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法制化への動きが進んでいる尊厳死法案について考える--人生の最後をどう生きるか。「自分の最期は意思表示できるときに自分で決めておく?」それとも「自分の最期は家族の意思と国家に任せる?」
4月17日の新聞で、記者有論「尊厳死法案 人生の最後をどう生きるか」
の記事が目を惹いたので切り抜きをしておいた。

 終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案。
いわゆる「尊厳死法案」が、早ければ今国会に、議員立法として提出されそうだ。

 私は「延命治療が患者の苦しみを長引かせることがある」と考え、
法案が早く提出されれば良いのにと思ってきた。
だが、超党派の議員連盟ができて9年。いまも反対の声が根強い状況を見るにつけ、
何かが足りないと感じるようになった。

 この法案は、本人が延命治療を望まないことが書面などで明らかで、
回復の見込みがなく死期が間近と2人以上の医師が判断した場合、
延命治療をやめても、医師は責任を問われないというものだ。

 しかし、事実上「死を急がされるのではないか」という不安は消えない。
中でも障害者団体は「生きる権利が奪われる」と強く反対する。
患者本位というが、一部の患者の意思が尊重されるだけではないか。
そんな疑念が、この法案への理解を妨げている。

 米国で始まった「エンド・オブ・ライフケア」という考え方がある。
人生の最終段階を迎えた患者が、どんなケアを受けたいか。
看護師らのチームが、本人の希望の把握に努める。
価値観を重視するため、同じ病状であっても、人によって選択は異なる。
国内でも採り入れる病院が出てきたが、まだ少ない。

 「尊厳ある死」の前に、「尊厳ある人生の最終段階」を担保する、
こうしたケアを広めることが重要だ。

 厚生労働省が昨年度、「終末期」という呼び方を
人生の最終段階」に変えようと提案したのも、
医療行為だけでなく、個人の生き方に着目すべきだとの考えからだろう。

 医療技術の進化と共に、私たちの選択肢は広がる一方だ。
「もう治療は不要。穏やかな最期を迎えたい」という願いと同時に、
「もっと生きたい。頑張る」という思いをかなえる道も必要だろう。
患者に必要な情報を伝え、様々な選択をサポートする態勢づくりを急いでほしい。

 意識障害や認知症のため、本人の希望がわからないという難題もある。
回復の見込みがなくなった時にどこまで治療をしてほしいか、
家族らと事前に話し合い、思いを共有しておくことも大事だ。

 よりよい最期は、それぞれの思いが反映されてこそ。一般の人に、
この法案にもっと関心を持ってもらいたい。
そして様々な場面で、患者の意思が尊重される工夫を、ひとつひとつ積み重ねたい。

(つじときこ 科学医療部)
引用元:http://digital.asahi.com/articles/DA3S11086585.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S110865854






七十歳安楽死法案可決」という近未来を舞台にしたSF小説があるが、
決して空想科学物語などではなく、今まさに、猛スピードで目の前を走り抜けている
現実を想定しているかのような内容だ。


人口が突出している団塊世代とその前後生まれの人々が死に絶えるまでは、
死に関するあらゆる場所の混乱や国家の社会保障の負担増や避けられない。
それなのに、解りきっていたことを、なぜに今まで放っておいたのか。
それは、歴代政府の目線が、名も無き国民などには向いていないことの
確たる証拠でもある。

思えば、団塊世代とその前後の年代とは、
なんと、時代というものに翻弄され続けてきた年代なのだろうか。
戦後において、復員兵が次々と結婚し、とてつもないベビーブームが到来した。
ポスト団塊の私でさえも、異常ともいえる人数(高校は一クラスに56人もいた)
の中に生まれ育ち、日本の高度成長に多大な貢献をしたにも関わらず、
老いを迎え、国家の役に立たなくなったら、終末期の意思を明確にしておき、
社会保障費削減のためにも、尊厳死法の助けを借りて、
お国のためにも早く死んでもらいたい・・という算段なのだろう。

しかし、私は極めて個人的な問題である「死の決定権」に関しては、
国家が介入することには違和感を覚える。
個々人の死の在り方については、個別に決めるのが本来の姿であり、
国家に介入される「尊厳死法案」は現段階では必要ではない。
その理由として、日本はまだまだ、障害者差別、高齢者差別、人種差別が堂々と
まかり通っており、すべての「命」や「人権」に関する限り、
成熟国家の域には達しておらず、むしろ後進国であり、
命の大切さについての認識は決して高くはないからである。


「生きる権利が奪われる」と反対している障害者団体の方々のお気持ちは、
「アシュリー・トリートメント事件」の概要をお読みになれば、
ある程度はお分かりになられるはずなので、
興味のある方は下記リンク先をご参照ください。


アシュリー・トリートメント


Ashley事件から生命倫理を考える



アシュリー・トリートメント事件が尊厳死法案問題と
非常に類似していると思うのは私だけだろうか。
つまりは、意思を表示できない人間は、人間の尊厳の欠片も認められず、
国家の応援による他者(家族や後見人)の判断一つで、
生かすも殺すも自由という危険性を孕んでいます。

現在問題視されている、出生前診断も、経済至上主義社会においては、
国家と社会に利益をもたらさない人間は、
生育過程における保護者の多大な心身の労苦と、
国家及び地方自治体の税による金銭的負担ばかりが多いゆえに、
生まれる前に種を断ってしまえ!という人間の身勝手さとともに、
国家による人権無視の側面も見え隠れしています。


また、私の身近な高齢者(老人)と呼ばれる層に属する人々の多くが、
老いてもなお、死は他人事であり、葬儀やお墓も含めて、
「死に関連する話なんて縁起でもない!
自分が死ぬことなんて考えたくもないわ。そのときはそのときよ。」
と言って避ける傾向にあります。
中には少数派ですが、
「常にメメント・モリを意識している。限りある生をより良くいきるために。」
という人もいます。

死をタブー視するしないも個人の自由ですが、
今は、自分の意思で自由に体を動かせる高齢者でも、
時間の経過とともに、いつなんどき死ぬか、
また運良く?延命チューブに繋がれて生きながらえることができたとしても、
個体自体は既に死の準備段階にはいっており、
臨終のときが訪れるまでは、2度と自分の意思で自由に体を動かせない
状態になることは、避けられない現実となります。


延命チューブに繋がれながら水ぶくれになったまま、
苦痛に苛まれながら死に至るか。

臨終の際には、脳内麻薬エンドルフィンの分泌により、
ほとんど苦痛は感じないという自然死状態で死に至るか?

もちろん、決めるのは個々人の生前の意思に委ねられていますが、
老いも若きも、また、性別年齢に関わらず、自然災害や事故や病気や老衰で
必ず一度は死ななければなりません。


運良く、健康体に生まれ、自然災害や事故にも遭わずに
高齢になるまで生き延びられたとしても、死は必ず訪れます。


そのとき・・皆様は下記のどちらを選択なさいますか。

「もっと、もっと、もっと、もっと、生きていたい。
 どんなに苦しくても延命をして欲しい。」

「もう辛い延命治療はして欲しくない。
 眠りに入るような穏やかな最期を迎えたい。」

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テーマ : ひとりごとのようなもの ジャンル : 日記

tag : 尊厳死法案 障害者団体 エンド・オブ・ライフケア 人生の最終段階 七十歳安楽死法案可決 社会保障費削減 出生前診断 脳内麻薬 エンドルフィン

間抜けなオレオレ詐欺師VS.ボケた振り婆さんの笑える攻防戦。迷演技?だったがゆえに詐欺グループにスカウトされかけた?私。オレオレ詐欺犯は本当に「あ、おれ、おれだけど。」と言うことが判明。
それは、一昨日(2014.04.24)の午後2時15分のこと。
プールから帰ってきて、泳いだ後の心地良い疲れと爽快感に酔いしれながら、
一息付こうと、コーヒーを飲んでいたら、電話がかかって来た。

