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美しく死ぬということ。
TVやラジオから流れてくる女優の故田中好子さんの
息も絶え絶えの肉声テープ・・。
昨日逢った友人はあんなものは聴きたくないと言う。
つい数か月前に壮絶なガン死をした肉親を持ち、
彼女自身も現在ステージ1の婦人科系のガンを持つ経過観察中の身でもある。
近い将来に訪れるかもしれないガン死という恐怖の対象を、
我が身に重ね合わせてしまって辛いだけだと言うのである。

死期間近でペイン・コントロールモルヒネを打たれ続けていて、
もうすぐ意識朦朧状態に入る直前の人の声をどうしてメディアが流すのだろうか。
被災者へのダイイング・メッセージであるのならば、
活字という媒体でも良かったはずなのにと思えてならない。

断っておくが、死者を冒涜する気などはサラサラないし、
私も、実生活では「スーちゃん」と呼ばれていた時代もある。
一人の人間としての彼女の死を悼む気持ちに変わりはないが、
嫌な気分になる人も少なからずいるのである。
老いと死をメインテーマにこのブログを更新している私とて、
聴いていて気分のいいものではなく、私まで呼吸困難とまでは行かないまでも、
すこし息苦しくなってしまった・・。(>_<)

本人の強っての希望でのメッセージであるならば、
それはそれで、なんら否定はしないが、
どこか、本人の意思ではなく、
無理矢理台本を読まされている不自然さを感じてしまった。

社会的認知度や経済的環境にも差があるのだから、
どんな形の死を演出しようと自由ではあるが、
突き放した見方をすれば、
日本人全員が彼女のファンであるわけでもない。

それでも、演出過剰と思しき葬儀と盛大な葬列の中、
彼女は数多の人々に惜しまれながら美しく死んでいった。

参列者はやがては認めざるを得ない自分の死を思い、
こういう風に「美しく死にたい・・」とのイメージ的願望で、
ただ単に死を美化して考えたいだけのことであろうか・・。



5年前の初夏、入院中であった私は同室のガン闘病中の病友(享年55歳)の
死に至る前の3週間の姿を今改めて思い出している。
やはり、息も絶え絶えになり、次第に声も出なくなり、紙おむつをあてられ、
亡くなる一週間前には、主治医やご主人様の判別もできなくなり、
モルヒネの効果であろうか、ただただ深い眠りに堕ちていたようだった。

そして、彼女も他者から見たら、「美しい死に方」で旅立って行った。

本来的には死にゆく人にとっては、死に方には美しいも汚いもない。
だが、他者がイメージする「美しく死ぬこと」には、簡単な人と難しい人がいる。

津波に呑み込まれ、未だに行方不明の人々が大勢いる。
ご遺体も見つからず、そのうち捜索も打ち切られ、
そのままになってしまうご遺体も多いことだろう。
彼らは誰が考えても美化され得ない死の形で死ぬしかなかった。
残されたご遺族の方々の間には、未だに否認をし、
決して忘れ去ることのできないやりきれなさと切なさだけが残ることだろう。
震災に因る死では責めるべき相手もなく、辛く悲しい死の形と対峙するしかない。
悲しいことだが、それが現実の死の形なのである。

加えて、人は皆、年齢に関わらず、死因にも関わらず、
今まで培った人生のすべてを置いて、
永遠の旅に出なくてはならない事実は消せない。


他者から見て、誰からも惜しまれつつ見事なほどに鮮やかに人生の終焉を迎える人と、
訳も解らないままに瞬時に人生の終焉を迎えねばならない人との差を思うとき、
「人が生きる」とは、なんなのだろう?と思うときもあるが、
偉大な哲学者や宗教者でも知り得なかった答えを、無知、無学な私が知り得るはずもなく、
初めから答えなどは何処にもないのだと、いつも言い聞かせているつもりでも、
それでも何処かでなにがしかの答えを求めている愚かな自分がいる。
そのような、誰にも答えなど見いだせはしない問いであっても、
もう少しだけ納得したい気持ちを消すことはできない・・。


まだ、この社会では死を語ることはタブーである。
加えて、震災による津波で未だに行方不明、
身元不明の方々が大勢いらっしゃることを鑑みると、
死を語ることなどは、不謹慎であり、自粛すべきことなのかもしれないが、
無用なタブー重視は、更に死の恐怖を・・
ご遺族の方々には、喪失感と自責の念を煽るだけのような気がしてならない。
私は今こそ、大いに死を見つめ、死を語ってはいけないというタブーを破り、
敢えて死を見つめるほうが良いような気がする。
そのほうが命の大切さを、そして一度しかない生というものをより理解できると思うのである。


さて、今日は震災後49日目らしい。
大きな余震は少しは減ってはきた感じはするが、まだまだ安心はできない。

私はどのような形で人生の卒業式を迎えるのだろうか。
明日か明後日か、はたまた運よく、
また図々しくも数十年後も生きているかどうかは判らないが、
己の終焉の形をイメージすることも、
現在進行形の老いの身にとっては一興のような気がする。

もう、美人薄命も叶わない年齢になった今、哀しいけれど、
ひねくれ者の意地悪婆さんで生きていくしかないのだろうか・・。

(・_・)…ン? はてさて、どこのどなた様でございましょうか?
「もう既に立派な意地悪婆さんの域に達しているんじゃない?」
などと褒めてくださるお方は?
110428r
うつくしく死ぬことよりもうつくしく生きるが花と雛罌粟が笑ふ
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tag : 田中好子 肉声テープ ペイン・コントロール モルヒネ ダイイング・メッセージ タブー 震災後

今を生きているという奇跡

ローマ法王ベネディクト16世が22日、イタリア国営テレビRAIの番組で、
東日本大震災を経験した日本在住の少女の
「どうして日本の子どもは怖くて悲しい思いをしなければならないの」
との質問に答えた。
質問したのは千葉市に住むエレナ・マツキさん(7)。
自宅マンションのベランダで撮った日本語のビデオレターで尋ねた。

これに対し、法王は「私も自問しており、答えはないかもしれない。
(十字架にかけられた)キリストも無実の苦しみを味わっており、
神は常にあなたのそばにいる」と答えた。



クリスチャンでもなく、もちろんカトリック教徒でもない私には、
「神は常にあなたのそばにいる。」かどうかは別の次元に置いといて、
偉大な宗教指導者が日本の少女に対して発せられた言葉を思うとき・・

法王の座に位置する人を持ってしても、
お互いに遠くにいる見知らぬ他者であることに変わりはなく、
今現在、遥か極東にある島国で起こっている辛く悲しい出来事も、
またそういう思いをしている人々に対しても、明快な答えなど示しようもなく、
老若男女を問わず、人生の悲しみも苦しみも、
「本当の答えは、今苦しんでいるその人にしか解らない。」
としか言いようがないとご判断されたのではないだろうか。

人は、親子であれ、夫婦であれ、恋人であれ、永遠に解り合うことなどできはしない。
ただ、いかにして互いに妥協点を見いだせるかどうか・・に精魂を傾け、
それなりにコミュニケーションをとりながら、どんな境遇にあっても、
生がある限り、今を懸命に生きるしかないのである。


3.11に神=人智を超えた存在自然の摂理
数多(あまた)の無辜の人々を理由も知らせずに瞬時に殺した。

津波で大勢の方々が亡くなられたが、
その生死の明暗を分けたものは何なのだろうか・・。

言い伝えの「津波てんでんこ」を守ったから?それとも運?



