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老いて死を迎えることの困難さ
その昔、一般人には浄土思想を説いた或る日本人の高僧が、
自分の死と向き合わねばならなくなったとき、
本当に浄土はあるのか?と疑いを抱くようになり、
「浄土はある?」「いやそんな場所はない?」という
二つの問いの狭間で屈強な精神が動揺し、
結局は答えの出ないままに狂ってしまった。
と聞いたことがある。

宗教とは人間の能力や自然をも超越した存在の観念論であり、
厳しい修業を積んだ宗教家といえども、
来世(らいせ)については形而上学的にしか語れないものなのだろう・・。

また、いつも患者の死と向き合っていた或る老いた内科医が、
やはり自分の死と向き合わねばならなくなったときには大いに動揺し、
「まだ死にたくない!」と叫びながら亡くなった・・と聞いたこともある。


宗教家ではないが、精神科医であり、
サナトロジーの世界的権威であるエリザベス・キューブラー・ロスでさえ、
自分の死と向き合わねばならなくなったとき、
今まで一般人に説いてきた自説をも簡単に覆すかのような発言をしている。


2000年6月5日初版 「平成おとぎ話」 著者 河合隼雄より

彼女は今、何回も脳卒中に襲われて入院中であり、
彼女に対してドイツの新聞シュピーゲルがインタビューを行い発表した記事を、
ノンフィクション作家の柳田邦男さんより送っていただいた。

        ---中略---

柳田さんも書いておられたが、内容はショッキングなものであった。
全体は暗いトーンに包まれており、キューブラ・ロスは孤独であり、
今は誰にも会いたくない、夜になって鳴き声の聞こえてくる
コヨーテや鳥こそが自分の友人だと語る。
死んでいく自分を受容することは、実に難しい。
それには「真実の愛」が必要だが、自分にはそれがない、と彼女は言う。
インタビュアーが、あなたは長い間精神分析を受けたので、
それが役立っているだろうに、と問いかけると、
精神分析は時間と金の無駄であった、とにべもない返答がかえってくる。
彼女の言葉は激しい。自分の仕事、名声、たくさん届けられるファン・レター、
そんなのは何の意味もない。
今、何もできずにいる自分など一銭の価値もない、と言うのだ。
これを読みながら、私の心はだんだん沈んでいった。
キューブラ・ロスほどの人が、と思う。
この頃は、自分の老いや死について考えることが多いので、
死を迎えることの困難さに思い至らざるを得ない。
しかし、この記事だけで、ロスの生き方や人生観についてとやかく言うのも間違っている。
彼女自身もインタビューの中で認めているが、彼女はこのとき抑うつ状態にある。
これを脱したとき、その発言も変わる可能性がある。
死に近づいたとき、相当な人でもその心は揺れるものである。
P107~108


また、エリザベス・キューブラー・ロスは著書「死ぬ瞬間と死後の生
の中で、下記のことを言っている。

私は「死とその過程」を看板にしている女ですから、死ぬことは怖くありません。
でも背後で銃声が聞こえたら、あわててどこかに隠れます。
私のすばやさには、みなさん仰天するでしょう。
そういうのが、高所と大音響に対する自然な恐怖です。
この恐怖があるおかげで、私たちは傷つかずにすんでいるのです。
つまり、文字通り生き延びるためにはこの恐怖が必要なのです。
P99




自分の好きなことをやって死ねば人生に悔いなし・・とよく聞くが、
それは今が健康で生の残り時間を告げられてもいず、
目前の死に向かい合っていないから言える言葉であり、
多くの知識や教養や財産を蓄えていても、やりたいことをやり尽くしたと思っていても、
目の前に迫りくる死に対しては、知識や教養や財産などは何の役にも立たず、
己の死の受容も、今までの生への解答も与えてくれないもののようである。

無知で無能な凡婦である私が、
生からの別れのレッスンノートとして、このブログを初めて早や9か月が経つが、
更新ものんびりまったりで、死の受容までの一歩どころか、まだ一ミリも進んではいない。
それでも老いは待っていてはくれない・・・ことは実感しつつも、
未だ心の或る部分では「死は他者に起きる事件」であり、
自分の身に起こる事象であるとは思ってもいない部分を認めざるを得ない。
きっと、そのときが来たら心は大きく激しく揺れ動き見苦しく死んでいくのだろう。

