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「老人漂流社会 "老後破産"の現実」を観て・・番組からは生活保護等の社会保障制度を積極的に活用したら!という弱者への思いは伝わらず、資産のない高齢者の長生きは罪であり、自分の老後のことを考えて来なかった自己責任を問う番組だったらしい。
餓死寸前の子供たちや、老後破産寸前の高齢者たち。
そのような日本国民には目もくれず、
多額のお金を世界各国にばら蒔き回っている安倍総理。
海外にばら蒔くお金があるのなら、
何故に国内での社会福祉の為に使わないのさ?
との考えに及んだが、
そういえば、自公政権には、
餓死寸前の子供たちや老後破産寸前の高齢者たちのような、
貧しくて税を払えない人間=社会のお荷物の人たちのことなど
眼中にないことは自明の理であったっけ・・。

餓死する子ども、老後破産する高齢者。
これが日本の少子高齢化の現実なのである。
今後、老老介護殺人はさらに増え、孤立死は日常茶飯事になり、
地獄絵図さながらの日本社会の現実が全国民の目に、
毎日、毎日焼き付けさせられ、
孤立死などという非日常の報道は日常に変わり、
ニュースにも取り上げられなくなるのだろう。
そして、誰もが、子どもの餓死、孤立死、
認知症高齢者の徘徊による死亡事故等にも
何の感慨も湧くことのない日々が近づきつつある。

結果、年金収入しかなくても、長寿遺伝子を持っている運の良い人や、
病弱であっても流動資産(現金や預貯金)を
より多く持っている富裕層の高齢者だけが、
高度医療を受けられて、長寿を全うできるのだろう。

番組内で取材に応じていた80代の高齢男性が
「早く死にたい・・死ねばこの生き地獄から逃れられる・・」
と言っていた言葉が心に突き刺さった。

50代以下の人たちは、かつての私がそうだったように、
自分の老後はなんとかなるだろうと考えている人が多いかもしれない。
老いると、体は思うように動かなくなるし、医療費もかかる。
それでも、老後はなんとかなる!と思っていても、
早めの準備をしておかないと、どうにもならない老後になってしまった・・
という老いの厳しい現実が待っています。

そして、どうにもならなくなったら、
与えられた寿命を生き抜くためには、すべてのプライドを捨て、
日本国民の当然の権利である生活保護制度を積極的に活用するしかないな。
と改めて思いました。

NHKスペシャルなどで老人漂流、老後破産が話題になっている。
高齢者の貧困問題だ。
生活保護基準以下で暮らす高齢者が
大勢いらっしゃることが明らかになっている。
わたしの所属するNPO法人ほっとプラスには、
生活困窮状態にある人々からの相談が日常的に寄せられている。
当然、65歳以上の高齢者からの相談も多く寄せられる。
この背景にあるのは、年金支給水準の低さや無年金、
預貯金の枯渇、医療や介護負担の重荷などさまざまである。
高齢者は、基本的に働くことは難しい場合がほとんどである。
そのため、収入はこれまでの預貯金や年金、
仕送りなどに頼らなければ生活ができない。
生活保護受給世帯の45,2%が高齢者世帯である
(平成25年7月:厚生労働省・被保護者調査)
ことからも理解できるように、高齢期は貧困のリスクが高まる。
そのような高齢者の貧困を防ぐために、
先進諸国の社会保障制度は整備されてきた。
だから、社会保障制度を活用すれば、一定の改善策はある。
しかし、老後破綻と呼ばれる現象の多くは、
高齢者が必要な社会保障制度に結びついていないために発生している。
例えば、日本の生活保護制度は、捕捉率が極めて低い。
日本弁護士連合会は、生活保護の捕捉率が
15,3%~18%しかないと指摘している(
日本弁護士連合会生活保護Q&Aパンフレット)。
ドイツ64,6%、フランス91,6%と比べても異常な低さだ。
捕捉率とは、その制度を受けられる人のうち、
どれくらいの人が捕捉(制度利用)できているかを表す数字である。
だから、日本の高齢者が必要な社会保障制度、
特に生活保護制度を利用できていない。
生活保護制度が高齢者の貧困に対応できていない、
機能不全に陥っているといっても過言ではない。
この利用割合の低さは、
高齢者の生活保護に対する誤解が根強いことも背景にある。
例えば、以下の生活保護に関する噂は誤りである。

「年金を受けていると生活保護は受けられない」

「持ち家があると生活保護は受けられない」

「車があると生活保護は受けられない」

「近くに家族や親族がいる場合は生活保護が受けられない」

「仕事をして収入があると生活保護が受けられない」

このような言葉は、私が相談を受けるときに質問されるものだが、
どれも生活保護を受けることができる。
生活保護制度は、収入が最低生活費に満たない場合、
受給することができる非常にシンプルな制度だ。
足りない収入を補う制度だといえる。
その足りない分の生活費はいくらなのか、計算方法は、
【収入が足りない場合に社会手当を受ける方法!
~家庭の最低生活費を計算して申請しよう~】を参照いただきたい。
要するに、生活破綻する前に早めに生活保護を利用してほしい。
相談窓口はお住まいの役所の福祉課である。
一方で、生活保護に頼らないで生活することが素晴らしいと、
美談のように語られてしまうこともある。
それは大きな間違いだ。
必要な人が社会保障制度を受けずに我慢すると、
制度はどんどん弱体化・縮小していく傾向にある。
社会保障制度は、誰もが普通に暮らせるように、
あるいは暮らせなくなったときのために用意された人類の叡智といえる。
人間だけが持っているとされている社会全体がみんなで支える仕組みである。
この機能があるから、私たちは日本という国に住み、
みんなで協力しながら経済発展など繁栄を謳歌できている。
そのため、社会保障制度が機能しなくなるということは、
国・社会が集団を構成している意味の大半を失うことであるともいえる。
だからこそ、無理せず、多くの高齢者の貧困を改善するために、
積極的に生活保護制度を活用していただきたい。
引用元:http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujitatakanori/20140928-00039403/