新聞に載っている亡くなられた方々の欄を見るたびに、
0歳、1歳、3歳、5歳等々の一桁の年齢を記された
見も知らぬ幼子の名前を見るにつけ、
かつて、子育て中の母そのものであったときの心が蘇り、
悲しみと切なさだけが胸に去来する。

この幼子たちは決して罪人ではないはずなのに・・。
なぜに神=人智を超えた存在自然の摂理はこれらの天使のような幼子を
連れて行かれたのだろうか。

もしかしたら・・・・この幼子たちは、
いつからか、自然科学とかいう創造物を武器に神の領域を犯し、
神=人智を超えた存在の持ち物である自然を破壊し、奢り高ぶりながら、
大量生産と大量消費による物質主義こそが文明の証などと思い込み、
傲慢さを持って絶対主のような振る舞いをするようになってしまった、
我々大人という人間の浅はかさによって、
その犠牲の捧げものになったのかもしれない・・。
などと思ったりもする。


それにしても、なぜに神=人智を超えた存在はとてつもなく気まぐれで、
とてつもなく悪戯で、そして、とてつもなく意地悪がお好きなのであろうか・・。

私は、今回の震災は「神=人智を超えた存在」から
人類に対する奢りへの警告と受けとめた。

それでも・・・チェルノブイリの教訓を忘れたように、
ヒトはまたなにもかも忘れ、再び同じ過ちを繰り返すのだろう。

今日は統一地方選の投票日。
私は先の統一地方選で、何かが変わるかも・・と淡い期待を抱いていたが、
その微かな期待さえ見事に裏切られた。
今までと何も変わらず、今後の展望も、最低限の希望さえも見いだせない
社会が延々と続くのだと完全に諦めてしまった。

大根おろしじゃあるまいし、
「官下ろし」だのとほざくパフォーマンス党内抗争劇場や
「悪びれもなく堂々と政党助成金を受け取る」
この国の政治屋集団を見るにつけ、
口先では「国民の命優先」などと触れまわりながら、
実際には権力の座と利権と私利私欲のみだけに走る人々がいるというお粗末な現実を憂う。
だが、それらの人々を選ぶのも有権者・・。
哀しいことだが、もう、徹底的にこの国を嘲笑うしかないと思えるようになってしまった。


今回の東日本大震災での死亡者割合は、
逃げ遅れによる60歳以上が65・1%を占めているそうな。
今後も強大な余震が来る可能性もあるという。
私が住む町は東京湾に面している。
必ず来ると言われている東京直下型地震に対して、
今現在東京にも神奈川にも大津波対策のハザードマップはないらしい。
早急に作らねば!と昨日の新聞に書いてあった。

私は未だ大年寄りの域には達していないが、小年寄りの部類には入るので、
そのときがきたら、多分、逃げ遅れるかもしれない。
一瞬にして海の藻屑と化して此の世から消え去るのなら、
元々、お墓は海=散骨と決めているので、
生き残った家族には手間のかからない、
「海葬」「水葬」思ってもらうことにしたい。

震災前は、寿命による病死しか考えていなかったが、
今後はそうでない可能性があることも想定して置かなければならなくなった。

老若男女を問わず、人間が今を生きているということは奇跡なのである。
私は「津波てんでんこ」+「我欲てんでんこ」で、
これからの残り少ない時間を生きてゆくことにした。

命を蔑(ないがしろ)にする為政者がバラ撒く目の前の些細なおこぼれと餌にしがみ付き、
それに満足している限り、
人智を超えた存在による大いなる破壊という悲劇は再び繰り返される。
私は日本というこの小さな小さな島国が破綻or全沈没するのをあの世からでも見たくはない。

デラシネの人となりたる我が身にもふるさと思ふときはありなむ

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tag : ローマ法王ベネディクト16世 人智を超えた存在 自然の摂理 チェルノブイリの教訓 津波対策のハザードマップ 津波てんでんこ デラシネ

非国民が感じるサブリミナルアド
在宅中はほとんど点けっぱなしの民放ラジオから今もACのCMがしつっこく流れてくる。

「ひとりじゃない。みんながいる。世界中の人たちが日本を応援しています」

「小さいころ阪神大震災を経験しました。日本の強さは団結力です。
僕も精いっぱい協力します」

「日本が一つのチーム」

「あなたはひとりじゃない。みんながついています。
未来を信じて。日本の力を信じてる」

「日本は強い。みんなでやれば乗り越えられる」

「一つになろう日本」

「日本は強い国」

ラストは『みんなの力が大きな力にACジャパン』で締められている。


あまりにもステレオタイプな言葉を繰り返し流すACのCM。
被災地復興を合言葉に、震災後の自粛ムードを利用して
大本営発表のごときサブリミナルテープを聞かされ、
全国民が戦争中の全体主義的社会構造に組み入れられるような、
危うさを感じることがある。
東京直下型地震が来たら明日は我が身でもあるので、
被災者を思う気持ちに変わりがないが、
ACのCMが政治的思惑を孕むサブリミナルアドに聴こえるのは私だけだろうか・・。



ACジャパンの理事に名を連ねるのは電力会社とTV、新聞系のマスメディアが多い。
当たり前に考えたら、マスメディア自らが報道統制を布かざるを得なく、
下々の者が本当に知りたい原発事故に関する正確な情報を、
もし、掴んでいたとしても流したくても流しようもないだろう。
例えば、大津波が来る前に地震そのもので一号機の原子炉が壊れ、
炉心冷却機能が喪失してしまっていたこととか・・
だから、「想定外の大津波」を幾度も声高に強調したのだろう。




計画停電中は停電区域外であった我が地域。
しばらくは自粛していた我が家近くのマク○ナルドや
他のファストフード店の広告塔が煌々と灯り始めた。

たまたま夜に家の前で出会った近所のお婆さんがそれを見て、
「あらまぁ、あんなに電気を使って!
陛下様も自主停電されていらっしゃるというのに非国民だわね。
抗議電話をしようかしら。」とのまわれた。

「電力消費量の少ない夜だから、別にいいんじゃないですか?」
と言ったら、
「あら、ボケ田さん。日本は一つのチームなのよ。
大本営発表に逆らっちゃダメよ。
そんなことを言ったら、戦争中だったらあなたは間違いなく非国民よ。」
と言われてしまった。(・_・;)_・;)・;);)) ナントッ!!ヒコクミンとな?

