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シニア妻たちのシングルアゲイン願望
プールに行ったら、
プー友(プール友達)に来週の○曜日にランチをしない?
と誘われた。
即OKしたが、彼女が言うには、
「来週の○曜日~○曜日まで主人が家に居ないから、
三度の食事の支度をしなくていいし、
2日間だけど独りで何でも自由にできるから嬉しいのよ~♪」
と満面の笑みを浮かべて楽しそうに言う。

彼女とは数年前に「水泳教室」で知り合い、
その後も毎回の教室で一緒に泳いできた仲間でもある。
その彼女が来期の「水泳教室」には参加できなくなった。と言う。
理由を訊いたら、
教室開催の時間帯がPM2:00~3:00からPM3:00~PM4:00に変更になったので、
PM4:00に教室が終わって急いで着替え、
急いでバスに飛び乗っても家に着くのはPM5:30頃。
そんな時間に帰ろうものなら、
いつもの夕食の時間(PM6:00)が遅れてご主人様のご機嫌が悪くなるからだと言う。

それでも、
「夕食の下ごしらえを済ませてから出かけますから、参加させてください。お願いします。」
と平身低頭で来期の「水泳教室」にも参加したい旨を伝えたが、
ただただ不機嫌な顔をしただけで、口での答えは一切なし。
つまりは「ダメだ!」という拒否の態度を示されたから、
「次回は参加できないわ・・。」となった。
彼女の一日は数ヶ月前にサラリーマンを辞めたご主人様の生活時間に合わせて回っている。
そして、口にこそ出さないが、
「俺が長年働いて、そしてその年金でお前を生涯食わせてやるんだ・・だから逆らうな!」の
意識が見え見えだとも言う。

なぜ、妻が楽しいと思うことをことごとく否定する夫が存在するのか?
なぜ、妻の小さな幸せを自分の幸せに転化できないのか?
なぜ、妻が楽しそうな顔をして一人で外出することが許せないのか?

たかだか週一の、それも小一時間の妻の楽しみを奪うキャパの小さい度量のない嫌なオヤジ・・
と思うなかれ。
私の周りにもそんなシニア夫が掃いて捨てるほど大勢いる。

自分の所有物である妻を数時間であれ、
自由に放し飼いにするという不安の代償行為なのか?
それとも・・・・
男がまだまだ貝原益軒の女大学(女子大学じゃないわよ)の世界に
妻の存在というものをその中に押し込めて安住しているからなのか?
と思ったりもする。シニア妻の忍耐と諦観の心の中を知ることもなしに・・。

この貝原益軒というネチネチと女を虐めるのが好きな嫌みなジイサマは、
70歳を過ぎてから人生の集大成として女大学を書いたらしいが、
楽しそうにのびのびと自由に生きる女性に嫉妬心を抱いていたんじゃないかと思えてならない。

女大学の中の「七去」の一節にこんなことが書いてある。

「婦人は別に主君なし、夫を主人と思い敬い慎みて仕えるべし。
軽んじ侮るべからず。
総じて婦人の道は人に従うにあり、夫に対するに顔色言葉使い慇懃にへりくだり、
和順(=素直に従う)なるべし。
おごりて無礼なるべからず、これ女子第一の務めなり。
夫の教訓あればその仰せに背くべからず。
疑わしきことは夫に問うてその下知(=指揮)に従うべし。
夫が問うことあれば正しく答えるべし。
その返答がおろそかなるは無礼なり。
夫がもし腹を立て怒るときは恐れて従うべし。
怒り争いてその心に逆らうべからず。
女は夫をもって天とす、返す返すも夫に逆らって天の罰を受けるべからず。」

妻側から見れば、
「えっ?なんなの?このジジィ。バカ言ってんじゃないわよっ!」だが
夫側からみれば何とも都合のいい教えであろうか・・。(笑)

狭い交際範囲しか持たない私だが、周りをおおざっぱに見ても、
60代以上の夫婦で特に顕著なのは元サラリーマンの夫で妻が専業主婦の場合では、
この平成の世になっても、
「七去」が心の奥底に根強く浸透してしまっているかのように見受けられる。