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テーマ : シニア・エッセイ ジャンル : 日記

tag : 餓死寸前の子供 老後破産 少子高齢化の現実

自らに降りかかる不都合な真実からは目を背け、卑小で面白くも無い現実を幸せだと脳に勘違いさせ、更には、お上には決して逆らわず。世のすべての事象に当たらず障らずで同調し、すぐ壊れる「和」を保つことが平和なのだと誤信する日本人というものの根源について・・。
週4回のプールへの通勤?途上(バス車内)で読んでいる本に
私が考えていた「日本人というもの」と、
ほぼ一致する日本人論が載っていたので、
備忘録としてここに転載しておきます。

「和」とは、「みんなで仲良くしましょう。
他人との関係を考えながら自分の進む方向を決めましょう」
ということです。
この日本人の気質は、よい面を取りあげれ「協調性がある」
と言えるけれど、
悪く言えば「自分がない」。だから誰かが大きな声でもって、
ある方向への指示をだすと、
その方向に向かって次々に動いてしまう。
権力者や国家の意向に動かされやすく、
集団の意思や時代の空気に流されやすいんです。
平和なときならそれでもいいでしょう。
家族宥和し、隣り近所と仲よくし、
風の吹くまま流れに乗って穏やかに暮らしていける。
あまりものを考えず、国家の言うとおりにしていても、
とくに問題はありません。
ところがひとたび風雲急を告げ戦争というような状況になると、
お上に抗して平和を守っていくということが、
日本の場合いかに難しいか。
たとえば、日中戦争が勃発したとき、
反対の声を上げた知識人はほとんどいませんでした。
軍や政府の方針を批判したのはごくわずかで、
多くの人がすぐに政府の思惑どおりの言説をはったんです。
太平洋戦争がはじまったときには、
日本の言論はもう壊滅状態。政府賛美の一辺倒でした。
もちろん思想統制があって、
反対する者は逮捕監禁されたせいもありますが、
そうまでしてあらがった者は非常に少なかった。
人とうまくやっていくことを第一に考える社会では、
欧米のような個人主義は育ちにくいものです。
ひとりひとりが、「わたしはこう思う」
と主張していたら集団の和は保てませんし、
そういう人間は嫌われ、村八分にされかねない。
しかし、それゆえに私たちは、
自分の頭で考えるのが苦手な国民になってしまった。
「我」から発して自分の意見を持つということ自体が難しいんです。
ましてや、「世間や国家がなんと言おうと、
流行がどうであろうと、私はこう考える。こうしたい。それは嫌だ」
と自分を保ち続けるなんて、それこそ至難のわざ。
そして、自分の頭で考える訓練がなされていない分、
ますます世間や国家や時代に流されやすくなる・・・・・・
まったく悪循環です。
心理学用語で、仲間内に働く同調圧力を示す
「ピア(peer)・プレッシャー」という言葉があります。
日本社会は欧米以上にピア・プレッシャーが強く、
そして私たち日本人はその圧力に抗する力が弱い。
加賀乙彦著「悪魔のささやき」P81~P83より

140928r
かくして、一強他弱の国会で、やがては集団的自衛権の法整備な為され、
同盟国の米国から請われて、自衛隊員や若者が、
ますます混迷が増す紛争国へ参戦させられようと、
あげくに国民の格差が今以上に広がろうと、
多くの日本人は国家の圧力に抗することなく、
再びの道を歩むことになるのでしょう。

近未来にそのときが来て、
再びの道に異論を挟む人は何%存在するでしょうか・・。

そして、今は既に戦後や戦間期ではなくて、戦前なのです。

また、私の友人知人の多くは、ほとんどが60代で、
前期or後期高齢者ですが、
政治などは遠い世界の話であり、
余計なことは考えないことが幸せであり、
老い先も短いので、その日、その日を小さな幸せに包まれて、
刹那を愉しく暮らせればそれでいい。という人ばかりです。
そういう人たちの多くは、自分の愛する息子や孫息子が
戦地に行かされようとしても、抵抗すらしないのでしょうね。

「オレはこの国の最高責任者だ!」
と、背中につっかえ棒が必要なほどふんぞり返る
戦後最悪最低で幼稚な人物を国家のトップリーダーを選んだ方は
ご満足なのでしょうが私にはいい迷惑ですわよ。
そしてまた、哀しいかな、いつか来た道へと、
歴史は繰り返されることでしょう。
今の日本人の多くは国家に因って、
「思考停止を良し」とするように洗脳され、
ハンナ・アーレントの唱える
凡庸な悪」に支配されているような気がしてなりません。