普段は留守電にしていて、「ただいま留守にしております。
ピーッという発信音の後にメッセージをどうぞ」の音声が流れた後に
相手が名前を言って、メッセージを入れ始めた時点で、
知っている人ならすぐに受話器を取る。
知らない人(電話セールス)なら無視する。
ということにしているのだが、
その日は夫から、午後2時頃に友人のAさんから電話が来る予定だから、
俺の帰宅が間に合わなかったら、待ち合わせの時間を訊いておいて欲しい。
と頼まれていたので、Aさんかと思い電話に出たのでありました。




固定電話の着信音
ピヨピヨピヨピヨピヨピーヨロロ~♪♫♪


「はい、もしもし~」

(普段から、絶対に、「はい、ボケ田です。」と名字は言わない。)

詐欺男
「あ、おれ、おれだけど・・」

(Aさんなら必ず真っ先に自分の名前を名乗る。
電話をかけてきた人物は聞いたことのない男の声で、
年齢は30前後と思われる。)


「えっ?おれ?」

詐欺男
「そうだよ。おれだよ。お・れ。」

(Aさんの声ではないことが確実に判る。
この時点で、これはもしかして・・、否、もしかしてなどではなく、
本物のオレオレ詐欺だと確信する。
本当にオレオレ詐欺は、初めに「おれ、おれだけど・・」と言うことが判り、
ついに我が家もにもかかって来たか!と思ったとたん、
アドレナリン濃度が急上昇したらしく、
脳が猛スピードでハイテンションモードになり、
お年寄りの大敵である振り込め詐欺男を、
すこしばかり懲らしめてやろうじゃん!と思ったのであります。
そして、我が脳の前頭連合野が瞬時にして目まぐるしく火花を散らし、
オレオレ詐欺犯を懲らしめる最大の武器を模索し始めたのですが、
時間にして約2秒ほどで、その武器とは、ちぐはぐな会話でもって、
認知症の母親を演じ、ときどきボケた振りをしながら、弄んでやる!
と判断を下したのでありました。)(笑)


「それで?おれさんは、どこのどちら様で、どのようなご用件でしょうか?」

(今朝のラジオのニュースで65歳女性が振り込め詐欺に騙された振りをして
警察と協力して犯人を捕まえた・・との報道を聞いたばかりだったが、
いつも時間に追われている私が必殺仕掛け人になるほどの時間的余裕はない。)

詐欺男
「あのさぁ、おれ、今、病院から電話してるんだけどさ、
実は、会社でインフルエンザが流行っていてさ、
それで、おれも少し熱っぽかったんだよね。
そしたらさ、上司から病院へ行け!って言われてさ、
たった今、診察が終わって、
会計で名前を呼ばれて処方箋をもらおうとして、
待合室の座席を離れた2分間ほどの間に座席に
置いといたカバンを盗まれちゃったんだよ。
もちろん、警察には届けたけど、
警察からそっちに連絡が行くかもしれないから、
そのときは宜しく。」

(この時点ではお金が必要!との話は出さないが、
心なしか、少しだけ声が上ずってはいる。
口調はどちらかといえばおとなしい感じで威圧的ではない。)


「はぁ~さよでございますか。どこのどなた様か存じませぬが、
 それは災難でございましたわねぇ。
それで、なにゆえに、私のところに警察から連絡が来るように
おっしゃったのでございますか?
私とあなた様は縁もゆかりも無いお方ですのに。」

詐欺男
「えっ?やだなー!どこのどなた様か存じませぬが・・って、
おれだよ!おれ!盗まれたものが見つかったら、
おれか、実家に連絡してください。って警察に頼んでおくのは当然だろ。」


「えっ、実家?ここはおれさんの実家なの?
私、おれなんて言う人を産んだ覚えはありませんけど。
もしかして、電話番号をお間違えなのでは?
それに、オ―レ♪オレオレオレ♪って、サッカーの応援団じゃあるまいし、
まるでオレオレ詐欺のステレオタイプな言葉ばかり言われたら、
オレオレ詐欺だと疑いましてよ。オーホッホ」

(詐欺男がしばし沈黙・・どうやら、電話を切るか?どうか
迷っているのかも・・もしくは私の声の質や高低から判断して、
詐欺のカモ候補である私を、母親にするか、祖母にするかを見極め中なのかも。)

詐欺男
「おれだよ、おれ、やだな母さん。ふざけないでよ。おれだってば!」

(やっと出た母さんという言葉。
どうやら、まだお金を出させることを諦めていないらしい。
私もシナリオの無い、ボケた振り即興芝居での反撃遊びを
相手が電話を切るまで続けることに決める。
展開次第ではこちらから切ることも、一応は視野に入れておく。)


「えっ?あらやだわ、おれさんは私の息子だったの?
なにしろ私は貧乏人の子沢山で息子が5人もいてね。
全員、声が似てるから、誰が誰だか区別が付かないのよ。
だから、おれさんは私の何番目の息子か?ということと、
名前を言ってくれなきゃ判らないわ。
だから、おれさんが私の5人の息子の中の一人であるならば、
あなたの名前と生年月日と、母親である私と父親と兄弟と、
それから、子どもの頃に可愛がってもらった祖父母の名前と、
小学生のときにあなたが拾ってきて、苛めていたペットの名前を
正確に言ってごらんなさい!」

(詐欺男が再びの沈黙・・
息子が5人いる。という偽情報を与えたので、
私の何番目の息子にするか?と、
適当な名前を考えている様子。
それとも、もう、電話を切るか考えているのかも?)

詐欺男
「やだなぁ、母さん。何言ってんだよ。
しっかりしてくれよ。おれだよ。次男のジローだよ、ジ・ロ・ー」

(私は5人も子どもを産んでないし、ましてやジローなどという息子もいない。)


「あら、な~んだ?あんたは次男のジローだったの?
最初におれはジローだよ。って言えばいいのに、おれおればかり言うもんで、
母さんね。てっきり、オレオレ詐欺かと思っちゃったわよ。
気がつかなくて、ごめんねジロー
それにしても、ジローが母さんに電話をかけてきたのは何年ぶりかしらねぇ?
あら、あらららら!母さん、やっと思いだしたわ!
ジローは5年前にオレオレ詐欺で逮捕されて、
確か、○○刑務所に入っていたはずじゃなかったっけ?
母さんはね。ジローがお奉行様にお縄にされた時点で、
もうジローとは親子の縁を切ったつもりだったのに、
何年かぶりにでも、こうして困っているという電話が来ちゃうと、
母性が疼いて、つい助けてあげたくなっちゃうものなのねぇ。
母親の性(さが)って、なんて哀しいものなのかしら。
それで、ジローは○○刑務所からいつ出所したの?今どこに住んでるの?
母さんつくづく思うの・・・
父さん亡き後に掃除婦とヨイトマケの仕事で、5人もの息子を育て上げたのに
息子全員が老いた母親の体を案じて、一人も家に訪ねて来ないなんて・・
母さんの人生はいったい何だったのかしら・・・?
母さん、悲しいわ・・・ヨヨヨヨヨ......

(ちょうど、プールで鼻に入ってしまった水が今頃になって
鼻水となって出て来そうになったので、鼻声ですすり泣く風をしてみせる。
ついでに、ごめんねジローという歌を思い出したのでダシャレも入れてみる。
私の迷演にいい加減に呆れ果て、詐欺男が怒って、暴言でも吐いて、
電話を切っても良さそうに思うのだが、なかなか切ろうとしない。)

詐欺男ジロー
「やだなー!ふざけないでよ~。母さん。
おれ、ムショ帰りなんかじゃないよ。
今、住んでいるところは、○○区○○町だよ。
それに、ずーっと、真面目な会社員をしてきたじゃないか。
長いこと連絡をしなくて悪かったよ。ゴメンネ。母さん。」


「いいのよ。こうして、電話をかけてくれるだけでも、
独り暮らしの寂しい母親にはものすごく嬉しいものなのよ。
あら、やだ、母さん、急にトイレに行きたくなっちゃった。
歳は取りたくないものよね。
最近トイレが近くてね、ときどき尿漏れするのよね。
いつの日か、母さんを訪ねてくるときは、
尿漏れパッドをお土産に買ってきてね。」


