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血液検査によるヘリコバクター・ピロリ菌検査結果。私の胃にピロリ菌は住み着いているの?いないの?
昨日、先月受けたメタボ検診の検査結果が郵送されてきた。

オプションでがん検診も受けたのだが、
心身的苦痛を伴うがん健診は受けない事にしているので、
受けたのは大腸がん、肺がん、胃がん
血液検査によるヘリコバクター・ピロリ菌のみだが、
(50代以上の人の約8割人がピロリ菌に感染していると言われている)
それらの検査結果も同封されていた。



血液検査によるヘリコバクター・ピロリ菌検査結果報告書に
は、検査項目として、
ペプシノゲンⅠペプシノゲンⅡ
ペプシノゲンⅠ/ペプシノゲンⅡ比』は(-)、
ヘリコバクター・ピロリ抗体も(-)で、
『あなたの分類結果』として、
『A群 健康的な胃粘膜です。』と印字されてはいるが、
検診医療機関の説明案内書には、
血液検査に因るヘリコバクター・ピロリ菌の有無の検査だと
思わせるように書いてあって、
ヘリコバクター・ピロリ菌の抗体の有無の検査であるなどとは
一行も書いてない。
なんか、ごまかされたようですっきりしない。

ネットで調べても釈然とせず、
私の胃にヘリコバクター・ピロリ菌が住み着いているのか?
いないのかが良くわからない。



ちなみに一緒にヘリコバクター・ピロリ菌検査を受けた
我が夫の胃疾患リスク判定は『B群 少し弱った胃粘膜です。
潰瘍等に注意し、内視鏡検査を受けましょう。』
と印字されていたが、内視鏡検査に行く気はさらさらない。
というか、一晩寝たら検査結果のことなどはすっかり忘れ、
年賀状の余白には「すこぶる元気にしています♪」などと書いていた。

また、大腸がん検診では過去5年に渡って、
『便ヘモグロビン検査が陽性です。大腸の精密検査を受けてください。』
との検査結果が郵送されて来ているが、一度も精密検査など受けたこともない。

実際、夫はすこぶる元気なので、精密検査など受ける必要はないだろう。
もし、検査結果に恐れおののいて内視鏡検査など受けたが最後、
たいした病気でもないのに本物の病気にされてしまうかもしれない。



私は今年はなんとか、それなりにですが、
つつがなく過ごすことができました。
今ある人の命というものは、
数多の見知らぬ人々の自己犠牲の上に成り立っているとか・・。
それらの見知らぬ方々に感謝しつつ、
皆様。良いお年をお迎えくださいませ。
忘却は最高にして最大の幸せなりや第九聴きつつ
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tag : メタボ検診 ヘリコバクター・ピロリ菌 ペプシノゲンⅠ ペプシノゲンⅡ ヘリコバクター・ピロリ抗体

また誰か、亡くなった 新宿の団地、老いて独り・・孤立死と嘆きたもふな一生(ひとよ)とはシナリオのなき悲喜劇ゆえに
10人目の見回りを終えて帰宅したのは、午後10時過ぎだった。

 今月15日、東京都新宿区の都営戸山団地(百人町アパート)
区から委託を受けた「見守り協力員」の的場実さん(75)は
今年最後の見回りを終え、ふうっとたばこの煙を吐いた。

 16棟ある団地に住む高齢者のうち、
80歳以上の一人暮らしの女性十数人を受け持つ。
携帯電話には、昼夜問わず電話が入る。
「おしるこが食べたい」「買い物に付き合って」。
約束を忘れる人も多く、待ちぼうけはしょっちゅうだ。
「何度電源を切ろうと思ったか。このままじゃ、俺が先に死んでしまう」


 ■親族は遠く

 「相次ぐ孤独死」「都会の限界集落」。
戸山団地がそう騒がれたのは、6、7年前のことだ。
「状況は何も変わっていない」と的場さんは言う。
今年も何人もの高齢者が孤独死した。

 「最近顔を見ない」と聞いた
一人暮らしの男性が亡くなっているのを見つけたのは春。
新聞受けから中をのぞくと、下着姿で手を伸ばしたままうつぶせで倒れていた。
「這(は)って助けを求めようとしたんだと思う」

 夏には60代の女性。秋には70歳くらいの男性を、
遠方から訪ねた親族が見つけた。今月上旬にも、米寿の女性が一人で逝った。

 この地区を手がける葬儀業者は「最近は、死後に身内が見つかっても、
何年も会ってないから、と引き取りを拒否されることも増えた」と言う。


 ■自治会解散

 団地は、戦後すぐの1948年に建て始められた。
4階建てで、多くの間取りは3DK。
住民は「山手線から見える唯一の集合住宅で、あこがれだった」
と振り返る。夏には盆踊り、正月には餅つき大会があり、若い家族らでにぎわった。

 90年以降に高層に建て替えられ、今は約2300世帯、約3500人が住む。
建て替え後には1DKの部屋が増えた。

 自治会は2007年に解散したままだ。高齢化でなり手がいない。
最後の役員だった本庄有由(ありよし)さん(75)は
「以前は一人暮らしの人の鍵を近所で預かり、
誰がどんなペットを飼っているかも知っていた」と語る。
親族がいないまま亡くなった人は、自治会が集会場で葬式を出した。
だが、今はそれもできなくなった。

 老朽化した近隣の都営住宅が取り壊され、一人暮らしの高齢者がさらに流れ込む。
自治会があったころ、団地では毎年約40人が亡くなり、うち10人くらいが孤独死だった。
「今はもっと増えていると思う。まるで姥(うば)捨て山だ」。本庄さんはつぶやいた。


 ■対策途切れ

 自治会解散後、本庄さんは有志でNPO「人と人をつなぐ会」を作った。
死後2カ月も見つからなかった孤独死に遭遇したのがきっかけだ。

 07年、部屋でボタンを押すとコールセンターにつながる端末を設置。
しかし、毎朝決まった時間に操作が必要な煩わしさから、うまくいかなかった。
10年には緊急時にかかりつけ医に通報される「見守りケータイ」を導入した。
2年かけて通信会社や役所にかけあい、15人のお年寄りに配った矢先、
肝心の携帯が製造中止に。
「次はスマートフォンで試しませんか」と誘いがあるが
「ダイヤル式の黒電話を使う人もいるのに、使いこなせないよ」。


 ■死が日常に

 暮れも押し迫った26日。近所の女性と立ち話をしていると、
目の前を白い布に包まれた遺体が運ばれた。「また誰か亡くなったね」。
女性は特に気にとめることなく、おしゃべりを続けた。
「人が死ぬことに、慣れてしまった」
と本庄さんは思う。どこの誰かは、今も分からない。(今村優莉)


 ◆Memo

 <の孤独死> 明確な定義はないが、
東京都監察医務院は「一人暮らしの人が自宅で死亡し、
死因がはっきりしないケース」を孤独死(孤立死)としている。
医務院の統計によると、2012年に東京23区内で孤独死したのは計4472人。
男性が3057人、女性が1415人だった。03年には男女合わせて3千人を切っていたが、
約10年で1・5倍に増えた。平均すると、毎日12人ほどが孤独死している計算だ。

