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年金生活世帯は15年度以降は、消費税増税、マクロ経済スライド制による年金削減、介護保険料値上げ、アホノミクスによる物価上昇の5重苦を覚悟しませう。
明後日に迫った消費税増税
量販店やスーパーは消費者心理を見透かしてか、後2日!とばかりに、
新聞のチラシやポスティングチラシで駆け込み購入を煽りに煽っている。
ご年配の皆様方も消費増税狂騒曲に踊らされて、
仏壇用のロウソクやお線香を駆け込み購入されましたでしょうか・・?


ところで、その「消費税率の引き上げ分」についてですが、
アベ政権は皆様の血税の12億6000万円をも費やして、
政府広報などで「消費税率の引き上げ分は、
全額、社会保障の充実と安定に化に使われます。」
などと、耳障りのいい美辞麗句を盛り込んで、
新聞広告などで盛んに喧伝していました。
消費税率の引き上げのための政府広報に12億6000万円も使うのなら、
そのお金で認可保育園とか特養とかを建てたら!
などと思うのは私だけでしょうか?
r344

そして・・・
消費税増税分5兆円のうち、
新たに社会保障に回ると予定されているのは、
5兆円の内のわずか5千億円程度だとか・・。
それも、高齢の入院患者の早期強制退院などに使われるそうです。
いったいどこが「消費税率の引き上げ分は、
全額、社会保障の充実と安定に化に使われます。」
になるのでしょうか?


政府広報には「社会保障制度を誰もが安心して利用できるようにする。」
とも書いてありますが、いまどき、それを本気で信じる大人は存在しませんよね?
ねっ!?


年金生活者にとっては、消費税増税で物価が上がっても、
年金額は上がらず、その差は17年度には3.9%に広がります。
また、厚労省年金局長も「基本的にそういう調整が行われることは事実です」
とあっさりと認めているようです。
拠って、年金生活世帯にとって15年度は、
消費税増税マクロ経済スライド制による年金削減、
介護保険料値上げ、アホノミクスによる物価上昇で
5重苦を強いられることになります。

これでは、「社会保障制度を誰もが安心して利用できるようにする」、
などとは、とても言えず、2枚舌どころか20枚もの舌を使い分けるのが得意な、
政治屋を生業とする彼らの策略にまんまと嵌められているとしか言えません。

私のような倹しい年金生活者は消費税が増税されれば、
ますます生活は厳しくなります。
それなのに戦後の高度成長を支えてきたにも関わらず、
年金額は徐々に削減されるのです。

そして、消費税増税は社会保障のためと政府は言いますが、
それは真っ赤な嘘なのです。

アベ政権が進めているのは、消費税増税で生み出される莫大な財源を
大型公共事業で大盤振る舞いを企て、大企業には法人税を減税するのです。
なお、法人税の規模は4月からの復興特別法人税の廃止で1兆円、
アベ政権が検討中の法人税率10%引き下げで約5兆円に上がるそうです。

今まで、何度も何度も、このブログで書いてきましたが、
アベ政権の言うところの国民とは、名も無き数多の国民などではなく、
ましてや、原発難民でもなく、被災者でもなく、
財界と大企業と大株主だけなのです。
彼らにとっては、どんなにひどい目に合わせても、
どんなに格差を拡大しても、声を上げない民たち・・。
そのような人々から税金を搾り取ることほど
容易いことはないのでしょう。

国にとっては、年金生活者などは社会の金食い虫でしかなく、
病気になっても、治療半ばで病院から強制退院させて、
在宅で家族に介護をして貰え!
それが無理なら、そこらへんでなるべく早く勝手に死んでくれ!
と言っているのです。


母親の病気で介護離職をせざるを得なかった友人(50代)がいますが、
彼女に収入はなく、寝たきりの80代の母親の年金だけを頼りに
倹しく日々の生活を送っています。
他にも、父親(70代)の年金で食べさせてもらいながら、
24時間ネット中心の生活をしている40代のニート男性もいます。
彼女も彼も親の年金収入が削減したら、
今の生活は更に苦しくなることでしょう。
つまり、消費税増税に繋がるアベ政権の施策すべてが、
年金生活者だけの問題ではないのです。



ヘレン・ケラー女史は3重苦でしたが、平成日本の年金生活者は
苦の意味は違えども5重苦を強いらるのです。
(共済年金の方々はそうではないでしょうけれど・・)



この記事をタイピングしている部屋の窓辺を、
桜の花びらが花散らしの雨と風に乗って、
ひらひらと翔んでいきました。
私は千の風になる前に、後何回、桜を見ることができるのかしら・・?
とふと、考えてしまいました。
社会の金食い虫と言われても、老いた親よ早く死んでくれ!
などと、子どもに思われても、鬼婆になって、
今後40回ぐらいは桜を見たいものです。(*^^)v
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テーマ : シニア・エッセイ ジャンル : 日記

tag : 消費税増税 政府広報 社会保障制度を誰もが安心して利用できるようにする 厚労省年金局長 マクロ経済スライド制 介護保険料値上げ 大型公共事業 復興特別法人税 原発難民 被災者

ひとりで生きる―― 新しい幸福の形はあるか?「年令だけちょっと多めの若者」=「オタク高齢者」と「ほんものの若者」=「黒子のバスケ脅迫事件被告」に見る孤独と自由の悩ましさ・・。
昨日の朝日新聞の論壇時評で高橋源一郎氏の
「ひとりで生きる 新しい幸福の形はあるか」という、
黒子のバスケ脅迫事件被告と超高齢化社会を
対比して考える記事が印象に残った。

論壇時評(3月27日)より・・

わたしの父は、晩年、
祖母や姉妹がすべて亡くなっていた実家に戻り、
ひとりで暮らしていた。父は2度癌(がん)になり、
最後にまた再発して入院した。
それから少しして、病院の近くの、
小さな中華料理屋に、わたしは弟と共に呼び出された。
死後の始末に関する依頼だった。話し終わると、
父は「肩の荷が下りた。
もう思い残すことはなにもない」といった。

 それから2カ月後、父は亡くなった。
突然のことで、その瞬間に立ち会った者はいなかった。

 通夜の席で、遺品を整理した弟から、1冊の大学ノートを手渡された。
ノートは亡くなる2日前まで書かれていた。
最後のページに、父が生涯で付き合ったと思われる
十数人の女性の名前が列挙されていた。
そこには、父が青春を過ごした
中国・旧満州の女性の名もあった。
それは「ひとり」になった故に記すことができた
秘めやかな思い出かもしれなかった。

     *

 雑誌「週刊東洋経済」は、4週にわたり、
大規模な特集「高齢ニッポンを考える」を組んだ。
4回分のタイトルは順に、「70歳まで働く」〈1〉、
「人口減少の真実」〈2〉、
「ひとりで生きる」〈3〉、「認知症を生きる」〈4〉。
この特集は、わたしたちの社会の「今」を、
これ以上はないほど恐ろしく鮮明に描いている。

 「70歳まで働く」というより、
年金支給開始年齢が遅くなることにより
「70歳まで働かざるをえなくなる」という指摘。
わたしたちが、長い間「ふつう」と思ってきた
「夫婦子どもふたり」ではなく、
もうすでに「単身世帯」こそ最多(標準世帯)である、
という指摘。さらに、その傾向は急速に進み、2030年には
「中高年男性の4人に1人が一人暮らし」となるだろう、という指摘。
そして、その果てに待っているのが「認知症」であり、
その患者と予備軍を合わせるなら約10年後には1千万人を超える、
という指摘。どの一つをとっても、
容易に解決することができない難問が、
いくつもからみあって、
加速度がつくように、この国は、
「超高齢化社会」へと突き進んでいて、
政府の施策は、その後を追うのが精いっぱいであるように見える。

 だが、この特集では、不安と不満を募らせることよりも、
そびえ立つ難問とどう立ち向かうかに焦点が置かれている。

 たとえば、いま「認知症ケア」は、無能者を施設で管理する、
という考えから、
「認知症の人の行動には人間らしい理由が必ず潜んでいる。
人格や人間性が失われる病気ではない」という考えへ移りつつある。
家族だけではなく、医者が、介護士が、あるいは近隣の人たちが、
見つめ、触れ、語りかけることで、
「同じ人間の仲間である」と感じさせることで、
「認知症」の進行を遅らせることも可能なのだ。
それは、「高齢化」の中で、社会が見つけた、
新しい形の「つながり」なのかもしれない。

 都築響一の『独居老人スタイル』〈5〉に描かれている、
「ひとりで生きる」老人たちの生活は、読む者を驚かす。
半世紀近くも、ビル掃除の仕事で生活費を得て、誰にも見せず、
誰からの影響も受けず、自分だけの絵を描き続けてきた人。
閉館した映画館を再開の見込みもないままひとり、
仕事のかたわらメンテナンスし続け、退職してからは、
気の向いた時だけ上映会を行うようになった人。
経済的には恵まれているといえない老人たちの暮らしは、
不思議な幸福感に満ちている。都築は、こう書いている。

 「そういうおじいさんやおばあさんは、
だれもたいして裕福ではなかったけれど、
小さな部屋で、若いときからずーっと好きだったものに埋もれて
(それが本だろうがレコードだろうが、
猫だろうがエロビデオだろうが)、
仕事のストレスもなく、煩わしい人間関係もなく、
もちろん将来への不安もなく――ようするに
毎日をものすごく楽しそうに暮らしてる、
年齢だけちょっと多めの元気な若者なのだった」