詐欺男ジロー
「なんだよー。そんな話はどうでもいいよ。
漏らす前に早くトイレに行ってこいよ。」


「じゃ、切らないで待っててね。
あららら、なんだか便意も催してきたみたい・・。
ついでだからウ○コもしてくるわ。
あっ、うっ!もう両方とも漏れそうよ~~~~~~!!!」

詐欺男ジロー
「チッ!マジかよ―!早く受話器を置いてトイレに行けってば!」

(これで、詐欺男ジローが電話を切るかな?と考え、
 別室でスクワットを50回ほどして戻り、再び受話器を握ったら、
 驚くなかれ!まだ繋がっていた。)


「おまたせ~。もしもし、えーとぉ?どちら様でしたっけ?」

詐欺男ジロー
「息子のジローだよ!オシッコ漏らさなかった?」


「えっ?なんのこと?息子って、私ってあなたの母親なの?」

詐欺男ジロー
「そうだよ。母さん。わざとボケてるんじゃないの?
それともマジでおれをからかってるの?」


「あっ、そうそう思いだしたわ。
久しぶりに電話をかけて来たジローだったわよね。
確か、病院で大事なカバンを盗まれたとか言ってたわね。
息子のジローが大切なカバンを盗まれて困っているときに、、
からかったりするわけがないじゃない。
母さんね。最近なんだか認知症が出てきちゃったらしくて、
それは突然にやってきて、瞬間的に記憶が途切れることが
一日に何回もあるのよ。
だから、息子全員の名前も思い出せなくなるときもあるの。
この間なんてね、北海道から東京に来たついでにって、
8年ぶりに訪ねてきてくれた長男のイチローにね。
「あなたはどちら様ですか?」って訊いたらしいのよ。
母さん、ますます認知症が進んでるみたいなの・・。
ジローと話をしている間にも、さっきみたいに、
瞬間的に記憶が途切れる前にもう一度訊いて、
メモにして残しておきたいから、
ジローが病院で盗まれたというカバンには何が入ってたのか?を
もう一度復唱してくれない?
ついでに、行った病院の名前と、
どこの警察署に盗難届けを出したかも教えておいて。」

詐欺男ジロー
「えーとぉ・・カバンに入ってたのは、財布とケータイと、
会社から取引先へ持っていくために預かった小切手なんだ。
それで病院は○○大学病院で、警察署は○○署だよ。」

(ここでの彼のおバカ丸出しの嘘は、○○大学病院は実在するが、
特定機能病院に指定されていて、事前予約か他の医療機関の紹介状なしには
診療を受け付けてれない病院であり、
たかがインフルエンザの疑い有りの程度で、飛び込みで診察を希望しても、
診察はおろか受付もしてもくれないはずである。)


「えっ?財布も盗まれたの?
お金を払わなきゃ病院の会計で診療費を払えないし、
処方箋も出してもらえないんじゃないの?」

詐欺男ジロー
「あっ、そうそう、財布だけはポケットに入っていたんだったよ。
おれ、まだ熱っぽいのかな?」


「その割には風邪声でもないし、声もだるそうには聞こえないわね。
それに、この電話だけど、ケータイからかけてるんでしょ?
ケータイも盗まれたんじゃなかった?イチロー、しっかりしなさい!
あなた、もしかして、若年性アルツハイマーかもよ。
今病院にいるのなら、インフルエンザよりも、
あなたの頭の中を隅々まで診てもらいなさい!母さんの命令よ!」

詐欺男ジロー
「えっ?イチロー?母さん、今、認知症が出てきた?
おれさぁ、忙しいし、ものすごく急いでるんだ!
それから、おれは、イチロー兄貴じゃねぇよ!次男のジローだよ。
そうそう、ケータイだけど、
こっちもスーツのポケットに入れていたんだったよ。
盗まれたカバンに入っていた会社の小切手のことで頭がいっぱいで
おれ、ものすごくパニクってるのかも・・。
そこで、母さん、お願いがあるんだ。
盗まれた小切手分のお金を明日の午前中でいいからさ、
一時的に用立ててくれないかなぁ?
明日の午後までに小切手を取引先に届けないと、
おれ、会社をクビになるかも・・」

(まだお金を騙し取ることを諦めていなかったらしい。)


「まぁ、そうなの?大変だわ!
母さんね。明日の朝一番で一番近い○○銀行に行くわ!
それで、幾ら必要なのっ?
でもね・・。よく考えたら、それぐらいのことで、
東大を出たサブローをクビにする会社なんて、
ろくな会社じゃなくて、きっとブラック企業に決まってるわ!
そんな会社なんか、サブローの方からさっさと辞めてやりなさいっ!
あらやだ、母さんったら、また急にまだらボケがでてきたみたいだわ。
エート、あなたの勤務先はどこだったかしら?ユ○○ロ?ワ○ミ?
それにサブローは、今年、何歳になったんだっけ?
それから、市の広報の振り込め詐欺対処法で読んだけど、
オレオレ詐欺の詐欺師は、必ず、ケータイ番号が当然変わった・・
って言うらしいじゃない。サブローを疑うわけじゃないけど、
明日、○○銀行から帰ってきたらすぐにサブローに電話をするから、
ケータイの新しい番号と契約してる通信会社も教えておいてちょうだい!
せっかくだから、母さんのケータイも家族割で使いたいから。」

詐欺男ジロー
「やだなぁ・・母さん、おれ、サブローじゃなくて、ジローだってば!
おれの勤務先は初めから○○○○株式会社じゃないか。
それから、おれは東大なんか出てねぇし、歳は今年で41だよ。
新しいケータイの番号は080ーXXXXーXXXXで、
契約してんのはソフトバンクだからね。
お金の都合が付いたらすぐ電話して。
あ、それから、明日必要な金額は80万だから、
明日の御前中までには、必ず用意しておいてよ。」

(080ーXXXXーXXXXを調べたら、通信会社はドコモと判明。
すべてを嘘で固めた詐欺師人生って、虚しくないのかしら・・
それとも、脳内の善悪を司る部位が完全にイッチャってるのかしら?)


「80万なのね!判ったわ!
80万なんてシローのためなら安いものよ!
で、お金はどうやってシローに渡すせばいいの?
もし、シロー以外の人が取りに来たら、
確実に詐欺だから、母さんはシロー以外の人には
絶対にお金は渡さないからねっ!
とにかく、お金のことは母さんに任せなさい!
でも、よく考えたら、銀行預金は残高0なのよね。
しかたがないわ。可愛い我が子のシローのためですもの!
○○駅前の消費者金融で借りてくるわ。
でもね・・・母さん、シミジミ思うの。
息子が5人もいるのに誰一人として、何年も連絡も寄こさないで、
その中の一人が、やっと電話をかけて来たと思ったら、
お金を用立ててくれって、言うなんて.....
母さんの人生ってこんなものなの・・?
あーあ、早く彼の世の父さんから、お迎えが来ないかしら。
それからね、シロー。母さんも助けて欲しいことがあるの。
先月のことだなんけどね、全然、買った記憶がないんだけど、
万病に効くっていう、100万円の磁気治療器を
分割払いで買っちゃったみたいなのよ。
そのときはきっとまだらボケ状態だったと思うの。
月に5万円にも満たない年金から、
毎月金利を含めて3万円も払わなくちゃいけないのよ。
あなたをこの世に送り出した母親に餓死して欲しくないでしょ?
シローに80万を渡す前に、磁気治療器代を一括で援助してくれない。
もちろん現ナマでお願いね!」

詐欺男ジロー
「今度は四男のシローかよ・・・・
おれ、サブロー!んんっ、??あっ、おれも間違えた・・
おれは次男のジローだよ、母さん。
認知症なんて、ホントは冗談なんだろ?
今すぐ金が必要なのはおれなんだってば!
磁気治療器の支払いは他の兄弟に頼んでくれよ~!
母さん!明日の午前中にお金を用意できるの?できないの?
いったい、どっちなんだよっ!」


「そうねぇ・・明日のことは明日のこととしか言いようがないわね。。。
ほら、母さん認知症だから、今日のこのジローからの電話のことも
すっかり、忘れてしまっているかもしれないから・・
それからね。ジローが次に母さんに電話して来たら、留守電設定になってるから、
メッセージを入れておいてね。それで、もし、母さんが今日のことを覚えていたら、
教えてもらったケータイ番号に電話するわ。では、ごきげんよう♪」