上記記事引用元
http://www.asahi.com/articles/DA2S10905621.html?ref=com_top_pickup


朝日新聞朝刊(12月30日)の社会面に載っていた上記の記事を読んでいて、
団地ではないが私の住む地域(神奈川県某市○○区)も
同じようなもの・・だと思った。
我が家の並びの家々は同時期に建った住宅で、
入居した頃は皆、小中学生の子持ちだったが、
今ではその子供たちも巣立ち、
現在はほとんどが60代~70代の夫婦二人暮らし、
もしくはおひとりさまになってしまった・・。
気が向けば訪れる我が娘などは、
「ここもすっかり年金通りになってしまったわね。」
などと言い、
「老後のことは自分たちで計画を立てておいてね。」
釘を刺して帰っていく。

つまりは親の面倒を見る気はない...ということだ。
我が夫婦も現時点では娘の世話になる気はさらさらないが、
いずれ、どちらかがおひとりさまになり、
そして、やがて体が動かせなくなったら、
役所への申請や介護保険等の各種手続きなどは娘に頼むしかない・・。

歳は取りたくなくても歳は取る。
そして、我が地域もそのうち死が日常になることは確実だ。

ここで思ったのだが、
孤立死って、ご遺族や周囲の方々には迷惑千万な死に方かもしれないが、
本人にとっては、とても良い死に方のように思えてきた。
だって、多くの日本人が望んでいる理想的な死に方である
ピンピンコロリだと思うのですよ。

記事中では可哀想な死のごとき捉え方をし、
「死が日常になる」「人が死ぬことに、慣れてしまった」と、
嘆いているように聴こえますが、
どこで死のうが死そのものは当たり前のことではないのでしょうか・・。

長くなるので、ここではご遺族のグリーフケア
グリーフワークについては省きますが、
現在、此の世に不老不死は存在しません。
自死や事故死や災害死は別にして、
人間として生まれた限りは必ずや老いて死ぬ運命(さだめ)なのです。
日本では異常とも思える程に死を覆い隠しますが
私にはとても不自然なことだとしか思えません。
「誕生→死」は自然の理であり、現代科学で覆すこともできません。
昭和の時代までは家族に看取られての在宅死が多数を占めていましたが、
時代は変わり、家族の形態も考え方も変わり、死に方も多様になりました。

『また誰か、亡くなった 新宿の団地、老いて独り』を、
老いも若きも明日は我が身として受け容れ、
老いを自覚されている方々は体力気力があるならば、
今というこの一度限り時間を大切にし、
やがてその日が訪れるまで、目いっぱい愉しまなければ損です。
私は「ああ、愉しかった・・」と思って死んでいきたいのです。
できれば、100歳ぐらいで・・それも自然死で・・。(^^

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tag : 孤立死 ピンピンコロリ 不老不死 グリーフケア グリーフワーク

『がんもどき』で早死にする人の養生訓と『本物のがん』で長生きする人の養生訓
新聞の新刊本広告と書評を読むのを密かな楽しみにしている。
最近の広告で目を引いたのは
近藤誠氏の『がんもどきで早死にする人、本物のがんで長生きする人』
さすがは幻冬舎。キャッチコピー(雨ニモマケズのパロディ)に大笑いすると同時に、
パロディ詩だけを読んで、一理あるかも・・と思ったので早速切り抜いておいた。
そのうちブックオフで150円で売っていたら買いましょうかねぇ。



ところで皆様は『「がんもどき」で早死にする人』派でしょうか?
それとも、『「本物のがん」で長生きする人』派でしょうか?
私の理想としては
『「本物のがん」で長生きする人』派に入りたいとは思うのですが、
このブログで、これだけ死について書いてきても、
まだまだ己が死を納得させられず、
リアル問題として「がんもどき」と診断されただけで、
今の時点ではパニックになってしまい、
きっと『「がんもどき」で早死にする人』派を
選択してしまうかもしれません・・。(^^;

私の友人B子(60代後半)は現在、
たまたま受けた特定検診で大腸がんが見つかり、
入院して抗がん剤での治療中なのですが、
以前は「本物のがんで長生きする人」派でした。
人の心は移ろいやすく揺らぐものです。
お見舞いに行ったら、
「なぜ私ががんなの!!?自覚症状なんて全然なかったのよ。
これって神の試練なの?
わたし、抗がん剤の副作用で命が縮まりそうだわ!」
と、キリスト教徒でもイスラム教徒でもないのに、
唯一神が出てきて驚いたと同時に、繰り返し否定の言葉と
抗がん剤の苦痛を訴えていました。
まさか、死の5段階説で有名なエリザベス・キュブラー・ロス
死の瞬間」を読んでみる?とも言えず、
そそくさと病院を後にしましたが、
日本人の二人に一人ががんで生の終焉を迎えなければならない昨今、
否定しようがしまいが、彼女にも私にもそのときは嫌でも訪れます。


本物のがん」であろうが、「がんもどき」であろうが、
美人であろうが、それなりのお顔の人であろうが、
また有名人であろうが、名も無き人々であろうが、
いつの日にか・・100%の確率で死んでいかなければなりません。
この歳になって思うと、家族や他人様の手を煩わせての
寝たきりによって生かされる長寿よりも、
やはり潔い死に方を選びたいものです。
それには、やはり普段から折に触れて、
死についての想いを巡らせていることが重要であり、
告知された後の動揺の度合いは軽減されると今は思うのです。

我が夫のように死をタブー視する人間が
がんもどき」、もしくは「本物のがん」と診断されたら、
と考えると、とても私の手には負えないほどの
パニック状態になることでしょう。まぁ、覚悟はしていますが・・




人間心理を深く突いた稀に見る的確な名文である養生訓の引用元
http://saisentannomizude-zennojyunkanwo.blogzine.jp/kagomekagome/2013/12/post_4ca3.html



「がんもどき」で早死にする人の養生訓

がんにも負けず



   がんにも負けず

   老いにも負けす

   検診も人間ドックも必ず受ける

   強い意志を持ち

   すべてに一生懸命で

   いつもがんばっている

   一日に玄米と豆腐と野菜を食べ

   肉、酒、砂糖は遠ざけ

   あらゆる健康情報を

   ひまさえあれば

   よく見聞きしわかり

   そして忘れず

   のんびり落ちつける

   時間や空間が少ない

   メタボと言われれば

   ダイエットに励み

   高血圧、高血糖と言われれば

   薬を欠かさず

   コレステロールが高ければ

   ウニ、トロ、タマゴは言語道断

   東に「笑えばがんが消える」という

   識者がいれば無理やり笑い

   西に「体を温めればがんにならない」という

   医者がいれば、のぼせるまで長風呂

   PSA値が上がればオロオロと

   前立腺がんを恐れ

   予防切除術のニュースを聞けば

   乳房を切ってしまえと思い立つ

   日照りのときもジョギングし

   寒いときも野菜ジュースを飲み

   みんなにマジメと言われ

   がんになったらとことん闘いぬく

   そういうふうに

   わたしは生きたい





「本物のがん」で長生きする人の養生訓

医者にも行かず

      