子育ても完全に終わり、
残り僅かな老後を自分の楽しみの為に
一日の僅かな時間の自由な外出を求めるシニア主婦とそれを許さないシニア夫。

寿命は女性のほうが長い。
シニア夫は「生かさず殺さず銭儲けの医療」で不自由な体もなってでも生かされて、
そして、やがては寝たきり状態になって、
復讐のチャンスを虎視眈々と待ち望んでいた元気な老妻から
しっぺ返しが来ないように気を付けなくちゃね。

言っとくけど、これは私の行動や言動にいちいち難癖を付けるのを老後の生甲斐?
にしている趣のある我がオット殿に言ってるのよ。(笑)

私は某大手企業の子会社に勤めていたが、40代後半の時に事業所閉鎖でリストラに逢い、
やむなく専業主婦になった。
あれから10数年が経つが、会社員時代に趣味で続けていた
社交ダンスやヨガや筝曲のサークル通いを今でも復活したい気持はあるが、
「あなたも貝原益軒の生まれ変わりかいっ?」
と見紛うような夫だからもう無理だろうな・・。

この際、プログネームを「大和撫子」に改名しようかしら?
「ボケ田ナス代」より見た目も良いし・・。(笑)
101212r
母という固有名詞で生かされて母という身で一生(ひとよ)を終えむ
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

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Re: NoTitle
明月様。 はじめまして。

平成の世になっても男優先社会が続いていますね。
夫を看取り、その後30年は元気で遊び廻るのが夢なので、
何が何でも夫より先に逝くことはできません!(^-^)

でも・・・哀しいかな、ただの願望で終わったりして・・・。(^_^.)
NoTitle
はじめまして。
なんと楽しい文章なんでしょうか。

全く同感です!という記事ばかりで 勇気?がわいてきました。
いろんな事に落ち込んでいましたが 元気が出ました。
ありがとうございます。
さっぱりとした気持ちの良い後味を感じました。
 
Re: NoTitle
ハナ(けいちゃん)様。はじめまして。
良いお年を迎えられましたでしょうか・・?

私が現世で「おひとりさま」に成るも成らぬも
こればっかりは運命であり、
神の思し召しに従うのみですが、

ただ、人間、明日のことは判りません。
心の準備だけはしておきたいと思っています。

コメントありがとうございました。
今後ともよろしくお願い致します。(*^_^*)

NoTitle
初めまして。
タイトルに惹かれて覗いてみましたら、なんと痛快に
本音を書かれていて、私の気持ちを代弁してくれてるようで
親しみを感じました。

あなたのあこがれてる「おひとりさま」です。
私は5歳の時父が他界し(37歳)で母28歳の時で、7歳の兄を頭に私の下に3歳違いの弟、お腹に8ヶ月の弟がいました。
母の苦労を見て来たので、(父は長男)丈夫で長生きする次男がいいと、同じ会社の主人に恋われて23と24歳で結婚し、兼業農家の次男坊で分家と言うことで新婚から実家の近くに家を新築してもらい、家付き、カーは無かったですが婆抜きで、当時はアパート暮らしで結婚生活を始めた友が多く、
玉の輿なんて言われたりしましたが、そもそもこれが運命の別れ目で、実家に同居していた主人の兄夫婦は、特に兄嫁と舅は上手く行かず、子供が幼稚園の時、高校へ行ったら
戻るからと出て行きました。
まじめで保守的な舅は「お前らの世話にはならないと言ったそうです。

私たちのように自由がしたかっのです。
兄は休日には主人と一緒に農繁期は手伝いに来ていましたが平成3年に舅が前立腺癌と糖尿病を併発して兄は死ぬかと思って「俺が葬式に100万だすよ」と病院で言ったのですが
助かってインシュリンを打たなくてはならないので、姑(当時79歳舅83歳)の二人暮らしでは無理なので家族で相談してくださいということになり、主人は兄弟と姉・妹が2人、いずれも
結婚して家を出ており、兄夫婦は、即日実家にきて、