(教えてもらったケータイ番号になど、一生涯、電話などするわけはないけれど、
詐欺男ジローがイライラし始めたのを機にこれ以上、深入りすることのリスク
(我が家の電話番号と名字を知られていることと、おちょくったことへの報復等)
を考えて、この辺で、電話を切ろうと思ったのであります。)


詐欺男ジロー
「待ってよ。オバさん。どうせ最初からバレバレなのは知ってたさ。
それでも、なんとか金を引き出そうとしたけど無理だったみたいだね。
オバさんの演技力には負けたよ。オバさんの話を聴いている間中、
声を出さずに腹筋だけで笑い過ぎてさ、おれ、今、腹の皮が痛ぇよ。
オバさんさぁ、歳の割には、反応が早いし、澱みもなくおれから情報を聞き出すし、
芝居も上手いしさ、スゲぇ騙しのテクを持ってると思ったぜ。
オバさんがもっと若かったら、おれたちの仲間にスカウトしたいくらいだったよ。」


「ジローや、もう冗談はヨシコさんにしないかい?
それからね。会話はすべて録音したわよ。
今夜にでも警察官をしている甥のところに相談に行くつもりよ。
今度電話してきても同じことをするわよ。
あなたね。声が上ずってたわよ。
きっと、あなたの良心がお年寄りを騙すことを咎めているのよ。
それから、自信がないのが見え見えよ。
そんなオレオレ詐欺犯罪グループなんかさっさと辞めて真っ当な仕事を捜したら・・。」

詐欺男ジロー
「やっぱりそうか・・・。
オバさん、おれはこの仕事向いてないように見えた?それから本当に録音したの?」


「録音は本当よ。それから、あなたには詐欺師はぜーんぜん向いてないわよ。
と言うか、人として、それ以前の問題なんじゃない?
あなたのしていることは犯罪なのよ。解ってるんでしょ?
それに、あなたにもこの世に健康な体で送り出してくれた母親がいるんでしょ?」

詐欺男ジロー
「うん、田舎にいるよ・・。独りで・・。」


「あなた、生まれはどこなの?」

詐欺男ジロー
「おれのふるさと? 実は福島なんだ・・・。」


「福島は広いわよね。会津?中通り?浜通り?」

詐欺男ジロー
「言いたかないけど、浜通り・・。」


「言いたくない・・ということは、原発事故の影響を受けた地域なの?」

詐欺男ジロー
「うん、おふくろは今も一人でいわき市の仮設に入ってるよ。
 早く呼び寄せたいんだけど、こんなおれじゃさぁ・・・」

シミジミと詐欺男ジローが、一人で仮設に暮らす母親(多分嘘)を思い浮かべながら、
真っ当な道へと更生中?に、いつも肝心なときに私の邪魔をする夫が帰ってきて、
玄関先から「おーい、誰からの電話なんだー?
Aさんからなんだろ?早く電話を変わってくれ~」と大きい声で言う。

詐欺男ジロー
「あっ!ヤベ!もしかして、旦那さんが帰ってきたの?
じゃ、もう切るわ。
話の中身からさ、オバさんは、認知症なんかじゃなくて、まだ若くて、
寂しい独り暮らしの高齢者なんかじゃないことも判ってたよ。
オバさんの話、本当のおふくろと冗談を言い合ってるようで、
とっても楽しかったよ。ありがとう。元気でね。」

と、最後にはオレオレ詐欺男とは思えぬ言葉を残して、
ジローは電話を切りましたとさ・・。

お互い立場を忘れて、電話遊びごっこになってしまったのでしょうか・・(笑)

福島出身ということは多分嘘でしょう。
そして、ジローという存在しない息子の名を語った詐欺男は、
今日もまた、息子と信じて大金を差し出す高齢者のカモを探して、
オレオレ詐欺電話をかけ続けていることでしょう。



用意周到な振り込め詐欺グループは役割分担が決まっており、
詐欺の手口は、卒業した学校の名簿などから、
息子に成りすます人間の名前、年齢、家族構成、電話番号、
更には職場の部署まで調べ上げて、電話してくる場合もあるそうです。

今回の振り込め詐欺男のジローの場合は、
用意周到な下調べをしたような形跡はなく、
行き当たりばったりでなんともお粗末で幼稚な詐欺師でしたが、
こんな詐欺師にでも、騙される人は騙されます。


また、独断で思いますに、今後は少子高齢化時代を反映しての詐欺犯罪として、
オレオレ詐欺の逆パターンのような、
つまり、認知症を装った老いた母親(父親)役と成年後見人役、
更には弁護士役も加わり、共謀して、老いた認知症の親が騙されて、
高額な買い物をしてしまったとの理由で、
代わりに息子や娘に代金を払って欲しい・・のごとき、
認知症の老いた母さんを助けて詐欺」のような犯罪も出てくるような気がします。


それから、60代の友人のひとりは、彼女の一人息子が有給休暇で家にいるときに
息子だと名乗る振り込め詐欺電話がかかってきたそうです。
すぐにリアル息子に電話を変わってもらい、
「おれは一人息子として生まれたはずなんだけど、
キミは亡き父の隠し子かい?だったらおれの兄さんかい?それとも弟なのかい?」と、
訊いてもらったら、すぐ電話が切れた。と大笑いしていました。


自分だけは振り込め詐欺なんかには騙されないから大丈夫!と思っていませんか・・。
電話がかかってきて、名前を名乗らずに「おれ、おれだよ。」と相手が言ったら、
「おや、ジローかい?」などと、リアル息子の名前を絶対に口に出してはいけません!
息子さんのいらっしゃるシニアorシルバー世代の皆様は、
くれぐれもお気をつけくださいませ。
以上、初めてのオレオレ詐欺(振り込め詐欺)体験記でした。
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テーマ : シニア・エッセイ ジャンル : 日記

tag : オレオレ詐欺 振り込め詐欺 必殺仕掛け人 ごめんねジロー 認知症の老いた母さんを助けて詐欺

「株式会社カンダジャパン」「担当者:榊原隆史」の架空請求詐欺メールに注意!
先日、下記のようなメール(差出人)bing_data@yahoo.co.jpを受信しました。


[未払い請求書] 2014-04-14 21:57:32(bing_data@yahoo.co.jp
  
宛先 XXXXXXXXXXXXXX@XXXXXXXX
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カンダジャパンからのメールです。
お客様の3月28日「カンダジャパン」で購入したポイントが支払って
おりません。4月16日までお支払いくだいさい。もし 4月16日
まで支払いが確認できなかった場合、請求金額の10%が追加されます
のでご注意ください!


詳しくは--- 請求内容

                    2014年4月14日
                   
                    担当者: 榊原 隆史
                    株式会社カンダジャパン



感想としては、
「はぁ??私がポイント購入????
いったいなんのこっちゃ???」でありました。

もちろん株式会社カンダジャパンなんて知らない上に、
ポイントの購入もしていないので、
完全無視して、メールソフトで差出人を「受信拒否リストに追加」と
差出人のドメインを「受信拒否リストに追加」措置をして
先ほど削除しましたが、
それにしても、こんな嘘バレバレのアホな架空請求詐欺集団の
たかがメールであっても、
中には引っかかる人もいるのでしょうから、わざわざ時間を割いてまで
こんなアホスパムメールを誰かれ構わずに送りつけるのでしょうね。

ところで、私が購入したらしいポイントって、
いったい何のポイントなのかしら??????????
何を買うにも、いつもニコニコ現金払いの私には全然意味が判りませんが、
スパムメールのターゲットにされた私のアドレスは、
このブログ専用のフリーアドレスなので、漏れた先の見当が付きますが、
バーチャル空間とはとは怖いものです。




尚、注意喚起サイト(http://blog.livedo
or.jp/sagi_sokuhou/archives/3824524.html)
に対処法が載っていたのでここに転載します。


上記の内容のメールを不特定多数に送りつけてきます。

【架空請求詐欺の手口】

・料金請求の他に『身辺調査開始』『訴訟の手続き』
 などの不安にさせる内容が記載してある。
・連絡先に電話すると『今日中なら大丈夫です』等と丁寧な口調で説明され、
 多額の料金を請求される。
・口座振り込みだけでなく、エクスパック等で送金させられる。

まったく身に覚えのない請求に注意していただいきたいのは、

・連絡をしない。
・インターネットで検索する
・個人情報は教えない。
・メールを返信しない。
・アドレスを変更する。
・脅されても、落ち着いて自分で判断せずに相談を!