 都築の「年齢だけちょっと多めの元気な若者」が、
最後に手に入れたのは「自由」だったのかもしれない。
では、ほんものの「若者」たちは、
なにを手にすることができるのだろうか。

          *

 マンガ「黒子のバスケ」関連の商品を
撤去しなければ客に危害を加える、
といった一連の脅迫事件の被告の意見陳述を
ネット上で全文読むことができる〈6〉。

 家族の愛情も友人も仕事もなく、
「生まれたときから罰を受けている」と
感じてきた36歳の被告は、
「自分が手に入れたくて手に入れられなかったもの」
の象徴として
黒子のバスケ」を標的にした。
けれども、彼は同時に、
その怒りに正当性がないこともよく理解していて、
自分に厳罰を与えるよう主張し、
「自分のように人間関係も社会的地位もなく、
失うものが何もないから罪を犯すことに
心理的抵抗のない『無敵の人』」が増えるだろう、
と不気味に予言している。

 「孤独」は、人をより「自由」にすることができる。
けれども、同時に、それは、
人を底知れぬ不安に突き落とすこともできる。都築の描く老人と、
黒子のバスケ」被告の間の差異は、どこから生まれたのだろう。

 やがてやって来る社会で、
わたしたちはみんな「ひとり」になっていくのかもしれない。
そこで、わたしたちは、
どんな新しい「幸福」の形を見つけることになるのか、
いまのわたしには、わからないのである。



「生ずるは独り、死するも独り、共に住するといえど独り、
さすれば、共にはつるなき故なり 」という一遍上人の言葉がある。
瀬戸内寂聴氏に依れば、
人は一人で生まれて、一人で死んでゆく、生活を共にしていたとしても、
心の奥底までも共にすることはかなわない。だから一緒に果てることはないのだ。
というような意味らしい。

さすれば・・・
運良く長生きできたとしても、たかだか70年から90年の短く儚い人生において、
やがてやって来る社会で、私たちはみんな「ひとり」で、
現在も未来も幸福か?幸福でないか?に関わらず、死にゆかねばならない。

そこで、わたしたちは、どんな新しい「幸福」の形を・・・
という問いには、老いても、また「ひとり」になっても、
新しい「幸福」の形を見つけることになるのか?という認識では、
結局は私たちがいるこの3次元世界の何処にも存在しない、
幸せの青い鳥を永遠に探し続けるようなものであるとも言える。

幸福の価値観は人それぞれであり、
それらの価値観の違いを認め合いながら、
日々の喜怒哀楽を友として、その日が来るまではなんとしても
生の欲求に従いつつ、やがて、肉体がもう疲れた・・
と自らの生のDNAが活動を停止するまでは
つつがなく生き延びることに邁進するしかないのではないのだろうか?



「年令だけちょっと多めの若者」=「高齢者」が老オタクとして、
自分だけの趣味の世界や愉しいと思うことに
没頭していれば脳内麻薬が大量に分泌されるので、
その人の価値観に依る幸福感を得ることができるのだろう。

それから、都築氏の描く老人と、「黒子のバスケ」被告の間の差異は、
「年令だけちょっと多めの若者」
は大多数がアナログ世界(現実世界)の住人であり、
特定のコミュニティ(職場や家庭や近所付き合い)関係を維持できており、
社会生活のバランスも取れていると言える。
そのため、多くの時間を趣味等に当てていても、
また、それらを他者に認めて欲しいとか、
有名になろうなどとは全く思っていなくても、
結果として、ジャーナリストの方々に知られ、
ドキュメンタリーやフィクションとして紹介され、
本人が望まずとも有名になってしまう。



方や、「黒子のバスケ」被告は仮想空間という、
自分に都合のいい答えしか認めなくてもいい、バーチャル世界の住人であり、
己に都合よく創作された物語の中から、リアル社会に出るということは
恐怖そのものなのかもしれない。
さらには、リアル社会で生身の人間対生身の人間として
他者と対峙しなくてはならなくなったときなどには、
普通に他者と対応する技術が未発達であるにも関わらず、
彼らは不都合な真実にだけは異常なほど敏感であり、
リアル社会における勝ち組だとか負け組だとか、
格差社会だとか、定職がない人は恋愛もできない・・
とかの、経済至上主義そのものズバリ志向のような、
余分な情報だけは、耳を塞いでも容赦なく入ってくるので、
ますます焦燥感や矛盾や絶望を感じて、
簡単に無敵の人になってしまうのかもしれない。


私的には、「黒子のバスケ」被告の内面の孤独と自由よりも、
年齢的には、「経済的には恵まれているといえない老人たちの暮らしは、
不思議な幸福感に満ちている。」のほうに並々ならぬ興味がある。



私は週に2~3回体力維持のためにプール通いをしているが、
プール仲間たちの年齢層は団塊世代を中心にその前後の世代が一番多い。
そこでの話題は?と言えば、皆、自分たちは病気に罹っても、
早々に病院から追い出され、老健特養にも入れず、
孤独死や野垂れ死にを覚悟していると言う人が多い。(ほとんどが女性)
そして、今という時間を愉しく過ごさなかったら、
あのときもっと愉しいことをすれば良かった!
我慢ばかりで損な人生だった・・と思いながら死んでゆくことだけは避けたい。
と皆が口を揃えて言う。(こちらもほとんどが女性)




私は近未来には経済的には恵まれているとはいえない老人になる。
孤独死や野垂れ死にする前に、
不思議な幸福感に満ちている老人になれるのだろうか・・?
などと、凡庸な脳みそをフル回転して考えているところなのでありますが、
「新しい幸福の形」とは?私には途方もない難問なのでありまする・・。
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テーマ : 伝えたいこと・残しておきたいこと ジャンル : 日記

tag : 論壇時評 一遍上人 黒子のバスケ 仮想空間 リアル社会 勝ち組 負け組 経済至上主義 老健 特養

ポロリ、ポロリと死んでゆく。みんな別れてしまうのだ。 呼んだって、帰らない。なにしろ、此の世とあの世とだから叶わない。
今日、唐突に友の死を知らされた。
今、私の心の中は哀しみと無常観で覆い尽くされている。
そして、中原中也が弟の死に際して悼んだとされる詩。

「ポロリ、ポロリと死んでゆく。みんな別れてしまうのだ。
呼んだって、帰らない。なにしろ、此の世とあの世とだから叶わない。」
が身に滲みる・・。

その人は花友と呼ぶにふさわしい花好きな女60代性であった。

私がプールに行くために、バス停に向かう途中の路地に
色とりどりの花に溢れるその人の庭と家はあった。

ある日、その彼女から突然声をかけられ、
「あの~、お近くの人ですよね?
増えすぎて捨てるに忍びなくて・・
ご迷惑でなかったら、この花をを貰っていただけませんか?」
と、ポットに植え替えられた水仙を手に、声をかけられた。

どうやら、彼女は2階の窓から、
私が週に2、3回、往路と復路に同じ時間帯に
彼女の家の前を通り過ぎるのを見ていたようであった。


知り合って約3年。
その後、彼女とは庭友、花友として、
彼女には色々な花の名前や育て方を教えてもらったりしていた。

その彼女が一年ほど前のある日、
「私ね・・難病の宣告を受けちゃったのよ。今度入院するの。」
と言い、その日以来、
彼女が庭でガーデニングを楽しむ姿を見ることはなかった。

あんなに元気だったのに!と驚いたが、
急激に病状が進行する難病らしく、
「もうガーデニングは無理らしいわ・・。」
と今にも泣き出しそうだった顔が今も忘れられない。



その後は、ときどき水やりのために庭に出てきているらしい
ご主人様に偶然逢ったときの話によれば、
「もう家には帰れないだろうと思うよ。」
とご主人様は寂しげに話をしてくれた。





そして、今日彼女の家の前を通ったら、
ご主人様が植木鉢やプランターに水やりをしていた。
世間話の後で、訊いていいものかどうか迷いに迷ったが、
思い切って訊いてみた。
「その後、奥様の具合はいかがですか・・?」と。


「ああ、女房ね・・・・
今年の正月に亡くなってさ、
家族だけで見送って、女房の希望で海に散骨したんだよ。
今頃は千の風になって、その辺を吹き渡っているんじゃないかな・・
あなたにはいろいろ、お世話になったらしいね。ありがとうね。」と、
意外にもあっさりした口調で彼女の入院生活のことなどを
お話してくださった。

永別のためのグリーフケアには息を引き取るまでに
十分過ぎるほど時間を割いたので、亡くなられた直後も現在も、
世間で言うところの喪失感はそれほど湧いてこないのだとも、
おっしゃっていた。

そして、彼女の一番好きだったという菫を一鉢、
形見として貰って欲しいと言われ、
彼女の化身のような気がして、ありがたくいただいて帰ってきた。

彼女とは、庭や庭越しに話をするだけで、深く濃い付き合いはしなかったが、
同い年の花友として、綺麗で美しい思い出だけを残してくれた。

「この庭の桜の木から花びら舞う季節が来たら、この庭テーブルでお茶しない?
お茶に桜の花びらが入ったら、自然の桜茶になるわよね。♪」
と、楽しげに笑っていた彼女。

その約束も果たせずに彼女は千の風になってしまった。
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3年前、我が家の狭庭辺に植え替えた水仙が可憐に咲き誇っている。
その隣に今日形見としていただいてきた菫を置いた。
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彼女は難病に罹る前に自身の手で、
死後に自身の姿を花に変える準備をすでに済ませ、
人の命の儚さとともに、人を悼むということの本当の意味を
教えてくれているような気がしてならない・・。
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テーマ : シニア・エッセイ ジャンル : 日記

tag : ガーデニング 千の風

京都・連続不審死事件・・渦中の女性は高齢者と3回再婚するも短期間で夫が次々と怪死。以前に交際していた高齢男性も10人前後が怪死。新手法の結婚詐欺事件も高齢化は避けられない?
最近、新聞の週刊誌広告でよく見かけるようになった
京都・連続不審死事件」の捜査対象者のA子さんは67歳だとか・・


