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グレて、人生の理不尽を噛み締めながら老いを生きる?
昨日、所用があって新横浜駅付近を歩いていたら、
駅近くの横浜アリーナで行われた成人式が終わって出てきた
晴れ着姿の新成人がわんさか溢れていた。

みんな若いわねぇ・・・
と思いつつ、自分の20歳の頃を思いだしながら
感慨に耽ってはみたけれど、
40数年前の思い出は既にセピア色・・。
成人式には出なかったことだけが脳裏を過る。


慣れない着物を着ていて、草履にも慣れていないせいもあるだろうけど、
足を引きずりながら、イケメンの彼氏と思しき人に支えられてやっと歩いてる
それなりの顔の新成人女性を見て、
「何よ!羨ましいじゃない!」と心の中で呟いてしまった私は、
若さに嫉妬心を感じる老いた婆さんでしかないのだ・・ということを
改めて自覚させられた。
輝かしい未来が待ち受けているであろう新成人とは逆に、
己が命の終焉の日に向かい、せっせと身辺整理中の私・・・
本棚の裏に埃を被って落ちていた一冊の本を見つけた。

本のタイトルは「ぐれる!」




帯には、

理不尽を噛み締めて生きよ!

ブスに生れてしまった。
あんな親の子に生まれてしまった。
勉強ができない。
仕事ができない。
そして、もうじき死んでしまう・・・・・・・

の文字が踊る。

身辺整理を一時中断して、さっそく再読・・。

第5章「老人のぐれ方」ーもうじき死んでしまうー(P144)より

老人はぐれる要素を多分に持っている。
なにしろもうじき死んでしまうのですから、
そして身体もあちこちガタが来る。
そのうえ、ごく一部の者を除いて社会の厄介者であり、
社会的にはもう何も期待されていない。
こうなると、真剣にぐれるしか生きる方法はないのです。
世間では、この点でもまた嘘ばかり言い合う。
みんな、よぼよぼの老人・老婆を目の前にして「お若い!」
「えっ、ほんとうですか!なんでそんなにお若いんですか?」
という賛嘆を浴びせかける。これは一つのゲームなんです。
現代日本で耳に入ってくる言葉と言えば、「早く年を取りたい」とか、
「年を取れば取るほど楽しい」とか「人生は五十から」とか
「五十、六十ははなたれ」とかの言葉ばかり。
「年を取るのが厭でたまらない」とか
「醜い老人にはなりたくない」という言葉は、
(すくなくとも明るいところでは)まず聞かれない。
いや、ほとんど禁じられている。
たぶん、それは被差別者である老人たちに対する差別語だからでしょう。

ー中略ー
(著作権法違反にならないように、
本の宣伝の為と言い訳して一部だけ写させて貰いました。)


「早く年を取りたい」という願望が「早く死にたい」
という願望を含むのなら、わからないこともない。
いや、そうならいますぐ自殺すればいいのですから、そうではないはず。
つまり、(たぶん)以上のように語る人は、
人生そんなに長く生きていても退屈だし、まあ七十~八十年くらいで十分だ。
その枠内で老後の十数年幸福であれば、
万々歳だ、というほどの唾棄すべきちまちました人生観に安住しているのでしょう。
これが善人です。そして、善人はみんなに感謝して死んでいく。


個人的な感想では、
サミュエル・ウルマンの詩、「青春」
「青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。」以下省略・・・・・
のような人間賛歌の詩に素直に感動する人もいれば、
自分に起こる事象を何事も悲観的な立場でしか見られない人もいる。
人間は両極を持っていて、善人と呼ばれている人々の道徳的価値観も、
著者のような厭世感に裏打ちされた価値観も、
幼児期に置かれた環境に左右されるのだなぁ・・と思わざるを得ない。

ゆえに、心はどちらかに偏った志向形態を維持したままで現在に至ってしまった。
ということであり、
「善人で有り続ける」ことも、「ぐれて生きる」ことも
致し方のない運命のように思えてならない。
ただ、私的には、
著者のいう「善人の価値観と道徳観」の押しつけがまさに対する
煩わしさには共感できる部分もある。
それに、著者の言うように、私も・・・
今まで、称賛に値することも成し得ず、もうじきこの世から消え去る身。
称賛に値する何かを成し遂げた人々を斜めに見ながら、
醜い嫉妬心と羨望の眼とを道ずれに、
深いため息を付きながら、
坂道を転がるように落下点まで落ちて行き、止まるところは死・・・
というのは事実だけに、笑うに笑えない部分もあり、
リアル世界では善人を演じているので、(笑)
せめて、このブログの中だけでもグレてやろうか?
と思わないでもない・・。


他の章で面白いのは、明治時代から現代の作家を例に取り、
グレている作家。グレていない作家。
グレたくても、お育ちが良すぎて、グレられない作家を分類している。

著者は世間的に見れば、かなりの変人の部類には入るとは思うけれども、
グレたくて仕方がないが、
どうしてもグレられない哲学者ではないかとも思えてしまう。



余計なお世話だとは思いますが、
このブログにおいでくださる数少ない御奇特な皆様が、
本当はグレている人なのか?
グレたくてもグレられない人なのか?
真の善人なのか?
似非善人なのか?
は、下記の一節から受ける感情で判断できるのではないかと思います。


老後は、人生の悲惨さを味わい尽くす時期です。
ですから、善人たちの慰みごとを一つ一つ丹念ににぎりつぶし、
無責任な老人讃歌を蹴飛ばし笑い飛ばして、
一直線に「真実」だけを見て生きることにしましょう。
「ああ、生きててよかった」というような言葉が芽生えそうになったら、
喉の奥で絞め殺しましょう。
弱気になりそうな自分に鞭打って、
最後まで善人たちの大軍に身を投じることなく、
日々いや刻々こころゆくまで悲惨さと虚しさと孤独と・・・・・・
を濃厚に味わいながら、
堂々とぐれて生きることにしましょう。
そして、臨終が近づいたら、たまたま地上に生れさせられ、
いま死んでいかなければならないこのすさまじい残酷さをまっすぐ見つめ、
「わからない、わからない」とわめきながら、もだえ苦しんで死んでいきましょう。

110111r
冷めた身にペシミスティックな旅人の孤独を孕む風が吹きぬく
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

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Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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