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死ぬ時節に死ぬがよく候。これ災難をまぬがるる唯一の妙法にて候。
先日、買い途中に、散歩中の御近所のSさん(90代)に出会い、
ひとしきり、世間話をして別れた。
それがSさんとの最後の会話になるとは夢にも思わずに・・

そのときにSさんが言っていた言葉が、今も脳裏を過る。

「私ね。もう9?歳なのよ。いつお迎えが来てもおかしくない歳でしょ。
だからね、いつも、良寛さんの『災難にあう時節にはあうがよく候死ぬ時節に死ぬがよく候
これ災難をまぬがるる唯一の妙法にて候』を毎日復誦しているのよ。ホホホ」


翌日の明け方、早起きの夫が、寝坊助の私を起こしに来た。
「おい大変だ!Sさんの家から火柱があがっているぞ!」

為す術も無く、我が家の2Fのベランダから、
Sさんの家の鎮火するまでを見つめているしかなかった。
Sさんが火災から無事に逃げだせたことを祈りながら・・・。




だが、残念ながらSさんは焼け跡から焼死体で見つかったと翌日の朝刊の地方版に載っていた。
ショックだった。

例えばSさんが病気で余命幾ばくもない状態であったとか、
また年齢的に老衰で亡くなったとしたのならば、
少しは諦めもつくが、死因が焼死とあっては、なかなか受け容れられない。


なにも、
災難にあう時節にはあうがよく候死ぬ時節に死ぬがよく候
これ災難をまぬがるる唯一の妙法にて候』を私に教えてくれた次の日に実行しなくても・・
と思いながら、検証が終わっても尚、焦げ臭さの残るSさんの家の門の前に花を供え、
合掌して来た。




災難にあう時節にはあうがよく候死ぬ時節に死ぬがよく候
これ災難をまぬがるる唯一の妙法にて候』は、
江戸時代の曹洞宗の僧・良寛が、
近くで大地震が起きた年に知人にあてた見舞い状であるらしい。
また、良寛は自身のことを「僧に非ず、俗に非ず」と言いきり、
酒も煙草も嗜んでおり、晩年には40歳も年下の尼僧と恋に落ちたりと、
あるがままの人生を謳歌したらしい。

自分を良く思われようと体裁を繕うことなく、「僧に非ず、俗に非ず」で、
自然体そのもので生きた人だったのかもしれない。
  

私には崇高な死に関する理念や確たる死生観があるわけでもなく、
また、哲学者や宗教者でもない。

「苦しければ苦しい!と喚き、穏やかであれば、そのまま穏やかに、
つまり、そのときのありのままの姿で死んで行けば良い・・」と、
良寛は言っているように解釈した。


また、昭和を代表する傑僧の一人、澤木興道
「よく死ぬことを心配する奴がある。いや、心配するな。死ねる。」
と境涯を獅子吼したという。


100%の確率で人が死ぬのは自然の理である。
例え大金持ちでも、功成り名を遂げた人でも、
大統領でも首相でも、成り金狸爺も、屁理屈婆も、
超美人も、それなりの顔の人も、利権を貪る族議員たちも
オネエの方々も、人間ならば、
いつかは誰もが必ず死んでゆかねばならない。


六十路になった今、、
「死ぬ時は嫌でも死ぬのだからしかたがない。」
と折りあるごとに自分に言い聴かせているのだが、
無欲にも無心にもなれず、ありとあらゆる世俗の煩悩に支配され、
まだまだ、自分が寝たきりになることも、
死ぬ覚悟も50%ほどしか出来てはいない。


朝、目覚めると、
「あ・・・なんとか今日も生きられる。あー良かった♪」
と呟き、布団の中で一時間ほど、
今日一日のやりたいことの予定を練るのが日課なのであるが、
日中は、あれやこれやとバタバタしているだけで、気が付けば夜・・。

何の達成感もなく、
残り少ない生の時間を虚しく浪費している感覚に襲われているが、
他人様もこんなものなのだろうか?

もし、私が生きているうちにIPS細胞が臨床治験を経て、
実用化されたとして・・
ある程度の不老が実現したとしたら、世の中、老人ばかりが溢れてしまい、
順番に死んで行ってくれないと、これまた、社会は現在以上に困ったことになる。

そこで、『死ぬ時節に死ぬがよく候。』を思い起こす。


良寛澤木興道も僧ではあるが、
私は現在の葬式仏教に見る金儲け主義の僧ではなくて、
彼らを思想家or哲学者として捉えることにしている。



死は遠い遠い未来の出来事ではなくなった六十路の私。
その日は明日来るものだと思っていれば、
否が応でも、老いと死の現実を見つめなければならない日々を
少しは落ち着かせることが出来る。

私は魂も霊も輪廻転生も、
ましてや超ひも理論による異次元世界(俗にいうあの世)
の存在も信じてはいない。
「死んだら・・おしまい」の死生観で生きている。

人生なんて、災害や事故に会わずになんとか生きられたとしても、
たかだか80年ほどでしかない。

そして、やがて、そのときが来たら・・・・・

良寛さんの言う通り、

災難にあう時節にはあうがよく候死ぬ時節に死ぬがよく候
これ災難をまぬがるる唯一の妙法にて候

の気持ちでもって、オババタリアンの図々しさと鈍感力で開き直って、
最後の最期まで生き抜くしかない。


しばらくはこの良寛の言葉を鸚鵡返しのように復誦して、
我がそのときの覚悟を100%に近づけたいと思う。
そうすれば、日がな心がバタバタしない、
穏やかで安寧な本当の老後を手に入れることが出来そうな気がする。

とは思うんだけど・・

嗚呼、、、、、、困ったことに、
また、無心と無欲には程遠い世俗の煩悩の波が押し寄せてきたわ・・・。

いままでは人のことだと思うたに俺が死ぬとはこいつはたまらん    蜀山人の辞世
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

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Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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