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孤独でも自由な日々と、孤独ではないが不自由な日々・・のどちらを選ぶか?
今日、東京在住の40年来の友人から久しぶりに電話が来た。
普段、彼女は携帯メールで連絡してくるのが常であるが、
携帯メールでは事足りない用事のときだけ電話をしてくる。
彼女にとっては何か重大な用件だろうと思ったら、
案の定、電話に出てすぐ、
「もしもし、あたし・・Y子よ。あのね。ナスちゃんに訊きたいことがあるんだけど、
もしもの話しだけど、もし、ナスちゃんが今独り暮らしだったら、
寂しくはないけど制約が多い不自由な生活と、
寂しくても24時間自由でいることのどちらを選ぶ?」
と唐突に訊かれた。

う~ん(ーー;).....私はまだ一人暮らしではないし、突然訊かれても、と思いつつ、
そのような質問に至るまでの経過と事情を訊いてみた。

そして、話が進む内に判明した唐突な質問の主原因は、昨年の3.11の大震災であるという。

Y子は20数年前に御主人様を脳梗塞で亡くされ、
それでもなんとか、経済面で仕事に就くこともなく、
亡きご主人様が残してくれた生命保険金と遺族年金で一人娘を育て上げ、
娘さんの結婚後も何不自由なく、
亡きご主人様の残してくれた東京のマンションで独り暮らしをしていた。

そして昨年、あの大震災が起きた。
震災以前は起床時間も、寝る時間も、食事時間も、また何処かへ出かけるにも、
とにかく一日のすべての時間の割り振りを自分の思うままに自由に決められるので、
「ホント、独り暮らしは24時間自由でいいわ♪
ナスちゃんもご主人様に糖分と油脂分をたくさん食べさせて、
あなたよりも早く彼の世に逝ってもらって、一日も早く優雅な未亡人になって、
ナスちゃんのご主人様が会社員だったときにふたりで遊び回ったように
再び私と一緒に東京中を遊び回りましょうよ・・。」などと、
冗談だか本気だか判らないようなノー天気な助言?と共に私を遊びに誘っていた。

だが、3.11以降は彼女にも少しづつ心情にも変化が訪れ、
また大震災起きたら、そして、もっと老いたら・・
独り暮らしの私はどうなる?の思いに取付かれ、
誰か傍にいて欲しい。感が強くなってきたそうである。

真夜中でもネオンが燦々と煌めく都心とはいえ、
マンション内に茶飲み友達と言えるほどの親しい知り合いもなく、
夜に独りでいるのが心細くなってきたそうである。
そこで、既に嫁いでいる共稼ぎの娘夫婦(子ども無し)に「お試し同居」を持ちかけたら、
日中に家事をしてくれるなら、という条件付きで「OK!」ということになり、
彼女名義のマンションは自然災害のときの為の緊急避難所としてそのままにしておき、
お試し同居なので、身の回り品だけを持っていそいそと
東京に近い埼玉県の某市に赴いたそうである。

最初の2、3日間は上げ膳据え膳でお客さん気分で居られることに満足していたが、
そこは実の母娘・・・一週間もしない内に、次第にお客さん扱いはしなくなり、
「ママ、昼間にいったい何をしてるのよ?誰かと同居するということはね、
今までみたいに、好きな時間に起きて、好きなことばかりしていられないということなのよ。
つまり、今までのママの24時間は、もうママだけのものじゃなくなって、
好き勝手には振る舞えないということなのよ。私の主人の手前もあるし、
せめて昼間は掃除と洗濯と夕食の準備位はして貰わないと困るのよ。」
と言われ、彼女はそこで初めて自分の考えの甘さと、
真の家族の絆というものに気が付いたそうである。

彼女の言う「真の家族の絆」は曖昧模糊としていて、
私には半分も理解はできなかったが、
私が思うには、
家族であれ、他人であれ、相手に何かを求めることよりも、
自らが相手の欲するものを察して、
そして、決して押しつけがましくではなく、
それとなく、またさりげなく与え、そしてそのことに対る報酬を求めないこと。
ではないだろうか。

Y子は結婚後は一度も仕事に就いたことはない。
母娘間ではなんでも自分の思い通りに物事を進めてきた。
対人関係のノウハウも他者とのコミュニケーションの
取り方もすでに忘れているのかもしれない。
私とも、たまに会うからこそ、コミュニケーションが取れて、
愉しいひとときを共有できるだけなのかもしれない。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
のように・・・。


