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体罰という名の暴力がまかり通る日本文化の恥について考える。
昨今、次から次へと体罰問題が表面化してきている。

今から約半世紀も前の話ではあるが、
私が小中学生の頃も、極一部の教師の体罰は日常茶飯事であり、
私には教師という立場の特権を利用して、自分のストレス解消のために、
抵抗できない児童生徒への暴力行為を体罰の名を借りて発散しているようにしか見えなかった。

半世紀以上を経ても尚、社会的弱者である子どもたちの置かれている立場は
なんにも変わっていないのねぇ・・。
それも、これも、日本人特有の「ことなかれ主義」と「なあなあ主義」に代表される、
曖昧模糊好きの結果でありましょうか・・。


先日の朝日新聞でセルジオ越後さんが、
「残念だが、体罰は日本の文化の一部になっていると思う。
ブラジルで指導者が選手を殴れば、殴り返されて大乱闘になる。
日本では、アントニオ猪木さんにビンタをされるイベントで行列が出来る。
考えられないですよ。」とのコメントを載せていた。


そんな中、『体罰の会』という不思議な感覚をお持ちの有識者?団体があることを知った。



本気で『体罰は教育です!』と考えている人たちは誰なのさ?
と、発起人名簿と理事・顧問 名簿と後援者を見たら、
このメンバーなら、なるほどね。と思ってしまった。

顧問兼支部長である戸塚宏氏の後援会長は石原慎太郎氏であり、
体罰の会のシンポジウムでは、「私は戸塚さんの後援会長をまだやっている。
彼の言っていることはすべて正しいと思っている。
小さい頃に肉体的な苦痛を受けたことがない人間が社会に出て増えていくと、
ろくなことにならない

と、発言しているそうな....。


『体罰の会』では、他にも教育基本法から体罰を禁止するという
体罰禁止規定の削除を求めて署名活動までやっていて、
学校で教師が体罰を妥当と思えば、気の済むまで
児童生徒に体罰という名の暴力を振るっても良いということにしたいらしい。
戦前や戦中じゃあるまいし、いまどき、『体罰は教育です!』と
本気で考えている著名人がいるということは、
スポーツ部の顧問教師の体罰による自殺者が出ても
不思議でもなんでもない。


体罰の会は『子どもには体罰を受ける権利がある』と主張している。

mudai
「体罰は教育」
「いかに多くの罰を受けたかが優しさを決めます」
「人のことを思いやる力をつけるには、体罰は最も有効です」

だってさ・・・(ーー゛)
よしこさん。冗談はよしこさん。だわよ。

体罰という恐怖支配で、
自分の果たせなかった夢を生徒や教え子に賭けたり、
生徒が自分の思い通りにならないからと、
己がストレス解消のための殴る蹴るの暴力と
パワハラ的暴言で一生消えない屈辱を強いて、
思い通りにすることと、真の教育とはまったく別物だと私は思う。

また、今話題の『女子柔道告発 スポーツ文化の問題として検証を』についても、
『体罰の会』の発起人と理事・顧問の方々には、
桑田真澄さんの経験を踏まえた体罰についての思いを記した
記事の奥深い部分を読み取って欲しいところだが、無理かもね。
だって、頭の中が『体罰は教育!』になっちゃってるらしいから・・。


だが、私は桑田真澄氏の言うことを全面支持するので、
ここに引用して置こうと思う。

「体罰は自立妨げ成長の芽摘む」

【岡雄一郎】体罰問題について、元プロ野球投手の桑田真澄さん(44)が朝日新聞の取材に応じ、「体罰は不要」と訴えた。殴られた経験を踏まえ、「子どもの自立を妨げ、成長の芽を摘みかねない」と指摘した。

 私は中学まで毎日のように練習で殴られていました。小学3年で6年のチームに入り、中学では1年でエースだったので、上級生のやっかみもあったと思います。殴られるのが嫌で仕方なかったし、グラウンドに行きたくありませんでした。今でも思い出したくない記憶です。

 早大大学院にいた2009年、論文執筆のため、プロ野球選手と東京六大学の野球部員の計約550人にアンケートをしました。

 体罰について尋ねると、「指導者から受けた」は中学で45%、高校で46%。「先輩から受けた」は中学36%、高校51%でした。「意外に少ないな」と思いました。

 ところが、アンケートでは「体罰は必要」「ときとして必要」との回答が83%にのぼりました。「あの指導のおかげで成功した」との思いからかもしれません。でも、肯定派の人に聞きたいのです。指導者や先輩の暴力で、失明したり大けがをしたりして選手生命を失うかもしれない。それでもいいのか、と。

 私は、体罰は必要ないと考えています。「絶対に仕返しをされない」という上下関係の構図で起きるのが体罰です。監督が采配ミスをして選手に殴られますか? スポーツで最も恥ずべきひきょうな行為です。殴られるのが嫌で、あるいは指導者や先輩が嫌いになり、野球を辞めた仲間を何人も見ました。スポーツ界にとって大きな損失です。

 指導者が怠けている証拠でもあります。暴力で脅して子どもを思い通りに動かそうとするのは、最も安易な方法。昔はそれが正しいと思われていました。でも、例えば、野球で三振した子を殴って叱ると、次の打席はどうすると思いますか? 何とかしてバットにボールを当てようと、スイングが縮こまります。それでは、正しい打撃を覚えられません。「タイミングが合ってないよ。どうすればいいか、次の打席まで他の選手のプレーを見て勉強してごらん」。そんなきっかけを与えてやるのが、本当の指導です。

 今はコミュニケーションを大事にした新たな指導法が研究され、多くの本で紹介もされています。子どもが10人いれば、10通りの指導法があっていい。「この子にはどういう声かけをしたら、伸びるか」。時間はかかるかもしれないけど、そう考えた教え方が技術を伸ばせるんです。

 「練習中に水を飲むとバテる」と信じられていたので、私はPL学園時代、先輩たちに隠れて便器の水を飲み、渇きをしのいだことがあります。手洗い所の蛇口は針金で縛られていましたから。でも今、適度な水分補給は常識です。スポーツ医学も、道具も、戦術も進化し、指導者だけが立ち遅れていると感じます。

 体罰を受けた子は、「何をしたら殴られないで済むだろう」という後ろ向きな思考に陥ります。それでは子どもの自立心が育たず、指示されたことしかやらない。自分でプレーの判断ができず、よい選手にはなれません。そして、日常生活でも、スポーツで養うべき判断力や精神力を生かせないでしょう。

 「極限状態に追い詰めて成長させるために」と体罰を正当化する人がいるかもしれませんが、殴ってうまくなるなら誰もがプロ選手になれます。私は、体罰を受けなかった高校時代に一番成長しました。「愛情の表れなら殴ってもよい」と言う人もいますが、私自身は体罰に愛を感じたことは一度もありません。伝わるかどうか分からない暴力より、指導者が教養を積んで伝えた方が確実です。

 日本のスポーツ指導者は、指導に情熱を傾けすぎた結果、体罰に及ぶ場合が多いように感じます。私も小学生から勝負の世界を経験してきましたし、今も中学生に野球を教えていますから、勝利にこだわる気持ちは分かります。しかし、アマチュアスポーツにおいて、「服従」で師弟が結びつく時代は終わりました。今回の残念な問題が、日本のスポーツ界が変わる契機になってほしいと思います。

   
ムチ振るいそれらを愛と言うもなおそこには憎悪と悲しみしかなし
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tag : ことなかれ主義 なあなあ主義 セルジオ越後 女子柔道告発 戸塚宏 体罰は教育です! 体罰という恐怖支配

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気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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