が身を重ねてしまいました。

御家族の安否確認もできないまま、悲しみと苛立ちと疲労とストレスの中で
避難所で過ごさなければならない方々のお気持ちは如何ばかりでありましょうか・・・。

明日は私の身にも起こり得る脅威であることを肝に命じて、
「2011.3.11」・・私はこの日の惨劇を決して忘れることはありません。
自然の猛威という強大な力によって、
数多の人々の日常が、平穏が、未来が、そして生が、
一瞬にして崩れ落ちるという事象が
現実として起こり得ることが脳裏に焼き付いてしまいましたから・・。

私が住む関東でも余震が続いています。
今朝も地震で目が覚めました。
皆様もどうぞ油断なさらずに、この非常事態を乗り切りましょう。

我が家はPM6:20からは停電になる予定です。
暗くなる前に夕食を作らなくては・・・・・。

IMG_NEW
※義援金を騙る詐欺グループにも注意が必要です。
日本赤十字社や中央共同募金会などでは、
メールやハガキで個別に義援金を募ることはないそうです。
110315r
ただ無事であれと祈らむ数多(あまた)なる人のかけがえのなき命の灯
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

明日は我が身・・未曾有の巨大地震へのレクイエム
先日のニュージーランド地震で、
無念にも亡くなられた方々の報道に接している昨今。
今度は昨日、巨大地震が太平洋側の東日本を襲い、
大津波でも甚大な被害をもたらしました。





よく、自然災害が起こると、高齢者の方々が、
「今まで生きてきて、こんなに無残な自然災害に遭うのは初めてよ。」
とおっしゃっているニュース映像を目にすることがありますが、
私もこの歳まで生きてきて、こんなに大きい地震には初めて遭遇しました。

その長い大きな揺れの中で、

「もしかして、これがいつ来てもおかしくないと言われている東京直下型地震?
私はこの地震で今日死ぬのかな・・?ここで死んでも、それが運命なのね。」と、
意外と醒めた意識で死を覚悟する私がそこにいました・・・。

ときどき訪れる余震の中、眠れぬ夜を過ごしましたが、
それでもなんとか生き延びて、
今日こうしてブログの更新をしている訳ですが、
このような自然災害では、人間の命は明日、否、一秒後には
どうなっているかは判らないものだと改めて再認識しました。

「備えあれば憂いなし」と言います。
自然災害にも、己が命の終焉にも、
何事にも準備が必要なのでしょう・・。

我が家は地震直後から約6時間停電が続きました。
防災用品を入れたリュックから、
携帯ラジオと手回し充電ライトを出し、
暗く寒い部屋で真冬のキャンプのごとき時間を過ごしながら、
ラジオで地震の状況を知ることができました。


亡くなられた方々も大勢いらっしゃるとの報道がされています。
津波によって壊滅した町の無残な姿・・・。
この未曾有の大惨事を目にしても、
自然災害の前には我々は成す術はないのでしょう・・。

東北地方に居住する親戚との連絡もまだ取れていません。
通信規制されているようで、
固定電話も携帯電話もメールも通じません。


まだまだ余震も続き、大津波の心配もあるそうです。
福島第1原発1号機の周辺で、
放射性物質のセシウムが検出されたとの発表もありました。


明日は我が身・・
私にもできる範囲(義援金の募金とか・・)で、
復旧のお手伝いをさせて頂くつもりでいます。

今後、どれだけの時間を必要とするのかは判りませんが、
復興が速やかに行われることを祈っています。

避難所にいらっしゃる大勢の方々や被災されました皆様にはお見舞いを、
無念にも亡くなられた方々にはご冥福を、
ご遺族の皆様には心よりお悔やみをを申し上げます。
110312r
白百合はこんなに悲しい色なのか・・無念なる魂にレクイエム捧ぐ
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

金持ちの人ほど長生きする
商売人に上手く騙されて、アンチエイジング商品をどっさり買わされている
友人(60代前半の年金暮らし)がいる。
(彼女自身が、また騙されて買っちゃったぁ~♪と喜んで言うので、
騙されているのだろう・・・。)