もちろん、私は選挙では反自公の候補者を選択し、
この仮想空間では、PCの前に座れるまで、
自公政権に異論を挟み続けます。
最期のときに後悔しないためにも・・・。

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テーマ : 伝えたいこと・残しておきたいこと ジャンル : 日記

tag : ピア・プレッシャー 集団的自衛権 ハンナ・アーレント 凡庸な悪

いい加減、目覚めなさい。日本という国は特権階級の人たちが、楽しく幸せに暮らせるように、あなたたち凡人が安い給料で働き、高い税金を払うことで、成り立っているんです。そして、高齢者になってガンにでも罹ったら、抗がん剤をバンバン投与されて、医療マフィアの金儲けの道具になるだけなのです。
目に入ったとたん、思わずリツイートしてしまったツィートがありました。
まるで今の日本という国を如実に象徴するつぶやきだと思ったからです。


テレビドラマ「女王の教室」の教師のセリフの対象人物を我が身に置き換えて、
小学生から高齢者にしてみました。
(セリフはこちらのサイト様を参考にさせていただきました)



いい加減、目覚めなさい。
日本という国は、特権階級の人たちが、楽しく、幸せに暮らせるように、
あなたたち凡人が、安い給料で働き、
高い税金を払ってきたことで、成り立っているんです。
そういう特権階級の人たちが、
あなたたちのような特権階級ではない高齢者に何を望んでいるか知ってる?
今のままずーっとおろかでいてくれればいいの。
今更、世の中のしくみや、不公平なんかに気づかず、
溢れる宣伝文句に踊らされて、無駄な抵抗とも知らずに
アンチエイジングに大枚を叩いて、
効きもしないサプリメントをたくさん飲んで、
NHKテレビの相撲中継でも、ぼーっと見て何も考えないことです。
相撲中継の無い時期でも、やはりテレビしかありません。
日がな一日、テレビを恋人にして、
ボォーッと何も考えずに座っていればいいのです。
また、日本人の死因1位のガンですが、
高齢になれば罹患率も上がります。
そのときは医者の言うことをおとなしく聞いて、
抗がん剤をバンバン投与してもらって、医療マフィアを儲けさせて、
早々に抗がん剤の副作用で死んでゆくのが、
生産性もなく、税の金食い虫でもある高齢者の取るべき道であり、
国のためであり、世のためでもあるのです。
と、、、国と官僚と特権階級は考えているのです。
それから、知っていますか?
ガン専門医がガンになっても、
大多数の医師が自身には絶対に抗がん剤を使わないという噂も。
そして、もし、戦争が始まったら、皇国の民の為すべきこととして、
子どもや孫を差し出して、真っ先に危険な所に行って戦ってもらえばいいの。」

「この国では100人のうち6人しか幸せになれないの。
ということは?あなた方の中で老後を何不自由なく幸せに暮らせるのは、
一人か二人だけなんです。
残りの94%は、毎日毎日不平不満を言いながら老後を暮らし、
惨めに死んでいくしかないんです。
もしあなたたちが、その6%に入りたいと思っても、もう無理です。
今から努力をしても無駄なのです。
なぜならば、既に若さを失い、気持ちだけは若いつもりでいても、
現実には体力も気力も無くなっているのです。
それに、最大の難関は時間です。
もう生の残り時間がないのです。」

「あなたたちは、遥か昔の子ども時代から、
有名私立小学校に通える富裕層の生徒たちから 
ずっと遅れをとっているんです。
その差はあなたが死ぬまで埋まりませんし縮まりません。
子どもや孫があなたに優しい素振りを見せるのは
あなたが今、なんとか食べていけるだけのお金を持っているから
寄ってくるだけなのです。
あなたが無一文になったり、認知症にでもなったりしたら、
寄りつくことさえしない子が多いでしょう。
揚句のはてに徘徊で行方不明にでもなったら、
捜したりしないでしょうね。
イメージできる?富裕層の彼らはこうしている間にも、
あなたたちが経験したことのないような裕福な生活をし、
決して手に出来ないような、特権やサービスを受けているんです。
鯨肉や鰻も好きなだけ食べることができて、
病気になれば、順番を待たずに、
一流の大学病院の診察を受けることが出来るし、
保険診療外の高額医療を迷わずに受けられるのです。
ディズニーランドだって、特別の出入り口から入って、
人気のアトラクションだって並ばずに、乗ることが出来るんです。
あなたはいつも大病院で何時間待ちますか?
また、ディズニーランドで何時間並びましたか?
今の日本とは、また世の中とはそういうものなのです。
ですが、特権階級になれなかったからと言って嘆いてばかりでは、
残り少ない生の時間が哀しいだけの人生になってしまいます。
貴重な時間を無駄にしないためには、
先ずはこの世の真実を見つめ、理解し、現実に目覚め、
そして、あなたが声を上げ続ければおのずから道は開けるはずです。



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テーマ : 伝えたいこと・残しておきたいこと ジャンル : 日記

「臨死体験 思索ドキュメント死ぬとき心はどうなるのか」を観て・・臨死体験とは誰もが死の間際に見る可能性がある奇跡的な夢らしい。そして結論は死んでみないと分からない。
録画しておいたNHKスペシャル「臨死体験 死ぬとき心はどうなるのか」
(2014年9月14日放送)を観た。