兄嫁が散々苦労したから、今までどうり(見舞いや・送迎)主人は自動車免許無しでした。面倒は見るが、後は継げないと、私たちが家を建っててもらい、いい思いをして云々、

義母は、長男は実家の家や土地を継ぐのだから、分家したし、何もしてもらわないという兄嫁に、勝手に出て行って、
最初借家住まいをしていたので、(食べるものも食べないで苦労したなど、言い訳をして、その後家を建てるとき100万わたしたと言ってました)

結局義母は泣き出すし順番としては男二人の主人が、頼まれて、私の意見も聞かず「看るのが嫌なら、俺が看るから稼いで来い」と言いました。

私は早くに父を失い父の思い出はありません。
初めて実家を訪ねたとき、植木の手入れをしていた舅は梯子から降りて「よくいらっしゃいました」と日に焼けた顔をほころばせて挨拶され、このようなお父さんならと好印象で、兄夫婦が上手くいってないことなど知りませんでしたが何回か訪ねたとき何時も兄嫁は不在でした(実家が同じ葉山で子供をつれて
昼間実家によく行き、夕方帰って慌しく家事をして、農家の長男と嫁としての勤めをしないことが舅が気に入らないようでした。

まじめで保守的な考えで無駄をしない働き者ですが私のことはよく気がつくと気にいってくれて、今では珍しいことではないですが、兄嫁は出来ちゃつた結婚で、赤いマニュキヤをして、田舎の農家には相応しくない、当時は主人、姉妹も結婚前で同居してをり、私なら嫁にこないですが、子供が出来て、兄も外で生活する、甲斐性も無かったのでしょう。

そんなことは主人は一言も言わず、だんだんに分かって、姑や姉から、いろいろなこと聞かされて、古いしきたりや人間関係に大変はところへ来たと思いましたが、子煩悩でまじめな主人は家庭を大事にしてくれました。

実家は大正12年の家で柱が30cm四方や縁側のある、平屋で、外風呂、土間の台所で、私は看るのは嫌でないが、このままで家に入るのは、嫌だと言いました、バリアフリーでなく当時は介護保険も無く、とりあえず看る人が看やすい大変なので私たちの家に両親を仮住まいしてもらい、主人と息子を朝駅まで送り、朝夕私がインシュリンの注射を打ち、糖尿病食をつくり食べさせるのは姑がして、夜中のオムツ交換が交代でしました。

お風呂は福祉の方で有料で週に2回来てくれ、病院は地元の家庭医が往診してくれました。

10ヶ月の在宅介護で私が用事で留守にするのでインシュリンを打つのは私か主人しか出来ないので休暇を取ってもらい
同じ葉山に嫁いでる長女(義姉)が手伝いにきて夕方家につくころ低血糖症状で、砂糖水を飲ませようとしたら、苦しまず息を引き取り、私は夜に帰宅して死に目に会えませんでしたが、私が出かけたため、主人は看取ることができました。

実家で葬儀の後から、姑は家に戻りましたが脚が不自由でマキで沸かす外風呂で一人暮らしは無理と毎日様子見に行ってましたが丁度息子の結婚を期に家を息子夫婦に住まわせ、
実家の庭の物置を壊し母屋と繋げて2階家を新築しました。