   医者にも行かず

   クスリも飲まず

   検診も人間ドックも受けぬ

   変わった考えをもち

   欲はあるようなないような

   あまりカッカせず

   いつも冗談を言って笑っている

   毎日好きなものを食べ

   酒も甘味も楽しみ

   カロリーや血圧を

   細かく勘定しないで

   よく楽しみ、出歩き

   そして安眠し

   ひとり気ままにすごせる

   時間と空間がある

   がんや不調があっても

   年だものとつぶやき

   手術と言われたら

   切りたくないと言い

   ワクチンも抗がん剤も

   副作用がイヤだと拒み

   どこかで倒れても

   救急車を呼ぶなど言っておく

   日照りのときは出歩かず

   寒いときは無理をせず

   みんなにのんき言われ

   いよいよのときには

   ありがとうと笑い

   そういうふうに

   わたしは死にたい



              近藤 誠




LPのマタイ受難曲聴く夜はどこかで死者も耳を傾けており
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tag : がんもどき 本物のがん キリスト教徒 イスラム教徒 死の5段階説 エリザベス・キュブラー・ロス 死の瞬間 告知

侵略戦争を美化する象徴であるヤスクニに公人として花を手向けるどこかの国の裸の王様の詩・・「アメリカニモマケズ」
下がり続ける支持率にも負けず

舌鋒鋭いメディアにも負けず

痛恨の極みと称して

靖国神社A級戦犯に花を手向け

隣国が怒ろうが 

抗議しようが

気にすることもなく

上から目線の同盟国であり

戦勝国の美国にも

日本には失望した・・

と言わしめても

臆することもなく

A級戦犯の亡霊に取り憑かれたごとくに

戦争がしたくてたまらない

狂気の脳みそを持ち

積極的平和主義を推し進め

何事も言葉のすり替えですべて誤魔化す

家庭内野党と公言する妻を利用しつつ

自らは潰瘍性大腸炎に倒れることを常に恐れ

薬漬けのいつ倒れるか分からない

虚弱なからだを持っている

そんな脳みそと体でも権力慾だは人一倍有り

自ら一度辞めたにも関わらず

恥ずかしげもなく再登板を画策し

恥知らずにも

再び日本を戦争のできる国にするべく

必死になっている

彼のフェイスブックに群がり

賛美を繰り返す

極一部のあやつり人形だけを味方に

独裁者気取りで

いつもエラソーにふんぞり返り

生活保護受給申請者には

申請の段階で追い返し

親族の世話になれと言い

世話になれなければ

餓死を黙認し

自分は連夜 

一流ホテルのレストランや高級料亭で

偽装ではない本物の伊勢海老を食べ

いつも大腸の具合を気にしている

逆に無名の年寄りには

早く死ねとばかりに

年金を下げ続け

国策である原発の事故による

収束費用のために

何回も電気料金を上げさせ

4月からは消費増税もする

幼子から老人までの

あらゆる民の声を

聴こうともせず

また見もせずに

自分の脳内にとり憑いている

靖国の亡霊の発する命令と

勘違いも甚だしい

信条に束縛され

国益と国民のためにではなく

何事も思い込みだけで決めつける

民の声などは騒音でしかなく

公約はすぐ忘れ

東に病気の子供あれば

ただ見捨て

西に寝たきりの母あれば

親族に介護を強要し 

南に死にそうな人あれば

無駄な延命治療で

医療機関と製薬会社と医療機器会社を潤わせ

沖縄の米軍基地負担は

金のチカラで黙らせ

ブラック企業は擁護し

中小企業は倒産するに任せ

原発事故で難民化した人々には

何の手立ても施さず

国内の大企業のために

海外に原発を売り込み

バカの一つ覚えのごとくに

いつも経済成長を叫んでいる

その恩恵に預かれるのは

極々一部の投資家と株主だけ

ということを知ろうともせず

自分に基幹たる施策がないゆえに

ありとあらゆる不都合な

真実に対応するため

要りもしない委員会や

対策チームを数多作り

失敗したあかつきには

彼らに責任を負わせ

自分は安泰でいられるような

幼稚な悪知恵だけは持っている

たかだか50%の支持で

自分は人気があると勘違いし

道徳を教科に格上げして

愛国心を刷り込み

少国民育成に力をいれ

特定秘密保護法で

あらゆる情勢を統制し

再びのナショナリズムにしようと

やっきになっている

そういう裸の王様を

トップリーダーとして許してしまう国で

生きなければならないことに

わたしは恥ずかしさを覚える

そしてわたしは

そういう独裁者気取りの

亡霊に取り憑かれた

二枚舌の総理大臣は要らない

我らは権力の前には無力である

それでも数多の無力が人々が気付けば

なんとかなるかもしれない・・

などと愚痴ってはみても

今日もなすところもなく日が暮れてゆく

damo
我らは今か細き糸で吊るされたダモクレスの剣の下に置かれておりぬ
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tag : 靖国神社 美国 A級戦犯 家庭内野党 権力慾 独裁者 ダモクレスの剣 生活保護受給申請者 餓死 原発事

愛国心を数の力で強要、支配する日本はDV国家なのか?と、作家・高橋源一郎氏が・・
ある若者が、デモに行くという友人と、その後で映画を見ようと約束した。
その若者が、友人が交じったデモ隊の列と並んで歩道を歩いていた時、
突然、私服警官に逮捕された。理由は公務執行妨害だったが、
若者にはまったく覚えがなかった。後に若者は検察官から
「きみが威圧的態度をとり、警官は恐怖を感じたからだ」といわれた。
そういえば、私服警官らしい人間と目があったことは思い出したが、
それが公務執行妨害にあたるとは夢にも思わなかった。

 留置場に入った若者は、そこで、1年近く裁判も始まらず
ただ留め置かれているという窃盗犯に出会った。
貧困から何度も窃盗を繰り返した男は、
1件ずつゆっくり起訴されていた。
警察・検察の裁量によって、裁判が始まる前に、
実質的には刑罰の執行が行われていたのだ。

 「それって、人権侵害じゃないの」と若者がいうと
「わからない。法律なんか読んだことがない」と男はいった。
若者と男の話を聞きとがめた看守が、
房の外から、バケツで2人に水をかけた。

 「うるさい黙れ、犯罪者には人権なんかないんだ」

 極寒の房内は室温が氷点下にまで下がっていた。
濡(ぬ)れた体を震わせながら、若者は、
犯罪者の人権が軽んじられる国では、
人権そのものが軽んじられるだろうと考えていた。
それは、本や理論で学んだ考えではなく、
経験が彼に教えたものだった。
その若者が半世紀近くたって、いまこの論壇時評を書いている。


・・・中略・・・

今年になって目立ったのは、
様々な社会的「弱者」がバッシングを受けたこと、
従軍慰安婦は戦争につきもの」という政治家や、
「子どもが生まれたら会社を辞めろ」という女性評論家が現れたこと、
そして、新しい政権が、強硬な政策を次々と打ち出し、
対話ではなく力でその政策の実現を図ろうとしていることだった。
さらに不思議なのは、力を誇示する政治家たちが、
同時に力とはおよそ正反対な「愛(国心)」
ということばを叫ぶことだった。

 誤解を恐れずにいうなら、わたしには、この国の政治が、
パートナーに暴力をふるう、
いわゆるDV(ドメスティック・バイオレンス)の加害者に
酷似しつつあるように思える。
彼らは、パートナーを「力」で支配し、経済的な自立を邪魔し、
それにもかかわらず自らを「愛する」よう命令するのである。