事件の概要は・・


 昨年12月28日夜、京都府西部に住むB氏(75)が救急搬送され、
亡くなった。
遺体からは毒物、青酸化合物が検出された。
この“怪死”をきっかけに、妻であるA子さん(67)が過去、
結婚したり、交際していた高齢男性10人前後が
“怪死”を遂げていたことがわかった。
京都府警はこの連続不審死事件を捜査している。

 B氏以外にこれまで、Cさん
(結婚の2年後に69歳で死亡)、
Dさん(結婚の1~2カ月後に75歳で死亡)
といった高齢男性と何度も再婚した経緯について、
A子さんは本誌にこう話した。

「再婚したかったのは女の私じゃない。
たまたま知り合った男性が結婚願望が強かっただけ」

 そして「遺産目当てではないか」という本誌の質問に対し、
A子さんは詳しくこう説明した。

「Cさんの遺産は2千万円くらいで、彼には子供がいたので、
半分ぐらい、私の手元に残った。
Dさんには約2千万円の遺産があった。
子供はいなかったけど、甥、姪も相続しているので
、私がもらったのは、1千万円ほど。
亡くなったばかりのBさんはまだ
、相続の手続きをしてないが、
約1千万円の遺産があると思う。子供はいないが、
兄弟がいるので、百カ日法要で話し合います。
遺産は専門の人に入ってもらい、公明正大に分けてきました」

 A子さんが過去、
交際した男性10人前後が被害にあったのではないか、
とされる疑惑について、こう怒りをあらわにした。

「よくもそんなひどいこと言うわ。
亡くなった男性の遺族らは私がいると、
遺産が全部、手に入らないので、
私を悪の権化にしたいのでしょうね」

 3月に着任した京都府警捜査1課長は
「京都府西部の案件は捜査している」と認めた。
捜査の行方に注目したい。

(ジャーナリスト・今西憲之)

※週刊朝日  2014年3月28日号
引用元:http://dot.asahi.com/news/incident/2014031900054.html



京都府警が捜査する、京阪神に住む中高年男性が相次いで
“怪死”した連続不審死事件。
その渦中の67歳の女性・A子さんが本誌の独占取材に応じ、
身の潔白を訴えた。
この連続不審死事件が発覚したきっかけは、
A子さんの夫、B氏(75)の“怪死”だった。

 当初、死因は心臓疾患ではないかとみられたが、
京都府警捜査関係者がこう明かす。

「運ばれた時、Bさんの体全体が赤みがかっていた。
司法解剖し、詳しく調べると、
毒物、青酸化合物が検出され、事件性がある、と捜査に着手。
調べると、A子さんが過去、結婚したり、
交際していた高齢男性10人前後が
“怪死”を遂げていたことがわかりました」

 A子さんは少なくとも過去4度、結婚し、
いずれの夫とも死別していた。
最後の夫である75歳のB氏とA子さんが
婚姻届を出したのは昨年10月ごろ。
A子さんは経緯を本誌にこう説明した。

「結婚相談所を昔、やっていた友人からの紹介で知り合った。
そのころ、B氏は7年間、同居していた女性に逃げられた直後で、
『逃げられるのはイヤ。結婚してほしい』と頼んできた。
B氏の年金の額が少なかったので、あまり乗り気じゃなかったんやけど、
彼の願望に押し切られ、結婚しました」

 だが、二人の結婚生活は2カ月あまりで終わりを告げた。

「確か、昨年10月くらいから二人は一緒に住みだした。
『よくその年で結婚なんか』と私がBさんに言ったら、
『ぼけていられない』と嬉しそうに笑っていたんやけど……」
(B氏の知人)

 B氏の遺体が警察の検視から戻った今年1月4日、A子さんは葬儀を行った。
そして翌日から京都府警に呼ばれ、連日のように事情聴取されたという。

「だって、家には2人しかおらんやろ。警察に連れていかれ、
調べられて当然やん。
1日6時間、調べられた。指紋を1時間かけてとられたり、
ウソ発見器に2時間もかけられたり。完全に私が疑われていた。
ウソ発見器では『人を殺しましたか』『毒物を入れましたか』
という質問が流れ、イエスかノーと答えさせられた。
人生ではじめてのことだが、
潔白が証明されるはずやと思い、喜んで協力しました」

 毒物がB氏の遺体から検出されたことは、
事情聴取の過程で知ったという。

「警察の取調室の机の上に書類が置いてあり『薬物』と書いてあったので、
これで疑われているわ、と思いました。
死体検案書にも“毒”という文字がありました。
でも、私は今まで毒物に触れるような仕事をしたことないし、
入手できるツテもない。ちゃんと調べてほしいわ」

(ジャーナリスト・今西憲之)
引用元:http://dot.asahi.com/news/incident/2014031900004.html




もしも、上記の67歳のA子さんが、逮捕でもされたら、
首都圏・連続不審死事件木嶋佳苗被告(東京高裁での二審も死刑判決)よりも、
また、 木嶋佳苗の拘置所日記(ブログ)の中で
木嶋佳苗被告がライイバル視している鳥取・連続不審死事件
上田美由紀被告(広島高裁での二審も死刑判決)よりも、
不審死した人の数と容疑者の年齢が年齢だけに世間は騒然となるわね。

まだ逮捕されたわけではないけれど、
4回結婚して、そのうちの一人は2年で、
他の二人は2ヶ月という短期間で夫が亡くなっている。
夫3人が不審な死に方をし、
他にも以前に交際していた高齢男性10人前後が“怪死”って、
ド素人が考えても、怪しいわよね。

それに、正式な結婚もしていたらしいけど、
相手が高齢者だったら、死亡率も高いし、
遺産相続に際して、配偶者として相続財産の2分の1を
確実に手に入れるのは合法だけど、超短期間の結婚生活で
夫が次々と不審死となれば話は別よね。


高齢の夫になかなかお迎えが来ないようだったら
青酸性の毒物を盛る・・って?
あまりにも思考回路が短絡的すぎない?

どこから入手した薬物か?
また、誰が盛ったか?
ぐらいは、もうすでに警察は掴んでいると思うな・・。
後は物的証拠を突き付けるだけ・・だと思う。
だが、首都圏・連続不審死事件木嶋佳苗被告も、
鳥取・連続不審死事件上田美由紀被告
状況証拠だけで裁判員裁判で死刑判決が下った。
A子さんも状況証拠だけで逮捕、起訴される可能性も高い。

それに、
「再婚したかったのは女の私じゃない。
たまたま知り合った男性が結婚願望が強かっただけ」って、

これだけの理由で六十路女がホイホイと結婚する?

私の知り合いの六十路の未亡人たちは、
「再婚なんてとんでもない!結婚なんてもう懲り懲りよ。
やっと自由になれたのに、ヨボヨボの夫のために
家事だの介護だので時間を奪われるなんて、
まっぴらごめんよ。一人って自由で良いわよ~♪」
と口を揃えて言っている。

そして、その中の一人は冗談だと断った上で、
再婚の条件としては、身寄りがなく、
総財産は100億円ほど有り、
住み込みの家政婦付きの大邸宅に住み、
家事も介護もしなくていい条件付きで、超高齢男性から
「君が結婚してくれなかったら今ここで死ぬ!」
などと懇願されてのプロポーズだったら、
遺産目当てで結婚しても良いそうな。(^^;)

この世にそんな人がいるわけがないわよね・・
と二人で大笑いしたことがあったが、
私などは、あれから4?年・・もの間、
初婚同士で結婚した夫に未だに尽くし続けている?が、
万が一にでも、夫が私より先に死んだとしても、
二度と結婚しようなどとは100%も思わないけどね・・。


通常の夫婦なら、病気や事故で初婚相手に亡くなられ、
再婚相手にも亡くなられ・・再々婚相手にも亡くなられて・・
ということも3回ぐらいまではあるかもしれないが、
そういうことも現実には極めて稀なケースだ。


Aさんはやはり、価値観も金銭感覚も一般とは違うのだろうか?
短期間で次々に!男を変えるというのは、
私の脳内では理解も納得もし難い部類の人間に入る。

それにしても、4度も夫と死別して、
交際相手の高齢男性の10人前後が“怪死”って、
事実は小説より奇なりというけれど、
今どきのミステリー小説よりも衝撃的よね。


Aさんに付いては
まだ、報道規制が引かれてるらしく、
TVとラジオのニュースはおろか新聞にも記事は出ない。
警察が各メディアに取材自粛を要請しているという事は、
もちろん容疑者は特定はされていることになる。
尼崎事件のときは主犯の顔写真を公開したのは
随分遅れてからだった。

そのうち、美老女Aさんが逮捕、起訴され、
ご尊顔と罪状がマスコミに公開されることがあったら、
木嶋佳苗被告にとっては、そのときにはAさんの存在が
上田美由紀被告を軽く超える最強のライバル及びジェラシーの対象と
なるのでありましょうか・・。