本人はアンチエイジング商品を使用することで、
「私は同年代の人より若い!」と思っているようなので、
それはそれで幸せなのだろうから、口を挟む気はさらさらないが、
彼女の頭の中では、
「健康でいることと若さの維持」が洗脳に因る強迫観念となっており、
自然に老いることを否定している。

だが、誰が見ても彼女の身体も精神も歳相応の感は否めない。

企業や商売人は、病気や老いは排除すべきもの・・として、
あの手この手で不老不死願望を煽る。

私とて、アンチエイジング商品を買えるほど経済的余裕がないだけで、
「いつまでも若くありたい!」気持ちはある。

そんな折り、

7日の新聞の夕刊で、
「財産少ないほど高まる死亡率」(米国での研究)という記事が目に留まった。

著者らによると、財産が少ないと死亡率が高くなることは、
過去の研究でも一致して認められている。
これらの研究の問題点は、財産が少ないために死亡率が高くなったのではなく、
健康状態が悪いので財産が少なくなったと解釈できる余地があることだった。
今回の研究では最長21年という長期間の追跡をしたので、
健康状態の悪化が原因で財産が少なくなったという解釈を、
より確実に退けることができたとしている。
「金持ちほど長生きする」と言ってしまえば身もふたもない話だが、
日本人でも同様の実証的研究が必要だ。
そのうえで、経済的格差が健康の格差に結びつかないような政策が求められるだろう。



「金持ちほど長生きする」ということは、
私のような「貧乏人は長生きできない」ということになる。

死亡率の要因まで格差社会が握っているのならば、
一握り二握りかは知らないけれど、
資産家だけが長寿人生を謳歌できることになる。

そりゃそうね・・・。
病気になっても、お金持ちなら健康保険適用外の高価な薬も買えるものね。

金持ち→♪(* ̄  ̄)b
ワタシ金持ち♪長生きするわね。あなた貧乏、早死によ。判るわね。

私→“(--;)ウン...。
あんなに働きづめできたのに、なぜ今も貧乏なのかしら?
どうも納得いかないけど..それが社会の仕組みなのよね.... 


さらに、追い打ちをかけるように今朝のラジオの健康コーナーで、
60歳で仕事を止めて、現役を引退して悠々自適生活に入ると、
心臓の病気等に因る死亡率が高くなります。
75歳まで働けば30%も寿命が延びる人もいます。
その理由は通勤等に因る運動量が減るためです。

とか、言っていた。

まさにWパンチ。

私のように貧乏人で、おまけに健康状態もいまいちで、
その上もう働く気力と体力のないお婆は早死にするしかないようだ・・。(-"-)


だが・・・・いくら長生きできても、
他人様の介護が必要な寝たきりでの長寿ならば、私にはあまり意味はない。


お金持ちでも貧乏人でも、美人でも、それなりの顔の人でも、
嫌でも人は老いる。
アンチエイジングにのめり込んで、歳を重ねることを拒否しても、
顔のシワの2.3本が消えても、
自然の摂理に因る身体全体の老いは防ぎようがない。

いまさら、齢(よわい)を否定しても仕方がないわ。
どうせ、早世も長寿も運命よ。
と自分に言い聞かせつつも・・・

必死で悪玉コレステロールを減らそうとプールに通ったり、
悪玉コレステロールを含む食品を摂らずに、
腹八分目を実行したりしているどこか矛盾する私が今ここにいる。

だけど、どんなに努力しても悪玉コレステロールが減らないのはなぜ?(・_・?)
110310r
細胞のいたるところに老ひという抗へ叶わぬ鬼が棲みつく
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

ピンピンコロリの法則と夫婦の関係

を読み終えました。
地方自治体と協同での大規模追跡調査の豊富なデータによる
PPKで逝くための分析結果が判り易く書いてあります。


PPKの条件としては、

① よくお出かけする。
② 毎日お酒を飲む。
③ かかりつけの歯科医、内科医がいる。
④ 財布は自分が握る。
⑤ 仕事をしている。
⑥ ボランティア活動をしている。
⑦ 自分は健康だと思う。
⑧ 夢を持つこと。
⑨ 前向きに生きる。
⑩ 長野県に住む。
⑪ コレステロール値が高め。

その他.......................