さらにY子の愚痴?は続き、

「確かに夜は同じ屋根の下に誰かがいるというだけで安心だけど、
なんだか、私としたことが、婿殿にはもちろんだけど、
娘にもね、ものすごく気を遣うのよ。
なんか、初めにイメージしていた子どもとの同居とは全然違うのよ。
今さら無給の老いた家政婦をするにも、足腰が思うように動かないし、
夜遅くに帰ってくる娘夫婦の食事を作るだけでも、私には重労働なのよ。
それに、家政婦のミタさんみたいに重労働特別手当?(そんなのあった?(?_?))
も無ければ、超過分の請求もできないのよねぇ。(-"-)
そして、今までのように、食事作りが面倒なときは都内の自分の住むマンションの
隣にあったコンビニで幕の内弁当を買えば済んだけど、
今はそれすらもできないのよ・・。
それでも、初めに同居を望んだのが私だとはいえ、
急に時間を制約される不自由な生活に慣れることもできなくて・・
今までが自由過ぎたのは判るけど、ただ単に急に寂しくなったからと言って同居して、
それに、もっともっと老いて、介護が必要になったら娘に面倒を見てもらおうなんて、
甘い考えだったのかしら?」

と、グズグズと今の彼女にとっての不不本意な日々を私に訴えて来た。
私に愚痴を溢すことで、今の試し同居の気に入らない部分を解消できればそれでいいが、
彼女の性格上、多分もうすぐ独り暮らしに戻ることは確実なのである。

まだ思うように体を動かせて、
それなりの報酬(食費等)を出せるうちは相手もそれなりに優しく接してはくれるが、
介護が必要になった場合はどうなるかは、その時にならないと誰にも判らない。
実の子どもは親の性格を知り尽くしている。
ゆえに、Y 子が今後、どんなに娘夫婦に家事労働等の実績を積んでも、
近未来にY 子に介護が必要になった場合に仕事を持つ娘が、
自分の手で介護をしてくれる保障などはどこにもない。
ただ単に寂しさの穴埋めのための親子同居などは、
認知症になったり、寝たきりになった時などには、
同居の子どもに都合の良いようにされる実例を私は多く見てきているので、
よく思いきった選択をしたものだと呆れた気持ちを持ってしまったが、
お試し同居」という彼女らしい考え方が私を大いに笑わせてくれたのも事実であるが、
今はそういう方法も有りの世の中になったのだとシミジミと思ったのである。


私と同年代(60代)の人でさえ、
毎日プールで2時間も泳げる体力があるのにも関わらず、
自分の都合
(介護するほどの体力がない、
介護なんかしたくない、
親の性格と合わない、
趣味の時間が奪われる)
等の理由を持ち出し、
80代や90代の実の親の老々介護を回避し、
特養の順番待ちのための老健に入れている人も大勢いる。

つまり、老いたら姥捨て山(老健特養、金持ちは有料老人ホーム)に捨てられるか、
または肉親への介護の負担を考慮して自身が望んで入るかして、
そこで生涯を終えるのが当たり前になってしまった時代なのでありましょう・・。


電話中に考えあぐねた末、
私はY子に、二者択一しか選択肢がないのであれば、
もちろん「寂しくても自由」を取る・・と答え、
自分自身の老い→死への覚悟と、
近未来における自分自身と介護者へのリスクも計算せずに、
安易に同居などすべきではなく、体の自由が利かなくなったら
介護保険を使ってヘルパーさんに来てもらい、
体は不自由になっても、心だけは尊厳を持って
自由を謳歌するのがベストではないか・・と、
私自身の近未来における願望を返答としたのであるが、
今後彼女がどうするか・・は彼女自身が決めることである。


時代が変わればそれにつれて、人間の意識も変化し、
また現代のような情報過多社会では常に心は揺れ動く。
結婚当初から同居であるとか、
初めから同居を前提として大きな農家にお嫁に行った・・とかなら、話しは別だが、
都会のウサギ小屋に住む私も彼女も、
幸か不幸か年代的には核家族礼讃の洗礼を受けて育った世代である。
今さら、今以上に家族という他者にまで気を使いながら、老いの日々を送るよりも、
今しかないであろう身心の自由を満喫し、例えようもない寂しさがふと心を過っても、
それは人として当たり前の感情であり、
いつもいつも幸せなどと思っている人などどこにもいないように、
笑い、嘆き、悲しみながらも、残り少ない人生を謳歌して欲しいとエールを送ったのである。
そして、それは、彼女に対して・・というよりも老いゆく自分自身に対してのエールでもある。

求めれば求めるほどに遠ざかる青い鳥とうまぼろしの幸 
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

tag : お試し同居 家政婦のミタ 特養 老健 情報過多社会 核家族

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Re: NoTitle
やまねこけん様。こんにちは。

ごもっともです。
老いの先のことなんて、誰にも判りません。
「大いなる自由と僅かばかりの不自由」・・
この中庸的な考え方が一番バランスの取れた生き方のような気がします。
NoTitle
あはは、僕は大いなる自由と僅かばかりの不自由、と言っています。去年息子が同居していましたが、近くに自分の住まいを構えてくれたのでほっとしています。
老いの先は考えればきりがないと、割り切っていくのが一番ですね。
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プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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