(※ 木嶋被告は死刑囚なので、
日々の拘置所ライフは労役もなく、税金で個室と三食昼寝付きを与えられ、
懲役囚とは違って、比較的自由であり、消灯時間までは本も雑誌も週刊誌も読めて、
支援者に頼んでブログも出来る。
それに食べたいものも、読みたい本も支援者が買って来てくれるし、
お菓子も売店で購入して好きなだけ食べられる。)



それにしても、尼崎事件といい、京都・連続不審死事件といい、
高齢化社会を如実に顕す事件ですわね・・。

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テーマ : シニア・エッセイ ジャンル : 日記

tag : 京都・連続不審死事件 首都圏・連続不審死事件 木嶋佳苗被告 鳥取・連続不審死事件 上田美由紀被告 報道規制 尼崎事件 高齢化社会

「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人冒頭意見陳述を聴いて、無敵の人増殖社会に思う。
一昨日、ラジオ(文化放送・大竹まことのゴールデンラジオ)を聴いていたら、
オープニングで、「黒子のバスケ脅迫事件被告人冒頭意見陳述
一部を紹介していた。




そして今日、
改めて「黒子のバスケ脅迫事件被告人冒頭意見陳述の全文を読んでみた。

「黒子のバスケ」初公判被告人冒頭意見陳述全文公開1

「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開2




日本の若者たちの一部が思う現実社会は、
こんなにも回復不能なまでに絶望感で満ち溢れているのかと驚愕した。
(ちなみに60代の私にとっての若い人たちとは39歳以下を指す)
しかし、過去を振り返れば、
このような事件は今に始まったことではなく昔からあったように思う。
一例を挙げれば、金閣寺放火事件である。
この時代にもちろんネットはなかったが、
厭世感情と虚無感から抜け出せずに罪を犯す人も大勢いた。



努力してもどうにもならない格差社会差別社会という日本の暗部の中で、
彼と同じような感覚を持つ者が一日中、また何週間も何ヶ月間も何年間も、
社会に背を向け、生身の人間とは会話もせずにネットという
仮想空間の中だけで今を生きているという生活では、
こういう人が出てきても不思議ではない。
だが、リアル生活の中で、99%の人間はどんなに努力をしても、
どんなに汗水を垂らして働き続けても、
また才能があっても、その才を開花させる環境
(経済面と親の才覚)と運がなければ、
社会が喧伝するような勝ち組にはなれないのだ。


被告人は意見陳述の中で、何度も何度も、
自死を望んでいるように書いているが、
本当に自死する気なら他人には言わない。
それに、脅迫事件程度では死刑にならないことを
被告人は知っているはずだ。
きっと、誰か助けて!
この生き地獄(彼にとっての)から僕を引っ張り出して!
と悲鳴を上げていただけなのだろう。
だが仮想空間の中の風は冷たく、
誰も引っ張り上げてくれる人などいるはずがない。
そして、ますます無敵の人
(ネットスラングで失うものが何もなく刑罰がリスクだと思わない人たち )
になり、底なし沼のような絶望の闇に深く深く堕ちてゆくのだ・・。

世の中とは甘いものではなく、
格差や差別でギトギトに汚れていることは紛うことのない現実だ。
だが、そういう世の中でも、
罪も犯さずに生きている人が大勢いるという事実
をこれから学習し直して、
人間という生き物が宿命として持っている善と悪の深い部分を見つめつつ、
いずれ出所したあかつきには、仮想空間の中ではなく、
リアル社会で役立てて欲しいものだ。

それから、
「日本中の前途ある少年たちがいじけず、
妬まず、僻まず、嫉まず、前向きで明るくてかっこいいイケメンに
育つことを願って終わりにしたいと思います。」

と書いてあるが、これは無理ね。

これも人間に産まれ落ちてしまった宿命として、
誰もが嫉妬心を持ち、99%は生物学的上ではイケメンには生まれない。
努力次第では心のイケメンにはなれるかもしれないが、
そこに気が付いてくれる人がいるかどうかについては何の保証もない。
また、日本病と言われる「前向きで明るく志向」については、
前を向こう!明るく!明るく!と無理をすればするほど、
自覚していない心のある部分が疲れ果ててしまい、
制御が効かなくなる人も出てくる。
つまり、精神の病にかかる人や自暴自棄になって犯罪に走る人もいるということだ。
(実際に心の病にかかってしまった人が私の身近にも数名ほどいる)

老婆心から言えば、どのような容姿であれ、
また、どのような環境や境遇にあろうとも、
一度も警察のご厄介にならずに、今を精一杯生きて、
やがて訪れるその日までは、「生きてるだけで丸儲け」だと思って
日々をやり過ごすしか生きる方法はないように思う。

厭世感に支配され、己が人生に絶望しているからといって、
リアル社会に向ける報復は、人として決してしてはならないことである。
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週刊誌の新聞広告「老いた親の捨て方」と「一銭もかけない死に方」から読み解く、老いと死に対する社会の考え方の変遷
3月10日の付けの週刊誌の新聞広告に気になるタイトルを見つけて切り抜いておきました。
老いた親の捨て方」(週刊現代)と一銭もかけない死に方(週刊ポスト)です。

IMG23

IMG24

扇情的でヒステリックで売らんかな根性!が見え見えの、
毒々しいタイトルばかりが並んでおりますが、
広告のタイトルを見ただけで、実際に買ってまで読もうとは思いませんでした。
それでも、「老いた親の捨て方」と「一銭もかけない死に方」には、
現代の世相を反映するものと解釈し、
記事の中身を勝手に推測して、妙に納得してしまいました。


老いた親の捨て方」に関しては、
以前にこのブログで書いた「親孝行したくないのに親がいる」
http://towardthelastgoodbye.blog136.fc2.com/blog-entry-34.html

あまりにも状況が似ていることに興味を覚えたのと、
一銭もかけない死に方」に関しては、
この歳になるまであらゆる葬儀に参列した経験から、
私自身が死者を悼むとは?死者を弔うとは?については、
何度も何度も考え、何冊もの関連本を読んだ結果、
仏陀の教えそのものには偉大なる哲学者としての敬意は払いますが、
現代の葬式仏教は無意味であり、葬儀にはお金をかけることが本質ではない」
という考えに至ったからです。




週刊現代2014.03.13号
 

大特集 みんな悩んでいる「老いた親」の捨て方

第1部 親を捨てるか妻から捨てられるか
第2部 大丈夫、本当はみんな「捨てたい」と思っている
第3部 共倒れになる前に捨てなさい

愛情を注ぎ、立派に育ててくれた両親。
時は流れ、あなたは定年。親は80過ぎ。
感謝の気持ちは忘れない。
けれど、いつまでも「親子の情」に引きずられていては
自分の人生を失うことになります。


第1部 決断ひとつで、天と地ほどの差がついてしまう
親を捨てるか妻から捨てられるか

「15年前、母が認知症を発症したのを機に、同居を始めました。
私はまだ54歳で働いていたし、家は狭い建売住宅。
高校生の娘も二人いたので妻は抵抗があったようですが、
私は強引に母を引き取り、妻に介護を任せたのです。
そこからすべてがおかしくなりました……」

------------------------------------------

我が夫婦の両親はもうこの世にはいませんが、
私の年代(60代前半)ではまだまだ
80代~90代の親の
介護問題で悩んでいる人が多いのです。

先日のこと、老健に入所していた友人の御母堂様
(90代前半・移動は車椅子・要介護3)が、
やっと終の棲家となる特養(個室)に入所でき、
友人は費用が20万円から10万円に減ったと喜んでいました。

さらには、御母堂様は命に関わる持病を3つ
(糖尿病、大動脈瘤、心臓病)も抱えているため、
もしかしたら、環境の激変に耐え切れずに心身が衰弱し、
完全寝たきりになって加齢によるボケ症状も進み
老い先は短いだろうと予想し、
早々に葬儀社に見積もりを出してもらいに行ったというのです。

ところが、案に反して、
老健よりも特養の環境が御母堂様に合っていたのか?
それとも、たまたま運良く、良い特養に入所できたのか?
急速に身体状況が改善され、移動も車椅子を使わずに済むようになり、
頭の中もクリアになってまだらボケ症状も消えたらしいのです。

その御母堂の一人娘である友人(60代前半)は今も、
「親を介護施設に預けた=親を姥捨て山に捨ててしまった・・」
という罪の意識に苛まれながらも、それしか方法がなかった....。
と自分を慰めつつ、母にはもっともっと長生きして欲しい!と思う反面、
今は母親の預貯金で施設費用を賄っているのですが、
母親に年金収入がないため、
後2年ほどで母名義の預貯金を使い果たしてしまう計算になるので、
もし、母親が今後において2年以上長生きをすれば、
今度は彼女に費用負担がのしかかってくるそうです。
そのことを考えると早くあの世に逝って欲しい...
という相反する想いが交錯していることも打ち明けてくれました。

今の世の中は親に介護が必要になったら、
「親子の情」や「家族の絆」とかいう綺麗事で片付く問題ではなく、
「老いたらお金を持っていること」が必須条件なのでしょう。





さて次は・・・

週刊ポスト
の「一銭もかけない死に方」の裏技だそうですが、
一銭もかけない死に方」について、
私が思い付いた裏技は献体登録しかありませんでした。
ご遺体を引き取りに来た大学のスタッフが、
ご香典代わりなのか?ウン万円の寸志をそっと置いていったという話もあり、
「一銭もかけない」どころか、不謹慎とは思いますが、
大学によっては、お礼がいただける場合もあるようです。(笑)