私は世界的名声を得、サナトロジーの分野での自信に充ち溢れた
エリザベス・キューブラー・ロスの著書も好きだが、老いて病に罹って我がままになり、
「死んでいく自分を受容することは、実に難しい。」と、言い放った、
「故エリザベスばーさん」のほうが人間味が溢れていて好感が持てる。

かげろふが儚く揺るる夕暮れにわたしは静かに永眠(ねむ)ることにする
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テーマ : ひとりごと ジャンル : 日記

tag : サナトロジー エリザベス・キューブラー・ロス 平成おとぎ話 河合隼雄 死ぬ瞬間と死後の生

私の臨死体験
長年月、あのとき見たものはただの夢だと思っていたが、普通の夢なら夕方には忘れているはず・・。
半世紀以上を経ても尚、脳裏に焼き付いて離れず、ときどきふと思い出すこの夢の正体はなんなのだろう?
と、いつも不思議に思っていた。
後年、たくさんの臨死体験関連本を読み、
もしかしたら・・・これが臨死体験かも?という思いが強くなった。









私は当時5歳。病名は疫痢。
医師からは「ご臨終です。」とハッキリ告げられたと後年母は何度も言っていた。
だが私にはそのときの肉体的苦痛の記憶はまったくない。
記憶にあるのは、あのときから半世紀以上を経ても鮮明に脳裏に浮かび来る
今持って消えることのない、体外離脱体験、地雷爆発の恐怖と
絶対孤独の原野に独り取り残された恐怖の記憶、赤レンガのトンネル、
至福の光への道とその先に人間ではない或る大きな安らぎの存在を
鮮烈に感じた体験の情景である。

キリスト教圏では、イエス・キリストや聖母マリアが出てくる人が多く、
日本人では、綺麗な花々が咲き乱れているお花畑や此の世と彼の世の境界線(川)を見る人が多いらしい。
そして、かつて愛してくれた親族が迎えに来てくれるという話しもよく耳にする。
だが、私には私が臨死体験をする以前にいつも見守ってくれていた人が霊になった存在はおらず、
誰も迎えには来なかったし花畑も見えなかった。



なお、宗教、文化の違いに左右されない臨死体験の一定パターンとして、
下記のようなことがある。
wikipediaより

1.死の宣告が聞こえる
心臓の停止を医師が宣告したことが聞こえる。
この段階では既に、病室を正確に描写できるなど意識が覚醒していることが多い

2.心の安らぎと静けさ。
言いようのない心の安堵感がする。

3.耳障りな音。
ブーンというような音がする。

4.暗いトンネル。
トンネルのような筒状の中を通る。

5.物理的肉体を離れる。
体外離脱をする。

6.他者との出会い。
死んだ親族やその他の人物に出会う。

7.光の生命。
光の生命に出会う。神や自然光など
自分の過去の人生が走馬灯のように見える。
人生回顧(ライフレビュー)の体験。

8.境界あるいは限界
死後の世界との境目を見る。

9.蘇生
生き返る。




死生観のことなど考えたこともなく、
ましてや臨死体験などという言葉すら知らなかった5歳の女の子が、
急病で死を宣告されたときに何を見、どのような生と死の境を経験したか?を
ここに書き留めておこうと思います。


こういう話は縁起でもないとか、
死の話しを毛嫌いする人は今すぐにここでスルーしてくださいませ。(^_^;)


☆------------------------------------------------☆

時は今から半世紀以上も前の或る八月の盂蘭盆会の黄昏が迫る頃・・
ふと気がつくと、私は家の中の天井付近を浮遊していた。

まるで西洋の宗教画に出てくる子どもの守護天使が身に纏っているような白い服を着て、
裾をひらひらさせ、体はふわふわと漂うような感じであった。

下を見ると、父母、祖父母、母方の祖父母と白衣姿の人(今考えると医師)の7人が
スヤスヤと眠っているかのような私を取り囲んでいた。
父母は泣きながら私の名前を呼び続け、祖父母、母方の祖父母は号泣しており、
白衣姿の人は気難しい顔をしていた。