『私』という存在は死んだらどうなるのか、
死ぬとき『私』は何を見るのだろうか――。
20年余り前、臨死体験について徹底的に取材し
考察を深めてきたジャーナリスト/評論家立花隆さん。
74歳を迎え、がんや心臓の病を抱えて死を間近に感じる今、
再び臨死体験の最新研究の現場を見つめ、
“死”について思索しようとしている。
死の間際に一定の人が見る臨死体験
臨死体験が世界で注目され始めた1980年代以来、
その解釈としては、脳内現象として科学で説明できるとする
「脳内現象説」と、肉体が死んでも“魂(もしくは自我を感じる「意識」)”
が存在し続けるという「魂存在説」―――これら二つの説が互いに相容れない、
激しい議論が続いてきた。そうした中、
立花さんは新たな臨死体験の掘り起こしをすると同時に、
そもそも「意識(魂)」と呼ばれているものの正体とは何なのか、
最新の脳科学・心理学・哲学にいたるまで、
徹底した取材に基づいて正面から挑もうとしている。
科学的に見て、死後の世界があると言える余地はどれくらいあるのか。
死後の世界がないとしたら、『私(自分)』という
意識(魂)はどう生まれどう消えていくのか。
私たちが当たり前と思っている『私』という存在はいったい何なのか。
有史以来、人類が答えを追い求め続けてきた生と死にまつわる壮大な謎―――
その謎に挑む立花さんの思索の旅を通じて、
大震災や紛争などで多くの命が失われる今、
命や『私』の存在する意味を考える。
http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0914/index.html



ご興味のある方はこちらで全編視聴可能です。

私は幼児の頃に心停止を宣告され、臨死体験をしたことがある。
当時は臨死体験と言う言葉などもちろん知らず、
臨死体験者のほとんどが体験するという
トンネル」も「光の存在」についての知識も見聞も無かった。

それでも体外離脱状態で見た光景は今でもはっきり覚えているし、
トンネル」も「光の存在」も脳裏に焼き付いている。

半世紀以上を過ぎてもなお、「あれは夢だった」
とはどうしても思えないほど鮮烈な体験だったが、
ヒトが死を迎える際に対して「トンネル」や「光の存在」が、
太古よりDNAに組み込まれているような気がする。
番組では、臨死体験とは、どうやら生と死のボーダーラインにおいて、
脳が防衛本能をフル回転して起こす奇跡的な夢であるらしい・・
と結論付けていた。

また、交通事故や脳内出血で数日から6カ月ほど昏睡状態が続き、
生と死の境界を経験した数人の友人知人に
臨死体験があったかどうかを訊いてみたら、
一人もそのような体験はおろか、記憶にも無いと言う。
どうやら臨死体験をする、しないには個人差があるのかもしれない。

番組では「死ぬときの心の行方」をメインテーマに据えていたが、
人が死に瀕するときには
死に至る苦痛と恐怖を回避するために脳内麻薬(エンドルフィン等)
が多量に分泌されて、多幸感に包まれた夢や幻覚を見るという
防衛本能が脳に組み込まれていると或る本で読んだ。

ゆえに、死に至る直前に肉体的には決してもがき苦しむことはないらしく、
あとは、科学も宗教も関係なく、あの世を信じるか?信じないか?
の個人の心の問題だけになる。
そして結論としては、「死んでみないと分からない」
ということになる。

私自身は来世も生まれ変わりもあるとは思っていないが、
否が応でも、もうすぐ確実に逝かなければならないあの世。
皆さま方は信じますか?

それにしても、知の巨人といわれる立花隆氏のような方でも、
生の残り時間が短くなったことを意識するようになると、
オカルト的なものや哲学的なものに救いを求めるようになるものなのでしょうか・・。



『臨終が近づいたら、たまたま地上に生まれさせられ、
いま死んでいかなければならないこのすさまじい残酷さをまっすぐ見つめ、
「わからない、わからない」とわめきながら、もだえ苦しんで死んでいきましょう。』
哲学者:中島義道『ぐれる!』より


『災難に逢う時節には災難に逢うがよく候 
死ぬる時節には死ぬがよく候 是はこれ災難をのがるゝ妙法にて候』
曹洞宗の僧侶: 良寛


相反するがごとき死生観ですが、
死に対峙しようとするときの思いは人それぞれ、
そして、生き方も人それぞれです。

人生というものに確たる正解がないように
生きる意味などというものも存在しない。
そして、ただひとつ言えることは「死ぬときは独り・・」ということだけであり
あの世を信じるも信じないも自由である。

また、他人(例えば医師とか宗教家)の言うことには、
或る程度は耳を傾けても、最後は自分自身の決断になる。
元気なときから自分の想う死の形をイメージしておけば、
最期はそれで事が済むのではないかと思う。

私は・・できるならば、多量の脳内麻薬の分泌で多幸感に包まれながら、
全身麻酔で数を5まで数えて意識を失ったような状態で、
この世からおさらばできたら・・と願っている。

最近、己が死については、念じて考える!ことが唯一の救いであり、
受容への近道なのだと思えるようになってきた。
どんなにもがいても、あがいても、死ぬほど悩んでも、
やがてはみんな必ず死ぬ、という事実は老いが深まれば深まるほど、
眼前に迫ってくる。
死の向こう側とは、今を生きている人間には
その瞬間が訪れるまで決して知ることのできない未知の領域である。
あの世があるかどうかは別にして、
臨死体験をした身から言えば、死の瞬間は決して怖いものではなかった!
と今は、はっきり断言できる。
ただ、余計な延命措置がなければ?かもしれないけれど。

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テーマ : 備忘録的なもの ジャンル : 日記

tag : 臨死体験 トンネ 光の存在 体外離脱 脳内麻薬 オカルト的

「この地域にゲリラ攻撃の可能性があります。屋内に避難し、テレビ・ラジオをつけてください」の誤報が配信されたようですが、日本のすべての行政はゲリラ攻撃やテロ攻撃も想定しているってこと?