不慮の事故死等ではなく、
病気で普通に病院で亡くなったと仮定して、
すぐに遺族が登録先に電話連絡をすれば、
日中ならば、その日に、夜間であれば翌日の日中に、
大学から委託された業者が迎えに来ますので、
死亡した病院には献体する旨の事情を話しておくと、
強欲で金儲け主義の経営者の病院であるとか、
もしくは病院出入りの葬儀社と繋がりが深い看護師長が
余程の欲深女?でない限りは、搬送委託業者が迎えに来る時間まで
病院の霊安室に置いてもらうことも可能です。

すぐにご遺体を大学に引き渡してしまうのは偲びない・・。
せめて一晩だけでも住み慣れた我が家に帰してあげたい。
と思うご遺族は自宅に自家用車でご遺体を連れ帰って、
ご遺体に寄り添い、永別(わか)れの悲しみに浸って、
ある程度までのグリーフケアを完了?させることもできます。

また、ご自宅に戻られたご遺体は思いのほか早く腐敗が進むので、
夏場であれば、どうしてもドライアイスが必要になります。
急場しのぎとして、サーティーワン等のアイスクリーム店があれば、
事情を話して有料で分けていただくか、もしくは近くの葬儀社で購入するかして、
ご遺体の処置は万全にしなければなりません。
献体は新鮮なご遺体でないと防腐処置が巧くいかないそうです。
つまり、産地直送の目ん玉の澄んだ鮮魚状態でなければ、(笑)
登録していても引取りを断られる可能性もあるらしいです。

更には、搬送業者がお迎えに来る時間までに、
役所や役場に死亡届けを出して、
埋葬許可証は必ずもらっておかなければなりません。

そして、ご遺体と一緒に埋葬許可証をお渡しすれば、
各大学によって違いはありますが、1~3年後には、
大学の担当者がご遺族同席の元で荼毘に付してくれます。
なお、火葬、お経(希望すれば)、献花等の費用は、
すべて大学で負担してくれます。

自分で棺を買い置くことも、火葬場の予約も、搬送もしなくて良いので、
献体=ボランティア葬ならば、今話題の「0(ゼロ)葬」よりも
医学の発展に貢献できるメリットもあり、
死亡した病院から大学の献体用安置室への直行であれば、
正真正銘、一銭もお金はかかりません。


話が逸れますが、嫁いびりの激しかった姑に仕え、
そのわがままな姑の介護を長年に渡って強いられることもあります。
もしも、「こんな糞婆ァのために葬式代なんて一銭も払ってやるものか!」(笑)
と、お考えのお嫁様方は早めに、また姑が認知症になる前に、
憎い姑をおだてたりすかしたりして、検体登録を勧めましょう。
盆と正月に菓子折り一つで顔を見せ、お嫁様の作ったご馳走をバカ食いして
「じゃ、母をよろしく~」と帰ってしまう小姑には、憎い姑から、
た~んまりと法定相続金が入りますが、
お嫁様であるあなた様はどんなに耐えても尽くしても、
毎夜、悔し涙で枕を濡らしても、
たった一円の相続もできないのですから・・。


話を元に戻します。
医学生による解剖後の火葬時には
柩を開けて顔を見せてはもらえません。
細部の神経組織に至るまで解剖されますので、
切られの与三状態といいますか、いや、それよりももっと凄く、
多分、全身がパッチワーク状のフランケンシュタイン状態だからでしょうか・・。

なお、遺骨を受け取るか、受け取らないかについては、
各大学の指針及び都合により、全骨お持ち帰りの所と、
引き取りたくない場合は合祀墓に入れてくれる大学もあります。
葬儀費用一切なしで、合祀墓というお墓まで用意してくださるのなら、
ボランティア葬(献体)もいいな・・とお思いの方は
登録しようとする医科系大学や医学部のある大学が、
合祀してくれるのか?それとも全骨お持ち帰りしなくてはならないのか?
をよく調べてから登録されることをお勧めします。


それにしても・・・
老いた親の捨て方」と「一銭もかけない死に方」ですか・・?

う~ん。歳は取りたくないですが、自然の摂理には逆らえません。
今の日本で、天寿を全うするというその実態は、
ほとんどが寝たきりで紙おむつを当てられ、胃ろうを付けての天寿全うです。
そのような状態では、尊厳もへったくれもないように思うのは
私だけでしょうか?

日本がベルギーやオランダやアメリカの一部の州のような、
死の自己決定権(安楽死法案成立)は私が生きている間は望めないでしょう。

死は避けられない宿命としても、PPK(ピンピンコロリ)
で逝けなかった場合の死に至るまでの過程においての家族との軋轢や葛藤、
また、己が心身の苦痛はどうしても避けたいものです。
それには、時の流れに身を任せていては、どうにもなりません。
シニア世代と呼ばれるようになれば、大震災や津波から生き延びることも然り、
すべて事前におおまかな準備をし、心構えを構築しておくことが、
老いや死を考える上ではとても重要なことなのではないでしょうか?
そのときになって初めて慌てふためかなくて済むためにも・・。



以下、※週刊ポスト2010年12月17日号から引用
http://www.news-postseven.com/archives/20101208_7529.html

経済的に不安を抱える人の急増を背景に、
葬祭に金をかけない苦肉の策として、
大学病院の「献体」に事前登録者が殺到している。
献体とは、大学の医学部や歯学部で行なわれる人体解剖学実習の教材として、
自らの遺体を提供すること。献体のために大学病院に運ばれた遺体はどうなるのか。
都内私大医学部関係者が解説する。

「病院や斎場からご遺体が運ばれてくると、
まずホルマリン液を動脈から体内に注入してホルマリン漬けにします。
その後、今度は2~3週間ほどアルコール槽に漬け、
それが済むと専用の遺体保存冷蔵庫に安置されます。
その状態で、約2年間“待機”していただくのが一般的です。
冷蔵保存庫内は遺体の臭いが移るのを防ぐための仕切りがあり、
一体ごとにパウチされる。最近では、100体ほどを収容できる冷蔵室もあります。
ご遺体の性別や死亡時の年齢、死因にもよりますが、
古いものから順番に解剖実習に回されます」
 
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ヒロシマ、ナガサキ、ミナマタの永年に渡る認定訴訟が重なって見えた、報道ステーションの『わが子が甲状腺がんに…原発事故との関係は…?』
福島第一原発の事故から3年がたった。
福島県で震災当時18歳以下の子ども約27万人のうち、
甲状腺がんと診断された子どもは33人。
子どもの甲状腺がんは、年間100万人に1人か2人とされてきたが、
それよりもはるかに高い割合で見つかった。
県の第三者委員会は、今、見つかっている子どもの甲状腺がんについて、
原発事故の影響は考えにくいとしている。
しかし、子どもが甲状腺がんと診断された母親は、やり場のない思いを抱えている。
子どもの甲状腺がんは、本当に放射線と関係ないのか。
1986年4月26日、チェルノブイリ原発
4号機が爆発・炎上し、莫大な量の放射性物質が放出された。
未曽有の原発事故を経験したこの地で、
子どもの甲状腺がんと被ばくの関係は、どのような結論に至ったのか。


チェルノブイリで甲状腺癌が発生するのは、事故から4年後…」
現地の医師「エコー検査機器がなかったので、調査できなかった…」
上記引用元http://www.tv-asahi.co.jp/dap/bangumi/hst/news/detail.php?news_id=37810

現地取材場面を見ていたら、現地の医師の言うことでは、
事故当初はチェルノブイリでには検査機器が無く、
四年後にやっとエコー検査機器を入手でき、
甲状腺がんが多発していることに気づいたそうな。
そしてさらに驚いたことは事故当時に生まれてすぐの新生児~二歳児にかけての
細胞分裂が盛んな子どもたちに甲状腺がんが多く見つかっているとのことだった。
三年前、福島で放射性物質飛散に関する情報をまったく知らされない中で、
子どもたちを外で遊ばせていて甲状腺がんを発症させてしまった母親は
悔やんでも悔やみきれないことだろう。

ただ今回報道のスクリーニング検査では、
自覚症状がない子供たちをも検査して、しこり等の異常を見つけた結果であり
初めから自覚症状がある被験者の発症率と比較していいものなのか?
との疑問が残らないでもない・・。

現時点では放射線と甲状腺がんの因果関係はない!と言う行政と国。
検査結果を外で言うな!と行政と国から外で言われたからと、
言いなりになり、沈黙を守る母親たち・・。
だが、今後において、甲状腺がんが多発して、
医療費等の救済と生活保障と精神的苦痛に対する慰謝料を求めても、
そう簡単に国はお金を出すことはない。
かつてのヒロシマナガサキミナマタのように、
お金(税金)を出したくない国と被爆者との
永年に渡る認定訴訟等の闘いの構図が有りありと見えてくる。
真の問題は2.3年後に幕開けとなり、
気の遠くなるような長い長い時間のかかる
患者VS.国家との闘いは決して避けては通れないことだろう。


ヒロシマナガサキミナマタに未だに
認定を求めて闘っている人たちがいる現実を踏まえると、
全てに共通して言えることは
救済措置と生活保障に税金を使わなくてはならない。
それが嫌で、福島の子どもの甲状腺がんと
被ばくの関係を認めたくないだけなのかもしれない。
もし認めればさらに東電は銀行から金を借りなければならなくなる。
政治家たちはいろいろな政治的しがらみ(利権構造)から
東電を破綻させるわけにはいかない。
つまり、現政権はフクシマの子供たちよりも、
大企業の利益を優先しているだけであり、
更にははフクシマの子どもたちの健康状態よりも、
経済の上向きにしか関心がないのだ。