娘盛りに太平洋戦争を体験したお婆さんには、
灯火管制を強いられた戦中の記憶とダブっているらしく、
有事の際にはなにがなんでも天皇陛下を中心に据えた
全体主義でないと許せないらしい。
(もちろん、電力は貯められないことなどは知らない。)

確かに今は大震災有事ではあるが、戦争による有事ではない。
ただ、善意溢れる言葉ばかりが流される
応援メッセージCMや被災地の美談話の裏に
狡猾な人々の有無を言わさぬある種の企みを感じるのである。


世論調査では自衛隊の活動を評価するが95%だとか。
今まで日蔭の身であった自衛隊も脚光と称賛を浴び、
お妾さんの身から本妻になるべく、
実務を兼ねた広報宣伝活動に勤しんでいる。
そして、この大震災を利用して、
自衛隊は本来の目的である有事に向けての訓練中でもある。
さぞかし、防衛省は嬉々として実のある実地訓練をさせていることだろう。

震災復興増税の話しも出てきている。
日本経済新聞社とテレビ東京が15~17日に共同で実施した世論調査では、
東日本大震災の復旧・復興策の財源について、
増税を容認する意見が69%に達したとか。
どんな形の税として成立するかは判りようもないが、
この震災を利用して一儲けを企む気持を持つことなど頭の片隅にも想い浮かべない
善良なる人々は今も垂れ流し続けているACのCMに頷きながら、増税を容認し、
諸外国から称賛を浴びた、東北の被災者の「礼節ある態度と秩序ある行動」と、
原発事故現場での作業員の方々の「自己犠牲も厭わない勇敢さ」に、
「あなたはひとりじゃない。みんながついています。
未来を信じて。日本の力を信じてる。」
のごとき、偽善的言葉に感動し、日本人としての誇りを思い、
復活と再生を願っている人も多いのではなかろうか。
少なくとも私の周りには、
いい歳をしてそのような汚れを知らないピュアな人も少なからずいる。

そのような日本人の思いに託け、
欧米人のように個人主義にしがみ付く強固さを持たない日本人の特質を利用して、
「日本は一つのチームorファミリー」と思い込まされ、
建前だけは民主主義国家であっても、
初めはコミュニタリアニズムから・・そして徐々に知らず知らずに、
全体の利益を個人の利益より優先する全体主義的意識を
植えつけられつつあるような気がする。

耳触りの良い、善意と思える言葉は、いずれは形を変えて悪意に変わることが多い。
原発のない沖縄以外の地域で、復興税に名を変えた東電の膨大な賠償金負担のために
電気料金値上げも取り沙汰されている。(今の時点では株主たちの負担はないそうな。)

一連のサブリミナルアド的策略に気が付かなければ、
また見ないふりをすれば、善良なる市民であり続けられるが、
結局、被害者になるのも、被災者になるのも、税負担を強いられるのも、
生涯搾取を強いられる運命にある善良な下々の民であり、
政官財界は少しも損はしない仕組みになっている。

原発事故は現場で起きている。
安全圏にある東電のオエライさんがいる大本営本部のある会議室で起きてはいない。
今まで奢り高ぶってきたひとつの独占企業の利益追及と利権の陰で、
隠蔽されてきた危機管理のなさのせいで、平穏な日常を奪われ、
住みなれた生活の場を離れることを余儀なくされた大勢の人々がいるという現実。

震災復興増税賛成が69%。自衛隊の活動を評価するが95%ということは、
政官財に因る鉄のトライアングルが仕掛けた、
マスメデァイアを最大限に利用した、彼らの思惑通りの
サブリミナル効果が表れてきたのでありましょうか・・。

過ぎし日のまだ果たされぬ約束を覚えていたりデフォルメせずに 
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tag : サブリミナルアド サブリミナルテープ 非国民 自粛ムード コミュニタリアニズム 全体主義 自衛隊 電気料金値上げ 鉄のトライアングル サブリミナル効果

我欲と共に妻害も忘れた頃にやってくる。
今日、小雨降る時間帯に市営プールに行ったら、
震災後初めて顔を見せたケバメイクで有名なお婆様がいた。

爺婆の仲間内では一ヶ月も顔を見せないと、
不治の病に罹っていてもう長くないらしいとか、
もう鬼籍に入ったらしいとかの、風評被害的噂が流れるのが常なので、
まだ元気で生きているというのに勝手に仏様にされてはたまらないと、
生きているという証拠を見せに来たらしい。

ところが、いつもご夫婦で見えるのに、今日は奥様(70歳)が独り。
「あら、今日はご主人様は?」と訊ねたら、犬も食わないケンカ中とか。
そのケンカの原因を聴いて大笑いしてしまった。

あの3.11.PM2:46には、ご主人様(78歳)はパチンコ屋にいて、
他の客はすぐ店外に逃げたのに、
ご主人様だけは店内に散らばったパチンコ玉で、
何回も滑って転んで店外に出られず、
おまけに足をくじき、
パチンコ屋の店員二人に抱えられて家まで送って貰ったそうな。

そして、くじいた足も治りかけた頃に来た4月11日17時16分の強大な余震のときに、
妻の身も案じないで、ご主人様が犬だけを抱え、一目散に外に逃げ出したとか。
妻よりも飼い犬の命のほうが大事なの~!
と立腹し、今もケバメイクお婆奥様からは口を聞いていないとか。

そして、堰を切ったように、ご主人様への不平不満を言うわ言うわ。


「今までね、気持ちは尊敬するマザー・テレサ
顔はあのお綺麗なデ○ィ夫人のつもりで主人を支えてきたけど、
もう我慢の限界よ。
それでね。ナス代さん。
いつも主人がライバル視してる都知事の石原さんは主人と同い年なのよ。
同じ歳で同じ人間なのに、どうしてこうも違うのかしらね?
主人は日がな一日パチンコ屋に入り浸りで、
パチンコ屋を儲けさせるだけ儲けさせて、
負けて帰って来ては、ムスッとして、
テレビが恋人とばかりにソファから動かずに
飯、風呂、寝る、しか言わないし、
おまけに頭はお寂し山で、みっともないメタボなのよ。
こんな甲斐性のない我欲だけの主人の為に
私が今までどれだけ泣かされてきたことか。
私のこれまでの人生ってなんだったのかしら?
無給の家政婦?それとも女奴隷?
あんな人との生活なんて耐えられないわ。
もう一度人生をやり直せるものなら、
石原○太郎さんみたいに頼りがいがあって、
素敵でバイタリティ溢れるような人とやり直したいわ。
だからね。
これからは自分に為にだけ生きることに決めたのよ。
先ずは若返りよね。
それで、内側と外側からアンチエイジングにせいを出そうと思って、
思い切って3万円の基礎化粧品とCoQ10を買ったのよ。
それに、今朝なんかね。私の機嫌を取るためだと思うんだけど、
普段は絶対に行かない犬の散歩に行って、
放射能雨に当たって頭がハゲたみたいだから見てくれないか?
なんて、バカみたいなことを言うのよ。
元々頭なんて磯野家の波平さんみたいに手入れするほどの毛もないのに、
月に一度は大枚を払って理容院に行くのよ。なんてバカな主人のかしら。
ホントにもう愛想が尽きたわよ。」