転載元 http://digital.asahi.com/articles/DA2S10887407.html?_requesturl=articles/DA2S10887407.html&ref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA2S10887407






今日の朝日新聞の論壇時評
『愛を強いる支配 ここは、DV国家なのか 作家・高橋源一郎』
さすが文章を操る作家。DV夫が国家。DVを受ける妻を国民。
と例えてくれているので、とても解り易く、
また今の日本を「DV国家」とは言い得て妙だと思った。

だが、通常の夫婦間、もしくは恋人間のDVには一定のサイクルシステムがあり、
蓄積期、爆発期、ハネムーン期の三つの構成期間を循環するのが常である。
そして、DVには「共依存関係的DV関係」と言われるものがある。
共依存者は自己愛・自尊心が低いため、
相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出し、
共依存関係を形成し続けることで自分の居場所を確保しようとするのだ。

だがしかし、今の日本というDV国家には政権与党の数の力に驕った
「爆発期」だけしか見いだせない。
ゆえに共依存関係にもなりようがないのだ。



DV国家の被害者=多くの国民の心理としては、
好きで日本人に生まれたわけではない。
また海外で悠々自適に暮らしていけるほどの経済的余裕もなく、
日本語以外は話せない。
ゆえに、生きる場所はこの日本しかない。
のが本心ではないだろうか・・。
そこへ持ってきて、国家による愛国心の強要である。


なお、安倍内閣は17日、外交・安全保障の基本方針となる
国家安全保障戦略(NSS)を初めて策定し、
防衛計画の大綱(新防衛大綱)、中期防衛力整備計画とともに閣議決定した。
NSSに「愛国心」を盛り込み、中国の軍事的台頭や北朝鮮への懸念を強調。
周辺国に対抗するため、集団的自衛権の行使を視野に、
日米同盟の強化と自衛隊の増強をはかる「軍事力重視」との内容を
中国念頭に自衛隊増強と「国を愛する心」を明記した。 

強要されて愛は生まれない。むしろ反発されるほうが多い。
また真の愛を獲得するには、とてつもない技術を要するものだ。
数多の下々の者にとって「国を愛する心」を持たせることの真逆の
施策ばかりでは、思考停止を美徳と考えている一部を除き、
その他の国民が黙って付いていくわけがない。

真の愛とはなんなのか?などを考えたこともない安倍教の盲信者たちと、
自らの意志を捨て、考えることを止めてしまった
自民党の金魚のウ○コ状態から離れられない公明党の支持母体である
創価学会の人たち(青年部)にだけ
DV国家の求める真の愛国者になってもらえばいい。
彼らなら国家から愛国心を強要されても、
既に意思を持たない人たちなのだから、愛国ロボットとして、
「日米同盟の強化と自衛隊の増強」路線に、
口答えなどせずに確実に協力するだろう。
そして、強い信仰心でもって神風でも起こせばいいのではないだろうか・・。





愛国心の定義として、私が思うことと似たような考えを述べている方のご意見を
Yahoo!知恵袋で見つけたので、ここにご紹介しておきます。


自然が豊かな故郷を愛するのも個人の自由ですし、
こんなど田舎は嫌いだと言って都会に出て行くのも個人の自由です。
自然の豊かな故郷に生まれたから、
必ずその故郷を愛さなければならないということはありません。

世界のかなりとんでもないところに
住んでいる日本人を紹介する番組がありますが、
こちらの方が好きになったとして海外へ移住するのも本人の勝手です。
イースター島に移住した日本人夫婦を見ましたが、
日本よりもイースター島が好きであれば、
そこへ住むのも本人の自由であり、
日本人だから日本よりもイースター島が
好きになることは許されないという決まりはありません。

日本を選んで生まれてきた人はいません、
みんなたまたま生まれて来たにすぎません。
たまたま生まれてきても好きになれる人は好きになればいいし、
なれない人は嫌いでも構わないと言うのが、
思想信条の自由が保障される社会であり、日本に生まれた限りは、
絶対に全員が日本を好きなって
国を愛さなければならないとすることが間違っています。

今の日本で問題なのは、在日外国人の排斥や差別、
近隣諸国との領土問題で、愛国を看板にする極右と違った意見を述べると、
自分たちの意見に同調しないお前は日本が嫌いなのだと決め付けられて、
嫌いならば今すぐに出て行けと、
在日外国人もろともに排除の対象にされてしまうことです。

たまたま生まれてしまった日本を愛する自由も、
いろいろな経験の末に嫌いと言う結論を出す自由も保証されるべきであり、
国に対する好悪の自由が保障されず、
全員に国を愛することを強要する社会は間違っていますし、
愛国心を強要するのが当然であり良い事であると思っている
人たちの独善性にも問題があります。

平和憲法が日本だとすれば私は日本が好きですし、
愛国心を強要して、外国人の排斥や差別を行ない、
岩山の2つや3つのことで、
外国との間で殺し合いをやれと叫ぶ人たちが日本であれば、
私は日本が嫌いです。

引用元http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n187781

※参考
国家安全保障と情報への権利に関する国際原則 (ツワネ原則) 全文訳
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/statement/data/2013/tshwane.pdf

銃口を向けてささやく愛というバイオレンスを我は認めぬ 
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テーマ : 伝えたいこと・残しておきたいこと ジャンル : 日記

tag : 公務執行妨害 人権侵害 論壇時評 従軍慰安婦 DV国家 共依存関係 国家安全保障戦略 自衛隊増強 安倍教 愛国ロボット

パソコンのデータを見ずにわたし診て・・「がんは放置してもいい」は本当か?主張と反論
12月15日の朝日新聞に、ベストセラー「医者に殺されない47の心得」
の著者である近藤誠医師(慶應大医学部講師)と
第一線の抗がん剤専門医(日本医科大武蔵小杉病院教授)勝俣範之医師の
「がん放置 大丈夫?」についてのお二人の主張が載っていた。
(対談形式ではなくて、各氏が聞き手の取材者に語る形式)





医師の近藤誠さんが書いた「医者に殺されない47の心得」は、
今年のベストセラーとなりました。
しかし、近藤さんの「がんは放置してもいい」という考えには、
ほとんどのがん専門医が「助かる命も救えなくなる」と批判しています。
近藤さんの主張と、第一線の腫瘍(しゅよう)内科医である勝俣範之さんの反論を紹介します。

 

■「医者に殺されない47の心得」の著者 慶応大医学部講師・近藤誠さん

【主張】
・がんは発見時に転移が潜む「本物」と、


転移しない「がんもどき」に二分類される
・「本物」は手術でも抗がん剤でも治らない。「もどき」は治療が不要。
  よって、無症状なら治療はしなくてよい
・検診を受ければ死亡数が減るという根拠はない
・抗がん剤の臨床試験の生存曲線は形が不自然で、人為的操作があったと推測できる
・生活の質を上げるための治療は必要

