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無縁社会と老人漂流社会の次に来るのは・・

『歳をとることは罪なのか――』


今、高齢者が自らの意志で「死に場所」すら決められない現実が広がっている。
ひとり暮らしで体調を壊し、自宅にいられなくなり、
病院や介護施設も満床で入れない・・・
「死に場所」なき高齢者は、短期入所できるタイプの一時的に
高齢者を預かってくれる施設を数か月おきに漂流し続けなければならない。
「歳をとり、周囲に迷惑をかけるだけの存在になりたくない…」
 施設を転々とする高齢者は同じようにつぶやき、そしてじっと耐え続けている。
超高齢社会を迎え、ひとり暮らしの高齢者(単身世帯)は、
今年500万人を突破。「住まい」を追われ、
“死に場所”を求めて漂流する高齢者があふれ出す異常事態が、すでに起き始めている。
ひとりで暮らせなくなった高齢者が殺到している場所のひとつがNPOが運営する通称
「無料低額宿泊所」。かつてホームレスの臨時の保護施設だった無料低額宿泊所に、
自治体から相次いで高齢者が斡旋されてくる事態が広がっているのだ。
しかし、こうした民間の施設は「認知症」を患うといられなくなる。
多くは、認知症を一時的に受け入れてくれる精神科病院へ移送。
症状が治まれば退院するが、その先も、病院→無届け施設→病院・・・
と自らの意志とは無関係に延々と漂流が続いていく。
ささいなきっかけで漂流が始まり、
自宅へ帰ることなく施設を転々とし続ける「老人漂流社会」に迫り、
誰しもが他人事ではない老後の現実を描き出す。




録画しておいた、2013年1月20日放送のNHKスペシャル「老人漂流社会」を観た。

以前に放送された『無縁社会』と同じスタッフ制作によるらしいが、
タイトルネーミングの付け方がお上手ねぇ。と思わず感心してしまった。


今回の『老人漂流社会』も『無縁社会』同様に
確かに社会の断片を切り取ってはいるが、
老人漂流社会が訪れることも無縁社会が訪れることも、
産めよ増やせよの時代に生を受けた団塊世代の人口構成数から見て、
既に何十年も前に解っていたはず。
なのだが・・その経由については興味がないのか、まったく触れていない。

現在、65歳以上の高齢者は3000万人を突破している。

それを今さら、
「ほら、世の中にはこんなに可哀想な低所得の高齢者がいるのですよ。」
と、ピンポイントでピックアップして、番組の最後には、
生死に関わる問題や、高齢者問題における、
NHKスペシャルの毎回の決めセリフである、

「私たち一人一人に問いかけられた重い課題です。」で締めくくる。


今回の「終の住処はどこに 老人漂流社会」についても、

『ひとりで生きて、ひとりで亡くなっていく。
それは誰にでも訪れるかもしれない未来です。
安心して老後を過ごす居場所さえない老人漂流社会。
高齢者が最期まで尊厳を持って生きられる社会をどう作って行けばよいのか。
私たち一人一人に問いかけられた重い課題です。』

で、終わらせてしまい、国の責任としての課題については一切問わない。
NHKという立場もあるのだろうが・・・
専門家にコメントして頂くだけで、
では具体的にはどうすればいいのか?もなく番組は終わる。

穿った見方をすると、
「高齢になって、寝たきりになっても国は助けませんよ。
家族の支えでなんとかしなさいよ」
という国策応援番組のように思わないでもない。

取材に応じた高齢者を可哀想だとか、
明日は我が身だとか、と思っても、
国民の皆様の大多数が違法極まりない選挙という唯一の方法で、
今のままの社会でも良いと、
高齢者や障害者という社会的弱者のための福祉よりも
経済成長を優先する政府を望んだ結果として、
老人漂流社会が存在し、これからますます漂流老人は増え続ける。
そういう社会(老人漂流社会)が加速するという現実は、
取材に応じた高齢者を可哀想にと思うだけでは何の解決にもならない。