らしいので・・・
私の現在の生活行動を分析してみました。


①よくお出かけする。
リハビリのために一日がかりで市営プールに週に数回行くのと、
近所のスーパーに週に数回出かける程度。 
昨日もプールに行く予定だったが、降雪のせいにして休んだ・・。

②毎日お酒を飲む。
普段は一滴も飲まない。アルコール類を飲むのは冠婚葬祭のときのみ。
ビールをグラスに一杯飲むと胃がムカムカして頭痛がしてくる。

③かかりつけの歯科医、内科医がいる。
内科医には2か月に一回、薬の処方をお願いしに行く。
歯科にはここ数年行っていない。
そのうち総入れ歯かも・・・。
だが、普段の口腔ケアと歯磨きだけは念入りにしているつもり。

④財布は自分が握る。
問題は、これなのよ。

ここだけの話しよ・・・。(^_^;)
それならネットで公表するな・・・よね。(笑)

結婚以来ずーっと私が財布を握っていたんだけど、
夫が50代前半のときに、
会社に一時的に派遣されてきていた女性(30代独身の派遣社員)
に片思いの恋をしたらしいのよ。

心理学の本によると男50代って最後の悪あがきをするそうよ。
そう・・人生最後の恋=胸キュンに対する悪あがきをね・・・( 一一)

そんな心理学上のことはどうでもいいんだけど、

夫がその女性の気を惹こうと、いろいろプレゼント攻勢を始めたのよ。
そのうち、「彼女がアパートを引越しするので、契約の際の保証人になる。」

とかいろいろ無理難題を言いだして、
自分名義の預金を引きだして、彼女の為に敷金と礼金まで負担しようとしたの。

夫が、「これは恋なんかじゃない!ただの人助けだ!」

なんて、誰が見ても理不尽なことを言うものだから、

「寝ぼけたことを言ってんじゃないわよっ!
人助けだったら優先順位が根本的に違うんじゃないっ!
私と子供には誕生日にもクリスマスにもプレゼントなんて一度もなかったじゃない?
なぜ家族が優先順位一位じゃないの?
それに俺は死んでも誰の保証人にもならない。お前も絶対に保証人にだけにはなるな!
と常々言っていたのはウソだったの?」

なんて問い質しても、恋は盲目・・・。

当然聴く耳なんか持ってないわよね。

そこからさらに我が夫婦の一世一代の修羅場と紆余曲折があって、
「別れる前にお金をちょうだいで離婚しようと思ったら、
私とどうしても別れたくないって言うものだから、
なんとか今まで一緒にいるけど、
結局はそのときに夫のキャッシュカードを取り上げられてしまったのよ。
それ以来、家計は夫が握ってるの。

今だから笑って書けるけど、
当時は生霊になってふたりに取り憑いてやるぅぅ・・・~(m~-~)ノ ~(((怨
の心境だったのよ。

(((((o-)†..........邪悪な怨霊メ!神の名において立ち去れ!

なんて、陰陽師やエクソシストを呼んできても、
愛なんていうファジーな感覚よりも、憎しみのほうが狂気度は大きいし、
感覚も明確だから、女の恨みのほうが勝つと思うわ。(笑)

だから、もし将来・・夫が寝たきりにでもなったら、
「これ幸いに虐め倒すわよ!このバカ亭主メが!」

 ε=(。・`ω´・。)プンスコプンスコ!! と本気で思ったものよ。

あれから約十数年・・・。
時間薬が効いて、今ではあのときの夫の言動と行動を思い出すだけで笑えるのよ。
ヾ(▽⌒*)キャハハハo(__)ノ彡_☆バンバン!! ・゚・(ノ∀`)σ・゚・。いーっひっひっひっひ!
このときだけは、
ナチュラルキラー細胞の働きが活発化するわするわ♪