11日夕方、埼玉県加須市が市民を対象に行っている
防犯や災害情報のメール配信サービスで、
「この地域にゲリラ攻撃の可能性があります」
などと誤った情報を配信していたことが分かり、
市はおよそ1時間後に訂正のメールを送って謝罪しました。
加須市によりますと、市は11日午後4時すぎ、
市民を対象に行っている防犯や災害情報などのメール配信サービスで
「この地域にゲリラ攻撃の可能性があります。屋内に避難し、
テレビ・ラジオをつけてください」などという情報を
登録している4250人に誤って配信したということです。
配信されたコメントは、国が自治体に情報を伝える
「J-ALERT」の文面で、
委託された業者がシステムを改修中に誤って送信してしまったということです。
加須市は、サービスに登録している職員からの連絡で誤送信に気づき、
およそ1時間後に訂正メールを送って謝罪しました。
加須市の危機管理防災課は、「ご利用の皆様方に多大なるご迷惑をおかけし、
大変申し訳ございませんでした」とコメントしています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140911/k10014540991000.html


【熊野】熊野市は十一日、
同日午後の全国瞬時警報システム(Jアラート)改修作業中、
業者の操作ミスでシステムに登録している市民四百七十三人に対し、
地震速報や大規模テロ情報などを誤って送信したと発表した。システム自体に故障はなく、
市は誤送信後、登録者に誤報であることを連絡し、大きなトラブルには至っていない。
市防災対策推進課によると同日午後一時二十二分、
市役所本庁舎にある行政無線放送室で災害やテロなどの
情報を市行政情報として流すJアラート設備の取り換え作業を実施していたところ、
業者が操作を誤り、実際には発生していない
震度4―7までの地震速報六項目や高さ別の津波警報二項目のほか、
ゲリラ攻撃航空攻撃ミサイル攻撃大規模テロ―の四項目の計十二項目の
情報が一分おきに登録者の携帯電話やパソコンのメールアドレスに送信されたという。
同システムによる市行政情報は、地震速報などの緊急速報が
登録者に瞬時に伝わるメール配信サービス。
平成二十一年五月の運用開始以来誤送信は初めてで、
同課は「登録者の方には大変ご迷惑をお掛けし、深くおわびしたい」としている。
http://www.isenp.co.jp/news/20140612/news02.htm





こういう警報システムメールのひながたを、
いつ送信しても良いように用意してあるということは、
既に国からの命令で行政が防災無線や災害情報メールで
いつでも送信できる準備が為されている・・ということになる。

だけど、そのようなメールが届いたら、
緊急地震速報なんかより、パニック間違いなしよね。

ところで、ゲリラ攻撃航空攻撃ミサイル攻撃大規模テロ
を仕掛けて来るのは何処の国なのか?
また国内だとしたら、何という過激武装組織を想定しているのか?
どうしても知りたいものだわ。

ところで、日本はいつの間に、現実的事実として、
ゲリラ攻撃テロ攻撃のターゲットになっていたのでしょう?
考える間もなく、死を覚悟しなけれればならないような
ゲリラ攻撃」や「テロ攻撃」にさらされる可能性があったんて!

ワタシ・・あくまでも願望として、100歳前後で老衰で死ぬつもりなんだけど、
「ゲリラ攻撃」や「テロ攻撃」で死ぬのかしら?
即死だったら構わないけど・・。

ところで、急に思いついたんだけど、
「この地域にエイリアン攻撃の可能性があります。
屋内に避難し、テレビ・ラジオをつけてください」
の緊急警報メールのひながたも準備してあるのかしら?

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テーマ : ひとりごとのようなもの ジャンル : 日記

tag : 緊急地震速報 ゲリラ攻撃 航空攻撃 ミサイル攻撃 テロ攻撃 大規模テロ 過激武装組織 エイリアン攻撃

盲導犬と白杖は視覚障害者の「目」そのものです。盲導犬や視覚障害者に嫌がらせをする人たちは、一瞬の悪魔のささやきに屈しないために一度視覚障害者体験をしてみれば?
ホームヘルパー講習で視覚障害者体験をしたことがある。
アイマスクをきつく当て、全盲状態で、盲導犬代わりの講習仲間に手を惹かれて
3階建ての講習施設を隈なく歩いたことがある。
あのときのことを思い出すと、手を惹かれていても、
今でも見えない恐怖とあの絶対暗闇を思い出す。