私の夫(団塊世代)や私(団塊ポスト世代)は、
年齢的に考えると、
地域包括ケアのスタッフと自治体の担当者の人材不足と、
介護を必要とする人数の多さで、寝泊まりするところがあるだけましな
漂流老人にもなれないかもしれない。

人生の最終章において、尊厳を保ちながら、
生のエピローグを迎えられる時代はもう終わったように思える。

介護療養型医療施設も、2018年3月末で廃止になる。

今は元気な団塊世代の人々でも、
10年後には76歳から74歳になっている
個体差はあるが自分の意思で自由に体を動かせなくなる人も
確実に増えているだろう。

そのときに一番必要な介護療養型医療施設を廃止にして、
自宅介護を推し進める政府。

微々たる年金だけの低所得に加え、家族の支えも無く、
公的な介護もなかなか利用できなくなり、
漂流老人にもなれない場合はどうするか?

そりゃあ、自力で体を動かせないのだから、
自宅で汚物に塗れながら餓死するないでしょうよ。

思うに、無縁社会、老人漂流社会の次に来るのは、
孤絶餓死社会なのかもしれない・・・。

末期高齢者が『歳をとることは罪なのだ――』と思いこまされて、
公的扶助も求めずに、また自力では求められずに勝手に死んでくれるのだから、
経済界の重鎮へのご機嫌取りと軍備増強にしか眼中にない自民党にとっても、
また、看板だけは福祉の党を掲げる似非福祉の党の公明党にとっても、
こんなに都合の良い愚民社会はない。



それにつけても、
あの・・・妻の骨箱を膝に抱えた88歳の高齢者の
常に不安げなまなざしと、終末期医療について訊かれたときの、
しばらく考えた後の、「命ある限りは生きていたいです。」と答えていたのが、
印象的であったが、果たして、延命チューブに繋がれて生きながらえるという意味を
完全に理解してのことだったのだろうか・・。

思うに、訊いた相手に対しての敬意の表現として、
またTVカメラが回っている中では、
そう答えなきゃいけないような雰囲気だったのではないだろうか・・。

選びようもなく今ここで音もなく息をしている彷徨の果てに
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tag : 無縁社会 社会的弱者 地域包括ケア 自治体 介護療養型医療施設 孤絶餓死社会 終末期医療

麻生氏「さっさと死ねるように」 終末医療巡る発言

麻生太郎副総理・財務相は21日に開かれた社会保障国民会議で、
終末期医療にふれる中で「さっさと死ねるようにしてもらうとか、
いろんなことを考えないといけない」などと発言、終了後に撤回した。

 麻生氏は終末期医療や延命治療に言及した際、
終末期の患者を「チューブの人間」と表現し、
「私は遺書を書いて『そういうことはしてもらう必要はない。さっさと死ぬから』
と書いて渡してある」と発言。
さらに「いい加減死にてえなあと思っても、
『とにかく生きられますから』なんて生かされたんじゃあ、かなわない。
しかも、その金が政府のお金でやってもらっているなんて思うと、
ますます寝覚めが悪い」などと述べた。

 会議の終了後、記者団に対して、「個人的なことを申し上げた。
終末期医療のあるべき姿について意見を申し上げたものではない」と釈明した。
その後「国民会議という公の場で発言したことは、適当でない面もあった」として、
議事録から発言を削除する意向を示した。



余計なお世話だが、
遺書とは『死後のために書き残す文書や手紙』であって、
遺書に『そういうことはしてもらう必要はない。さっさと死ぬから』
と書いておいても意味はないような気がする。

然るに自分の終末期の希望については、
遺書』ではなくて、
『終末期医療の要望書』と書くのが正しいんじゃないのかな。(^_^;)