加えて・・少子化対策消費者及び食品安全特定秘密保護法案
少子化対策消費者及び食品安全・男女共同参画・特定秘密保護法案担当の
森まさこ参院議員は福島県選挙区選出である。
多くの福島県の有権者は、原発事故で酷い目に合わされながらも、
自営業者の味方の自民党なら民主党よりも原発事故の収束が早い!
と思ったからなのか?
原発再稼働を目論む自民党を選んだ。
県民の選択の自由に誰も異を挟むことはできないが、
これが経済至上主義社会の成れの果て・・
といっても過言ではないと思う。

こうして、原発事故による遅発性被ばく者たちの何%かは
じわりじわりと体を蝕まれ、事故直後に福島に居た!というだけで、
ヒロシマナガサキで被ばくした人たちが、
被ばく体験を悟られないように沈黙を守って生き、
被ばくによる影響が出ないように祈りながら、
また願いながら、日々を生きてきたように生きるしかないのだ。

さらに恐ろしいのは、表面上には善良な人々が営んでいるはずの
社会の背後には嫌韓団体のヘイトスピーチ以上の
被ばく差別というマックスな難関が待ち受けていることだ。
現に私の親戚の福島県会津地方在住の事故当時17歳だった女の子は
大学受験で他県に行ったとき、事故当時に福島県在住というだけで、
なんとも言葉に表せない嫌な雰囲気をを感じ、家に帰って、
「わたし、もうお嫁に行けない・・」と大泣きしたという。
現実に「福島から避難してきた小学生に『放射能がうつる』
と差別発言をした千葉県の小学生もいた。



それでも、後2.3年の時が経てば、チェルノブイリのように
甲状腺がんの発症率が明らかになる。
そのときにには利権に群がる御用医師団も
「福島の子供たちに対して、原発事故と甲状腺がんの因果関係はありません」
などとは言えないだろう。


下記の動画を視聴するのには覚悟が必要です。
美しいものや楽しいことにしか興味がない人は見ないでください。



平成26年3月11日「報道ステーション」の報道内容についての
福島県立医科大学 放射線医学県民健康管理センターの見解


・現時点における、
甲状腺がんの症例は福島第一原発事故の
影響によるものとは考えにくいとの見解に疑義が示されました。


番組内ではチェルノブイリとの比較において、
被ばく線量についてほとんど触れられておりませんでしたが、
現在、様々な研究機関で行われている被ばく線量推計によると、
チェルノブイリに比較して福島における県民の
皆様の被ばく線量が低いことが分かってきています。

チェルノブイリの知見に留まらず、
現在見つかっている甲状腺がんの方の平均年齢が
16.9歳(2013年12月末日現在)であり、
従来より知られている小児甲状腺がんの年齢分布に非常に似通っていること。
チェルノブイリでは放射線の感受性が高い0~5歳(被ばく時年齢)の
層に多くの甲状腺がんの方が見つかったのに対し、福島では現在のところ、
その年齢層には甲状腺がんの方は見つかっていないこと。
甲状腺がんの発見率に地域差がみられないこと。
このようなことを考え合わせ、現在見つかっている、
甲状腺がんと診断された方については福島第一原発事故の
影響によるものとは考えにくいとの見解を持っております。
上記引用元 http://fukushima-mimamori.jp/urgent-info/2014/03/000125.html

だそうですが、もちろん!わたくしとても、
次世代を担う子どもたちのために
福島第一原発事故の影響によるものとは考えにくい・・
ことを願ってはおりますが、
東電の嘘に嘘を重ねる隠蔽体質と、
国による過去のヒロシマナガサキミナマタの人々への酷い対応を
物心が付きし頃より、半世紀以上に渡って見て聞いて読んできた私には、
そう簡単に信用はできまへん!
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大揺れで家が潰れて美人薄命?で死ぬかと思った!2011.3.11から、もう3年?まだ3年?で思うこと。
     ひずんだ家族、私はあきらめない 福島・楢葉

 あれから家族はふつうではなくなり、私はそれに慣れてしまった。

 両親の間の溝が決定的に深まったのは、震災の年の夏。暑い日だった。

 4カ所目の避難先だった福島県郡山市のアパートで、
泣き叫ぶ母(49)が父(51)をなじった。

 「大丈夫って言ったのに、大丈夫じゃなかったじゃない」

 父は言い返さなかった。

 何でこんなことになったんだろう。
高校1年だった矢代悠(はるか)さん(18)はトイレにこもり、
声が漏れないように泣いた。

 父は東京電力社員。自宅は福島第一原発の20キロ圏内、
福島県楢葉町にあった。
一家は原発事故で、震災の翌日から避難を迫られた。車で寝泊まりもした。

 父は事故の収束作業に呼び戻された。避難先の家に戻るのは月8日程度。
細い体がさらに痩せ、ほおがこけた。
母は知り合いから口々に「どう責任を取るの」「被害者面して」と言われ、
携帯電話の電話帳から約30人の名前を消した。

 福島県いわき市に避難した祖母までが「おめえの旦那が東電のせいで、
どれだけ世間体を悪くしてるか」と言った。母は泣いた。
若いころ、東電の子会社に勤め、「安定している東電の人と結婚しなさい」
という祖母の言葉通りの選択をしたのに。

 両親は会話を交わさなくなった。父からメールを受け取り、
内容を母に伝える役割を悠さんが担った。

    *

 テレビニュースが「脱原発デモ」を映し出す。

 東京の電気をつくる原発がどこにあるかも知らなかったくせに。
お父さんが頑張っていることは、誰も知ろうとしないのに。
無責任じゃない?

 悠さんは父が責められているように感じて、腹が立った。
でも、「父のことを話せば、軽蔑した目で見られるかも」
と心配する自分もいた。
高校でも父のことを深くは話せなかった。

 高2の夏。被災地の高校生300人を招くNPOや企業の企画で、
米国に短期留学した。
他の高校生や米国の学生とディスカッションを重ねるうち、
度胸がついてくるのがわかった。

 帰国後、被災地の高校生が東北の課題を話し合う東京の集まりにも参加した。
母を津波で失った宮城県の高校生の体験を聞き、決心した。「自分も言わなきゃ」。
緊張で体が震えたけれど、みな泣きながら聞いてくれた。

 被災したからこそ得た機会が自分を強くしていた。

 「震災で減った観光客を呼び戻そう」。
留学仲間の高校生が企画したいわき市を案内するバスツアーにも、
スタッフとして加わった。
悠さんは高2の春からいわき市に移り住んでいた。

 旅行会社の協力で昨年5月に始まったツアーは、第3弾まで実現した。
悠さんは首都圏からの客に父が東電社員として収束作業に当たっていることを話した。
そして、「私たちが楢葉町に住んでいたことを忘れないでください」と伝えた。

 抱きしめてくれる人、「お父さんたちは英雄だ」と言ってくれる人がいた。
震災後はめったに笑わず、口数も減った父。
その父が口に出せないことを、代わりに少しだけ言えた気がした。

    *

 母は今も祖母を許すことができない。
「心穏やかになる日はない。私に実家はない」と言う。
父は福島第一原発4号機の核燃料取り出しに当たり、
週末だけ帰宅する生活が続く。
父母がそろっても、視線が交わることはない。

 悠さんは今月1日、高校を卒業した。4月から県内の大学で建築を学ぶ。
「昔のように、家族でリビングに集まって仲良く話したい。
でもどうすればいいのか、わからない」

 ただ、一つ考えていることがある。

 おばあちゃんに会いに行って話を聴こう。
なぜお母さんにあんなことを言ったか、どんな気持ちなのか。
家族の関係が変わるきっかけになるかもしれないから。
今の私なら、向き合える自信がある。

 (根岸拓朗)

上記引用元:http://www.asahi.com/articles/DA3S11017754.html?ref=nmail



明後日に迫った忘れもしない3.11という日。
各メディアが挙って大震災特集を組んでいる。
上記に引用したような、
悲劇の家族ドラマが数え切れないほどあり、
そして、あれから3年を経ようとしている今も、
それは続いているのだろうな・・と思う。

人が生きるとは本来は苦の連続そのものであるが、
その連続性から目を背け、数多の人々は人生の拠り所として、
目の前の小さな幸せだけ見つめ続ける。
そして、自分には起こり得ないはずだった災難に
期せずして遭遇したときなどには
必ず「なぜ私が?なぜ私の家族が?」となるのが常だが、
どんなに否定しても、どんなに悔やんでも、
過酷な大震災と原発事故は起こってしまった。


福島第一原発から送られてくる電気エネルギーを使っていた、
都会に住む私とて、今でも、買い物のときなどに見かける
「東京電力」とロゴの入った車を見ると複雑な気持ちになる。

国は口先だけでは速やかな復興を!と繰り返すが、
2011.3.11以降、この3年間で復興は順調に進んでいるか?
といえば、掛け声だけで、福島第一原発の汚染水は今もダダ漏れ状態。
13万人の原発難民は、ふるさとに帰りたい、でも汚染されていて帰れない・・
でもやっぱり我が家に帰りたい・・
の堂々巡りで、何も変わってはいない。