⑤仕事をしている。
さんざん働いてきたのでもう働く気力など欠片も残っていない。
夫の厚生年金と企業年金でなんとか食べてはいけるので、
今更老体に鞭打って働き、残り僅かな時間を拘束されたくない。
それでなくてもザビエルハゲの夫のために、
どれだけ私の貴重な時間をさいていることか・・・。
(多分、夫も同じことを思っていることは確実。)

⑥ボランティア活動をしている。
誰でもいいので、我が家に家事援助ボランティアに来て欲しい。(^_^;)

⑦自分は健康だと思う。
持病多数有り。病弱だと思う。それに美人薄命だしね....。( 一一)

⑧夢を持つこと。
自由も夢も希望もない............。
〔†〕 m( ̄0  ̄〃)オオ!神ヨ!!この迷える哀れな老いた雌羊を御救いください...。
家事と雑務に追われ、今という刹那を生き抜くだけで精いっぱい。
ただ、死ぬまでにやりたいことはたくさんある。
今現在は日本文学全集の読破を目指している。

⑨前向きに生きる。
その日の気分によるが、今まで人間の深淵と本質(裏切りと偽善等)
を見過ぎたせいかどちらかと言えば後ろ向き。(-"-)

⑩長野県に住む。
日帰りバス旅行で一度行っただけ。
多分、生きてるうちに再度行くことはない。

⑪コレステロール値が高め。
特に高いのが悪玉コレステロール。
これだけは誰にも負けない自信有り。(=`^´=)エッヘン!



この11項目だけを見ると、
私の場合はPPK(ピンピンコロリ)で逝くのは
かなり難しいことがよーく判りました。(/_;)


人間は本来は怠け者であり、
ゆえに脳は何事にも楽ちんなほうを選択する傾向にあると思うのです。
日がな一日寝っ転がって、好きな本を読んでいる状態が
私の一番満ち足りた時間なのですが、
同居者がいる限り、それも夫婦という関係では、
病気でもならない限りは家事と雑事は待ってくれません。
仕方なしに「ドッコイショ!」と声をかけてソファから立ち上がり、
少ししかない気力を奮い立たせて台所に立ちます。

こんな日々では、PPKは到底無理ね・・・・。
ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

ピンピンコロリの為には、
今現在の健康とたゆまぬ努力と経済的余裕と前向きな気持が必要となります。
私のように病弱?で怠け者で、経済的余裕もなく、
なお且つ後ろ向き思考でしか物事を考えられない人間は
PPKは運次第と思って諦めるしかないでしょう。

来るか来ないか判らない明日という未来・・・
「人はいずれ必ず死ぬ」という事実を見つめ、
その日の為の心の準備だけはしておいて、
今という瞬間を心地良い状態に置きたいと思います。

それなりに健康体で老後をアクティブにお過ごしの
シニアorシルバー世代の皆様方におかれましては、
夢を諦めず、行動と努力によって夢を叶えてくださいませ。
そして、どうぞ頑張ってピンピンコロリを目指してくださいませね。(*^^)v
110308ri
ただひとつ憎きものあり亡き夫(つま)が愛した女(ひと)の透けた静脈
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人は死ねばゴミになる
タイトルに惹かれ、この本を買って読んだのは10数年前。
最近再読してみた。



検事総長であった著者は昭和62年7月に虫垂炎の手術をする。
しかし実は盲腸がんであった。
がんの再発、腸閉塞と続き、人工肛門を余儀なくされ、
その後の余命宣告・・。
どうせ残り少ない命ならと、後に残る家族のために、
そして親しい友人のために発病から死までを、
努めて冷静、客観的に書きとめた闘病記である。
生きる意味、病気との闘い方、
死を覚悟してからの死への準備などを
考えさせてくれる一冊である。

私はお涙ちょうだいの家族愛と感動の闘病記本にはあまり興味はないが、
この本は愛と感動を「売り」にしてはいない。
タイトルからも判るように死を美化してもいない。
淡々と死と向き合う姿勢に人間の強さと死への覚悟に言葉にならない共感を覚えた。


