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愛国心を数の力で強要、支配する日本はDV国家なのか?と、作家・高橋源一郎氏が・・
ある若者が、デモに行くという友人と、その後で映画を見ようと約束した。
その若者が、友人が交じったデモ隊の列と並んで歩道を歩いていた時、
突然、私服警官に逮捕された。理由は公務執行妨害だったが、
若者にはまったく覚えがなかった。後に若者は検察官から
「きみが威圧的態度をとり、警官は恐怖を感じたからだ」といわれた。
そういえば、私服警官らしい人間と目があったことは思い出したが、
それが公務執行妨害にあたるとは夢にも思わなかった。

 留置場に入った若者は、そこで、1年近く裁判も始まらず
ただ留め置かれているという窃盗犯に出会った。
貧困から何度も窃盗を繰り返した男は、
1件ずつゆっくり起訴されていた。
警察・検察の裁量によって、裁判が始まる前に、
実質的には刑罰の執行が行われていたのだ。

 「それって、人権侵害じゃないの」と若者がいうと
「わからない。法律なんか読んだことがない」と男はいった。
若者と男の話を聞きとがめた看守が、
房の外から、バケツで2人に水をかけた。

 「うるさい黙れ、犯罪者には人権なんかないんだ」

 極寒の房内は室温が氷点下にまで下がっていた。
濡(ぬ)れた体を震わせながら、若者は、
犯罪者の人権が軽んじられる国では、
人権そのものが軽んじられるだろうと考えていた。
それは、本や理論で学んだ考えではなく、
経験が彼に教えたものだった。
その若者が半世紀近くたって、いまこの論壇時評を書いている。


・・・中略・・・

今年になって目立ったのは、
様々な社会的「弱者」がバッシングを受けたこと、
従軍慰安婦は戦争につきもの」という政治家や、
「子どもが生まれたら会社を辞めろ」という女性評論家が現れたこと、
そして、新しい政権が、強硬な政策を次々と打ち出し、
対話ではなく力でその政策の実現を図ろうとしていることだった。
さらに不思議なのは、力を誇示する政治家たちが、
同時に力とはおよそ正反対な「愛(国心)」
ということばを叫ぶことだった。

 誤解を恐れずにいうなら、わたしには、この国の政治が、
パートナーに暴力をふるう、
いわゆるDV(ドメスティック・バイオレンス)の加害者に
酷似しつつあるように思える。
彼らは、パートナーを「力」で支配し、経済的な自立を邪魔し、
それにもかかわらず自らを「愛する」よう命令するのである。

転載元 http://digital.asahi.com/articles/DA2S10887407.html?_requesturl=articles/DA2S10887407.html&ref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA2S10887407






今日の朝日新聞の論壇時評
『愛を強いる支配 ここは、DV国家なのか 作家・高橋源一郎』
さすが文章を操る作家。DV夫が国家。DVを受ける妻を国民。
と例えてくれているので、とても解り易く、
また今の日本を「DV国家」とは言い得て妙だと思った。

だが、通常の夫婦間、もしくは恋人間のDVには一定のサイクルシステムがあり、
蓄積期、爆発期、ハネムーン期の三つの構成期間を循環するのが常である。
そして、DVには「共依存関係的DV関係」と言われるものがある。
共依存者は自己愛・自尊心が低いため、
相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出し、
共依存関係を形成し続けることで自分の居場所を確保しようとするのだ。

だがしかし、今の日本というDV国家には政権与党の数の力に驕った
「爆発期」だけしか見いだせない。
ゆえに共依存関係にもなりようがないのだ。



DV国家の被害者=多くの国民の心理としては、
好きで日本人に生まれたわけではない。
また海外で悠々自適に暮らしていけるほどの経済的余裕もなく、
日本語以外は話せない。
ゆえに、生きる場所はこの日本しかない。
のが本心ではないだろうか・・。
そこへ持ってきて、国家による愛国心の強要である。


なお、安倍内閣は17日、外交・安全保障の基本方針となる
国家安全保障戦略(NSS)を初めて策定し、
防衛計画の大綱(新防衛大綱)、中期防衛力整備計画とともに閣議決定した。
NSSに「愛国心」を盛り込み、中国の軍事的台頭や北朝鮮への懸念を強調。
周辺国に対抗するため、集団的自衛権の行使を視野に、
日米同盟の強化と自衛隊の増強をはかる「軍事力重視」との内容を
中国念頭に自衛隊増強と「国を愛する心」を明記した。 

強要されて愛は生まれない。むしろ反発されるほうが多い。
また真の愛を獲得するには、とてつもない技術を要するものだ。
数多の下々の者にとって「国を愛する心」を持たせることの真逆の
施策ばかりでは、思考停止を美徳と考えている一部を除き、
その他の国民が黙って付いていくわけがない。

真の愛とはなんなのか?などを考えたこともない安倍教の盲信者たちと、
自らの意志を捨て、考えることを止めてしまった
自民党の金魚のウ○コ状態から離れられない公明党の支持母体である
創価学会の人たち(青年部)にだけ
DV国家の求める真の愛国者になってもらえばいい。
彼らなら国家から愛国心を強要されても、
既に意思を持たない人たちなのだから、愛国ロボットとして、
「日米同盟の強化と自衛隊の増強」路線に、
口答えなどせずに確実に協力するだろう。
そして、強い信仰心でもって神風でも起こせばいいのではないだろうか・・。





愛国心の定義として、私が思うことと似たような考えを述べている方のご意見を
Yahoo!知恵袋で見つけたので、ここにご紹介しておきます。


自然が豊かな故郷を愛するのも個人の自由ですし、
こんなど田舎は嫌いだと言って都会に出て行くのも個人の自由です。
自然の豊かな故郷に生まれたから、
必ずその故郷を愛さなければならないということはありません。

世界のかなりとんでもないところに
住んでいる日本人を紹介する番組がありますが、
こちらの方が好きになったとして海外へ移住するのも本人の勝手です。
イースター島に移住した日本人夫婦を見ましたが、
日本よりもイースター島が好きであれば、
そこへ住むのも本人の自由であり、
日本人だから日本よりもイースター島が
好きになることは許されないという決まりはありません。

日本を選んで生まれてきた人はいません、
みんなたまたま生まれて来たにすぎません。
たまたま生まれてきても好きになれる人は好きになればいいし、
なれない人は嫌いでも構わないと言うのが、
思想信条の自由が保障される社会であり、日本に生まれた限りは、
絶対に全員が日本を好きなって
国を愛さなければならないとすることが間違っています。

今の日本で問題なのは、在日外国人の排斥や差別、
近隣諸国との領土問題で、愛国を看板にする極右と違った意見を述べると、
自分たちの意見に同調しないお前は日本が嫌いなのだと決め付けられて、
嫌いならば今すぐに出て行けと、
在日外国人もろともに排除の対象にされてしまうことです。

たまたま生まれてしまった日本を愛する自由も、
いろいろな経験の末に嫌いと言う結論を出す自由も保証されるべきであり、
国に対する好悪の自由が保障されず、
全員に国を愛することを強要する社会は間違っていますし、
愛国心を強要するのが当然であり良い事であると思っている
人たちの独善性にも問題があります。

平和憲法が日本だとすれば私は日本が好きですし、
愛国心を強要して、外国人の排斥や差別を行ない、
岩山の2つや3つのことで、
外国との間で殺し合いをやれと叫ぶ人たちが日本であれば、
私は日本が嫌いです。

引用元http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n187781

※参考
国家安全保障と情報への権利に関する国際原則 (ツワネ原則) 全文訳
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/statement/data/2013/tshwane.pdf

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気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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