慶応大医学部卒。83年から同放射線科講師。
米国留学後、乳房温存療法を国内に広めた。65歳。


■自覚症状なければ治療は不要

 がんは検診で早期発見されても、その時点で転移が潜む「本物」と、
転移しない「がんもどき」に分けられます。本物は基本的に抗がん剤で治らず、
手術はがん細胞の増殖を速める恐れがあるから治療は無意味です。
「もどき」は転移しないから治療の必要がありません。
どちらにしても、自覚症状がないなら何もしなくていい。
これが「放置療法」です。
 今のがん診療は、早期発見して治療したら治るという前提で組み立てられています。
しかし、根拠がありません。
 外国の研究で、肺がんの検診を受けた人の方が、
受けていない人より死亡数が多いとの報告があります。
早期発見で余計な手術や抗がん剤治療を受けたせいでしょう。
ほとんどの国では肺がん検診は行いません。乳がんも、
検診を受けても亡くなる人の数が減らないという報告があります。
前立腺がんは死亡数の差がありません。
 一般的に早期だと「もどき」の割合が多いのです。
マンモグラフィーで見つかる乳がんは99%「もどき」なので、
私は「診断を忘れなさい」と言って帰します。
これまで検診でさまざまな部位にがんが見つかった150人以上を様子見してきたが、
ほとんど転移が出ません。
 まれに「本物」の場合もあります。
5ミリの乳がんを放置した私の患者さんは、数年後にがんが大きくなり、
その後転移も出てきて、18年後に亡くなりました。
がんの成長速度から、初発病巣が0・04ミリのときに転移していたと推定されました。
 ただ、すべてのがんを放置するわけではありません。
大腸がんによる腸閉塞(へいそく)など、
生活の質を下げる自覚症状があるなら、治療すれば長生きできることもある。
肝がんは「もどき」でも早期発見に意味がないとはいえません。
乳がんの「もどき」も乳房の皮膚を破る場合は部分切除を勧めることもあります。
 抗がん剤に延命効果があるとした臨床試験の結果には、
人為的操作の疑いがあります。多数の患者さんをきちんと追跡すると、
生存曲線は下に凸になるはずですが、不自然に持ち上がっている。
移患者は多くが数年以内に亡くなるのに、
追跡できなくなった人を「生存」とするから生存率が落ちないのです。
 乳がんの抗がん剤ハーセプチンも生存期間は延びません。
臨床試験の生存曲線に人為的操作が疑われます。
薬が効いて元気なのではなく、「もどき」だったのです。
ほかの分子標的薬も、肺がんなど固形がんには無力です。

ただし、血液のがんや睾丸(こうがん)のがんなどは、
抗がん剤で治る可能性があります。
 国内外の論文分析と、患者さんの症例をもとに主張しています。
症例報告は科学的根拠が低いと批判されるが、
放置しても転移しない例が一つでもあれば強力な反論材料になるのです。
 4月にセカンドオピニオン外来を開き、1300人来院しました。
無症状の人は治療しない方がいいと伝え、

生活の質が向上しそうなら治療方法を示します。決めるのは患者さんですが、
最良の結末になることを願います。
 (聞き手・小林舞子)


 ■第一線の抗がん剤専門医 日本医科大武蔵小杉病院教授・勝俣範之さん

【反論】
・がんは「がんもどき」と「本物のがん」に二分類はできない
・過剰治療の側面はあるが、治療しなくていいがんかどうかは見極められない
・検診による過剰診断を示すデータはあるが、検診の全否定にはつながらない
・「臨床試験の生存曲線は人為的に操作された」という主張に科学的根拠はない
放置療法により助かる命も助からないこともあり、この主張は危険


 富山医科薬科大卒。
国立がん研究センター中央病院乳腺科・腫瘍内科外来医長を経て現職。50歳。


 ■一部患者に当てはまる「仮説」

 近藤先生は、がんには「がんもどき」と「本物のがん」しかなく、
積極的な手術や抗がん剤は不要、と主張しています。面白い説ですが、
これは一部の患者さんに当てはまる「仮説」です。
 がんの治療には色々な考え方、選択肢があるということを提案した点では、
近藤先生の主張は評価できると思います。
ただ、医学的データを近藤先生の個人的な偏った見解に基づいて極端に示しており、
患者に混乱をもたらしている点は注意が必要です。
近藤先生が本で書かれている主張を「すべて正しい」と判断するのではなく、
「一部の患者さんに当てはまる」と
読むと、理解しやすくなると思います。
 がんに積極的な治療が行われているのは、
こうした治療に効果のあるがんが確実に存在するからです。
一部の患者さんには、過剰治療になるかもしれませんが、
どんながんなら手術や抗がん剤が不要なのか、
まだよくわかっていないのが現状です。
 検診による過剰診断を示すデータがあることも確かです。
それでも、一部の研究結果をもって、
検診の有効性をすべて否定することにはなりません。
最近、乳がん検診で過剰診断が行われていることがわかってきましたが、
検診をすべてやめた方がいいとの見解にまでは至っていません。
 現在、遺伝子のタイプを調べて積極的な
治療の必要の有無を見極めようという研究が進んでいます。
例えば、乳がんの抗がん剤ハーセプチンは特定の遺伝子に変異があるがん患者さんには
非常に有効で、生存期間が大幅に延びました。
 近藤先生がハーセプチンの臨床試験について「生存曲線がおかしい。
人為的操作が加わったと思われる」と主張しているのは、全く根拠がありません。
承認に関わる臨床試験(治験)のデータは国による立ち入り調査も行われるため、
人為的操作を行える隙がありません。
 「放置療法の勧め」という言葉を聞いたときは、本当に驚きました。
近藤先生の元に通う患者という一部の偏ったデータに基づいているわけで、
それは科学的根拠になりません。
 インフォームド・コンセントは、患者さんの自己決定が大切と言われますが、

正しい情報を提供されることが大前提です。
5ミリの早期の段階で乳がんが見つかった近藤先生の患者さんも、
手術をすれば、90%以上の確率で治ったはずです。
正しい情報をしっかり伝えられた上での自己決定だったのか、疑問です。
進行がんにやみくもに抗がん剤を使うのは、私も反対です。
そういう意味では放置療法もやはり、一部の患者さんには当てはまるのです。ただ、
「放置すべきだ」という一方的な言い方ではなく、正しい情報提供と、
患者さんの意向を尊重する良いコミュニケーションが大切です。
 放置療法は、近藤先生の個人的な考えによる「仮説」です。
患者さんやその家族は、放置することの危険性を十分に理解してほしいと思います。
 (聞き手・岡崎明子)


転載元 http://apital.asahi.com/article/gan/2013121600003.html





「本物のがん」と「がんもどき」の違いなど私には解るはずもなく、
また、どちらの医師のご主張が正しいのか・・なども、
私にはさっぱり解らないが、
通常、病院勤務のの医師たちにとって患者の死は敗北であり、
患者の生存への道の可能性を求めて、
ありとあらゆる治療を継続したい気持ちはなんとなく解かる。
また逆に、どうせ人間はいずれは死ぬのだから、
心身の苦痛や経済的な面でも、余計で過剰治療はしないほうが良い。
という気持ちも解らないでもない。

だが、「がん、もしくはがんもどき」が見つかっても、
『治療をする。または放置する。』を決めるのは
患者と患者予備軍である私たちの生と死へのスタンスが重要視されなければならない。
と思うのだが、肝心の専門医の主張が対立していては懸命な選択もできない。