それに、いざとなったら麻生氏は差額ベッド代の高い広い個室に入って、
希望すれば自己負担での最先端の延命のための高度医療も受けられる。

金銭的にはなんの苦労もない恵まれた環境でお育ちになられた、
庶民とは金銭感覚の程遠いおぼっちゃま老議員なればこその発言なのだろうが・・・
私としては、

『しかも、その金が政府のお金でやってもらっているなんて思うと、
ますます寝覚めが悪い』

については異論がある。

「政府のお金」とは、払いたくなくても税金として徴収された
日本国民の血税から成るお金であり、
『政府=自公政権』のお金などではない。



「さっさと死ねるように」発言は、
社会保障費の財源がない政府が、
世界に類を見ない超高齢化が進んでいる
日本の低所得層の高齢者たちに向けた、
表向きの言葉で言えば『早めの尊厳死のススメ』
本音の言葉で言えば『貧乏人はさっさと死ねや』的な
発言と捉えられてもしかたがない。

議事録から発言を削除しても、人間の感性は様々であり、
その文脈の一節だけが独り歩きをして、歪められたまま残る。


自民党の社会保障対案は自立・自助を基本としている。

年金受給額は下がり続け、物価も上がり始めている。
2014年の4月からは消費税が8%になる。
私は老後の為に買い物も控えている。

ヨボヨボで低所得層の高齢者はいったいどうやって自助するのさ?(`´)


約半世紀ほど前まで、社会を支えていた各世代の同居による
家族間及び近隣で互いに助け合う共助は核家族化推進で
消滅しまった。

それを今さら、財源がないからと言って、
自らの努力と家族間の助け合いによって自立・自助で生き抜き、
終末期には公助は無理なので『さっさと死のうよ』では、
私にはそっちのほうが寝覚めが悪い。

私が末期高齢者になり、終末期医療が必要になったら、
「チューブの人間」になる手前までは、
なにがなんでも国庫負担金(税金)による公助で生き抜きたい。

あっ・・・無理か。自公政権が続く限りは・・・。(ーー゛)

死ぬことも生の一部で在ると知る病床で聴いた悲愴ソナタに
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tag : 遺書 終末期の要望書 差額ベッド代 高度医療 超高齢化 社会保障対案 自助 共助 公助

年金パラサイト疑惑の遺産争族調停が佳境に・・

先日、今年に入って初めての遺産争族調停があった。

故義母の動産の生前の変遷状況は
死亡時から遡って過去10年前までの取引履歴と、
故人(義母)の日記からしか判断できないのだが、
特に重要な証拠(預かり預金として預けた人物と金額)
の書いてある日記が抜き取られていたり、
またその部分だけが破り取られており、
最も事情を把握している故長姉の夫が沈黙を貫いているので、
義母の動産遺産の総額算定が出来ないでいる。

そして、ここにきて、代襲相続人である故長姉の長女が、
「祖母名義の土地を、無償で私に相続させて欲しい。」
と弁護士に言って来ている。

○○子(故長姉)への手紙と称して、土地の権利証を、
○○子(故長姉)へ譲ると書いてあった遺言書もどきがあるが、
故義母が生きているときに故長姉から、
無理やりに書かせられた可能性も否定できない。
それに、既に開封されていて、また遺言書の体を為してはいないので
裁判所の検印を受けるまでもないのだが、
その手紙を盾に、代襲相続人が祖母と母の気持ちを汲んで欲しいと、
切々と訴えているそうな。

相手側は自分たちに都合のいい証拠だけを出しては来るが、
肝心要の故義母の預かり預金については、
依然として知らぬ存ぜぬ!を決め込んでいる。

しかし、調停委員も弁護士も情では動かない。


故義母名義の土地については、
その土地に家を建てて住んでいる義兄(70代)が一人暮らしをしている。
彼の娘3人は皆嫁いでおり、酒好きでギャンブル好きで、
すぐ怒鳴る父を自分の家へ引き取る気持ちなどはさらさらない。