と、さんざん悪態を付いていましたが、
言うだけ言ったおかげでしょうか、
一方的な話を聴いて差しあげていましたら、
スッキリされたお顔をされておりました。

人生をやり直したいという気力だけは応援したいのですが、
老いてなお、大いなる野心が枯れもせず、
有り余る資産と政財界との太いパイプと人脈と麗しき美貌をお持ちの
デ○ィ夫人様のような、
華麗で優雅な経歴をお持ちのケバメイクのお婆様ならいざ知らず、
今さらどんなにアンチエイジングに励んでも、
無駄な抵抗としか思えない、
やたら化粧が濃いだけの、そこら辺の70歳のお婆様では、
もう他の殿方とやり直すのは無理でございましょう。

引き合いに出された、
聖女マザー・テレサ女史と
都知事の石原○太郎氏とデ○ィ夫人様の因果関係は、
彼女の思考形態の中に存在する事実ではあっても、
私にはその関連性を知る由はありませんが、
私は、聖女と言われるマザー・テレサも絶対神(主)にただ愛されたい、
そして、神に愛された徴(しるし)を感じたいという我欲から、
病める人々や貧しき人々や死にゆく人々を
神の子イエスに見立てていたのであろうと
勝手に解釈しています。


大震災の被災者にもならずに、70歳と78歳の老夫婦が
今もケンカをする気力があるほど元気で、
加えて「おふたりさま」で今を生かされているということに感謝したら?
と、怒れる鬼婆様を諌めるように、
老婆ながら老婆心を持って、
一回り近くも人生の先輩であるお婆様に、
若輩者の私が余計なお世話で善人ぶって、
ありきたりな言葉を駆使して、助言をさせて頂いたのですが、
所詮、人間は幾つになっても自らを顧みず、
自分にとって不都合なことは全て相手のせいにして、
都合の良いことだけを相手に求めるという、
我欲の塊」なのでございましょうか・・。
110419r
ただここにいるしかなくてここにおり篭の小禽が飛び出せぬごと
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tag : 我欲 我欲の塊 聖女 マザー・テレサ ケバメイク 風評被害

原発の是非を問う論文と漫画が電子書籍で無料公開
原発の是非を問う論文と漫画が電子書籍で無料公開中です。
もし、興味がおありでしたら、ご覧くださいませ。

岩波書店が雑誌『世界』『科学』の一部を期間限定で無料公開しています。

以下引用
雑誌『世界』『科学』の一部論文を、著者の方々の了解を得て、
当面の間、無料公開いたします。
今回の福島原発事故や原子力政策を考えるうえで参考にしていただければ幸いです。
(PDFファイルに直接リンクしています)

『世界』2011年1月号の特集「原子力復興という危険な夢」のうち、次の3論文

マイケル・シュナイダー/田窪雅文訳
「原子力のたそがれ──米・仏・独のエネルギー政策分析から浮かび上がる再生可能エネルギーの優位性」

明石昇二郎
「原発輸出──これだけのリスク」

葉上太郎
「原発頼みは一炊の夢か──福島県双葉町が陥った財政難」

『科学』の次の2論文
青山道夫大原利眞小村和久
「動燃東海事故による放射性セシウムの関東平野への広がり」(1999年1月号)

石橋克彦
「原発震災──破滅を避けるために」(1997年10月号)





他にも、潮出版社が原発の是非を問うた作品「パエトーン」を無料公開しています。



以下引用
漫画家の山岸凉子さんが、
チェルノブイリ原子力発電所の事故後に原発の是非を問うた作品
パエトーン」を、電子書籍の形で無料公開している。
福島の原発事故直後、ネット上で話題になったのがきっかけ。
先月25日の公開以来、15万回以上読まれている。
チェルノブイリ事故から2年後の1988年に発表した。
ギリシャ神話に出てくる高慢な少年パエトーンは、
太陽神の日輪の馬車を暴走させ、あわや地球を焼き尽くしそうになる。
作品はこのパエトーンを、原子力を制御できると信じる人間に重ねて描く。
さらに原発の仕組みや日本の原発分布、日本で事故が起きた場合の影響などを、
図入りで説明している。
公開した潮出版社によると、福島の事故直後、ネット上で
「まさにパエトーンの状態だ」と話題になり、山岸さんに知らせると、
「ぜひ無料公開したい」と返事があったという。
チェルノブイリ事故後、山岸さんは原発について本で学び、
「今、日本で起きてもおかしくない」と危機感を覚えたという。  
「原発は、ひとたび事故が起きれば人間の力で制御できないほどのエネルギーを持つ。
メリットに対するリスクが大きすぎ、25年前と危険は少しも変わっていない。
原発について、一人でも多くの人に考えてもらいたい」と話す。
潮出版社のホームページ(http://usio.feliseed.net/paetone/)









今まで、原発のことなど気にも留めず、また興味も関心もなく、
安全神話を信じ、いたずらに歳を重ねてきてしまいました。
そして、この未曾有の大震災に遭遇して初めて、
原発に警鐘を鳴らされていた方々が大勢いらっしゃったことを知りました。

目と鼻の先にある隣町の海沿いには某大手企業の原子炉研究施設があり、
教育訓練の為の臨界状態を観察するのが目的の「研究用原子炉」が存在し、
小規模ながらも、年間50~60日程度稼働しているということも知りました。

烏合の衆であり続けたことを恥じながら、
最期の日が訪れるまで、少しでも人間として成長できれば・・
と思っています。

明日も私がこの地に存在しているかどうかは定かではありませんが、
これからも、私という愚かな人間がこの時代に存在していたという証として、
また、遺稿変わりに、拙い世迷言を綴っていきたいと思っています。

稚拙な記事ながらも、アップ後に訪れてくださる皆様に感謝しつつ・・・。
110417r
一生(ひとよ)とは邯鄲の夢かもしれぬ極彩色の花見るごとく

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テーマ : みんなに知ってもらいたい ジャンル : 日記

tag : パエトーン マイケル・シュナイダー 明石昇二郎 葉上太郎 青山道夫 大原利眞 小村和久 石橋克彦

脱原発と太陽光発電の不都合な真実
開け放した窓からは心地の好い温い風が部屋を吹き抜け、
どの桜樹から散ってきたのか、
窓からも桜の花びらがひとひら、ふたひらと舞い込んでくる。
瞬時には桜吹雪の光景も見える卯月半ば・・。
こんなにも平和で綺麗で澄んだ青空の許、
今なおニュースで見るTUNAMIが浚っていった東北の町の光景は、
どこか異次元世界で見た白昼夢であったかのような感覚に陥ることがある。

続く余震と先の見えない原発事故・・の渦中にありながら、
3.11から一ヶ月以上の月日を経た今、非日常であった日々が
そのことさえもすでに常態化し、今や日常になりつつある。
慣れとは怖いもので、震災関連のニュースを見聞きしていても、
どこか無感動になっている自分に気づき唖然とすることがある。


世間では、今はまだ脱原発志向の気運が強いが、
人の心は熱し易く覚め易く・・そして移ろい易い。
この社会が常に死というものを覆い隠すように、
明日には自分が被災者になるかもしれないということからも目を逸らし、
そしてやがては、被災地や被災者のことも見ないようにして、
徐々に脱原発熱は冷めてゆき、
また再び原発に頼る煌々とした明るさを求め、
欲望を満たしてくれる享楽の世界に浸りたいと願うのだろうか・・。


基本的に原発は国の政策である。
原発事故を目の当たりにしていながらも、
先の統一地方選では原発を推進or容認する政党
(自民、民主 公明)の議員が上位当選した。

大多数が今も原発を容認していると見ていいのだろうか・・?
それとも、候補者の実現不可能な良いことばかりを
並べ立てた表向きの目くらまし策略に騙された?