加えて、がん治療は、たまたま主治医となった医師が白い巨塔に組み込まれているか、
もしくは学閥に組みせず医師として異端であることも影響するのかもしれない。

私の勝手な推測だが、近藤誠医師は65歳にして講師であり、
勝俣範之医師は教授の肩書きを持っている。
近藤誠医師は医学会では余程の異端児なのだろうか・・・。





結局は、もし、「がん、もしくはがんもどき」が見つかった場合、
多くの日本人は、私を含め、「がん=死の恐怖」から逃れたいがために、
がんマフィアと言われている巨大な利権構造の中に飲み込まれ、
主治医の言うがままに、製薬会社を儲けさせる無力な羊の群れとして、
がん治療を受け容れるのだろうか・・。

その前に、患者も遺伝的にがん家系の人も、主治医にお任せではなくて、
医師やがん産業に良いように振り回される前に、
少しは自分で勉強し、生と死に関するスタンスを決めておかないと、
過剰治療や放置療法で本当に医師に殺されてしまうかもしれない・・。

またひとりガンに臥せたと友の報聴きて更けゆく眠れぬ夜が
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夫の「もしも・・のとき」の葬儀は「火葬場集合!火葬場解散!の直葬」・・お墓は「海洋葬」で海にすることを具体的に決めた。
先日行ったプールで、今現在は元気ピンピンであられるご主人様の
葬儀見積もりをしてもらいに行った私と同世代の女性の
「主人はもう68歳。既に死亡適齢期よ。避けられない老いと死は先手必勝よ。」
の言葉と行動に触発され、
私もやっと夫の「もしも・・のとき」見送り方を具体的に決めた。


結婚生活4?年の中で、今まで病気といえば軽い風邪程度で
入院に至るような病気は一度たりとも無縁であった夫(団塊世代)が、
最近になって「なんだか、体調が悪いなぁ・・」という言葉が増えた。

エンディング・ノートなど見るのも、言葉にすることも厭い、
「僕の分はあなたが書いておいてくれ・・」とのたまい、
先月、私が某葬儀社のエンディング・セミナーに出かけるときにも、
「そんな死のことを考えるような暗い人生は僕は好きじゃないな・・」
と出かけようとしていた私に露骨に嫌な顔をした夫ではあるが、
どのような死生観を持っていても、老いと死の前には現代医学も
無力であり、嫌でも誰にでも死は訪れる。
己が終末期や葬儀のことを元気なときに決めて置けば、
認知症になっても、ターミナルケアが必要なときになっても、
そして・・やがて、そのときが訪れても慌てふためくこともなく、
訳も分からずに葬儀社にオプション攻めでボッタくられることもなく、
喪主と施主にならねばならない私の思いと
予算内での見送り方を貫き通すことができる。





また、私が住む○○市では下記の4点が揃えば、
自分でも火葬予約をすることもできるらしい。
(1) 火埋葬許可証…区役所に死亡届を提出すると交付されます。
(2) 防水加工が施されている棺…葬祭業者等から購入します。
(3) 市営斎場内でも販売しています。
(4) 棺を搬送する車…霊柩車等(一般車でも可)


(1)は私が区役所に行けば済むし、
(4) の棺を搬送する車は(一般車でも可)とあるので、
私がレンタカーを借りるか、もしくは娘と息子に頼めばなんとかなるが、
(2)と(3)は今からネット通販で棺や骨壷を買って家に置いておくことは
死をタブー視する夫の手前、100%不可能だ。
まさか、「あなたのために買っておいたのよ。」
などとは口が裂けても言えない。(笑)
徐々に体が弱っていき、もう2度と病院から自宅には生きて戻れない・・
ような状態になったときにネット通販(注文から納入まで早くて3日)
で買っておいてもいいが、
もし、PPK(ピンピンコロリ)で逝かれたら棺も骨壺も間に合わないかもしれない。
それに、そのときの私の体調にも因るので、やはり、葬儀社に頼むことにした。
なので・・葬儀とはいっても、市の条例で火葬だけは避けて通れないため、
今の時点では、地元の某葬儀社の直葬プランで火葬のみの葬儀をし、
後日、改めてクルーザーを借り切って、カジュアルな服装での遺族参加型の海洋葬で、
(20名まで15万円、粉骨料、献花、海図に散骨場所を記した散骨証明書付き)
既に購入してある夫の好きなジャズと、
「おくりびと」としての私が選んだレクイエム曲が奏でられる中、
厳かに夫を見送ることにしたいと考えている。



また、聴くところによると、船酔いする人も多いらしいので、
酔いやすい人には乗船前に酔い止め薬を飲んでもらうつもりだが、
船酔いしながらの海洋葬って、
一生忘れられない「おくりびと」体験になるかもしれないかも・・(笑)
などと勝手に夢想している。
クルーザーの下船後はハーバー近くのレストランを予約しておき、
故人(夫)を偲んで参列者全員でフランス料理でも食べようと思っているが、
そのときの私の体調次第では、委託散骨(35000円 ※粉骨費用含む)
も選択肢に入れておくことにした。



このような「火葬場集合!火葬場解散!の直葬」で見送り、
(基本料金15万円。※火葬料金は別途 
※遺体保管料は火葬日まで基本料金内に入っている)
そして、日を改めての「海洋葬」の見送り方だと、
遠隔地に住む夫に似て口煩い夫の姉二人(現在70代前半)が、
もし参列できる身体状態だと想定して
「二回も行かなきゃいけないの?」とか、
いろいろ不平不満を言われそうだが、
私は事前に海洋葬への参列可否の案内状は出すが、
来られる状況でなければ、欠席していただくしかない。

それでも上記の義姉の内の一人は海への散骨希望と聴いているので、
今まで、仏式の葬儀にしか参列したことのない彼女には
海洋葬」は興味深々であるはずだ。

なお↓の動画はあくまでもイメージであり、
私が依頼する予定の葬儀社ではありません。





それから、私が住む○○市には、4つの市営火葬場があるが、
現在は平均4日~5日待ち(エンディング・セミナーで知った)らしい。
なお、1月1.2日と友引の日は基本的に火葬場は休場となっているが、
1つの火葬場は友引の日でも開場していて、
友引でも構わなければ、また開場日は希望時間帯が一番多い
午前11時頃と午後1時頃を避けて、一番早い時間帯の午前9時頃か、
もしくは一番遅い時間帯の午後2時頃なら、死亡翌日の火葬も、
運が良ければ可能であるらしい。
とは言っても、夫は団塊世代。
まぁ、火葬の一週間待ちは覚悟しておこう。

なお、葬式仏教に関わる気は一切ないので、香典は頂かない。
もちろん香典返しもしないし、お坊さんも呼ばない。



そうは言っても夫よりも私が先に行く場合も想定している。
私のもしも・・のときのことは終末期から死亡後までの希望を
エンディング・ノートに記し、遺言書及び現金の在り処を教えてあるので、
私亡き後は、夫と娘と息子が私のエンディング・ノートを読んで
希望通りにしてくれることを願うのみだ。
なお、私の見送り方の希望はここに記してある。

しかし、あくまでも今の時点での案であり、
人間の明日のことは誰にも分からないことを踏まえつつ、
ここに第一案として記しておきたい・・。

記憶する者が途絶えしその日まで真(まこと)の死者にはなれぬものらし 
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墓標に故人のありのままの人生を記し死を笑うことで弔う、世界一陽気なお墓
録画しておいた「地球イチバン ~世界一陽気なお墓ルーマニア」を観た。