犬と主人と姑との3人暮らしが始まり、舅が他界後3年目の
平成7年に次男の結婚披露に行ってる留守に嫁に犬の散歩を頼んで見に来た時姑の最初の脳梗塞で入院しましたが軽い言語障害があるも、介護ど3でデイサービスへ行かれるようになり、在宅介護をしてる10年に主人がお風呂から出て脳溢血で救急車呼んでから3時間で急逝しました。現役の56歳、私55歳でした。その後12年に急性心筋梗塞・2度目の脳梗塞と入退院し病院が3ヶ月しか見てくれず奔走して老健から家の近くの特別養護老人ホームへ入居でき、一人の身軽さと
主人が後を継いだので私が継ぐことになり、朝夕看に行き元気になりなしたが後遺症の言語と右手が不自由になり車椅子とベットの生活になりましたが全介助からリハビリで4になり施設に入ってからは自分の時間もとれ楽になりましたが、自宅で看てるときは義きょうだいも感謝の気もちがありましたが主人が他界すると「施設に入れて、姑のお金で払って、財産と言っても築90年近い古家と調整区域の農地で草刈や植木の手入れなど維持管理費がかかり、売ることも出来ず、少しばかり、資材置き場に貸していますが、当たり前や兄など、
介護が嫌で放棄しておきながら「欲が在れば看るけど」と
今までどうり看るなどといいながら相続でもらった土地に家庭菜園に来てもろくに見舞いも来ず、生きてるうちから、姉と二人で来て、義母のお金や費用がいくらかかるかなどから、
私が義母から託されているのを、使い込んでいるように言われ、そんなに言われるならお姉さんやってくださいと言うと帳簿から貯金通帳一切渡し、1昨年4月に他界する前の6ヶ月は呼吸不全になり、病院から施設に戻れなくなり、他を探してくださいと、小田原の病院へ転院、特老は5万円位でしたが
今度は17,8万かかり、遠くなり、いままでのように毎日とは行きませんでしたが95歳10ヶ月で眠る様に亡くなりました。

舅を2年間看て、義母は14年間でしたが、義母の親戚の方たちは私が良く看てくれたと感謝とねぎらいのことばがありましたが4人子どもたちからはありません、私が喪主でしたが
身内誰一人香典もださず、いただいた香典は全て姉が管理して、葬儀費用、49日までの一切の費用を義母のところから出し、離婚して子宮頸がんで入院してた妹を出しに可哀想だから義母のお金どうせ遺産をもらうのなら先に助けてやりたいと相談に来て、義母は便箋にこどもにあげる金額と残りはせわになっている主人と私に家のために使って欲しいと、1回目の脳梗塞のあと書いていたのですが、一切無視して生きてるうちから、特老の予測費用500万くらいを残して子ども4人と私は嫁で権利がないと息子の5人で分け、香典と残りのお金で49日までの費用を出し、残りをまた5人で分けていくら分けたたのかしりません。
普通は香典と言うのは遺産でなく祭祀を司る者が後々の費用にして残りが相続と思いますが、舅のときに皆にも土地を分けていますが後を継ぐので家と土地も沢山相続しましたが、
農地はこどもは家を建てれますが農家で無いものが建てることはできません。

義母の古いたんすや使わない農機具他産業廃棄物処理に4トントラック2台出し、家の老築化の修理など100万近くかかり、49日以降の法事は私が全てはらいました。

義母と同居中も後を継ぐからと食費など病院の費用以外いっさいもらわず、長男(義兄夫婦)は金の切れ目が縁の切れで親の新盆・1周忌も姉を通してお墓の花と塔婆は上げて家にはお金を清算したときから私と確執があり、来ていません、私も法事のお返しは息子に届けさせました。

今年3回忌ですが前も1ヶ月も前に連絡してるのに、ゴルフかなにか、理由は知りませんがブログにマイミクさんが私が長男と思い自分も長男の嫁で、長男の嫁としてよくやられましたとのコメントにこんなに詳しくでなく、(自分たちが看る立場を主人に頼んでおきながら、他界すると、欲があれば看るけどと
看たくて看てるわけでないのに労いのことばもない」と書いたのを姪が読んで、コピーして兄姉妹に渡し、その箇所を赤線引いて、私に言わず息子に渡してるのです。

息子は事情を知っていますが、身内のことは書かない方がいいよと言われ、以来一切書かないようにしてますので、ここだけにしてくださいね。

そんなことから1時欝になり、メンタルクリニックにも通いましたが薬を飲むと吐き気がしたり、血圧があがり、体の調子が悪くなり、休んでいたスポーツジムの友だちが家に一人居て籠もってるからで出来なさいといわれ、今はジムの水泳やリズミックカンフーのあと仲間とのランチやおしゃべりとブログのマイミクさんとのネットト交流で励まされたり、町内のウォチングの会で歴史探訪や
最近始めた奥の細道を訪ねる旅など「おひとりさま」を趣味に満喫しています。