結果が出てしまったので今さらどうでもいいが・・・
それでも脱原発を願うのなら、
今までの便利で快適な生活の半分を切り捨てる覚悟がなければ、
原発に頼らない生活は成り立たない。

医療関連施設とかは別にして、
一般家庭の人々が計画停電ごときに苦情を言うようでは、
今の生活を捨てる覚悟はないと見做され、脱原発は叶わない。
大地震と想定外のTUNAMIと放射性物質の飛散と汚染の恐怖に怯えながら、
原発から送られてくる電気で、今までと同じ生活を送るしか道はない。

それでも、過去に原発裁判を起こした人々が大勢存在したように、
今後は声高に脱原発、反原発を叫び続ける人は増え続けるだろう。

私自身は、今後は時間をかけて脱原発を目指し、
自然利用のエネルギーに徐々にシフトして行って欲しいと願っている。

原発に代わる代替エネルギーには課題も多く、
どのぐらいの時間と費用を要するのかも判らないが、
私にはもう時間がないので、次世代の人々の為に、
是非とも熱意ある若い研究家or専門家の方々に、
一部の政財界人の懐だけが潤う形ではない、ローコスト、ローリスクの
自然利用のエネルギーの研究とその実現を進めて頂きたい。



そんな折り、この夏の電力不足の不安を煽るかのように、
某太陽光パネル販売会社から、
セールスマニュアルを棒読みしているかのような勧誘電話が来た。

「福島第一原発事故の影響で、
今年の夏は東京電力管内では確実に電力不足になります。
この夏までにお宅様の屋根に太陽光パネル設置を間に合わせることができます。
つきましては、ソーラー発電とエコキュートについて是非とも説明に伺いたい。
補助金などの申請ができるのでお得です。
今は特典期間中です。必ず元が取れます。」


等々の、一方的に美味しい言葉だけを並べたてられた。

これも当たり前だが、
太陽光発電パネルの寿命や設置後のメンテナンス、
発電量のチェックや点検の煩わしさ、
パネル交換発生の割合や耐用年数などの不都合な真実は絶対に言わない。



今年の夏の電力不足など、わざわざ他人様に言われんでも判っとるちゅうに、
どこでどう調べたのか?我が家の契約アンペアまで知っている。
さては、東京電力の関連会社か?またはその手先か?回しものか?
それとも、膨大な額になる原発事故対策費にかこつけて、
少しでも利益を出すために東京電力が故意に顧客名簿を流している?

友人が、「電気代がほとんどいらなくなる。」と勧められて、
屋根に太陽電池パネルを付け、同時にオール電化にして数年が経つが、
「初期投資に見合うほど電気代が安くならないし、メンテナンスも大変なのよ。」
といつもこぼしている。


倹しい年金生活ではウサギ小屋に太陽電池パネルを取りつける
初期投資費用など逆立ちしても出てこない。
出先で無料で貰って来た団扇がいっぱいあるけん、
ソーラー発電もエコキュートも余計なお世話じゃて。( 一一)


10日に我が県の知事様になられたお方が、
選挙公約で無料で4年間で200万戸の太陽光発電パネル設置を目標とし、
今夏までに5万~15万戸に設置するとのたまわれていたので
仄かな期待?をしていたが、
電光石火のごとく、11日には「公約は修正させていただく。」
とのたまわれた。
あんれまぁ・・・当選した翌日にはあんなに美味しそうな餌(公約)
をただちに反故にするとは。さすがは自公民の相乗り推薦知事様。
故大沢親分が言っていたように「あっぱれ!」と言うしかない。
まぁ、政治とは物心付いた頃からそんなものであると思っているので、
別に今更驚きもせず、どうということはないが・・・。
110416r
ひとひらの桜花となりて風に舞ふ夢よ覚めるな四月のアンニュイ 
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テーマ : シニア・エッセイ ジャンル : 日記

鰯の頭も信心から・・マインド・コントロールによる民意
一昨日の統一地方選の早朝、我が家のインターフォンが鳴った。
「どなた様ですか?」と、寝ぼけながら訪ねれば、なんと、お隣の奥様。
ずいぶん朝早いけど、回覧板かしら?と思って玄関に出たら、
モジモジしながら、「選挙へは行きますか?」と訊かれた。
「ええ、後で行きますよ。」と答えたら、
「投票する人は決まってますか?」
と訊くので、「私は日和見無党派層だから、まだ考えているところよ。」
と曖昧に答えたら、
「私の支持する公明党の候補が今苦戦しているんです・・。
お願いですから、○○さんと○○さんと○○さんに入れてくれませんか?」
と、手土産もなしに・・・(^_^;)投票依頼をされた。

年に数回ほど、お隣さんが購読している○○新聞が、
配達員がネボケ状態で配達しているのか、
間違えて我が家の郵便受けに入っていることがある。

そんな事情でお隣さんが某新興宗教の信者だということは知っていたので、
こっそりとお隣さんの家の郵便受けに誤配された新聞を入れてあげていたが、
お隣さん歴20数年で初めて本人の口からカミング・アウトされた。

言うまでもないが、信教の自由は保障されている。
お隣さんが「鰯の頭」や「御本尊様とかいう掛け軸」を
有り難がって信仰していようといまいと私には関係ないが、
はっきり言ってそういう投票依頼は迷惑なのである。
私のような社会の底辺で生きてきたひねくれ者は、
たったそれだけで、
今まで築いてきた隣人関係を壊すことはしないが、
ある種のレッテルを貼り付けてしまう可能性がある。
隣には、意志のない、考えることを止めた
カルト的な人が住んでいるのかと・・。(;¬ ¬)ジロリンコ....


今までは信仰のことなどおくびにも出さなかった分、
多分思い切って来たのだろうが、
その新興宗教には現世での功徳を得るための
投票依頼のノルマでもあるのだろうか?
他にも同じ宗教を信心している
何年も連絡の途絶えた元友人数人からも、
支持する候補者が苦戦中だからお願い・・
の投票依頼の電話が来た。
何人に電話で投票依頼をしているのかは判らないが、
そんな迷惑電話をする暇があるのなら、
必死でお題目でも唱えたら・・と思ってしまう。(^_^.)