そして昨今、盲導犬が刺された事件に続き
今度は川越駅で白杖の女生徒蹴られる・・というニュースを目にした。

視覚障害者の方々への嫌がらせが続いているけれど、
普通に街を歩いていて、
前方から白杖を左右に突きながら点字ブロックの上を歩いてきた人がいたら、
視覚障害者の方に少しでも不安を与えないように自然に脇へ避けて、
道を譲るのが当たり前だと思ってきたけれど、
そうでない人もいるのねぇ・・。
スマホでも視ていて、視覚障害者の方に気付かなかったのか?
は定かではないけど、
白杖に躓いて転んだからといって、
無防備で成す術を持たない人を後ろから蹴ったり、
盲導犬をフォークで刺す!って、
人間として赦されない卑劣な行為よね。

盲導犬白杖視覚障害者にとっては「目」。
ということも理解できない人が増えている。
つまりは、この国では、
人間対人間の自然な譲り合いの気持ちの
基本そのものが壊れているらしい。

社会と時代が壊れているときは、
身体障害者、高齢者、子ども、ホームレス等の社会的弱者
が不条理な被害に巻き込まれる。



そして、盲導犬をフォークで刺した犯人も、
川越駅で白杖の女生徒を蹴った犯人も、
未だ逮捕されていないけれど、
この犯人二人は家庭では良き父であったり、
職場では有能な仕事人間であったり、
学生だとしたら成績優秀な人かもしれないのよね。



こういう事件は一昔前までは極一部の人の犯行だったような・・。
だが、今の壊れてしまった社会では、
世間では良識があると思われている人でも、
また、善人そのものと思われている人でも、
悪魔のささやきに簡単に負けてやってしまうのだろう。

歳を取れば誰でもが、あそこが痛い、ここが痛いとなる。
身体障害者手帳を保持していなくても、
既に体は身体障害者と同じでもある。


老いても元気いっぱいのシニア、シルバーの皆様には
関係のない話かもしれませんが、
私のように脳の指令でもササッ!と思うように体が動いてくれない
腰痛持ちで病弱なシニアの皆様は、
街を歩くときはくれぐれもお気を付けくださいませ。
邪魔だババア・・と言われて、後ろから蹴られないように。


↑このような考えの人もいらっしゃるようですが、
盲導犬をセレブの愛玩犬と同一視されていらっしゃるのでは?

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テーマ : ひとりごとのようなもの ジャンル : 日記

tag : 盲導犬 白杖 視覚障害者 社会的弱者 高齢者

女は年老いるすべを早くから学ぶべきである。しかもそれは並大抵な才能でできることではない・・「今日は私の記念日ね。」と老いと認知症を受容した老女。「新宿"人情"保健室 ~老いの日々によりそって~」

東京新宿区の団地の中に、
お年寄りが相談に訪れる「暮らしの保健室」はある。
東京都の支援を受けているため、誰でも無料で利用出来る。
この日、買い物に出て自宅がわからなくなった女性が訪れた。
近所の人の情報を手がかりに調べて、自宅まで連れて行った。
続いて、保健室の常連がやってきた。
この日壊れた夫の位牌を持ってきた彼女とともに、
仏具店へ向かった。保健室では彼女の一人暮らしを見守り、
サポートしている。
「暮らしの保健室」で働く杉本さんは、
ベテラン看護師である。
この保健室の母体は訪問看護ステーションで、
杉本さんはそこの訪問看護師でもあり、
在宅ケアの相談にものっている。
この日は半年前保健室で相談を受けて
在宅療養の環境を整えた家を訪れた。
この家のご主人は肺がんを患っている。
体調は安定していて外出も出来るが、
余命は一年と告げられていて気持ちは沈みがちだという。
杉本さんは彼に日々を楽しむ気持ちを
取り戻してもらいたいと励ましている。
彼は退院以来、家に閉じこもりテレビを見ている。
杉本さんはデイサービスの利用を勧めた。
半世紀前庶民の憧れの的であった団地。
超高齢社会を迎えた日本の縮図といわれている。
「暮らしの保健室」にはお年寄りならではの相談が持ちかけられる。
一人でいると余計なことを考えて塞ぎこんでしまう、
数多くある相談である。
一人暮らしで家事などをこなしていたが
体がつらくなってきたという女性には、
公的サービスを使って負担を減らすことを薦めた。
お年寄りの中には介護保険の使い方を
わかっていない人が多いという。
保健室には時折、踏み込んだ相談も持ち込まれる。
終末期のがん患者の家族が、
自宅で看取りたいがどうしていいかわからないという相談。
妻は杉本さんに、映画の試写会に行きたいという相談をした。
杉本さんは車椅子で映画を見るサポートなどを行った。
この3日後、自宅で息を引き取った。
誰にでも訪れる最後の時を笑顔で
迎えられるように支えたいというのが、杉本さんたちの思いだ。
軽度の認知症と認知されている女性が相談に訪れていて、
テレビとエアコンのリモコンを取り違えて混乱しているようだった。
さらに一週間後、女性は生活費が見つからないと保健室にやって来た。
生活費はいつもの決まった場所に置いてあり、
これまでよりも物忘れがひどくなってショックを受けていた。
杉本さんたちは認知症と向き合うお年寄りの姿を数多く見てきて、
自分たちに出来ることはどんなことがあっても
その傍らに寄り添い続けることだという。
肺がんになってから家にこもりがちになっていた男性は、
デイサービスをきっかけに少し外出するようになっていた。
男性は4ヶ月ぶりに顔を見せた長男と一緒に
退院以来飲む気がしないと言っていたビールを飲み、
その10日後には病院で今の状況を見てもらった。
検査の結果に落ち込んでいた男性は、
死ぬのを待つしかないと言っていた頃のパジャマ姿に戻っていた。
杉本さんは男性を励まし、
話にも応じたくない状態の男性に杉本さんは話し続けた。
すると、杉本さんに外で会いましょうと少しだが元気を取り戻していた。
暑い夏、軽度の認知症と認知されている女性は
保健室に頻繁に訪れるようになっていた。
通帳を探している相談に、
杉本さんと一緒に家に行くと決まった場所に置いてあった。
さらに4時間後、女性は4時間後の出来事も覚えていなかった。
落ち込んでいた女性に杉本さんは励まし、
女性は吹っ切れたように笑っていた。
暮らしの保健室の杉本さんは、
軽度の認知症と診断された女性と将来慌てないための準備として
一緒に老人ホームを見学に行った。
杉本さんが対応している認知症の男性は
パジャマからシャツに着替えるようになり、
デイサービスにも通うようになった。
団地の片隅にある暮らしの保健室は今日も笑顔であふれていた。