3.11に天皇皇后両陛下の御臨席の下、各界代表の参列を得て、
内閣府主催の東日本大震災三周年追悼式が国立劇場であるそうな。






国民の皆様へ
(東日本大震災三周年に当たって)

政府は、来たる3月11日午後2時30分から、

東日本大震災三周年追悼式」を国立劇場において執り行います。

東北地方を中心とする我が国国土に未曾有の被害をもたらした

東日本大震災の発生から3年を迎えようとしています。

この震災により最愛の御親族を失われた

御遺族の方々の深い悲しみに思いを致すとき、

今なお悲痛の思いが胸に迫ってまいります。

政府は、東日本大震災からの一日も早い復興に向けて、

取組を更に加速するとともに、

この大震災の試練から得た教訓をしっかりと胸に刻み、

将来の様々な災害に備え、

強靭な国づくりを進めてまいります。

この震災により犠牲となられた全ての方々に対し哀悼の意を表すべく、

追悼式当日の午後2時46分を期して式場において1分間の黙とうを捧げ、

御冥福をお祈りすることとしております。

国民の皆様におかれましても、

これに合わせて、それぞれの場所において黙とうを捧げられますよう、

お願いいたします。

平成26年2月25日

東日本大震災三周年追悼式実行委員長
内閣総理大臣 安倍 晋三



東日本大震災三周年追悼式実行委員長の、
「御遺族の方々の深い悲しみに思いを致すとき、
今なお悲痛の思いが胸に迫ってまいります。」
のような耳障りの良い建て前だけの原稿を内閣府のHPに載せても、
自身も同じ体験をしなければ
喪失の悲しみも悔しさも解ることなどはできず、
心にもないことを言っても、通じるものは何もない。


東日本大震災三周年追悼式」の費用は幾らかは知らないけれど、
せめて、被災者や原発難民に少しでも同情する気があるのなら、
もっと復興費と除染費用(税金)を出せ!
としか無力な私には言い様がない。

それに、「強靭な国づくりを進めてまいります。」って?
果たして、日本のどのヒエラルキーに属している人々にとっての
強靱な国づくりなのだろうか?
などとわざわざ考えなくても
国土強靭化で利益を得るのは誰か?
と思い巡らせば誰でもわかるはず。
未だ仮設暮しを強いられている被災者や
原発難民の方々や下々の民である私でないことだけは確かなのである。
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tag : 脱原発デモ 東日本大震災三周年追悼式 放射性物質 国土強靭化

「4月に都内某所にて、アドルフ・ヒトラー生誕125周年記念パーティ。偉大なる総統閣下が生誕された日に、皆でワインを飲みながら語らいましょう。』・・これって正気?それとも悪ふざけ?
アドルフ・ヒトラーは「我が闘争」の中で人種を3ランクに分けている。
然るに、優生学上において、
人種的にアーリア人に劣った日本人はただの黄色い猿であり、
ユダヤ人同様に日本人は全員抹殺(断種)すべきである!と主張している。
しかし、「我が闘争」が出版された当時、
日本はナチスドイツと同盟国であったため、
日本人抹殺計画の部分は翻訳の時点でカットされて出版され、
日本ではベストセラーとなった。

思うに、日本人とは、昔から、
なんとおめでたい人種であることだろうか・・。

そのことを知ってか知らずか?

「偉大なる総統閣下が生誕された日に、
皆でワインを飲みながら語らいましょう」と、
「アドルフ・ヒトラー生誕125周年記念パーティ」を、
ヒトラーナチス研究会↓というところが主催&企画しているらしい。
http://blog.livedoor.jp/minzokushisou/archives/2491722.html

上記のブログのリンク先は
日本の原子力発電所の操業が全面停止! 再稼動に向けて、国民運動を提唱!
せと弘幸BLOG『日本よ何処へ』↓である。
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/

その中で、せと弘幸氏は、
ヒトラーを賛美して何が悪いのか分かりません。
ユダヤ人600万人の大虐殺ですか、
そんなことを今でも信じている人がいるのでしょうか?あれは嘘です。
南京大虐殺慰安婦強制連行と同じ歴史の捏造です。』

とはっきりと書いている。


せと弘幸氏とは同世代である私の方こそ、
ヒトラーを賛美して何が悪いのか分かりません。」
という神経がさっぱり分からない・・。

また、せと弘幸氏が所属する政治団体は維新政党・新風というらしい。
ではその賛同者は誰かいな?と思って覗いてみたら、
私がTVで知っているだけで、次の紳士淑女の方々の顔ぶれが目に付いた。

党講師団
・荒木和博(拓殖大学教授、特定失踪者問題調査会代表、国家基本問題研究所評議員)
・竹田恒泰(憲法学者)
・戸塚宏(戸塚ヨットスクール校長)

その他関係者
・稲田朋美(元党講師・弁護士・自民党衆議院議員)
・ドクター中松(元党講師・幸福実現党元特別代表)

感想としては、「なるほどね・・。」しか出てこない。(^^;)

この政治団体は、他にも在特会、外国人参政権に反対する会、
体罰会などとも深い繋がりがある。
どうやら、行動する保守を自認する在特会は、
嫌韓だけでは飽き足らずにナチズムをも肯定しているらしい。


彼らは、「我が闘争」の完訳本では「日本人は黄色い下等な猿」と
蔑視されていることを知らないのだろうか?
それでも、「ヒトラーを賛美して何が悪いのか分かりません。」
「ホロコーストはなかった」と言えるのだろうか・・。

もし、知っているとしたら、マゾヒズム的快感にでも酔っているのだろう。

現時点では、まだ警視庁と神奈川県警からの容疑者の正式発表はないが、
もしかして、東京と横浜での「アンネの日記」の
器物損壊事件もこういう人たちの仕業なのかも・・
と思われてもしかたがないのかもしれない。


麻生副総理が、都内で開かれた後援会で
「憲法はある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、
ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。
あの手口に学んだらどうかね。」のセリフも記憶に新しい。



権力に任せてその種を断とうとするような、
そういう過去の狂った独裁者から学んだり、賛美したりするって、
どこまで自分に自信がないのだろう。

ちなみに私は今のイスラエルという国そのものは
好きにはなれないけれど、人種に優劣は無いと思っている。


本来は、金持ちが多いユダヤ人を恐れたらしいが、
ドイツ国民向けの理由としては、他の人種を見下し、
権力に任せてその種を断とうとするような、
そういう過去の極悪人を崇拝することでしか、
自己を保つことができない人は、
深層心理では、自分に自信がなく、自分自身をも見下しているのだ。
そして、優生学的にも自分は劣った人間である。
ということを認めているとの裏返しの意味もある。

ナチズムを肯定しようがしまいが、それは自由であるが、
自由には責任が伴う。
そういう思いは心の中に秘めておくべきものではないだろうか。
極一部のそういう人のせいで、他の日本人も
同じように見られてしまうのだけはごめん被りたい。


昨日の新聞の週刊誌広告で、
週刊○潮は、「国際社会に「虚構の慰安婦」大喧伝! 安倍総理に土下座も要求!
ご無体な隣人韓国」への返礼」、
週刊○春は、「慰安婦問題A級戦犯朝日新聞を断罪」等の文字が踊っていた。
今の日本では嫌韓の語彙を使うと三流週刊誌であろうが、
立派な装丁の本であろうが、若者にバカ売れするらしい。


韓流ドラマには全く興味のなかった私だけれど(今もないけど)
あの頃の隣国との表向きだけの平和維持状態=韓流ブームが懐かしい・・。
そして、おじさんたちは、妻たちには出張だと嘘を付いて行った
1990年代の韓国へのキーセン旅行が懐かしいでしょ?(笑)

a125

ところで、そのヒトラー生誕125周年記念パーティ
集まるメンバーは誰なのか?
タチの悪いブラックコメディパーティだが、
開催されたとしたら、コソコソしないで、
堂々と記者会見でも開いて欲しいものだ。
善良なる市民が危ない人たちだと見分けるレッテル貼りのためにも・・。
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「平和と繁栄」の後で、日本社会はどこへ行こうとしているのか?いっそのこと「どん底」まで突き落とされたら、かえって開き直れるのか?
日本社会はどこへ行こうとしているのか。
日米双方の心と言葉で語り続ける研究者は、胸を痛めていた。
戦後の繁栄が過去のものとなり、
さらに平和すら手放そうとしているのでは……。
第2次大戦直後の東京で生まれ、
米シカゴで暮らすノーマ・フィールドさんの目に映る日本の風景を、
そっとのぞいた。


 ――二つの国の間で「宙づりになっている」と、
著書「天皇の逝く国で」に書かれていますが、
その日米両国の今をどう見ていますか。

 「米国生活が長くなりましたが、
この国の政治のひどさが身に染みるようになりました。
オバマ大統領に期待しただけ余計にそう感じます。
日本も、米国流の格差社会に追いつけ、
追い越せといわんばかりですね。

日本社会がかろうじて残してきたものが壊されていると思うと、
いたたまれません」

 ――居場所がなくなるという感覚でしょうか。

 「いえ、そんなことはありません。
同僚の大学教員たちは、ひどい政治家が大統領になったら米国を脱出するよ、
などと言いますが、
大学があるシカゴのサウスサイドに住む貧困層の人たちは、
国が嫌になったら国外に出る、なんてことはできない。
逃げたくても逃げられない人たちがいるのです。
余裕があるから『国を捨てる』などと言える。