ルーマニアの北のはずれにある「死者が語りかけてくる場所」。
立ち並ぶ墓標には、「酒におぼれた人生」、「姑との確執があった」など、
ちょっとドキッとする言葉が刻まれている。
しかし、これらは故人のありのままの人生を記憶し、
その死を「笑う」ことで弔う独特の文化だという。

独特の「死を笑う」文化が生み出した陽気な墓の数々。
マラムレシュの豊かな森の中にある、
「この世とあの世をつなぐ不思議な世界」へ、
樹木希林さんの語りでご案内します。
番組HPより



日本では嫌われ者の頑固爺さんも鬼姑も、
亡くなったとたんに、「良い人だったわね・・」
と褒めちぎられるのが常だが、ここマラムレシュでは、
墓標「酒におぼれた人生」、「姑との確執があった」などと刻まれるので
死者に対する心にもない見え見えの上辺だけの褒め言葉やお世辞は通用しない。
そして、とにかく明るく陽気でカラフルなお墓が並んでいる。
日本も暗く寒々しく線香臭く今にも幽霊が出てきそうなお墓ではなく、
ペンキでカラフルに塗られた陽気で明るい墓標があっても良いのではないか?
と思うのだが、葬式仏教が根強く、
また世間の常識というものにこよなく甘んじることで、
心の平静を保ちたがる日本では無理なのだろうか・・。

私は全遺骨を粉骨して海への散骨を希望しているが、
万が一にでも家族の誰かが、一部の遺灰をこの地上に埋め、
墓標を建てたいと願ったとしたならば、マラムレシュ墓標のように、
誰が見てもクスッと笑えるような赤裸々な人生模様を刻んで欲しいものだ。
そこで、私の場合にはどんな言葉が一番似合うか?と考えてみた。
できれば、「美人薄命であった」と刻んで欲しいところだが、
もう年齢的に間に合わなくなってしまった・・。
それに、現実はそんなに甘くはない。
実際には「屁理屈だけで人生を駆け抜けた生涯」などと刻まれることだろう・・。
31210r
人の死を弔うためのセオリーは悲しみの中の笑ひにもあり
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希代の悪法「特定密保護法案」は政権与党による国民の知る権利や表現の自由を奪う心理的及び精神的圧力というテロ行為そのものであり、恐怖政治への幕開けでもある。
憲法9条改正が思うようにいかない腹いせか、
それとも自分たちの数による横暴と奢りを隠蔽するためなのか、
政権与党は今、特定秘密保護法案の成立に向け、
必死の形相である。
石破自民党幹事長は、特定秘密保護法案に反対する
大音量の市民デモを「テロ行為」になぞらえた。
だから私も特定秘密保護法案を焦って
成立させようとする政権与党を他の言葉になぞらえてみた。

結果、特定秘密保護法案は政権与党による
国民へのあらゆる人権に対する精神的圧力というテロ行為である。』

と言わざるを得ない。

テロリズムとは、何らかの政治的目的のために、
暴力や暴力による脅威に訴える傾向や、
それによって行われた行為のこと。また、恐怖政治のこと。
テロリズムを標榜しテロを行う者をテロリストと呼ぶ。※wikipedia

ここで、私が問題にするのはテロリズム=恐怖政治でもあるということだ。

恐怖政治とは、フランス革命時にロベスピエールを
中心とするジャコバン派(山岳派)が行った政治形態のこと。
また、転じて投獄、拷問、処刑等の暴力的な
手段を用いる政治を指すこともある。
テロの語源でもある。※wikipedia

治安維持法が施行されていた時代に
投獄、拷問、処刑等の暴力的な手段を用いる政治でいったい何人、
否!何千人が無念で無残な死を遂げさせられたのかは、
歴史を思い起こせばすぐわかる。
そういう時代が再び訪れるようとしている中、
極々一部の人しか声を上げず、極々一部の人しか行動に起こさず、
極々一部の人しか関心を持たないのはなぜだか考えてみた。

普段私が複数の他人と長時間接触する場所はといえば、
市営プールだけだが、社会の縮図のようなその場所で、
その日の朝刊を読んできた人なのだろうか・・
特定秘密保護法案の話題を振る人がいるが、
ほとんどの人が「私には関係のない世界の出来事だもの・・」と言う。
そのくせ、来年4月からの消費増税で家計が苦しくなるだの、
国民健康保険の窓口負担が2割(来年4月以降に新たに
70歳になった人から順次...)に上がるだの、
60歳代以上の人たちは、年金の支給開始年齢引き上げに文句を言い、
既に受給している人たちは、また年金額が下がるだの、
親や配偶者を介護中の人は、認知症の親を受け入れてくれる介護施設がない。
だのとブツブツと不平不満ばかり言っている。

私は心の中で、
「それは、あなた方が選挙でそういう人たちを選んだ結果でしょ?」
と思うだけにしているが、もしも、明日法案が成立してしまったら、
今度は声に出して言おうと思う。
「だって、仕方ないんじゃない?
国民の大多数が支持した政党がすることは、
国民が望んだ結果でしょ?」と・・。


ところで、壊れたブレーキ、メリーさんの羊
(どこでもついていく♫ メエメエ♫♫ ついていくどこでもついていく♫)
と揶揄され、嘲笑されている一昔前は自称「平和と人権」の党、
現在は自称「福祉と人権」の党に様変わりした公明党はどうなのよ?
と思い調べてみた。





公明新聞より
Q 戦前の治安維持法のように国民の自由が侵されないか?


A そのようなことはあり得ません。戦前の治安維持法は、
当時の国家体制に批判的な思想・信条に基づいた
運動を処罰することを目的とした法律でした(1945年廃止)。
特定秘密保護法案は公務員等による
国家の安全保障上必要な情報の漏えいを防止し、
国家の安全保障に資することを目的とするもので、全く異なります。

日本国憲法は思想・信条の自由を基本的人権として掲げており、
侵してはならない国民の権利であると明確に規定しています。


識者はこう見る


「秘密の濫用」に歯止め
前田雅英・首都大学東京法科大学院教授

一、特定秘密保護法案は、世界の秘密保護の標準からいって、ごくごく常識的で、
しかも秘密保護と「報道の自由」のバランスも非常によく取れている。

一、秘密が漏えいすることで国が傷つき、
国民の生活が脅かされ不利益を被ることを軽視しすぎてはいけない。
「特定秘密」を保護して国民の安全を守ることと、
国民の「知る権利」「報道の自由」を
守ることのバランスを取るためにどうするか。この法案は、
恐らく考えられるぎりぎりの線になっている。
政府の「秘密の濫用」ができないように歯止めをかけていると思う。
(11月2日付「公明新聞」)



だそうでございます・・。


ところで、2004年の法改正で日本の年金制度は100年安心!
と言ったのはどこの党のどなた様でしたっけねぇ?(笑)









今後、日本は似非民主主義国家からアベ帝国主義国家への移行期になるわけだが、
この国で生まれ、この国で老い、この国で死にゆかねばならない身としては、
アベ帝国主義国家恐怖政治支配に備えて、投獄、拷問、処刑等にされないために
私はどういう防御をしようか?と思案中である。