そして、当日夜には判明した選挙結果・・・
苦戦どころか公明党議員は余裕の圧勝。
県組織での三党相乗り推薦を受けた新知事も余裕の圧勝。
その我が県の新知事様は、11日の記者会見で、
『「選挙の勝因については「脱原発」と訴えたことが
「みんなの心に届いた」と分析した。』と発言されている。

新知事様のおっしゃる「みんな」の中に私は入っていないが、
決して有権者全員の民意が反映したものではなく、
属する宗教によるカルト的マインド・コントロール、
及び属する組織によって目の前にぶら下げられた餌(利権)に食いつく、
マネー・コントロールされた人々によるまやかしの民意結果なんでないかい?
自公民と仲良し子良しの財界人だけがまた利権で肥え太るんでないかい?
そしてまた、今までと何も変わらない弱者切り捨ての政策が続くんでないかい?
と、少しだけ意地悪い言葉を投げたくなった。(^^ゞ

新興宗教という強大な集金能力を持った組織と、
絶大なカリスマ性を持った他者から与えられた、
たったひとつのものの見方で、自己の意思を封じ込めた妄信行動に於いては、
多角的な視線は存在せず、ものごとの真実は見えないのではないか。
と、穿った見方をしてしまう。


選挙の度にいつも思うのだが、この国の選挙は、
宗教に縁がない私が考えるに、
「鰯の頭も信心から」に代表される
マインド・コントロールによる似非投票が半数を占める、
似非民主主義による似非民意に思えてならない。

選挙の時期になると、
斜め向かいの家の80代のお婆ちゃん(信心を隣人にオープンにしている明るい末端信者)
の家の数年に渡り入院中のお嫁さんが、
必ず一日だけヨロヨロしながら一時退院してきている。
そして、信者仲間が車で迎えに来てお婆ちゃんと
お嫁さんを投票所に連れて行く光景を何度も見ている。
さすがに盲信者の行動はバイタリティに溢れ、
そのエネルギーある組織力には圧倒されるが、
私にとっては意志なきカルトの集団を想起させる
奇異な光景であることに変わりはない。



信仰で山を動かすことはできない。
しかし信仰は人々をそのような危険な愚行に駆り立てることができる。
                    
       R・ドーキンス「利己的な遺伝子」より





また、今日も強大な余震が来た。
どうせ老い先短い身とはいえ、地震の揺れにだけは慣れることはない。
地震酔いも続いている。
福島第一原発の事故も、チェルノブイリと同等のレヴェル7に修正されたとか。
その事故現場を狙い撃ちするかのような震度5を超える余震も今なお続いている。

「がんばろう!ニッポン!がんばれ東北!」
の叫びもどこか虚しく聴こえ、
「ACのCM、ポポポポーン♪」の歌詞もウザく感じるようになってきた。

恐怖の3.11から一ヶ月・・。

福島第一原発の事故の終息も見えない現在、
今日も地震警報を聴き、身構えたこと数回。
繰り返す余震にそうとう疲れているのだろうか。
被災されて今尚避難所暮らしを余儀なくされている方々を思えば、
たかだか余震ごときで疲れた・・などと言っていられないが。
110412ri
慟哭の嗚咽と涙知らずして刹那美の花ただ散りゆきぬ
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テーマ : 思ったこと・感じたこと ジャンル : 日記

健全な野党と狂気の桜
相変わらず大小の余震が続いている。
7日深夜に発生した宮城県沖の地震で我がウサギ小屋も揺れに揺れた。
またこれで家が潰れて死ぬのかと思ったが、
金運も男運もないのに、悪運と命運だけはまだあるらしく、
再びなんとか生き延びられた。

その地震で女川原発と東通原発も綱渡り状態に陥ったらしい。
危機一髪でなんとか事故だけは避けられたようだが、
地震と津波だけは人類の英知を結集しても制御はできない。
なにしろ、エライ学者先生がのたまわれるように
想定外の出来事で対処できないこともあるそうなので、
数基同時原発事故による東日本沈没なんて
有り得ないで欲しいと願う日々である。


首都圏では生鮮食品の価格が徐々に上がってきた。
極一部の商品については今も品薄状態が続いている。
インフレ、もしかしたらハイパーインフレになるのでは?
と危惧しているが、
哀しいかな、これもどうすることもできない・・・。



さて、明日は統一地方選の投票日。
読む時間が無駄だと思いつつも、
新聞に折り込みされていた選挙公報の各候補者のマニフェストを読んでみた。

「わたくしが当選しました暁には、県は市は町は理想郷にしてみせます。」
のごとき、絵に描いた餅、又は絵空事を並べ立てたと思われる
美辞麗句を連ねただけの空虚な言葉が並んでいる。

昨日までは原発に対しては明言を避けていた
我が県の公明、民主、自民相乗りの知事候補が、
明日投票日という前日になってコロッと態度を変えて脱原発を掲げ、
「エネルギー問題に重点を・・」などと言い出した。
あんれまぁ、さすがはタレント候補。
仮面ライダーのごとき瞬時の変身ぶりにびっくらこいてしまった。

私が選挙権を得て数十年。
一度たりとも、ユートピア的マニフェストが実行されたり、
完成された形になったことはない。
間違えてでもいいから実行して欲しいと願ったこともあったが、
そんなことも今は昔の一炊の夢・・・・・
そんなものだと思って今まで生きてきた。
そしてこれからもそうだろう。


100億円をポンと寄付したIT長者の孫正義氏みたいな
極一部のお金持ちは、元々金持ちという、
下々の者には手の届かない「理想郷」にいるのだから、
資本を元手にすぐに100億円ぐらい取り返せるだろうが、
私のように孫に100円しかお小遣いを上げられない年金生活者の貧乏人には、
この世に生きてる限り、生き地獄は続き、
理想郷も桃源郷も息絶えるまで訪れることはない。

そんな中、
大連立に否定的=「健全野党」、谷垣氏に求める―小泉元首相2011年4月5日21時6分
自民党の谷垣禎一総裁は5日午後、都内で小泉純一郎元首相と会い、
党派を超えて東日本大震災の復興に取り組むため、
党内で容認論が広がる民主党との大連立について、意見を求めた。
小泉氏は「今は健全な野党の在り方をしっかり発揮すべきだ」と述べ、
政権の外から協力するのが望ましいとの考えを伝え、
谷垣氏は「全くその通りだ」と応じた。
会談後、谷垣氏は記者団に「政策の擦り合わせもない連立はない。
野党として徹底的に震災対応に協力すると言っており、
これをきちっとやる」と強調しつつ、
「これからも、いろんなことを見ないといけない」と述べ、
情勢を見極める姿勢を示した。  [時事通信社]