絶対に自分から連絡をしないでください。
相手に電話番号を知られてしまい、トラブルに巻き込まれます!
連絡してしまった、請求に応じてしまった、不安な場合は、すぐに当社にご相談ください。
24時間無料相談窓口を設けておりますのでお気軽にご相談ください。
お電話・メールにてお待ちしております。




とにもかくにも、一番簡単で安全確実なのは、
心当たりがあろうがなかろうが、
メール内の詳しくは--- 請求内容 を絶対にクリックせずに
完全無視しましょう。

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テーマ : 雑記 ジャンル : 日記

tag : 株式会社カンダジャパン 榊原 隆史 bing_data@yahoo.co.jp 請求内容 スパムメール

相次ぐ医療事故から見えてくるもの・・「医者が患者をだますとき」私は告白する。現代医学は宗教である。あなたたちの苦しみの原因をつくったのは、この私なのだ。
統合失調症薬で21人死亡 ヤンセンのゼプリオン

誤った造影剤注入、女性患者が死亡 国際医療センター

2歳児急死、火葬後届け出 東京女子医大 医師法違反か

この数日、医者に殺される事件が相次いでいます。
ほとんどの医療事故は公表されずに多額の示談金で解決しているはずで、
上記のように表に出る例は氷山の一角なのでしょう。

国立国際医療研究センター病院での誤った造影剤注入で女性患者が死亡。
については、本来使うべき造影剤を使わなかったことについて、
担当医(29)は「造影剤は脊髄用も同じだと思っていた
と説明しているようですが、こんな低レベルの医学知識しか持たなくても、
医師免許が取得できることに驚かされます。
このような論外なヤブ医者に殺されてしまった女性患者(78)には、
お気の毒に・・としか言い様がありませんが、老いも若きも、
もちろん年齢にも関係なく、明日は我が身に降りかかるかもしれない、
生涯最大の人災難かもしれないのです。

そして・・ふと、何年も前に読んだ
医者が患者をだますとき」(発売日: 1999/02)という本を思い出しました。





告白


私は現代医学は信じない。 いうなれば医学界の異端者だ。
ほとんどの人は先端医療とは素晴らしいもので、
最新の医術を駆使する医者にかかれば、
健康になれると思い込んでいる。
本書の目的は、現代医学を過信しないように
人びとを説得することである。
とはいえ、私自身はじめから異端者だったわけではない。
それどころか、かつては心から現代医学を信じていた。
医学生だったころ、DES(ジエチルスチルベストロール)という
合成ホルモン剤の研究が周囲でさかんに行われていた。
しかし、私はそれに疑いを抱かなかった。
現代医学を信じていたからである。
この薬を妊娠中に服用した女性から産まれた子どもたちのあいだに、
二十年程経って膣がんや生殖器の異常が多発することになるとは、
当時、誰が予想していただろうか。
研修医だったころ、未熟児に対して酸素療法が行われていた。
しかし、私はそのとき疑いを抱かなかった。
最新の医療設備を誇る病院でこの治療を受けた低出生体重児の場合、
約九割に弱視や失明という重度の視力障害が発生していた。
それに対し、医療水準が劣る近くの病院では、
この病気(未熟児網膜症)の発生率は一割以下だった。
この差について教授たちに質問をすると
「貧しい病院では正しい診断法がわからないのだ」
という答えが返ってきた。
私は教授たちを信じた。
未熟児網膜症の原因が高濃度酸素の投与であることがわかったのは、
それから一、二年後のことだった。
経済的に豊かな病院では最新式の高価なプラスチック製の
保育器を設置していたため、酸素が漏れずに器内に充満して
未熟児を失明させてしまったのである。
それに対し貧しい病院では、旧式の保育器が使われていた。
隙間だらけのフタがついた浴槽のような代物で、
酸素がかなり漏れていたが、
それが結果的に未熟児を失明から救ったのである。
私はそれでも現代医学を信じ続けた。
その後、ある研究グループに加わり
「未熟児の呼吸器疾患に対する抗生物質テラマイシンの使用について」
という化学論文の作成に取り組んだ。
そしてその論文の中で「この薬には副作用がない」と主張した。
当然だろう。 副作用が現れる前に論文を書けば、
どんな薬も「副作用がない」と主張できるのである。
実を言うと、ひきつづき行った研究で、
テラマイシンだけでなく全ての抗生物質が
未熟児の呼吸器疾患にあまり効果がないことと、
テラマイシンを含めてどのテトラサイクリン系抗生物質も
数千人の子どもたちの歯を黄緑色に変色させ、
骨にテトラサイクリン沈着物を形成することを確認していた。
私はなおも現代医学を信じ続けた。
医者になったころ、扁桃腺、胸腺、リンパ節の病気に
放射線治療法が有効だと信じていた。 教授たちが
もちろん放射線の照射は危険だが、
この程度の線量ならまったく無害だ」と言うので、
私は信じたのである。
しかしその後「全く無害」な線量でも、
十年から二十年後には甲状腺の腫瘍を
ひき起こす恐れがあることが判明する。
ついに現代医学が蒔いた不幸の種を刈り取る時期が到来した。
そのとき、自分がかつて放射線で治療をした患者たちのことを思った。
その中の何人かが甲状腺に腫瘍を患い、
私に頼るために戻ってくるのではないか。
その思いにさいなやまれた。なぜ戻ってくるのか。 
あなたたちをこんな目に合わせたのは、この私なのだ。
私はもう現代医学を信じない。


我が家の近所の○○さん(50代後半)は、
傍目にも隠しきれないほどの統合失調症の症状が顕著で、
2年ほど前に数ヶ月間、精神病院に入院していたことがあります。
入院中に薬で殺されはしなかったものの、
同じ敷地内の別棟にひとりで住む、
嫁の○○さんとは犬猿の仲だったお姑様(80代)の話によれば、
現在も、副作用の強い薬を処方されているらしく、
完全寝たきり状態になってしまい、
日中は介護保険を使ってのヘルパーさんの介助と介護(食事と下の世話)で、
半廃人同様ながらも、なんとか生き延びているとのことです。
そして、精神障害者1級に認定されたため、医療証が交付されて、
医療費が1円もかからないので、息子(○○さんのご主人様)は
経済的には助かっている。という話までしてくれました。





一生涯、幸いにして不慮の事故死に遭わずとも、
親が老いて死に、兄弟姉妹も老いてひとりづつ死んでゆき、
自分もまた同じ道を辿るのは自然界では必然であり、
誰とても、老いと死に抗うことはできませんが、
生死を賭けたギャンブルのごとくに、大枚を投げ出した末に、
医療機関での担当医の当たり外れだけで、
苦痛に苛まれつつ命まで奪われたくはありません。

医者が患者をだますとき」の著者である
米国人のロバート・メンデルソン氏は既に故人となられた方ですが、
ここ数年の日本においても、白い巨塔の暗部に隠された真実を告発したり、
また、戦傷者や戦病者への対症療法から発展した現代の西洋医学を
ことごとく否定する医師や医療ジャーナリストも少数ですが現れてきています。
もしかしたら、医学界で異端者扱いされる医師ほど、
医は仁術の真の実践者なのかもしれません・・。
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tag : 医者に殺される 医療事故 医者が患者をだますとき ロバート・メンデルソン 医は仁術

お上が配偶者控除廃止を検討中の理由として「女性の社会進出を促す成長戦略の一環」などと耳触りの良い言葉をのたまってはいるが、実際に女性の社会進出を阻み、少子化を加速させているのはアベ政権ではないのか。
お上が配偶者控除廃止の検討中だとか。
その目的は「女性の活躍促進対策」らしいです。
なんとまぁ、耳触りの良い言葉ですことねぇ。