でもさ、特定秘密保護法案を強行採決に持っていこうとしている人たちだって、
ほとんどが半世紀以内には死んでしまう年齢でしょうよ。

下々の民を見下している官僚の言いなりにならず、
また、1%の大金持のためでもなく、自身の既得権益のためでもなく、
日々を倹しく懸命に生きている名も無き下々の民のために尽くした末の評価として、
引退後や死後に「気骨と根性が有って、
真に民のことを考えていた立派な政治家だったわねぇ。」
と言われたい人が少しはいないのかしらねぇ?(笑)
いる訳ないか・・そんな人たちだったら、自民党と連立もしないし、
自民党の補完勢力になることを拒否するはずだものね・・。

致死量の厭世感を胸に抱くこの世に未練を残さぬために
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tag : 憲法9条改正 特定秘密保護法案 テロの語源 帝国主義国家 恐怖政治

次々と届く喪中欠礼はがきに思う・・人生における正解とは?
早いもので、もう師走・・
喪中欠礼はがきが続々と届いている。
亡くなられた方の多くは年賀状をやりとりしている方々の
ご両親が主で、特に多いのがご母堂様で最高齢は99歳からはじまり、
97歳、93歳・・と90代の方々が多く、
おそらく天寿を全うされたのだ・・と思うようにしているが、
その中に一通、40年来の親友F子のお姉さん(享年64歳)が
亡くなられたとの喪中欠礼はがきが届いた。



筆まめで、すべて手書きのその喪中欠礼はがきを書いたF子は、
四姉妹の中でたまたま彼女だけが独身である・・
という理由で40代後半のときに母親の介護のために、
会社を辞め、実家に戻った。
その彼女も私と同じアラ還・・
この夏の便りでは厚生年金の比例報酬部分だけでは生活ができず、
企業年金のありがたみを手紙で綴っていたのだったが、
その後に届いた秋便りには、
F子自身が難病を発症したため、母親を施設に預け、
今、私は病室で手紙を書いています・・。
とのことだった。

自分の意思でパソコンもケータイも持たないF子とは
その後何度も手紙の往復が続き、
なんとか退院はできたものの、
寝たきりの母親(90代)の介護にはドクターストップがかかり、
毎日、彼女自身のリハビリがてら、片道30分の農道を歩いて、
母親の入居している施設に通っているとの
便りが届いて一ヶ月も過ぎない内の喪中欠礼はがきだった・・。

お姉さんの死因は書いてはなかったが、
女性で64歳で亡くなるのは若すぎる。
とは思いつつも、死は誰の身にも公平に訪れるもの。
F子のお姉さんの寿命は64歳でしかなかったのだろう・・。
私の弟も昨年、59歳で見果てぬ遠い世界に行ってしまった。
そう......人は生まれ落ちた瞬間から死に向かって歩いているのだ。
そして年齢に関係なく、死んでゆかねばならない。

我が夫婦の親はもうこの世にはいない。
そして、我が夫婦も、ともに兄弟姉妹の中の一人を亡くしている。
次は私か?夫か?それとも他の兄弟姉妹か・・。

我が夫婦もいつ死んでもおかしくない年齢に
達していることだけは確かだといえるが、
それでも、私を含め、誰も自分がやがて死ぬ・・
などと常に考えて日々の生活を送ってはいない。
我が夫などは、死の話は絶対タブーな事柄であるし、
なんとか聞き出せたのは、
自分の親お墓問題でさんざんな目に合っている経験から、
自分のお墓に関しては、「海への散骨で良い。」ということだけだ。


この歳になるまで、何度考えても、
『人生にはこれが正解!などと言えることはなく、
もちろん死においても正解などはない。』
ということだけは解ったような気がする。
結局は、「自分が必ず死ぬ運命にあるということを受け入れて、
今、そして今後はその日が来るまで、どういう生き方をしたいのか・・」
と選択し続けていくしか方法はないのだろう・・。

そして、もし最期には「これで良かった♪」と思える人生であり、
また笑って生を終えられれば、それだけで十分なのかもしれない。


余談だが、今日、市営プールのシニア水泳教室で
初めてバタフライを習ってきた。
80代で10回目の参加という猛者女性や、
70代でバタフライ初挑戦の女性もいて、私などはまだまだ若い方らしい。
ヘトヘトになりながらも心地よい爽快感と心地よい疲れが残っていて、
水泳教室参加は楽しい選択だったと今は思っている。

語りたきことなど在りてペンを持つ友の数など指折りながら
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特定秘密保護法案成立のあかつきには、政権に異を唱えるデモはテロ行為として犯罪になると自民幹事長がブログで予告?
自民党の石破茂幹事長がとんでも無い発言をしていたのでご紹介します。
2013年11月29日18時23分頃、石破幹事長は自身のブログ上に「沖縄など」
というタイトルの記事を投稿し、その記事中で、



今も議員会館の外では「特定機密保護法絶対阻止!」
を叫ぶ大音量が鳴り響いています。
いかなる勢力なのか知る由もありませんが、
左右どのような主張であっても、
ただひたすら己の主張を絶叫し、
多くの人々の静穏を妨げるような行為は
して世論の共感を呼ぶことはないでしょう。
 主義主張を実現したければ、
民主主義に従って理解者を一人でも増やし、
支持の輪を広げるべきなのであって、
単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質において
あまり変わらないように思われます。

というような考えを述べました。

与党の幹事長がこのような発言をしているのは大問題です。
そもそも、反対だろうが賛成だろうが関係なく、
民主主義においてデモは正当な権利として認められている行為であり、
周囲の方や物に攻撃などをしない限りは、全く問題はありません。
彼は民主主義の意味を知らないのではないでしょうか?

また、日本におけるデモというのは事前に警察などの組織に
報告することが定められているわけで、
石破茂幹事長は「反対デモを認めた警察もテロリストに加担している」
と言っていることにもなります。
いずれにせよ、こんな思想や思考をしている方が
与党の幹事長をしているとかあまりにも危険過ぎです。
やはり、特定秘密保護法案の成立は断固阻止しなければいけません。
上記引用元 http://blogos.com/article/74801/


石破氏曰く、【主義主張を実現したければ、
民主主義に従って理解者を一人でも増やし、
支持の輪を広げるべきなのであって、
単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質において
あまり変わらないように思われます。】

この石破氏の発言は、特定機密保護法が成立したあかつきには
政権に歯向かうものは、例えデモであれ、テロ実行犯として逮捕するぞ!
という脅しであり、事前勧告なのでありましょう。
衆議院のカーボンコピーと言われている参議院・・
ねじれも解消した今、圧倒的な数の力で特定機密保護法が成立しそうなので、
心の中の狂喜乱舞だけでは物足りず、
つい本音が出てしまったのだと思われますが、
政権側にとっては国民=我々は家畜以下なのでしょう。

石破氏は民主主義に従って・・云々とゴタクを並べておられますが、
日本はいつから「民主主義国家」になっていたとですか・・?
わたくし、物心が付いてから幾星霜、この国が「真の民主主義国家」である。
などと感じたことは一度もありませんが・・。



見させない言わせもしない聞かせないなにが秘密かの何たるかをも 
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テーマ : ひとりごとのようなもの ジャンル : 日記

tag : 特定機密保護法 テロリスト カーボンコピー

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Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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