を読んで思った。

単に私が見逃しているだけかもしれないが、
自民党から、今回の災害と原発事故に対する発言をあまり見聞きしない。

自公政権時代にさんざん原発を推進しておいて、
その利権で甘い汁を吸いまくり、
食糧自給率を40%まで落とし、高齢者や障害者の福祉を削り、つまり弱者は切り捨て・・
大企業だけを優遇してきて、そして今、
にっちもさっちも行かなくなった原発事故にはだんまりを決め込み、
さらに、野落ちする前の自公連立政権時代の
過去の原発推進政策の責任を認める姿勢もほとんど見えてこない。

おまけに、自公連立政権時代の数々の悪政のせいで
未知との遭遇(防災の甘さと原発事故)に見舞われ、
悪戦苦闘しながら後始末させられている民主党を、
公明党の顔色を伺いながら、こき下ろすだけ・・。
元々は「同じ穴のムジナ」なのに、
今さら自分の党だけを「健全野党」などと強調し、
虚飾の言葉を使って健全を装う神経に呆れている。

呆れる・・というよりも、
初めから呆れているので何も期待はしていないが・・・。

健全の意味は、
[1] 体や精神に悪いところがなく、元気なさま。
[2] 状態や考え方が片寄らず普通であるさま。堅実で安心できるさま。
である。

顔の見えないことを良いことに、私がここで自称美人・・と冗談を言うのとは
言葉の意味のレヴェルが全く違う。


単に政府与党である民主党の暴走を阻止し、
監視することを意味するだけの健全野党発言なのであるならば、
それなら他の野党でも同じことになるが、
わざわざ自分の属する党だけを健全と名乗り強調するところに
この震災までをも利用しようとしている党利党略と、
もう水面下では画策しているであろう震災特需から得られる利権を狙っての、
狡猾な狸ジジィたちの意識した悪意を思わずにはいられない。



今、日本に対する世界の視点は地震や津波の被災状況ではなく、
原発事故の行方になっている。
震災前までは前政権の自民党、公明党が推進していた「原発ルネッサンス」が
民主党政権に於いても、言葉のオブラートに包み込み、明言は避けつつも、
基本的には原発推進は継続中である。

「原発難民」になってしまったフクシマの人々を思うとき、
土着民という農耕民族のDNAを持っている日本人が、
愛着のある故郷をに戻れずに根なし草にされてしまった
悔しさと切なさと虚しさは計り知れないだろうと推測できる。

一夜にして崩れ落ちるこの国の科学技術に対する危機管理意識と
その脆弱さを露見してしまったにも関わらず、
その自らの責任には触れもせずに、そっぽを向き、
未だに政権の座を虎視眈々と狙うことだけに執着する自称健全な野党がいるという現実・・。

いつだったかは忘れたが、
「己を見つめ、反省する心を持ち、恥を知る人は、
政権与党の政治家や大企業のオーナーにはなれない。」
と言っていた人がいた。
なるほど、見てる人は見てるものだと思った。
110409ri
遠き日の春に誰かと見たサクラあの日を忘れまた桜見ゆ
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テーマ : シニア・エッセイ ジャンル : 日記

仏陀や親鸞から学ぶ究極のマイナス思考からの出発
「3.11」から、早や25日が経った。
未だに大なり小なりの余震が続くが、
TVメディアでは被災された方々の美談や
避難所での苦労話を取り上げる比重が増えた。
それに、見るに堪えないばかばかしいバラエティ番組も復活した。

我が町は夜景と建物内が少しばかり薄暗いことと、
一部の食品についてはおひとりさま一個限りと表記された
限定販売商品もあるが、
それ以外ではスーパーにはまたモノが溢れ、
再び震災前と同じ日常が戻りつつある。

TVのニュースを見なければ、ラジオのニュースを聴かなければ、
そして、新聞を読まなければ・・・
何事もなかったかのように季節は巡り、暖かな春に向かう静かで平穏な時が流れ、
ちらほら咲き始めた桜を話題にしながら、平和そうな顔つきの家族連れが、
ファストフード店でハンバーガーをパク付く愉しそうな光景も目の前にある。

そして、選挙カーも走り回り、誰に遠慮するでもなく、
ウグイス嬢が候補者名を連呼している。





3日ほど前、台所に居た私は夫が見ている居間のTVから漏れ聞こえてきた、
悲鳴に近いヒステリックな響きが籠もった音声に胸を突かれた。
その声の主は、原発城下町から都内の避難所に避難してきた若い女性らしかった。

「私たちは今まで東京に電力を供給しているということに、
誇りと自負心さえ持っていました。
それが今、東京の人たちは私たちのことには無関心で
何もしてくれません。私はなにも悪いことはしていないのに、
あまりにもひどい仕打ちだと思います。」

フーテンの寅さんじゃないけれど、
「それを言っちゃあおしまいよ。」とも思ったが、

ストレスが溜まりに溜まり、
避難所暮らしはもう限界?らしい彼女に同情はするし、
もちろん出来る限りの救済や補償の手を差し伸べるべきだが、
最も責めるべき対象は原発を推進してきた原発利権派の政治家と官僚と財界と、
東京電力という独占企業のずさんな原発危機管理体制と隠蔽体質ではないのか。
それと・・交付金による恩恵と町民の原発関連雇用は別にしても、
フクシマに原発誘致を許可した当時の知事と町の議会と、
その議員を選んだ有権者たちも含まれるのではないか・・
とチラと思った。
(中には反原発を貫きつつも原発の町に住まざるを得なかった人もいるが。)

原発事故で一躍世界に名を知られた「フクシマ」・・
そして、未だ暗闇でモグラ叩きをしているかのような福島第一原発事故現場。
追い打ちをかける理不尽な風評被害と共に何もかも失い、
未来への一筋の光明さえ見出されずに、
日々途方に暮れながら原発難民と化した避難所暮らしの人々の群れ・・。


そんな中、

今朝の新聞で「都知事選、石原氏優勢 追う東国原・渡辺氏 情勢調査」の記事を見た。

石原氏は2010年4月30日のテレビ東京の番組で、
「本当に東京湾に原発を造ってもいいと僕は思っている。」
との発言をしている。


それでもなお・・・

公の場で上記のような発言する人が都知事選で優勢であるという
現時点での事実があるにも関わらず、
東京に住む私の友人は、「原発は怖いから絶対にいらない。」
と言いながら、毎回石原都知事に投票していると言う。
私には友人の意識に不思議感が漂いこそすれ、
民主主義の原則には抗えない空虚さを想う・・。


石原氏に投票しない人も大勢いるということも判るけど・・
この平凡な東京都民である友人の不条理感に満ちた意識の厳然たる事実を、
上記の原発難民女性はどう受け止めるのだろうか?