祖母から預かった預かり預金についても、たまたまバレた時点で、
「全部使ってしまって一円も無い。」
と平気で言うような父親との同居は第三者の私でも嫌だろうな・・と思う。


我が夫と姉たちVS○○家の対立という構図の遺産争族調停に、
○○家代表として、たまたま数時間で行き来の出来る場所に
住んでいるからという理由だけで、
たった一人だけで調停に出向いてくる代襲相続人(故長姉の長女)は、
「父は今のままで、今の家に死ぬまでいて欲しいのです。」
と弁護士に言ったそうである。

我が夫が土地を代償分割で相続して、
借地代を取る案も弁護士から提示されたが、
故義母からの預かり預金の総額も明確にせず、
明らかになった預かり預金のすべてを使い道も言わずに、
全部使ってしまいました。
と、しゃあしゃあと言うような故長姉の夫にはもう関わりたくもない。
ということで、土地は姉たちと相談の上、
代襲相続人(故長姉の長女)に代償分割で相続させることにした。

だけど、人間ってどんなに善い人の振りをしても、
所詮我欲には勝てないものね・・
夫が言うのよ。
「もし、その土地が都会の一等地だったら、
僕は手放さなかったよ。」だとさ。(^_^.)

それはさておき・・・・・・・
(^^ゞ


相続対象不動産である土地は初めから故義母名義であったが、
故義父が息を引き取る寸前に
すべての動産を義母名義に移し替えをしたらしいので、
故義父の遺産分割協議はなかった。
このことに付いても腑に落ちないでいる。
せめて事後報告ぐらいはして欲しかった。

それに、諸々の家の修理、ガレージ増築、リフォームや、
他にも孫たちの進学時や結婚時にも多額のお祝金を
故長姉に請求されていた事実(故義母が他の姉たちに愚痴をこぼしていた)
も発覚した。
故義母はいったいいかほどの動産(箪笥預金を含めて)を持っていたかは、
今ではすべて闇の中・・・

夫が弁護士に依頼した時点では、
調停で納得できない場合は審判も辞さない。
つもりではあったが、もう呆れてやってられない・・
気分になってきたそうである。


調停の度に調停委員と弁護士の質問に、
「その答えは次回の調停までに父に訊いてきます。」
で終わる毎回の遺産争族調停

娘がその父に調停委員と弁護士からの質問を訊いても真実を語る訳も無く、
今もダラダラと時間ばかりが過ぎて行く。

会社を休んでまで出席している代襲相続人(長女)よりも、
裁判所が最重要関係者と認定して、
出席しない他の法定相続人に郵送する質問状
と同じ文面の質問状を受け取っているその父親が出てくれば、
一回で済むはずなのに。とも思うけれど・・・
家族には威張ってどなり散らすが、
権威(調停委員や裁判官)には弱い性格なので、
アタフタするだけで、明確な受け答えなどできないだろう。


現在の我が夫の遺産争族調停では、
3つの年金を受給していた老親と同居をしていた長姉夫婦と、
その家族が一番得をしたという事実だけが重く残っている。

加えて、一番の問題は、故義母は娘夫婦との同居によって、
穏やかで心地よい最晩年を送ることができなくなってしまったということが、
日記に綴られていたことだ。


もし、無一文の義父母と同居していてくれたのなら、
長い間、ありがとうございました!とお礼を言い、
土地もどうぞ御遠慮なく相続してくださいませ。
と言うところであったが、調停の場でも
年金パラサイト疑惑はますます深まるばかり・・・

今の世で、成人した親と子の絆の源は、
老いた親側にお金があってのことなのだろうか・・。
130115r
手を伸べて受けると消える雪華はきっとまやかし親子愛もまた
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tag : 年金パラサイト疑惑 代襲相続人 遺産争族調停 代償分割 審判