取り囲まれているのは確かに私自身だというのに、
みんな、いったいどうして泣いているの・・?
と他人事のように思いながらも、私は宙を瞬時に自由に行き来できる快感に酔い痴れ、
開いている窓から家の外に出てみたり、また家の中に戻ったりと空中浮遊遊びに忙しかった。

そこでふと、私はお気に入りの絵本を母の実家に忘れてきていたことを思い出した。
こんなに自由に空を翔けることができるのなら、
暗くなる前に絵本を取り戻しに行こうと思い立った。
母の実家までは距離にして2キロ足らず、そんなに遠いという感覚はない。

私はいつも母に連れられて行った母の実家への道の上空5メートル付近を
ゆっくりと旋回したり浮遊したりながら、
ときどき西の山に沈もうとする夕日を眺めながら、
感覚的には数分で母の実家近くまで行った。

だが、母の実家の周囲に牛のフンのようなものがたくさん置いてあり、
それは、少しでも触れると爆発する地雷であるらしかった。
母の実家の窓はどこも閉じており、玄関から入るには地面に着地しなくてはならない。
恐る恐る着地しようとしたが、
あまりにも牛のフン型の地雷の数が多くてなかなか玄関前に着地できない。

そこでは爆発の危険に言い知れぬ恐怖を覚え、私は母の実家に入ることは諦めた。

仕方がないのでまた家に戻ろうとしたが、途中で私は自らの意思を無視され、
妙なところにテレポーテーションした。
気が付くと、巨大な灰色の鳥居(高さは約10m)が建っている荒涼とした原野に居た。
そこはモノクロの世界で空は灰色に澱み、
重い灰色の雲が今にも原野を覆い尽くそうとするほど低く低く立ち込めていた。
また原野には、背丈が大人ほどの身長のある灰色の枯れススキが生い茂り、
もちろん人の姿はおろか人影などどこにも見えない。
私は必死で母を呼んだが誰も応えてはくれず、そこでは子どもながらに
言葉には言い表せない絶対孤独の恐怖を感じていた。

その絶対孤独の中で呆然自失状態に陥りかけたときに、
突然また別なところにテレポーテーションした。

そこはいつも遊びなれた家の近くの田んぼ脇の空き地であり、
田んぼと道路を隔てて幅1メートルほどの川が流れている。
その川の下には赤レンガでできた幅3m、高さ3mほどのトンネルが田んぼ側から掘ってあり、
そこはどこか懐かしい感じがして私は水かさ10cmの川を渡り、
吸いこまれるようにトンネルの中に入った。

トンネルの両側には50㎝ほどの側溝があり、そこには体高10㎝ほどの亀が3匹いて、
「道案内に来たよ。」とテレパシーで私に話しかけてきた。
「どこへの道案内?」と私もテレパシーで応答したが亀は応えず、
ノロノロと本当に亀の歩みで進み始めた。
亀の進み始めた方向を見ると、針の先ほどの一条の微かな光が見え、
あの光の向こうには絶対的至福の世界があり、
私に永久(とわ)の安らぎを与えてくれる人間ではない或る大きな存在が待っていると確信し
急いで亀たちの後を追った。
初めは一条の微かな光だったが、光の輪郭がだんだんと大きくなり、
眩しいほどの七色の閃光と化し、あともう5mほどで光の中に入れる!と思ったときに、
なぜか私は後ろから光の中へ入るのを邪魔する強い存在を感じて亀の後を追うのを止めた。

私は「もうすこしこのトンネルの中で遊んでからあの光の中へ行かない?」
テレパシーを送ると、亀はあっさりと「いいよ。」とテレパシーで応答してきた。
私はトンネルの中で亀たちと「かごめかごめ」遊びを始めた。
なぜか此の世では味わえないような至福感を感じながら・・・。

至福の世界へ続く光への入り口は厳然として5m先に存在し、
人間ではない或る大きな存在が気長にいつまでも私を待っている気配をありありと感じてはいたが、
私は亀と遊ぶことに夢中になり、いつしか永久の安らぎが待っているはずの
神々しい光の中へ入ることを忘れてしまった。