以下の青字は一部抜粋。


あとがきより

人は死ねばどうなるのかは人類の永遠の課題であり、
人はそれぞれ自らの心の問題として様々な死生観を持っているが、
君は本書の中でこの点に触れている。
「ゴミになる」といわれれば大方の人はびっくりするだろうし、
死後の世界との関わり合いの上に多くの宗教は成り立っているので、
その方面の人々は不快感を抱くに違いない。
しかし、人は死ねばただの物質に帰するという
君の考え方に共感する人も多いと思う。
ゴミといういささかどぎつい言葉を使っているが、
これも例の君一流の比喩だと思っている。



タイトルの「人は死ねばゴミになる」が、
本当に著者の比喩かどうかの真意は私にはわからないが、
日本人の死生観から鑑みるとインパクトは多大である。
愛する家族が死後にゴミ扱いにされては
違和感を感じる人がほとんどだろう。

だが、人は死んだら生物学的にはゴミ以外のなにものでもない。
ただやっかいなのは勝手にその辺に捨てられないゴミであるということだ。
遺族は死者を崇高なる魂を持つ者として儀式を執り行い、
天国や極楽に見送ったという気持ちで安堵しつつ、
死を美化しなければ、やるせない思いに囚われることだろう。
幼いころに刷り込まれた地域の祭祀慣習による死生観からは、
そう簡単には抜け出せないのも事実である。



P73
死んでいく当人は、ゴミに帰するだけだなどとのんきなことをいえるのだが、
生きてこの世に残る人たちの立場は、まったく別である。
僕だって、身近な人、親しい人が亡くなれば、ほんとうに悲しく、
心から冥福を祈らずにはいられない。
それは、生きている人間としての当然の心情である。
死んでいく者としても、残る人たちのこの心情を思い、
生きている間にできるかぎりこれにこたえるよう心しなくてはなるまい。

P74
遠藤周作氏は、『眠れぬ夜に読む本」の冒頭で、
二千五百人の「蘇生者」(医師による死の宣告後、
息を吹き返した人たち)にインタビューをした
キュープラー・ロス女医のスピーチを引き、
死後のもう一つの世界の存在の証明を示唆し、
「我々に先立って死んだ愛する者と死によって再会できるという希望は、
大きな悦びになる筈だ」
としておられるが、私には、乱暴ないい方をすれば、
死んだ後までこの世のきずなを引きずらされてはかなわんなあ、
という気さえする。キリスト者である氏と無宗教の朴念仁・私との感覚の差というべきか。



私のような無知、無学の大朴念仁・且つ特定の宗教に帰依していない死にかけお婆にとっては、
死を間近に見つめなくてはならなくなった時には参考になる個所が多々ある。
ありきたりな、死を美化する感動物闘病記とは一線を画す不思議な闘病日記である。



だが、この世には科学では検証できない摩訶不思議な現象も数多(あまた)在り、
霊や魂の存在も100%否定はできない。

そこで、「人が死んだらどうなるか? 」
について、短絡的に私自身の死後の世界のイメージを記してみた。

無になる。

天界人になる。

神と合体する。

光そのものになる。

絶対的愛に満ちた花園で永遠に遊ぶ。

宇宙塵になる。

千の風になる。

自然に還る。

もう二度と死ぬことのない神の国(天国)で永遠の命を授かる。

煉獄に落ちる。

極楽浄土で永遠に平穏に暮らす。

輪廻転生を待つ。

地獄で焔に焼かれ続ける。

血の池地獄で泳いだり溺れたりする。

この世に未練たらたらな霊になって、ずーっとこの世を彷徨う。

絶世の美女に生まれ変わるのを待つ。

怨霊になって昔夫が愛した女に取り憑く。(-"-)

etc...........