わが娘(団塊ジュニア)は、
子どもたち(私にとっては孫)の教育費の足しにでも・・
とパートに出初めて約3年。
現在、103万円の壁の狭間で悩みに悩んでいる。
娘は掃いて捨てるほどいるその他大勢の労働者の一人であり、
同時期に勤め始めた同僚が待遇に不満を言ったら、
「あなたの代わりは幾らでもいる!」
と言われたそうな。




配偶者控除の廃止ねぇ・・・・。
これのどこが、が女性の社会進出を促す成長戦略になるのかは
私にはさっぱり理解できないが、
極一部の経済的に自立しているキャリア女性を除き、
その他大勢の専業主婦兼パート勤務の女性にとっては、
消費増税の上に配偶者控除の廃止は
更なる増税の形になるということでしかない。

経済、政治、健康、教育の4分野から評価した男女平等度の達成レベルが
136カ国中105位の日本において、時の政権の掛け声だけで、
いったい、どれだけの働く女性が、社会進出を果たし、
第一線で活躍することができるのでしょうか。





夫に黙って傅く専業主婦こそ日本の家族のあるべき姿

などと、私が子どもの頃から、公然と言い放っていたのは
自民党の金まみれのセンセイ方でした。
それらのセンセイ方の応援団として、
保守系の論客であらせられる曽野綾子女史の
「女性は出産したら会社はお辞めなさい」
(某週刊誌:金美齢氏が賛同を表明)
も記憶に新しいところです。
女性が出産したら会社を辞めるという選択には、
夫側にそれなりの収入が必要です。
超一流企業の正社員だったら、可能かも知れませんが、
そういう人は、総労働人口のいったい何%なのでしょうか・・。


昔から、「女は家に路線」だったの自民党が、
なぜにアベ政権に変わった途端に
女性の活躍促進対策に心変わりしたのか?
を単純明快に言えば、
本当は全然、心変わりなどはしていなくて、
また、「女性の社会進出を促す成長戦略の一環」
などとは自民党のセンセイ方とずる賢い官僚の誰もが、
そんなことは爪の垢ほども思っておらず、
ただただ、どんなに理不尽な仕打ちをしても、反抗すらしない
下々の民に耳障りの良い言葉を駆使して、
税という形のお金を毟り取ることにした。
というただそれだけのパフォーマンス用の
まやかしの言葉でしかないのです。

それともうひとつは、「女性の活躍促進対策」が真っ赤な嘘であっても、
アベ政権が、さも女性有権者の味方のように見せておけば、
支持率が上がり、選挙の際の票の行方にも影響する。
そうすれば、アベ首相の悲願である憲法9条改正も容易であると
妄想しているだけだからでしょう・・。


結局はより多くの女性を社会の底辺を支える仕事の従事者として、
安い賃金で酷き使う目論見なのでしょうが、
配偶者控除が廃止されたら、
夫の給料だけではますます食えなくなり、
出産適齢期の女性でさえも、「子を産む」という選択肢は狭まり、
ますます少子化が加速するということになります。
(なお、経済面から見れば少子化は痛手かも知れないが、
地球環境という大きな側面の視点からの少子化は、
国家存続という意味合いからは、もっとも望ましい形ではある)

さらに親世代からの眼で少子化を見れば、
私の友人や知り合いたち(50代~70代)で、
20代~40代の子どものいる人々の
彼らの娘や息子は、労働形態の面や、結婚なんて面倒くさい・・
という理由等で結婚をしたくてもできない、結婚なんてしたくない、
が多数を占めているようだ。
もう孫の顔を見るのは諦めた、後継者がいないのでお墓も建立しない、
介護も期待していないし、できれば住み慣れた家の中で孤独死したい。
という人が多数派となっている。



4?数年も昔の話ですが、私が某企業の正社員であったときに
第一子(娘)を妊娠中、産休明けの保育所状況を訊きに区役所に行ったら、
「産んでから来てください・・」の一言で追い返されたので、
産んでから再度区役所に行ったら、
「空きがありません」の一言ですげなく門前払いされた経験がある。
しかたなしに、私が産休中に夫が仕事の合間に駆けずり回り、
会社の先輩のつてを頼り、
個人で託児を請け負っている会社近くの中年女性のところに日参し、
なんとか預かってもらえることになり、仕事を続けることができたのでした。

あれから、40数年。
保育事情や庶民の暮らしは少しでも何か良い方向に向かったか?
答えは否!です。

現在の我が家の爺婆ふたり世帯でいえば、消費増税と介護保険料の値上げ、
逆に年金は減額が続き、家計への圧迫が続いている。
最近、本当はある確固たる理由から拒否していた持病の薬も、
仕方なしにジェネリックに変えた・・。




まぁ、そうですねぇ・・。
配偶者控除に付いては、
先ずは、配偶者である夫側の所得を上げ、
さらには、子どもを預けるところがない、
老親の介護もしなくてはならない、低賃金のパートとアルバイトしかない、
という構造自体の制度を先に変え、
そして、女性が安心して働ける環境(保育所や介護施設等の整備)
を整えてから廃止を検討するのならそれなりに理解も評価もできるが、
本来やるべき順番が逆なのではないだろうか。

だから、ネット経由で頼んだベビーシッターに、
子どもを殺されるような事件も起きるのよ。

口先の甘言だけのアベ政権下では、今後も何も変わらず、
他のあらゆる面においても、名も無き庶民は経済面や心身面でも、
ますます苦しめられるであろうことだけは、
独断と偏見からではなく、事実として断言できてしまうことが情けなく哀しい・・。
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tag : 配偶者控除 女性の活躍促進対策 103万円の壁 男女平等度 夫に黙って傅く専業主婦こそ日本の家族のあるべき姿 憲法9条改正 ジェネリック

がんばらない安らかな死に方をするには?また、病気からくる死の恐怖を捨て去るには?その答えは「死は数多の別れのひとつである」「永遠の休息に入るだけである」と考えることにしました。
数日前、「定年時代」という折り込みで紹介されていた、
「がんばらない死に方」の執筆者の言葉に、なるほど!と思った部分があった。

「宗教学者だった岸本英夫さんでさえ、
自身ががんにかかった時に死とはどういうことかという
答えが出ずに苦しまれたらしい。
そこで、岸本さんが考え抜いて出された答えは、
「死は別れのひとつなのだ」ということで、納得されたと書かれていた。

そこで我が家の書棚にある岸本英夫氏の書かれた
ガンとたたかった10年間---死を見つめる心」を引っ張り出してきて、
私が付箋を貼った数か所を読み返してみたら、
確かにP28~の「死の恐怖に勝つ道」の項の最後に、
『死というのは、人間にとって、大きな、全体的な「別れ」なのではないか。
そう考えたに、私は、はじめて、死に対する考え方が、わかったような気がした。』