懺悔と後悔と怨念と・・昔のお嬢様たちの葬送のときのためのBGM候補曲
今日も市営プールで水中歩行中にプー婆友とプー爺友と、
相変わらずの他愛のないおしゃべりをしていたら、
もうすぐ100歳になられる御尊父様と二人暮らしをしている未亡人のA子さんが、
御尊父様が書き留めたというエンディング・ノートの中身について話を始めた。

わしはもうすぐ100歳じゃて。
老稚園(デイサービスのことをそう呼ぶらしい)に行くのはもう飽きた。
それに、どんなに頑張って老稚園に行っても、
そんなに長い命ではないだろう・・。

わしは多分、老衰で死ぬだろうから、苦しまずに逝けるだろう。
なので、終末期については延命措置は一切無用である。
ところで・・わしの葬儀であるが、自分の葬式代は現金で準備してあるので、
その範囲内で、残された者たちの世間体も考慮して好きにして欲しい。
だけど、線香臭い仏式だと、先に極楽に行って、
わしを待っている婆さんの処へ行かされるかもしれない。
それは死んでも嫌だ。
できれば、「酒が美味いし、ねえちゃんは綺麗だ。」の天国に行きたいので、
葬送の曲は「帰ってきた酔っ払い」を流して、
献花方式のキリスト教風な無宗教の葬儀にして欲しい。



とのことであった。




婆様たちは、
「ずいぶんとハイカラでおしゃれでユーモア感覚のあるお父様なのねぇ。」(*^_^*)
と、大絶賛しながらも大爆笑していたが、
爺様たちは、フン・・(;一_一)という顔をして、
「やっぱり、普通の仏式でないと往生できないんでないかい?」とか、
「世間並みが一番でないかい?」的な、葬式仏教から刷り込まれた
ステレオタイプな葬儀形態から抜けられない人が多いようだ。
それでも、中には葬式仏教に疑問を感じている爺様たちもいるようで、
希望する自身の葬送の話で大いに盛り上がり、
その後は自分たちの葬送のときに流して欲しいBGMの話でもちきりになった。



取りあえずの葬送のときのBGM候補曲 (年齢は50代後半から70代後半まで)

A子(未亡人)・・千の風になって


B子(未亡人)・・忘れな草をあなたに


C子(夫在り)・・今日でお別れ


D子(夫在り)・・恨みます


E子(夫在り)・・ざんげの値打ちもない

F男(妻帯者)・・ゴッドファーザー 愛のテーマ


G男(やもめ)・・枯葉


H男(妻帯者)・・ロッキーのテーマ



葬送のBGMに相応しい曲もあれば、
悲しみを装わなければならない場において、
まったく合わない曲もあるが、それらの曲には何かしらの拘りか、
今も脳裏に燻る忘れ難き思い出のある曲なのだろう。

それにしても、未亡人や奥様を亡くされた方々は、
それなりの葬送に相応しいBGMを選んでいるが、
妻帯者と夫在りの人は、どちらかと言えば、
葬送には相応しくない?BGMを選んでいる傾向にあるのが面白い。

自分の葬送のときにD子の「恨みます」とか、
F子の「ざんげの値打ちもない」などを流されたら、
遺族、特にご主人様はどんな顔をしてどんな気持ちになるのだろうか?(^_^;)
まるで、長年の結婚生活を全否定するような、
怨念ダイイング・メッセージに聴こえるのではないだろうか・・。

だが、懺悔後悔怨念の歌を葬送のBGMにしたいというお婆心理は、
今現在の日常生活の反映なのだろう。
「恨みます」を選んだD子さんなどは、
プールで会う度に「私は家族の中では家事をするためだけの奴隷なのよ・・・(ーー゛)」
といつも嘆いている。


ちなみに私(6?歳)は死亡後は即○○医科大学解剖学教室への
献体希望なので葬儀はしないけれど、
もし、遺骨が返還された後の海洋散骨の折りには、
別涙「わかれ」雪が降るEkseption の The 5th、
パラノイドの4曲を交互に流して葬送の曲として流して欲しいな。
多分、パラノイドは却下されるとは思うけど・・。(^_^;)