寂しさを紛らわしているのですが、昨年義母の1周忌と主人の13回忌を済ませ、もう、再婚する気もちはありませんが、
同じ価値観や趣味で共有できる友達以上恋人未満がいたらいいな~ななんて余裕もでてきました。

これから青春は無理ですが枯れる前の紅葉の様に赤秋を楽しみ、生きた証のブログと俳句を続けたいと思います。

ブログ更新するつもりが、こちらのブログに出会い、長々とおしゃべりして、失礼しました。

有り難うございました。何かのご縁、これからもよろしくお願いいたします。
Re: NoTitle
冬の寝子様。はじめまして。
このような、何を言いたいのやら、何を書きたいのやら、
自分でもよく判らないブログに
真摯なコメントをありがとうございます。


冬の寝子様は、級友や遊び仲間の多くの方に
「一人の方がいいよ」と言われ続けておられるとか・・・

私も早く「おひとりさま」になりた~い!
と思う日々のなんと多いことでしょう・・。

きっと「ないものねだり」なのでしょうね。

ご縁がありましたことを感謝するとともに、
今後ともよろしくお願い致します。
どうぞよいお年をお迎えくださいませ。(^_-)-☆


NoTitle
恐る恐る書き込みさせていただきます。3日ほど前に「老婆は1日にしてならず」を知り、以来、ナス代様のブログに読みふけっております。
私は70歳のなりたてほやほや。ですがすっかり脳味噌がゆるんでおり、ナス代様の小気味のいい知的なコメントに感嘆するばかり。こんな間抜けが顔を出すのは恥ずかしいと思いつつも、これも老女の厚かましさ、呟きたくなりました。
都会で働いていたのが田舎に引っ越してもう10年。ゆきそびれた女一人暮らしです。若かりし頃は、嫁に行って妻となり母となって、夫に仕えつつ養ってもらうものだとばかり。
が、予定が狂ったのは幸か不幸か。楽でもなかったけれど、近年は就職の口もかかり、少ない年金では出来ぬ余裕を、今年限りか、もう一年かと思いつつ、猫1匹と暮らしています。
結婚だけが幸せとはおもわねど、女に生れて子供を育てたことなく家庭を持って守り抜いたこともないのが、どこか劣等感になってきました。
が、帰ってきてから級友や遊び仲間の多くが、なんと夫ゆえに額にしわ寄せていることか。
「一人の方がいいよ」って言われ続けています。ナス代様のおっしゃること、ホンにそのまんま。
これから先どんな人生になるやもしれませんが、ちびちび楽しみながらケセラセラで送りたく思っています。
凡人故下らぬ書き込みになりますが、よろしくお願いいたします。
Re: うーん?
アーメン。様。はじめまして。
鋭い洞察力による貴重なご意見・・
感謝致します。
ありがとうございました。

アーメン。様のおっしゃるように、
益軒ジイサンが生きていた時代は結婚適齢期女性の絶対数が少なく、
男性は生涯独身を強いられた人も多かったようです。
更には、女性は絶対数が少ないことをかさに着て威張っていたようでもあり、
益軒ジイサン自身も、39歳の時に22歳(18歳という説もあります)も
年下の若い妻とやっと結婚できたためか、
もしかしたら、妻が自分を捨てて年相応な若い男の元に走るのではないか・・?
といつもビクビクとしていたようです。

真偽のほどは定かではありませんが・・。


うーん?
うーん、こういうことをわざわざ声高に叫ばなければならなかったということは益軒ジイサンが生きていた現実の世はふてぶてしくておっかない女性が胸を張って闊歩していたのでは。(^.^)

「大和撫子」が多かったならば別にこんなことを叫ぶ必要は無かったと思います。
むかしの婦人達が「よよ」と泣いてばかりいたとは決め付けられません。

わたしにはぶつぶつ言いながらもご主人には何もさせず飼い殺しにしているしたたかなご婦人達の方が恐ろしい。(^.^)
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プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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