と書いてあった。




死への心の準備

『人間は、長い一生の間には、長く暮らした土地、
親しくなった人々と別れなければならない時が、
かならず、一度や二度はあるものである。
もう、一生会うことはできないと思って、
別れなければならないことがある。
このような「別れ」、それは、常に、
深い別離の悲しみを伴っている。
しかし、いよいよ別れのときが来て、
心をきめて思いきって別れると、
何かしら、ホッとした気持ちになることすらある。
人生の、折に触れての、別れというのは、
人間にとっては、そのようなものである。
人間はそれに耐えていけるのである。
死というのは、このような別れの、
大仕掛けの、徹底したものではないか。
死んでいく人間は、みんなに、すべてのものに、
別れをつげなければならない。
それは、たしかに、ひどく、悲しいことに違いない。
しかし、よく考えてみると、死にのぞんでの別れは、
それが、全面的であるということ以外、本来の性質は、
時折、人間が、そうした状況に置かれ、
それに耐えてきたものと、
まったく異なったものではない。
それは、無の経験というような、
実質的なものではないのである。
死もそのつもりで心の準備をすれば、
耐えられるのではないだろうか。
ふつうの別れのときには、人間は、いろいろと準備をする。
心の準備をしているから、別れの悲しみに耐えてゆかれる。
もっと本格的な別れである死の場合に、
かえって、人間は、あまり準備していないのではないか。
それは、なるべく死なないもののように考えようとするからである。
ふつうの別れでも、準備をしなければ耐えられないのに、
まして死のような大きな別れは、
準備しないで耐えられるわけはない。
では、思いきって準備をしたらどうであろうか。
そのためには、今の生活は、また。
明日も明後日もできるのだと考えずに、
楽しんで芝居を見るときも、
碁を打つときも、研究をするときも、
仕事をするときも、ことによると、
今が最後かもしれないという心がまえを、
始終もっているようにすることである。
そして、それが、だんだん積み重ねられてくると
心に準備ができてくるはずである。
その心の準備が十分できれば、死がやってきても、
ぷっつりと、執着なく切れてゆくことができるのではないか。
このように心の準備ということに気づいて見ると、
ずいぶん、心がおちついてきた。
死というものが、今まで、近寄りがたく、
おそろしいものに考えられていたのが、
絶対的な他者ではなくなってきた。
むしろ、親しみ、やすいもの、
それと出逢いうるものになってきたのである。』



 死の別れの意味

『このことについて、さらに、つきつめてみると、
死という別れと、ふつうの別れと、
どう違うかということにゆきあたる。
ふつうの別れのときは、今まで親しかった人や、
その社会に分かれてゆくことはつらいけれども、
また、つぎの行く手がある。
その行く手のことを考えながら別れることができる。
死の場合には、死後のことが分からない。
あるいは、死後のことは考えまいときめた立場からすると、
これは、行く手のわからない別れになる。
そこに深刻さがあるのである。
船が出ていく波止場の光景で考えれば、
別れていくという事実はあるが、
その船はどこに行くのかわからない。
そういう別れだから深刻になる。
しかし、死後のことはしらず、
この人間生活だけが生活なのだという立場を徹底して考えると、
人間の意識の中にあるものは、
けっきょく、いままで、自分のやってきた人生経験だけである。
われわれがしっているのはそれだけで、
それ以外のことは考えられない。
経験したことのない死後の世界を無理に考えようとするから、
わからないで悶絶してしまう。
われわれが悩みうる領域は、人間経験についての悩みのみである。
この船出はどこへゆくのかわからない船出である。
自分の心をいっぱいにしているのは、
今いる人々との別れを惜しむということであり、
自分の生きてきた世界に、うしろ髪をひかれるからこそ、
最後まで気が違わないで死んでゆくことができるのではないか。
死とはそういう別れかただ。
私は、こう考えるようになったのである。
しかし別れのときという考えかたに目ざめてから、
私は、死というものを、それから目をそらさないで、
面と向かって眺めることが多少できるようになった。
それまで、死と無といっしょに考えていたときは、
自分が死んで意識がなくなれば、
この世界もなくなってしまうような錯覚から、
どうしても脱することができなかった。
しかし、死とは、この世に別れをつげるときと考える場合は、
もちろん、この世は存在する。
すでに別れをつげた自分が、
宇宙の霊に帰って、
永遠の休息に入るだけである。
私にとっては、すくなくとも、
この考え方が、死に対する、大きな転機になっている。』








「死は別れのひとつ」と「永遠の休息に入るだけである」という考え方は
私のように人生の後半生を半よれよれ状態で生きていて、
なお且つ、折りに触れて、老いと死に付いての考察を巡らせていると、
或る程度は受容することができるようになってきました。
そして、あくまでも独断と偏見に拠る私見ではありますが、
あまりにも生を頑張り過ぎる(生に執着し過ぎる)ということは
反面、死に対しても頑張り過ぎるということになり、
本人は心身の耐えがたい苦痛を抱えたままに逝き、
残された家族は、拭っても拭っても、
拭いきれない悔恨の情に苛まれるような気がします。
結局、「無理にがんばらない、でも諦めない生き方」は
がんばらない安らかな死に方」に繋がるような気がします。

病気で生きるのが苦しい、不眠で夜も眠れない、
今までの人生は後悔ばかり・・・


これらの心身の状況は嫌が応でも死を意識せざるを得ない
高齢者になれば当たり前の姿です。
私自身、確実に体のあちこちが壊れてきています。
嫌でもいずれは訪れる死を受け容れるざるを得ないのです。
そのときに慌てないように、やはり、死をタブー視するのではなく、
人生最大の別れのイベントとして、死への心の準備は必要である。
と改めて思った次第です。

人生というものは「出会いと別れの繰り返し」で成り立っています。
そして、生と死は常に表裏一体であるがゆえに、
「死は人生の数多くの別れのひとつ・・」
と、考えると、不思議なもので、平凡極まりなく、
これといった刺激も何も無い今日と言う日が、なんとも愛しくなってきますが、
この平穏な日々がある日突然、音を立てて崩れる去ることをも意味しています。
そのことは、残り少なくなりつつある生の時間を無駄にせず、
如何に生くべきか?に繋がるのです。
「老いと死を見つめながら今を生きる」を主テーマに、
ここに私の思いを書いてきて約三年半・・
今までよりも少しだけですが、私自身の永遠の別れに対して、
言葉には言い表せないような、ある種の別次元の眼が開けたような気がしています。
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テーマ : ひとりごとのようなもの ジャンル : 日記

tag : 岸本英夫 ガンとたたかった10年間 死を見つめる心 がんばらない安らかな死に方 永遠の休息

抗がん剤投与で10人に1人は腫瘍が縮小するが、残りの9人は変化なし・・腫瘍縮小が視られた1人だけを取り上げて厚労省は「効能有り」ということにしているという話は本当か。
2014-01-25の「私の嫌いな10の人びと」を読んで。
どうせもうすぐ死んでしまうのに・・
良い人を演じ続けることに疲れ果ててしまっている人には気分転換になる稀書かも?

の記事中で取り上げた、がん闘病中だった友人が、
治りたい一心で受けていた抗がん剤治療の甲斐も無く亡くなった。
享年62歳・・でありました。

最近、友人、知人の死が相次いでいる。
季節柄、人の命も桜花のように儚いことが身に染みてならない・・。

一昨日、花散らしの雨がそぼ降る中、
某斎場で執り行われた一般葬の葬儀から帰ってきて、
確か、過激なタイトルに惹かれて買ってしまった本の中に、
抗がん剤の真相なるものが書いてあったはずの本。
(日本の真相 船瀬俊介著 2013年2月15日 第一刷)
を思い出して開いてみたら、
PART1「抗がん剤で殺されている日本人」の章に
次のようなことが書いてあった。



「猛毒抗がん剤ではがんを治せない」

2005年のことだ、私は抗ガン剤を告発する著書の取材で、
忘れられないほどの衝撃を受けた。
厚生労働省(電話 03-5253-1111)に電話取材したときのことだ。
抗がん剤って、がんを治せるのですか?」
電話口に出たK技官(あえて実名は秘す)は、私の質問に明快に答えた。
抗がん剤が、がんを治せないのは周知の事実です。」
私はあまりのも驚いて、一瞬言葉を失った。
「・・・・・・抗がん剤は毒物だとも、私は聞いたのですが?」
「大変な猛毒物質です。」これも、実にあっさりと答えた。
私は絶句しながらも、「がんを治せないのに、
そんな猛毒をがん患者に打っているのですか?」
「そのとおりです。」
「猛毒だったら、患者さんは死んじゃうじゃないですか?」
するとK技官は、少し声を落し、こう答えた。
「そういう方が、大勢いらっしゃるんですよね・・・・・・」

これでは、もはや治療ではない。たんなる"毒殺"じゃないか!
気をとりなおして、わたしはさらに聞いた。
「抗がん剤には、発がん性があるとか?」
「大変な発がん物質です」とK技官はきっぱり言い切った。
「ええっ、がん患者に強烈な発がん物質を打っているの!
それでは新しいがんが発生してしまうのでは?」
「そういう方が大勢いらっしゃる・・・・・・」
抗がん剤担当のK技官が、あまりに平然と答えるのに驚愕した。
"かれら"にとっては、以上の事実は当たり前のことなのだ。
     ・
     ・(省略)
     ・