限りある時間であらば残り火は憎悪の灯より愛の灯にしたき 
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135ヶ国中で男女平等度ランキング101位の国の片隅で・・
あけましておめでとうございます。

本ブログにお立ち寄りくださるご奇特な皆様にとりまして、
今年も良き年になりますよう、心よりお祈り致しております。




2007年9月某日の午後2時頃、私は友人に誘われて、
映画「日本の青空」(自主上映のみ)を見るために、
○○公会堂ホールの座席に座っていた。
映画が始まる直前、
「安部首相が内閣総理大臣及び自由民主党総裁を辞する。
と、退陣を表明する記者会見を行ったそうです。」
と上映委員会の一人が舞台の袖に上がってそのニュースを伝えてくれた。
今まさに、「日本国憲法誕生の核心に迫る!」
映画を見ようと思っていた矢先の、改憲派総理の辞任表明・・。



あれから5年。
日本人自らの手で自主憲法をつくる必要があると言っている人が、
再び日本の最高権力者の椅子に座ることになった。

映画「日本の青空」は日本国憲法は
GHQの押しつけ憲法ではない事実を映像化している。

その日本国憲法の草案作成に携わり、
男女平等などの条文を盛り込んだベアテ・シロタ・ゴードンさん
が昨年12月30日、89歳で膵臓がんのためニューヨークの自宅で死去した。
長女のニコルさんによると、最期の言葉は日本国憲法に盛り込まれた
平和条項と、
女性の権利を守ってほしい、という趣旨だった。という。

ベアテ・シロタ・ゴードンさんが強く望んだ「世界に類を見ない素晴らしい平和条項」は
夏の参院選後(もし、自公が圧勝したら・・)には改憲の動きが早まることになるだろう。

それに、日本女性の「女性の権利」については、
国別男女平等度ランキングでは日本は101位・・。

1947年5月3日から施行された日本国憲法の中の「女性の権利」もなんのその。
65年経っても、男尊女卑という根深い負の文化遺産が継承され、未だに続いている。



男尊女卑を明確にしているイスラム圏の各国、
アラブ首長国連邦(107位)、クウェート(109位)、ナイジェリア(110位)、
バーレーン(111位)などアラブ・アフリカ国家と同レベルということは、
日本は何の進歩もしていないし、憲法遵守もしていないということになる。


イクババ(育児する婆)は当たり前でニュースにもならないが、
イクメン(育児をするパパ)やイクジイ(育児をする爺)が
珍しいからとニュースになる時代ということは、
まだまだまだまだ、家事も育児も近所付き合いも
介護も、その90%を女性が担っているということの証でもある。

私も体を壊す40代後半までは働くママをしていたけど、
今思えばほんと、肉体的にも精神的にもきつかったものよ。


日本は世界に類を見ないほど素晴らしい憲法を少しも活かさないまま、
それを改悪しようってんだから、
私に言わせれば、冗談はよしこさんだわよ。(ーー゛)

どんなに経済成長を叫んでも、
アベノミクスはリスクの大きいギャンブルでしかなく、
世界はそのギャンブルの行く先を興味深々で見つめている。
『他国の不幸は蜜の味』として。

加えて、女子力を活かす気なんてまるでない国に
輝ける未来が訪れるわけなんてないことは、歴史が証明している。


それでも多数決の原理には逆らえない。

私などは一生、男女平等を実感することもなく、
いずれはこの世からひっそりと消えて行くのだろうか・・。(@^^)/~~~

偏狂な人にデフォルメされし世で過去はぼろぼろ未来もぼろぼろ
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tag : GHQ 自主憲法 平和条項 女性の権利 男尊女卑 アベノミクス 多数決の原理

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プロフィール
Author:千風
気が付けば、六十路.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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