認知症、脳疾患、ガンだけには絶対に罹りたくないと思っても、
老いては誰にでも明日突然に宣告される病かもしれない・・。

番組では或る初期の認知症の女性が、
炊飯器に入っていたご飯を誰が炊いたのか判らない。
ご飯を食べたかどうかも判らない。
実際にはご飯はヘルパーさんが来て炊いていってくれたのだが、
それすらも判らないと言う。
更に、エアコンのリモコンがない。
通帳がない。生活費として置いておいたお金がない。
と、一日に何回も「暮らしの保健室」に足を運ぶ。

そして、その高齢女性は、
いつもの場所にリモコンも通帳も生活費もちゃんと置いてあることを
指摘された後に、畳に突っ伏してしばし落ち込む。
しばらくして、起きあがり「今日は記念日ね。」と笑顔で言う。
彼女にとっては自分が認知症であることを自覚した日として、
その日を記念日にしたのだ。

老いとそれに付随する病を受容するということは、
すぐ先に待ちかまえている死をも受容することに繋がる。

介護保険が適用されてもおかしくない身体状態にある高齢者(女性)は、
介護保険の申請の方法すら全く知らないと
「新宿"人情"保健室 」の職員に話していた。


国はODAや軍事費(防衛予算)には湯水のごとくお金を使うが、
福祉には使いたくないらしく、
介護給費の抑制を目指して、介護の受け皿を「施設」の増設ではなく、
「在宅」「予防」中心へと、大きく舵を切った。

都会の一人暮らしの高齢者は誰に介護をして貰えばいいのか?
また、今はおふたりさまでも、いずれはおひとりさまになり、
やがては介護が必要になる老人たちが、都会には無数に存在することになり、
今以上に徘徊孤立死も増えるだろうことは誰の眼にも明らかであり、
多死社会格差社会を迎えている今、悩みを聴いたり、
必要とあれば、行政や地域包括支援センターに橋渡しをしてくれる
「新宿"人情"保健室 」のような「よろず相談所」や「 よろず保健室」を
行政主導で区に一ヶ所ではなくて、
徒歩や車椅子でも行ける場所(各町内に一ヶ所)設けることが、
今の時代に急務だと思った。



番組は派手な音響効果もなく、
新宿の団地に生きる名も無き老いた人たちと
彼らを支え、日々奮闘する訪問看護師の姿を淡々と放映していたが
NHKの体質として、しかたがないのだろう・・とは思うけれど、
「だから、今後の対策としてこうすべきでは?」
のような指針を示さないのが毎度のことながら、少々不満でもあった。
そして、自身の認知症を受容し、「今日は記念日ね。」
と笑顔で言う独り暮らしの高齢女性に、
私が更に老いても、また寝たきりになっても、
子どもと同居する予定などまったくないゆえに、
つい明日のわが身を重ね合わせるしかなかった番組だった。

女は年老いるすべを早くから学ぶべきである。
しかもそれは並大抵な才能でできることではない。 by セヴィニエ夫人


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朝日新聞の池上彰氏のコラム不掲載問題が一転掲載に・・「過ちがあったなら、訂正するのは当然。でも、遅きに失したのではないか。過ちがあれば、率直に認めること。でも、潔くないのではないか。過ちを訂正するなら、謝罪もするべきではないか」
今日の朝日新聞。
えげつなくて下品なタイトルばかりの朝日バッシングをメインとする
週刊新潮週刊文春の広告も載せていて、
先週とは打って変わって、他の新聞を読んでいるかのようだった。

また、池上彰氏のコラム不掲載問題が一転。掲載することになったそうな。
どれどれ?池上彰氏は何を書いてもいいという契約のコラム「新聞ななめ読み」で、
朝日新聞にとっては、どんなにかショッキングな内容を書いたのか?
と胸躍らせて読んでみたら、なんのことはない。
ごもっとも・・と思うことしか書いてなかった。

