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どん底で寄り添う絶望の名人
先日の夕刊に「絶望の言葉 救いの力」というタイトルで
絶望名人 カフカの人生論」の訳・編者である頭木弘樹氏の記事が載っていた。

頭木氏は言う。
「前向きになるためには一度、
ネガティブな言葉が必要になる場面があると思うんです」。


この一行は私の琴線に触れた。

老い先の短い私としては、
体のあちこちのパーツにガタが来ていることを日々実感せざるを得ない状況であり、
他にも、ときどき耳鳴りや動悸やめまいを知覚する身としては、
「前向きに希望を持って!」と
連呼する善良な人たちの美辞麗句で彩られたご立派な言葉はなんの役にも立たず、
「この世とは、また人生とは絶望の中で最後の最後まで
一瞬の煌めきを求めてもがき続ける日々である。」と
悟ってしまった?ので、絶望の名人カフカの言葉が身に沁みるのである・・。



将来に向かって歩くことは、

ぼくにはできません。

将来に向かってつまずくこと、

これはできます。

いちばんうまくできるのは、

倒れたままでいることです。

     ◇

ぼくは人生に必要な能力を、

なにひとつ備えておらず、

ただ人間的な弱みしか持っていない。




夢と希望に溢れた将来に向かって歩くことは

シニアやシルバー世代にはできません。

与えられた生の時間も残り少なくなり、

脳力も衰え、体の各パーツもかなり傷んでいるので、

すぐにつまずいてしまうからです。

生涯現役で尚且つPPK(ピンピンコロリ)を望んでも、

極々少数の運のいい人にしか

PPKで生の終わりを締めくくることはできず、

大多数の人々は望むと望まざるとに関わらず、

他者の手を借りなければ、

生の終焉を迎えることはできないのです。

将来に向かってつまずくこと、

これは簡単にできます。

老人に与えられた将来という時間は、

一週間か?一ヶ月か?一年か?長くて10年?かもしれない。


そう遠くない未来に肉体の機能不全に至る病に罹り、

そのまま死なねばならないからです。

それならば、一度倒れたらそのまま動かないで

寝たふり老人になり、

思い通りに動いてくれない皺くちゃ婆さんの老妻や

気が利かないハゲ頭爺さんの老夫ではなくて、

若い美人看護師(またはイケメン看護師)や

美人ヘルパー(またはイケメンヘルパー)さんに

看護や介護をしてもらい、

やがて来るその日まで、

彼らにほんの少しの下心?とトキメキ心を感じて

表面上はおとなしくしていても、

心の中は激しく燃えさせて、

自然にお迎えを待つ方が

生を実感できるような気がします。

      ◇

老人とは今後の人生にも、

社会的生産性に関しても、

それらに必要な能力を、

なにひとつ備えてないのに

若年者には、

年金だけは元を取ってずるい人種と思われ、

もう人間的には病から死へと向かう弱みしか持っていない、

哀れな生き物になってしまうのです。

医療機関は金儲けのために、

いろいろな延命措置をしたがります。

家族も世間体で一応は延命措置を望むでしょう。

でも家族は心の中では、どうせ死ぬんだから、

無駄な医療費をと家族の時間を使わせないで、

早く死んでくれないかなぁ・・・

本当は経済的に大変なのよ。

と思っているのです。

老いては、

家族や友人の「」などという

曖昧で抽象的なものに期待しても無駄です。

そんなものは幻想であり、

何処にも存在しないのですから。

それでも幻想の中でしか生きられない人は、

」という幻想の中で生き続けましょう。

最後になにがあっても覚悟の上で・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

世間ではポジティブ思考を盛んにアピールするけれど、
何事もポジティブでなくてはならないという言葉に今まで違和感を感じてきた。
大震災以降は特に「」「前向き」「上を向いて歩こう」「感動を与えたい」等の
言葉にも違和感を感じてきた。
そのような応援メッセージは、広告料の為ならなんでもする
マスメディアに任せておけばいいのである。
特にスポーツ選手の「必ず勝って感動と元気を与えたい!」
という言葉にはものすご~く、違和感を覚えてしまう。
「与えたい?っていったい、あんたは何さまじゃ!」的な、
たかが一種目のスポーツに秀でているからと言って、
奢れる者の優越感丸出しの上から目線を感じて、私などはすぐ引いてしまう。
「精いっぱい愉しみたいです。」なら応援したくなるけれど・・。



どんなに辛い境遇にあっても、どんなに悲劇的な環境に置かれても、
超ネガティブ人間の言葉から、絶望の言葉の中から微かな救いの力を見つけ
ほんの少しの希望の光しか感じられない人種もいる。
そういう人は世間的に見たら不幸な人種の部類なのかもしれないが、
無理に前向きを装い、また幸福を装うストレスに比べれば、
なんとなく不幸を背負い、
そう遠くない死=絶望に向かって歩いている自分を自覚すれば、、
無理がなく疲れない、そして、気負いのない人生を送れそうな気がする。

そうは言っても、自身が絶望のどん底を経験したり、大病を経験したり、
尚且つ、高齢者と呼ばれる世代にならないと、
絶望と共存しながらも日々を愉しく笑顔で生きる。
なんて術は到底判らないだろうな・・。

絶望に陥ったならあるがまま身を任せよとガン病む友は 
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

tag : 絶望の言葉 救いの力 絶望名人 カフカの人生論

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Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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