我が県も公明党に民主、自民(三党とも原発推進姿勢を表明)が
県組織での推薦とはいえ、
事実上相乗りした知事候補者が優勢であるそうな・・・。
きっと、10日の夜には「その候補者が知事になりましたとさ。」
の結果になることは確実。
なんだか、結果が見えている選挙に行くのがバカバカしくなってきたが、
無名の下々の民の私に唯一与えられた一票という権利を無駄に捨てはしない。


結局、震災前も震災後も何も変わらず、都合の悪いことは見て見ぬ振りをして、
善人でありたい無辜の民は搾取され続け、老いては福祉予算は削られ、消費税は上がり、
災害、事故、寿命、もしくは放射性物質の影響でガンを発症して一生を終えるのだろう・・。

だけど、必ずや歴史に記録されるであろう、
約20年~30年と言われている福島第一原発の廃炉が完了するのを見届けたいので、
どうしても長生きしたいものである。

今私は○○歳・・・
病弱なので30年後は無理かもしれないけど、
あらま・・・運次第では20年後なら余裕じゃん・・。(^^♪









いまなお・・・上記の原発難民の彼女の声が耳の奥に残っている。

人は苦境に立たされたとき、その状況が全てであると思ってしまうこともある。
ましてや、目の前に一筋の灯りさえも見えなければ・・・。

誰かを怨みたければ怨み、泣きたければ泣き、
辛ければ辛い!と声を大にして言えばいいと思う。

そして、怨み疲れ、泣き疲れたそのあとは・・・・・

私には今現在、もがいても、あがいても
「がんばりようのない苦境にいる人々」に対して、
歯の浮くような「がんばれ」メッセージは言えないが、
五木寛之氏の「大河の一滴」の表題広告から引用した
次の言葉を思ってはどうだろうか。

ここでは、仏陀や親鸞を宗教家として見るのではなく、
偉大な思想家として捉えています。


なんとか前向きに生きたいと思う。

しかし、プラス思考はそう続かない。

頑張ることにはもう疲れてしまった―。

いまこそ、人生は苦しみと絶望の連続だと、

あきらめることからはじめよう。

傷みや苦痛を敵視して闘うのはよそう。

ブッダも親鸞も、究極のマイナス思考から出発したのだ。

人生は苦しみと絶望の連続だ。

その覚悟が定まったとき、

真の希望と生きる喜びが訪れてくる。

110405ri
混沌を浮き沈みする葦船もいつかは浮かびぬ蒼穹の許に
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

信じる者は救われない。
一昨日、「統一地方選挙(市会・県会・知事)4月10日(日)の投票のご案内」
が郵便受けに入っていた。

そして今日、さっそく、というか、
この日を待ち構えていたというか、計画的・・というか、
某新興宗教の熱烈信者である近所のお婆さんが、
彼女が支持する政党の投票の依頼に来た。

お婆さん
だけど、ボケ田さん。思うんだけど、
どうしてこの時期に一斉選挙なんかするのかしらね?
原発事故のこともあるし、管政権はいったいは何を考えているのかしら?
絶対延期すべきだと思わない?
       

ほんとですわね。被災地のことを考えれば一斉延期すべきだと思いますわ。

お婆さん
そうよねぇ。町ごと流されてちゃって、被災された方々がお気の毒よねぇ。
ところで知ってる?陛下様と皇后様が毎日自主停電をされてること?
私もね。陛下様を見習って毎日自主停電をしながら、
その時に被災者の為にお題目を唱えているのよ。


まぁエライですわねぇ。きっとお婆ちゃんの気持ちが通じると思いますわ。
お婆ちゃんのお題目で神風が吹いて、
放射能が地上に降らずに空高く宇宙に飛んで行くとか、
封じ込めるとかできないものかしら?
        
お婆さん
ほんとね。この辺にも放射能が飛んで来てるって孫が言ってたわ。
今夜からは神風が吹くようにとの強い思いを込めてお題目を唱えるわ!

ところで、ボケ田さん・・・また新聞購読の件だけど、
頼める隣組を一周したから、また○○新聞の購読をまた今月お願いしたいのよ。
いいかしら?


別に構いませんけど、一ページどころか一行も読まないんですよ。

お婆さん
いいの!いいの!読む読まないに関わらず、信者以外の人に購読して貰うことで、
私が徳を積むことなるから、また一ヶ月間だけ協力してくれないかしら・・
と思ってるの。
助かるわ。ありがとう、ボケ田さん。これでまた徳が積めるわ。




一年に一回(一か月のみ)ほど、私の隣組は彼女に徳を積ませるために協力し、
輪番で彼女の信心する某新興宗教の新聞を(購読料は彼女負担)購読している。
隣組の間では、近所付き合いの為の輪番(計画)購読と言っている。

この未曽有の大災害に遭い、
「今は震災による被災者の救済と復旧にだけ目を向け、
一斉地方選挙は延期すべきではないか」との国民新党や共産党などの提案を
民主党、自民党、そしてお婆ちゃんの支持する公明党が反対し、
被災地に限り延期となり、他の市町村の一斉地方選挙延期は否決されたはず。
公明党は市会と県会では独自候補を立てているが、
知事候補はお婆さんの嫌いな現政権である民主と、
自民、公明が県組織レベルで相乗り推薦している。
お婆さんはなんの矛盾も感じないで、
その相乗り推薦知事候補に投票するのだろうか・・。


信教の自由は尊重こそすれ、一切の否定もしないが、
「徳を積む」ために、せっせと自己負担までして第三者に新聞購読を頼み、
ヨボヨボしながら投票依頼に励むお婆ちゃんの姿に
なぜか末端信者の悲哀を感じてしまった・・。


そんなこんなで、今日の記事はここで終わりにしようと思ったら、
突然思いだした......................

毎夜、計画停電区域外にある、
斜め向かいのお婆ちゃんの家の窓から漏れる電気の灯りは眩しいほどに煌々と輝き、
夜遅くまで一度も自主停電の気配すら見えないことを・・・。

うーん。( 一一) さてはお婆ちゃんはお題目を唱えてないな。
この分では放射能を封じ込める神風は吹かないわね・・・。




大震災から早や22日・・・

石原都知事はこの期に及んでも、

「東京都の石原慎太郎知事が福島県災害対策本部を訪れ、
佐藤雄平・福島県知事と会談しました。
会談後、石原氏は報道陣に「私は原発推進論者です、今でも。
日本のような資源のない国で原発を欠かしてしまったら経済は立っていかないと思う。」

と発言している。

この際、企業誘致はなかなか上手くいかないらしい埋立地のお台場に
原発誘致はいかがでしょうか?
他県へ迷惑をかけたくないと考える、
良心的な善男善女であらせられる都民の皆様もいらっしゃると思います。
是非とも、原発推進派の石原都知事に投票してくださいね。
都民ではない私からのお願いです。
(もし、原発が出来上がって稼働する頃には、
都知事も私も確実に此の世には居ませんが・・・)

ジョークはさておき・・・・・・・・・・・・

大震災を体験し、先の見えない原発事故の渦中において、
名も無き民の意識はどのように変わったのか。
私的には今度の統一地方選を日本の本来の在るべき姿に対する、
真の民意のバロメーターと考えたい。

人という仮面被りて人の世をヒトという種が闊歩してをり
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テーマ : 思ったこと・感じたこと ジャンル : 日記

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プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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