生物学的にはゴミに成らざるを得ないとしても、
やがては死なねばならぬ身なら、個人的には、できますれば、
「絶世の美女に生まれ変わるのを待つ」
をイメージして、いつかは必ず訪れるお迎えを待つと致しましょう・・。
20110306r
あの世への片道切符を握りしめ一夜の夢をまだ見ておりぬ
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

超高齢化社会で献体希望者が増加
献体とは、医学および歯学の発展のため、
また、力量の高い医師・歯科医師を社会へ送りだすために、
死後に自分の肉体(遺体)を解剖学の実習用教材となる事を約し、
遺族が故人の意思に沿って医学部・歯学部の解剖学教室などに提供することである。


独り暮らしの友人B子から電話で「献体」の相談を受けた。
今現在エンディング・ノートを作成中なので、
この際思い切ってあなたのように献体という選択肢も視野に入れて考えたい。
何処に、どのように申し込むのか?と・・


「今現在は希望者が多すぎて登録できないかもしれないけど、
できれば家から近い医学部のある大学か医科大学に一応電話で聞いてみたら?」
と答えた。
 
彼女が言うには「えっ?大学病院に申し込むんじゃないの?」
との答えが返ってきた。

世間では献体というものはその程度の認識でしかないのだろうか・・。




ところで、「何故献体をしたいのか?」を訊ねたら、

子供に多大な負担をかけたくないのと、葬儀費用の節約を考えてのことと、
今現在臓器移植を待ち望んでいる人々の為に少しでもお役に立ちたいから。
と言う。

返事を聞いてまたまた唖然・・・

『「献体」と「臓器移植」とはまったく別次元のことであり、
それに葬儀費用の節約とは言っても、
葬儀とは残される者が自分たちの世間体や気持の整理のためにするわけだから、
献体遺体は火葬はできないだけのことで、葬儀を済ませてからの献体もOKなのよ。』

と、詳しく説明したが「献体」のなんたるかを理解して貰えたかは不明・・。




いつ見たかは忘れたが、タイトルのインパクトで売る週刊誌の広告見出しには、
「葬式を出すお金もない貧乏高齢者が続々と献体登録!」
などと書いてあったが、おいそれと登録できるものではない。

その昔は医学部学生の解剖実習用遺体が不足し、
死刑囚を解剖実習していたという噂話も聞いたが、
類のない加速度で進む超高齢化社会を迎えた今、家族関係も希薄化し、
献体でもして一切の葬儀関係をしない!と考えている人々も増えている。

友人B子も今申し込んでも満員(安置室の保存設備関係で・・)
だと断られるかもしれないが、
もし、献体登録への意思が固いのなら、
すぐに諦めずに登録希望申し込みを継続して欲しいものだ・・。


献体を受け入れる解剖学教室では、
防腐処置の必要性から出来る限り新鮮な遺体を望んでいる。
故人となった人が生前に希望しており、
その遺族の方も、通夜も葬儀も希望しないなら、
病院の安置室から電話をすれば、
解剖学教室の係の人が24時間対応で指定葬儀社の車で遺体の引き取りに来てくれる。
ただ、事故死、自死等で遺体の損傷が激しければ献体は無理になる。


私自身は十数年前に既に献体登録を済ましてある。
あの時も1番目と2番目に連絡した大学の解剖学教室では
「現在は満員に付き登録はできません。」と断られ、
3番目に連絡した医科大学でやっと空きがあると言われた。

ただ、配偶者と兄弟姉妹の自署による署名と捺印が必要であり、
兄弟姉妹はすぐに署名捺印をしてくれたが、
我が夫は署名捺印を約一年間渋った末にやっとOKしてくれた。

子供は私の希望通りにしてくれるとは思うけれど、
私が夫よりも先にあの世へ逝くことになった場合には、
その時点での我が夫の胸先一つでどうなるかは判らない。
献体登録先に遺体引き取りの連絡をしなければ献体はできない。

私が献体登録をした理由は別な機会に書くとして、
是非とも綺麗な遺体?で献体に望みたいと思う。
それに、手術で身体のパーツを切ったり貼ったり縫ったりしているので、
医学生の為にも、今後の医学の発展にも、少しはお役に立つとは思っている。

お断りしておきますが、献体はあくまでもボランティアであり、
登録しているからといって、その医科大学や大学の医学部が入院の際に
特権などは与えてはくれません。

私の献体は、私が生きた証としての最後のボランテァアであり、
私の生を支えてくださった皆様への恩返しと次世代へのご奉公だと思っています。
110303r
振り向けばそこはピエリス続く道永久(とわ)の眠りを惑わすような
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プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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