過ちがあったなら、訂正するのは当然。でも、遅きに失したのではないか。
過ちがあれば、率直に認めること。でも、潔くないのではないか。過ちを訂正するなら、
謝罪もするべきではないか。


朝日新聞は、8月5日付と6日付朝刊で、「慰安婦問題を考える」と題し、自社の過去の慰安婦報道を検証しました。これを読んだ私の感想が、冒頭のものです。

 6日付紙面で、現代史家の秦郁彦氏は、朝日の検証について、「遅ればせながら過去の報道ぶりについて自己検証したことをまず、評価したい」と書いています。これは、その通りですね。

 しかし、今頃やっと、という思いが拭い切れません。今回の検証で「虚偽」と判断した人物の証言を掲載してから32年も経つからです。

 今回、「虚偽」と判断したのは、吉田清治氏の証言。氏が自らの体験として、済州島で200人の若い朝鮮人女性を「狩り出した」などと証言したと朝日新聞大阪本社版朝刊が1982年9月2日に報じました。その後も朝日は吉田氏に関する記事を掲載しました。

 これについて今回、「読者のみなさまへ」と題し、「吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした」と書いています。裏付けできなければ取り消す。当然の判断です。

 ところが、この証言に疑問が出たのは、22年前のことでした。92年、産経新聞が、吉田氏の証言に疑問を投げかける記事を掲載したからです。

 こういう記事が出たら、裏付け取材をするのが記者のイロハ。朝日の社会部記者が「吉田氏に会い、裏付けのための関係者の紹介やデータ提供を要請したが拒まれたという」と検証記事は書きます。この時点で、証言の信憑(しんぴょう)性は大きく揺らいだはずです。朝日はなぜ証言が信用できなくなったと書かなかったのか。今回の特集では、その点の検証がありません。検証記事として不十分です。

 検証記事は、「慰安婦」と「挺身隊(ていしんたい)」との混同についても書いています。「女子挺身隊」は、戦時下で女性を労働力として動員するためのもの。慰安婦とは別物です。91年の朝日新聞記事は、女子挺身隊と慰安婦を混同して報じたものだと認めました。

 これについて「読者のみなさまへ」というコーナーでは「当時は、慰安婦問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました」と書いています。

 ところが、検証記事の本文では「朝日新聞は93年以降、両者を混同しないよう努めてきた」とも書いています。ということは、93年時点で混同に気づいていたということです。その時点で、どうして訂正を出さなかったのか。それについての検証もありません。

 今回の検証特集では、他紙の報道についても触れ、吉田氏の証言は他紙も報じた、挺身隊と慰安婦の混同は他紙もしていたと書いています。問題は朝日の報道の過ちです。他社を引き合いに出すのは潔くありません。

 今回の検証は、自社の報道の過ちを認め、読者に報告しているのに、謝罪の言葉がありません。せっかく勇気を奮って訂正したのでしょうに、お詫(わ)びがなければ、試みは台無しです。

 朝日の記事が間違っていたからといって、「慰安婦」と呼ばれた女性たちがいたことは事実です。これを今後も報道することは大事なことです。

 でも、新聞記者は、事実の前で謙虚になるべきです。過ちは潔く認め、謝罪する。これは国と国との関係であっても、新聞記者のモラルとしても、同じことではないでしょうか。

■池上さんと読者の皆様へ

 今回のコラムは当初、朝日新聞社として掲載を見合わせましたが、その後の社内での検討や池上さんとのやり取りの結果、掲載することが適切だと判断しました。池上さんや読者の皆様にご迷惑をおかけしたことをおわびします。

■池上さんのコメント

 私はいま、「過ちては改むるに憚(はばか)ることなかれ」という言葉を思い出しています。今回の掲載見合わせについて、朝日新聞が判断の誤りを認め、改めて掲載したいとの申し入れを受けました。過ちを認め、謝罪する。このコラムで私が主張したことを、今回に関しては朝日新聞が実行されたと考え、掲載を認めることにしました。
http://www.asahi.com/articles/ASG935H4GG93UPQJ008.html

池上氏のコラムが未掲載にならなくて良かったとは思うけれど、
8月5.6日の「慰安婦問題を考える上下」の特集記事中で、
吉田証言は誤報でした」だけのあっさりお詫びだけではなく、
いっそのこと、社長名での謝罪文があったなら、
納得のいく読者も多かっただろうに・・
加えて、大新聞としての奢りが多々あるのだろうな・・
と考えると購読者としては残念でもある。
↑朝日新聞記者(自民党担当)

それにしても、今までは嫌韓嫌中で埋め尽くされていた週刊誌広告・・
今度は、朝日新聞バッシングに的を絞るのだろう。
shin
bun
私は櫻井よしこや百田尚樹の顔を紙面で見ることはおろか、
二人の書いたものなんて、読むのも汚らわしい!と思っているので、
間違えても週刊誌なんて買わないけど、
他メディアにとって、朝日新聞の不幸は蜜の味!
しばらくの期間は、安倍政権と財界応援団週刊誌の
過激なヘイトスピーチ的見出しに釣られて、
思考停止している人たちや、安倍教の信者たちには
売れに売れて、笑いが止まらないかもね。

それにしても、なんとも情けない国家とメディアと国民性だこと。
少子高齢化の行きつく果ての前に、
日本という国が世界から孤立→消滅する日も近いわね・・・。

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プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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