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“凜とした生の日々”から“凜とした最期”を迎えるためには・・
録画しておいた、2013年4月3日(水)放送のNHK「クローズアップ現代」
「“凜(りん)とした最期”を迎えたい ~本人の希望をかなえる医療とは~」を観た。

医療によりただ命を長らえるのでなく、
自分らしい生き方を守りながら最期を迎えたい。
いわゆる「平穏死」や「自然死」を扱った本が
ベストセラーとなるなど大きな関心を集める中、
高齢者たち自身が自分の死に方・医療のあり方についての意志を表し、
行動を起し始めている。
多死社会の到来が目前に迫り、
医療費削減への国民的議論も高まる中で、
高齢者の意志をどう実現するかが、今大きな課題だ。
しかし、終末期医療の現場では、
高齢者本人が書面で意志を残していたとしても、
延命措置の是非を巡って親族間で意見が対立したり、
医師の側にも裁判で訴えられることへの懸念も強く、
延命措置を拒否するのは難しいのが現状だ。
高齢者の「最後の希望」をどうかなえるのか、
最先端の事例を交えながら考える。




超高齢化社会に老後を迎え、超高齢化社会の中で
生のエンディングを迎えなければならない我が夫婦。
近い将来(明日かもしれないけど)の
私または夫の死という出来事に、
自分の意思で体が自由に動かせるうちに、
また、認知症になる前に凜とした最期を迎えるための
終末期医療の意思表示を書面に残す大切さを痛感した。


だが、私の意に反して、我が夫は相も変わらず「死はタブー」であり、
終末期医療のことも、死んでからのことも
「そういうことを考えるのはネクロフィリア的で僕は好まない。
僕はバイオフィリア的な生き方を信条としているので、
終末期と死後のことの一切合切はあなたと子どもにお任せします。」
的な態度を貫いている。

そりゃあ、誰でも自分と家族の死などは考えたくもない。
だが、私が死以上に恐れることは死に至る前の苦痛である。
近い将来に確実に訪れる死に向かって生きている身としては、
嫌でも終末期医療を考えないわけにはいかない。



昨年、今の医学では助かる見込みは99%ない!と断言されながらも、
延命用のチューブに繋がれた死に至る約一週間前の弟の姿を見たとき、
こんな生かされ方は嫌だな・・と本気で思ったものだった。

弟の妻は、「今まさに死にゆく夫も苦しいでしょうが、私も苦しいのです。
夫は一年365日、生のエネルギーに満ち溢れていた人で、
自分が死ぬ。などということは、一度も考えたことの無い人でした。
入院してからも、退院後の楽しい話ばかりしていました。
なので、終末期医療についても一度も話したことがありませんでした。
このような延命治療を夫が望んでいたのか、望んでいなかったのかは、
今となっては、私にはわかりません。
でも、もしかして奇跡が起きるかもしれません。
たった1%でもいいのです。その微かな奇跡を信じて、
また悔いを残さないために、
私は夫の延命措置を受け容れました。
と言っていた。
しかし、その口調からは、私たち血縁者である者たちに対しての
「妻として、私は出来る限りのことをしたのです。」のごとき、
或る意味、弟の死への責任回避のための罪のない意図も感じられた。

当たり前だが、私も親族も誰も弟の妻を責めてはいないし、
責める気など毛頭なかった。
59歳が弟の寿命だったのだろうから。

そして今、そのときのことを振り返ると、子どもも無く、
たった独りで残された弟の妻は心身ともに辛かっただろうな・・。
ただただ、「59年の生涯を自分の意思で自由奔放に楽しく、
また豪快に生きた弟に寄り添い、最期を看取ってくれてありがとう。」
の思いしかない。

そのような経験の許に、或る程度の年齢になったら、
死にゆくときの自分の苦痛回避のためと、
残してゆく遺族の自責の念の回避。
そして、延命措置について遺族間で意見が対立しないためにも、
元気なときに終末期医療の要望書として、
書面に記しておくことは必要だと強く思った。


それでも、事前に本人が書き置いた終末期医療の要望書が
確実に実行されるとは限らない。

ある家族は本人の自筆による終末期医療の要望書があろうとも、
どんな状態でも生きていて欲しいと延命措置を懇願するかもしれない。
また、ある家族は本人の自筆による終末期医療の要望書がなくても、
早く死に至る苦痛から解放してあげたいと思うかもしれない。
そこには誰しもに共通した正解などはないが、
私は本人の生前の意思が優先されるべきだと思う。

結局は、「凜とした最期」を迎えるには、
今まさに死にゆく人間の気持ちを忖度することはできないが、
老若男女に関わらず、生と死は常に隣り合わせに存在している。
ということをときどきは自覚しつつ、
高齢者においては、死は隣り合わせどころか、死は目の前にある。
という事実から目を背けずに常に死を覚悟をしておくことが
最善の策なのかもしれない。
残り少なくなった「凜とした生の日々」を送るためにも・・・。

人生は楽しまなくちゃね♪だからこそ死を見つめるのと微笑む老女
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テーマ : ひとりごとのようなもの ジャンル : 日記

tag : 終末期医療 ネクロフィリア バイオフィリア 延命措置 自責の念

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Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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