K技官の説明では、「抗がん剤を投与すると、
10人に1人くらいに腫瘍縮小が見られるんです。」という。
それを"効いた"と判断して、医薬品(抗がん剤)を認可するのだという。
10人のうち残りの9人のがん腫瘍はピクリとも変化しない。
それでも「効能あり」とする、わが国の薬の認可制に唖然とする。
悪辣なペテンというしかない。
それも、観察期間は投与後わずか「4週間以内」だという。


抗がん剤は無力」というデヴュタ証言

実は、抗がん剤が有害無益であるということは、
海外ではとっくの昔に常識になっている。
1985年、米国立がん研究所(NCI)のデヴュタ所長が、
米議会でこんな衝撃的な発言をした。
「抗がん剤による化学療法は無力だ」というショッキングな内容だ。
デヴュタ所長の証言はこうだ。
「抗がん剤を投与すると、一部の患者には腫瘍縮小がみられる。
しかし、がん細胞は
自らの遺伝子を変化させ、たちまち抗がん剤の毒性に耐性を獲得してしまう。
だから抗がん剤はがん細胞に対してまったく効力を失う。
がん患者はただ、抗がん剤の毒性をこうむるのみだ。
わたしは深く絶望している。
これは害虫が農薬に対して耐性を獲得する現象とまったく同じだ。
デヴュタ所長は、がん細胞が耐性獲得する遺伝子を
「アンチ・ドラッグ・ジーンズ」(ADG:反抗がん剤遺伝子)と命名している。
NCIはアメリカ政府の最も権威のあるがん研究機関だ。
その最高責任者が、「抗がん剤は無力だ」と、
議会という公の場で認めたのだ。まさに衝撃の大ニュースである。
しかし・・・・・・、アメリカのマスメディアも、日本のマスメディアも、
完璧なまでにこの重大証言を黙殺した。
その背景には、超巨大スポンサーである製薬会社や医療利権の圧力があることは
いうまでもない。日本ではがん学会までもが嵌口令を敷いた。
だから、日本のがん専門医ですら、
このデヴュタ証言やADGの存在を知るものは極めて少ない。
(P52~55)

他にも、

多剤投与で死亡率は7~10倍に跳ね上がる

がんの3大療法を否定した「OTAリポート」

20年は遅れている日本のがん治療

1グラム=3億3170万円の抗がん剤

医師271人中270人が抗がん剤を拒否

論文を破り捨てた医学部長

「添付文書」に恐怖の副作用群

etc...............

等々が載っている。


著者はそこそこに世間に名を知られているジャーナリストではあるが、
厚労省技官ともあろう者が、電話取材に対して、
果たして、こんなにも簡単に
「抗がん剤が、がんを治せないのは周知の事実です。」
などとあっさりと口に出すのだろうか・・?それも電話で・・?
また、一口に抗がん剤と言っても、いろいろな種類が有り、
がんのできた場所やステージによっても、
副作用も毒性も多岐に渡るのではないだろうか?
との疑問も多いに残るが、わざわざ、検証する気持ちも時間も、
またその術も持ち合わせていないので、
話半分として書き進めることにする。

著者はトンデモジャーナリストなのか?
それとも、本当に日本社会の暗部に巧妙に隠された真相を明確にすべく、
孤軍奮闘している真のジャーナリストなのか?
それらも私には検証できないが、
もし、真のジャーナリストだとすれば、
(著者は本当のことを言うので、各マスコミからは
蛇蝎のごとくに嫌われていると本人が言っている)
本に書かれている、「猛毒抗がん剤ではがんを治せない」については、
がんが発見されたが最後、死に至るまでは金儲けの道具として、
病院で命の操作をされることになる。

また、「がん放置療法」で有名な近藤誠医師も、
白い巨塔である医学会では当然のごとく異端視され、
反論者が跡を絶たないことは言うまでもない。


今現在、アメリカでのがん治療の主流は抗がん剤ではなく
ほとんどが代替療法に変わっているそうである。
その治療結果は?というと、
患者数も死亡率も下がり続けているらしい。
そして、先進国の中で、がん患者数とがん死亡率が上がり続けているのは
日本だけなのだそうです。

日本の患者様方は治りたいがために医師にすべてお任せし、
抗がん剤をバンバン欲しがる金の成る木・・なのでしょうか?
さすれば、製薬会社や医療利権に群がる人々は笑いが止まらず、
原子力ムラのような抗がん剤ムラは2025年問題を迎え、
今後もますます、儲かって!儲かって!笑いが止まらないことだろう。

ところで、がんに罹っても、
日本では絶対に抗がん剤を使わない人種がいると聞いた。
それは、言わずと知れた、医療現場の関係者と
製薬会社の人々らしい。


先日、持病の薬(コレステロールを下げる薬)の
処方箋を書いてもらいに病院に行ったついでに、
よく判らなかったピロリ菌の検査結果を持ち、
医師に詳しい説明をお願いした。
幸い、私はピロリ菌には感染していないという。
これで胃がんのリスクは少しは回避できたが、
私の死因は多分・・もちろん直感でしかないが、
心臓関係の病気で死ぬのだろうな・・と思っている。


↑の動画によると主催者は「統合医学医師の会」と
「統合医学健康増進会」となっている。
西洋医学の標準的な治療法に限定せず、
効果的な代替医療を組み合わせる医療を目指している会らしい。



思い起こせば、私が50代のとき、民間の小さな総合病院に
約2か月間の長期入院を2回ほど経験したことがある。
そして、同室に乳がんを患っていると言う人が入院してきた。
見た目には「何処が悪いの?」というほど元気であったが、
それから一年後、私の2回目の入院のときに再び彼女も入院してきた。
そして、何度目かは判らないが、再びの抗がん剤治療が始まった途端、
瞬く間に体が衰弱していったようで、
あれよあれよという間に頭髪が抜け落ち、
たった一ヶ月半で帰らぬ人(享年46歳)になってしまった。
あのときの情景を思い出すと、今でも抗がん剤治療の恐ろしさが蘇る。
そして思う・・彼女がもし、抗がん剤治療を拒否していたら、
細々とながらでも、今も生きていたのではないかと・・。

そしてもう一人。
数年前、姪が体調が悪い・・と病院に行ったら、末期のすい臓がんで、
もう治療はできません、さらに余命は半年です。
と宣告されたことがあった。
彼女は仕事を辞めて実家に戻り、両親の協力を得て、
代替医療(コーヒー浣腸による腸内洗浄等々)に専念したが、
一年後、43歳でその一生を閉じた。

さらにもう一人。
私の会社員時代の同僚が会社の定期検診で、
検診車で肺のX線検査を受けたら、
肺がんが見つかり即入院を言い渡された。
本人には何の自覚症状もなかったが、
病院は側は彼女に抗がん剤治療を施した。
彼女は日に日に痩せ衰えて、寝たきり状態になった後、
入院5ヶ月目で47歳であっけなく息を引き取った。


冒頭に記した享年62歳で逝った友人は、
抗がん剤治療をしないほうがよかったのか?
それともしてよかったのか? 私には判らないが、
今の時点では、抗がん剤治療も代替医療も効く人には効くが、
効かない人には効かない・・としか思えない。





それにつけても、今の世の中、雨後の筍のごとくに
数多の種類の健康本が出版されており、
TVでも健康バラエティ番組が毎日のように放送されている。
私のような大凡人は、健康寿命を保持するためには、
いったい何に気を付け、誰のいうことを信じたらいいのか?が、
判らなくなってきている。
きっと、タレント医師や専門バカのおエライセンセイ方の言うことや、
それらのセンセイ方の書いた本の中身を鵜呑みにするのではなく、
結局は、自らの直感を信じるしかないのだろう。
そして、人間であれば、いつの日にか、避けられない運命として、
もがいても、嘆いても、泣き叫んでも(そのときにそんな体力があれば)
死は必ず訪れることを自覚しておくしかない方法はないような気がする。
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Author:千風
気が付けば、六十路.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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