☆------------------------------------------------☆


あのとき、至福の光の中へ入るのを邪魔する存在と感じたのは、
ずーっと私の名前を呼び続けた母だったらしい。

それから、牛のフン型地雷やあの世への道案内役としてなぜ亀が来たのか?
を分析すると、亀は祖母が毎夜話をしてくれた数多のおとぎ話の中の「浦島太郎」の
異次元世界的雰囲気が私の幼い脳にインプットされていたのだろうと思う。
牛のフン型地雷は当時家の近くの田んぼや畑では
牛に引かせて田畑を耕す道具の牛鍬(うしぐわ)が使われており、
仕事を終わり牛舎に帰る牛が道にボタボタとフンを落していったのを日常的に見ていたので、
踏んではならない!という意識とその光景が強く
インプットされていたのではないかと思われる。

(牛に引かせて田畑を耕す・・・って言っても、江戸時代の話じゃないわよ・・(笑)
まだ各家庭にテレビも普及していない時代で、一応は人口約4万人の地方都市とはいえ、
交差点には信号機が一機もなかった1950年代当時の日常風景の話よ。)


臨死体験は「脳内物質(エンドルフィン)が幻覚を見せる現象である」という人もいるが、
今は誰になんと言われても、私が体外離脱をしたという現象は100%の事実として認識している。

今まで、葬儀の度に何度も死に顔を見てきたが、
皆が皆安らかな、眠るような顔をしていたことを考えると、
人が死ぬときは肉体的苦痛が極限状態になると脳は自ら麻薬物質(モルヒネ)を出すらしいので、
昏睡状態に至った時には苦痛はなく、
ゆえに生と死の境は決して苦痛に満ちたものではないと考えざるを得ない。

今でも、人が死ねば肉体はただのゴミになると思っているが、
人生の経験値や生きた長さによって今際のときに見えるものには個人差があるのだろうが、
死のことを考えたこともなく、臨死体験という言葉など知る由もなかった私の子ども時代の
体外離脱経験を鑑みると、やはり、人間には今の科学では解明できない、
人生の経験則にも左右されない霊的なナニカ?が存在するのだろうか?
そして、あの神々しい光の先には「死後の世界という異次元世界」が
存在すると考えるのは死に近い人間としてのただの願望なのだろうか・・。

生と死の境にありて幼魂が亀と歌ひしかごめかごめよ
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テーマ : みんなに知ってもらいたい ジャンル : 日記

tag : 臨死体験 体外離脱 テレポーテーション テレパシー 麻薬物質 エンドルフィン 霊的 死後の世界 異次元世界

遅発性被曝死へのロシアン・ルーレット
「そろそろ出始める新米(早場米)は放射性物質に汚染されている可能性があるからと、
22年産の古米の買い溜めに走っている人がいるそうです。」と、
今しがたのラジオのニュースで報道していた。

米を買い溜めしても、一般家庭には米専用冷蔵庫があるわけでもなし、
よほど食にこだわりのある人以外では各家庭に精米機があるわけでもなし、
放射性物質汚染食品に当たるかどうかは、今となっては「神のみぞ知る」かもしれない。


思い起こせば・・・
2007年12月下旬、コープなどで販売された中国製冷凍ギョーザを食べた消費者が中毒症状を訴え、
翌2008年1月、冷凍ギョーザから農薬成分メタミドホスが検出されたことが判明した事件があった。

しかしそれ以前にも、メタミドホスジクロルボス等の残留農薬が多く検出されるなど、
中国産野菜が大問題になったことがあり、日本人は輸入野菜は危ない・・とばかりに
「安心、安全」が売り?の少々価格の高い国産野菜を購入する人が増え続けていた。

「私は安心安全な国産の食品しか買いません。食べません。」と、
得意げにテレビのインタビューに答えていたお金持ち風のマダムたちは今、
どこ産の食糧品を調達しているのだろう・・?