運命を共にするというと大げさですが、軽口はたたかないと決めました」

 「一方、日本は何年たっても『帰る』という感覚なんです。
大切な人がたくさんいるから。でも、このままいくと、
いずれ帰れなくなるのでは、という恐れも感じます。
私は父親が米国人、母親が日本人の日本生まれで、
当時の国籍条項では米国籍しか得られなかった。今の状況が続くと、
最悪の場合はビザがおりなくなることもあるように思えて」

 ――日本での原点は何ですか。

 「団塊の世代の66歳ですから、私の原体験は質素な日本なのですが、
そこには戦争が終わった解放感が確かにありました。
『めだかの学校』に歌われてるような、
誰が生徒か先生か分からない、そんな空気です。
空襲で防空壕(ごう)に逃げなくてもよくなったという喜びは、
たびたび母に聞かされました。
あの感覚が日本では次第に薄れているのを感じます」
 

――確かに、戦後的なものが急速に崩れてきています。

 「知人によると、日本のある小学校での講演で
『平和』という言葉を使わないように言われたそうです。
プロレタリア文学を研究していると戦前の伏せ字を扱いますが、
戦前、戦中に平和は『××』とされたことが多かった。
いまや、戦後と地続きではなくなったというか、
敗戦直後に日本人が真剣に議論したことがゼロになりつつあるように思います。
安倍首相も靖国神社参拝を強行しました。
米国従属から一歩踏み出ようとしているのでしょうか。
米国を中心とした考え方が良いとは思いませんが、
大国の制止も気にしないような空気が漂いつつある。それは非常に怖いですね」


 「いわゆる『普通の国』イコール戦争ができる国ということなのでしょう。
戦争になって最初に犠牲になるのは、
若くて生活に困っている層だということは米国の歴史が証明しています。

東京都知事選の結果からは、
そんな若い人たちも『強い国
を主張する田母神俊雄さんに投票したように見えます。
最初に戦場に出る若者が右傾化を支持する。
それは、近代史の忌まわしいパターンの一つだと思います」


 ――今の若者は「戦争を知らない子どもたち」ではなく、
「戦後を知らない子どもたち」ですね。

    ■     ■

 「戦後を知らないし、バブルの頃すら知らない世代です。
自分たちに戦後民主主義と繁栄の恩恵がもたらされているとは
感じられないのだと思います。
細川護熙さんは都知事選立候補の会見で
腹七分目の豊かさでよしとする成熟社会を』と語りました。
就職できない若い人たちはこれをどう感じるだろうか、
と日本の知人が心配していました。
細川さんの考えが間違っているとは思いません。
でも、その言葉が届かない」

 「2000年に発行した『祖母のくに』の中の論考で
『繁栄感覚が希薄になったとき、
その代わりに何が出てくるのか』と書きました。
それがいよいよ現実になってきたのを感じます。
まず繁栄がなくなり、そして、平和すら犠牲にしようという流れになっている。
8月15日に『平和と繁栄』とだけ唱え続けてきた
欺瞞(ぎまん)はずっと気になっていましたが、
今聞くと懐かしくすらあります」

 ――経済の衰退が人々の意識を変えていく、ということですか。

 「経済的に一番弱い立場に置かれる人は、
自分の生命さえ犠牲にしないといけないようになります。
私は『生活と生命の乖離(かいり)』と呼んでいますが、
明日の生活のために5年先、10年先の命を顧みられなくなる。

マイケル・ムーア監督の映画『シッコ』で、
トニー・ベンという英国労働党の政治家がこう語っています。
人が押しつぶされそうになっている状態というのは、
支配層にとって、とても都合がいい、と。

『戦争ができる国』にしようとしている政治家を若い世代が支持するのは、
まさに生活と生命の乖離だと思います」

 ――「生活と生命の乖離」の例は、ほかにもありそうですね。

 「ええ、これは格差にあえぐ若い世代に限りません。
広い意味では、原発を誘致した地域や原発作業員にも当てはまる。
生活のために自分の存在自体を懸けなければいけない構図はいたるところにあります。
細川さんの文明論は、明日がどうなるか分からない人には、
抽象的でぜいたくなものに聞こえたかもしれませんが、
この乖離を乗り越えようと言っていたようにも思えます」

 「原発に反対しようとするなら、
反対できない人々のことを考えなければいけないと思います。

選択肢がない人は情報すら欲しくなくなる傾向があります。
さらに心配の種になるからです。
そういう意味では今後、現実を伝える言葉すらタブー視されるのではないでしょうか」

 ――戦後の繁栄と平和を知らない世代に届く言葉を、どう紡ぎ出せばいいでしょうか。

    ■     ■

 「都知事選では、宇都宮健児さんも若者の支持率が高かった。
田母神さんと宇都宮さんの若い支持層は逆の方向を向いているように見えるけれど、
実は同じ層から来ているのではないでしょうか。希望を託す先が違うだけで。

この双方の若者層に、時代のしわ寄せをすべて負わされている
『我々』という意識が生まれたら、
可能性があるとも思います」

 「小林多喜二は、『中央公論』で『党生活者』という作品を書いています。
舞台は満州事変後で、軍事産業の景気が良くなり、
工場がガスマスク製造を始めるために臨時工を雇います。
戦争のために臨時工が職にありつき、
一生懸命働いたら正社員になれるかも、と考えて働きます。
そこで、運動家たちが臨時工と普通工の共闘を仕掛けようとするのです。
劣悪な労働条件を改善すると同時に、
臨時工の雇用をもたらす戦争にも反対しようとする。
戦争が始まった状況で、それでもこんなことを目指していたのがすごい」

 「08年の『蟹工船』ブームの際には、物語を現代にあてはめても、
非正規労働者と正社員は一緒に闘えないだろうと繰り返し指摘されました。
そこをどう橋渡しするか。多喜二の作品でも結局は失敗しますが、
その失敗を丁寧に描いている。だから次があると感じられます」

    ■     ■

 ――どこに希望を見ますか。

 「私は『希望派』ではないんです。
自分が実感できない希望を、自分が信じていないものを、
人に伝えることはできません。
一方で、希望と聞くと、先日亡くなった
フォーク歌手のピート・シーガーを連想します。
シーガーは、決して諦めない人でした。どんな場で音楽を奏でても、
聴衆との関係を作り上げ、全員を参加させる。
体を使って模索する行為自体が希望だという気がします。
結果よりプロセスを重視するということでしょうか」

 ――希望は見えにくいけれど、諦めない、と。

 「井上ひさしさんは多喜二を描いた戯曲
『組曲虐殺』で『絶望するには、いい人が多すぎる。
希望を持つには、悪いやつが多すぎる』
というセリフを主人公に託しています。
いとおしく思う人や譲れない理念があるからこそ、愛情と共に怒りが生まれる。
私にとって怒りは原動力です。
これほど人間を馬鹿にした政治を押し通すなんて、
放っておけるものか、と考えています。
希望とは、外にあって元気づけられるものではなく、
主体的に作り上げるものではないですか」

     *

 Norma Field 47年東京生まれ。
65年に渡米。シカゴ大教授として日本文学・文化を教えた。
源氏物語や小林多喜二の研究で知られる。


 <取材を終えて>

 ふと振り返って、ずいぶん遠くに来てしまったことに気付く。
ノーマ・フィールドさんの言葉を咀嚼(そしゃく)しながら、
そんな思いにとらわれた。自身の一部である日本社会に対して、
彼女の思索は厳しく、そして温かい。
戦後の繁栄と平和はすでに過去のものである。
そんな覚悟から始めなければ、新たな希望は生まれない。
(ニューヨーク支局長・真鍋弘樹)

引用元:http://www.asahi.com/articles/DA3S11005077.html



昨日(2014.03.01)の新聞に載っていたインタビュー記事で、
私が常々思っていることを端的に、且つ、洞察力鋭い視点での論評であったので
ここに転載しておこうと思う。


私は戦後の繁栄と平和の中で生きてきた。
給料もボーナスも毎年上がり続け、
それは私が体を壊して会社を辞めるまで続き、平和をも享受していた。

だが、繁栄と平和を享受する時代は終わりを告げた。
私は今は、すべて為政者のせいだとは言わない。
この国の約半数がその為政者を支持・応援をしているからだ。

しかし、その為政者を支持していない人たちが
約半数存在するということを、
為政者を含む支配層に属する人々と、
そんな彼らを支持・応援する人たちは、
あたかも支持していない人たちが存在していないかのように
目を背けていることが大きな問題なのだ。

少数意見に一切耳を傾けない為政者は
必ずや近々に衰亡し、そして消滅するのが
太古の時代からの世の常なのである。



私が特に伝えたいことと符丁が一致した部分については太字にした。

私と同世代の数人の方々には読んでいただけるとは思うが、
若い方々がこのような泡沫ブログをを訪れることは無いだろう。
だけど、間違えて来てしまったたった一人の方にでも、
このノーマ・フィールドさんの
インタビュー記事の一部分にでも興味を持ってもらえたら・・と、
母、祖母、妻、女、そして、もうすぐ前期高齢者としての立場から物事を考え、
イデオロギー的には右でも左でもない無党派層を自認する私としては
心から、また老婆心からそう思うのでありまする。



ところで、最近の安倍総理って、
「オレはエラいんだ!最高権力者なんだ!」の
ふんぞり返りドーパミンが止めどなく分泌しているように見えますが、
あのようなパワーズ・ハイ状態って持病に影響はないのかしらん?
わたくし、とっても、とっても心配です・・・。
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プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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