親戚の専業農家の人に訊いたら、
国産野菜とはいえ、ノーキョーとの関係もあって、
生産者自身の体にも危険な農薬をたっぷりと使わないと利益がでない仕組みになっていると言っていた。
ゆえに、なにをもってして原発事故以前の国産野菜や米が安心安全だったのか?が、
私には今もって理解できないでいるわけであるが、
今度は農薬てんこ盛りの野菜に体への影響が計り知れない放射性物質もたっぷりと追肥?
されたことになる。

無農薬有機農法野菜を作るには過度の手間暇を必要とするので価格は跳ね上がる。
近くのスーパーにも無農薬有機農法野菜コーナーがあるが、
そこに陳列されている野菜はバカ高くて私には買えない。
従がって、我が家の家庭菜園で採れない旬以外の野菜については、
ときどきは国産の農薬てんこ盛りの特売野菜を買っている。


話が横道にそれるが、ジャガイモは通常掘ってから約三ヵ月間は芽がでない。
だが、ほとんど知られていない事実として、
極一部の北海道産ジャガイモには長期保存を目的として
発芽を抑制するためにガンマ線が照射されているものもある。
数年前に北海道出身の知り合いから北海道産のジャガイモを頂いたことがある。
そのときに「このジャガイモには放射線は使われていないから安心して!」
と言われて驚いたことがある。

我々は放射線が照射されているジャガイモを知らないで購入し食べている可能性も高い。
それから、輸入食品にも長期保存のために、
毒性のある添加物は言うに及ばず放射線照射をしてあるものもある。
人体へはどのぐらいの影響があるのかはしらないが、
今の時期に食品に放射線照射と聞いただけで気持ちのいいものではない。
とりあえずは、これ以上放射性物質と名の付くものを摂取したくなければ、
常温で長期保存しても芽がでないジャガイモにはお気をつけあそばせ・・・。(^_^.)



さらには、今現在、どうしても不思議でならないことがある。
それは、なぜ各メディアが肉牛のセシウム汚染だけを取り上げるのか?
ということである。
原発爆発後に田んぼに置いておいた稲わらが肉牛の汚染源だというが、
果たして、福島第一原発から飛散した放射性物質が稲わらだけに付着し、
肉牛だけを被曝させる例外的なものではないはず。
稲わらの収穫地が福島第一原発から80キロも離れていても
暫定基準値を超える汚染が確認されたということは、
100キロ離れていても、200キロ離れていても、
肉牛の飼料となる稲わらだけが汚染されているとは考えにくい。

私は元来牛肉が嫌いなのでほとんど食べないが、魚類は好きなので
週に5日は魚を食べる。
太平洋沖で獲れた魚介類の汚染指数はどうなっているのかが一番気になる。
例えば、福島沖で獲った魚介類を北海道で水揚げすれば産地は北海道産と表示される。
この仕組みも納得がいかないが、
水産庁は『「魚の体内で濃縮せぬ」の見解を再検討』すると言っている。
要するに、魚介類でも放射性物質の生物濃縮が起こる可能性も否定できないということになる。

国内では未だ計測されていないホットスポットも広範囲に渡って存在している可能性も高く、
未検査の汚染野菜類も汚染魚介類も多岐にわたり流通しているだろうと考えられる。

肉牛の全頭汚染検査はできても、例えば、全キャベツ一玉づつの汚染検査は無理だろうし、
魚類は回遊するので水揚げ地で計測するしかないが、よほどの高濃度でなければ、
また各省庁はすぐさま指針を変えて、農水省や水産庁とってマズイデータは出さないはず・・・。

結局、今のこの国で生きているということ=ものを食べることは、
老若男女を問わず、国の指針で食べ物でもって
ロシアン・ルーレットゲームをさせられているようなものかもしれない。

昨夜、録画しておいたNHKスペシャル「封印された原爆報告書原爆の実態」を観た。
今に始まったことではないけれど、この国の政官財の人々は、
国民は切り捨て!とばかりに原爆被曝者も原発事故被曝者も
単なる急性&遅発性放射線障害のモルモットとしてしか考えていないのを再確認しただけだった。

母の胸裂く慟哭よ・・太陽が歪んで見える八月の地獄


         しょうじ よう
         やすし よう

         しょうじ よう
         やすし よう

         しょうじ よおう
         やすしい よおう

         しょうじい よおう
         やすしい よおう

         しょうじい
         しょうじい
         しょうじいい

※ 日本原爆詩集 P113~114 山田数子 慟哭より
  しょうじ(昇二)=次男  やすし(泰)=長男 「広島の詩」1955・8

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tag : メタミドホス ジクロルボス 残留農薬 ノーキョー ガンマ線 セシウム汚染 生物濃縮 ロシアン・ルーレット ホットスポット 原爆被曝者

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プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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