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また誰か、亡くなった 新宿の団地、老いて独り・・孤立死と嘆きたもふな一生(ひとよ)とはシナリオのなき悲喜劇ゆえに
10人目の見回りを終えて帰宅したのは、午後10時過ぎだった。

 今月15日、東京都新宿区の都営戸山団地(百人町アパート)
区から委託を受けた「見守り協力員」の的場実さん(75)は
今年最後の見回りを終え、ふうっとたばこの煙を吐いた。

 16棟ある団地に住む高齢者のうち、
80歳以上の一人暮らしの女性十数人を受け持つ。
携帯電話には、昼夜問わず電話が入る。
「おしるこが食べたい」「買い物に付き合って」。
約束を忘れる人も多く、待ちぼうけはしょっちゅうだ。
「何度電源を切ろうと思ったか。このままじゃ、俺が先に死んでしまう」


 ■親族は遠く

 「相次ぐ孤独死」「都会の限界集落」。
戸山団地がそう騒がれたのは、6、7年前のことだ。
「状況は何も変わっていない」と的場さんは言う。
今年も何人もの高齢者が孤独死した。

 「最近顔を見ない」と聞いた
一人暮らしの男性が亡くなっているのを見つけたのは春。
新聞受けから中をのぞくと、下着姿で手を伸ばしたままうつぶせで倒れていた。
「這(は)って助けを求めようとしたんだと思う」

 夏には60代の女性。秋には70歳くらいの男性を、
遠方から訪ねた親族が見つけた。今月上旬にも、米寿の女性が一人で逝った。

 この地区を手がける葬儀業者は「最近は、死後に身内が見つかっても、
何年も会ってないから、と引き取りを拒否されることも増えた」と言う。


 ■自治会解散

 団地は、戦後すぐの1948年に建て始められた。
4階建てで、多くの間取りは3DK。
住民は「山手線から見える唯一の集合住宅で、あこがれだった」
と振り返る。夏には盆踊り、正月には餅つき大会があり、若い家族らでにぎわった。

 90年以降に高層に建て替えられ、今は約2300世帯、約3500人が住む。
建て替え後には1DKの部屋が増えた。

 自治会は2007年に解散したままだ。高齢化でなり手がいない。
最後の役員だった本庄有由(ありよし)さん(75)は
「以前は一人暮らしの人の鍵を近所で預かり、
誰がどんなペットを飼っているかも知っていた」と語る。
親族がいないまま亡くなった人は、自治会が集会場で葬式を出した。
だが、今はそれもできなくなった。

 老朽化した近隣の都営住宅が取り壊され、一人暮らしの高齢者がさらに流れ込む。
自治会があったころ、団地では毎年約40人が亡くなり、うち10人くらいが孤独死だった。
「今はもっと増えていると思う。まるで姥(うば)捨て山だ」。本庄さんはつぶやいた。


 ■対策途切れ

 自治会解散後、本庄さんは有志でNPO「人と人をつなぐ会」を作った。
死後2カ月も見つからなかった孤独死に遭遇したのがきっかけだ。

 07年、部屋でボタンを押すとコールセンターにつながる端末を設置。
しかし、毎朝決まった時間に操作が必要な煩わしさから、うまくいかなかった。
10年には緊急時にかかりつけ医に通報される「見守りケータイ」を導入した。
2年かけて通信会社や役所にかけあい、15人のお年寄りに配った矢先、
肝心の携帯が製造中止に。
「次はスマートフォンで試しませんか」と誘いがあるが
「ダイヤル式の黒電話を使う人もいるのに、使いこなせないよ」。


 ■死が日常に

 暮れも押し迫った26日。近所の女性と立ち話をしていると、
目の前を白い布に包まれた遺体が運ばれた。「また誰か亡くなったね」。
女性は特に気にとめることなく、おしゃべりを続けた。
「人が死ぬことに、慣れてしまった」
と本庄さんは思う。どこの誰かは、今も分からない。(今村優莉)


 ◆Memo

 <の孤独死> 明確な定義はないが、
東京都監察医務院は「一人暮らしの人が自宅で死亡し、
死因がはっきりしないケース」を孤独死(孤立死)としている。
医務院の統計によると、2012年に東京23区内で孤独死したのは計4472人。
男性が3057人、女性が1415人だった。03年には男女合わせて3千人を切っていたが、
約10年で1・5倍に増えた。平均すると、毎日12人ほどが孤独死している計算だ。

上記記事引用元
http://www.asahi.com/articles/DA2S10905621.html?ref=com_top_pickup


朝日新聞朝刊(12月30日)の社会面に載っていた上記の記事を読んでいて、
団地ではないが私の住む地域(神奈川県某市○○区)も
同じようなもの・・だと思った。
我が家の並びの家々は同時期に建った住宅で、
入居した頃は皆、小中学生の子持ちだったが、
今ではその子供たちも巣立ち、
現在はほとんどが60代~70代の夫婦二人暮らし、
もしくはおひとりさまになってしまった・・。
気が向けば訪れる我が娘などは、
「ここもすっかり年金通りになってしまったわね。」
などと言い、
「老後のことは自分たちで計画を立てておいてね。」
釘を刺して帰っていく。

つまりは親の面倒を見る気はない...ということだ。
我が夫婦も現時点では娘の世話になる気はさらさらないが、
いずれ、どちらかがおひとりさまになり、
そして、やがて体が動かせなくなったら、
役所への申請や介護保険等の各種手続きなどは娘に頼むしかない・・。

歳は取りたくなくても歳は取る。
そして、我が地域もそのうち死が日常になることは確実だ。

ここで思ったのだが、
孤立死って、ご遺族や周囲の方々には迷惑千万な死に方かもしれないが、
本人にとっては、とても良い死に方のように思えてきた。
だって、多くの日本人が望んでいる理想的な死に方である
ピンピンコロリだと思うのですよ。

記事中では可哀想な死のごとき捉え方をし、
「死が日常になる」「人が死ぬことに、慣れてしまった」と、
嘆いているように聴こえますが、
どこで死のうが死そのものは当たり前のことではないのでしょうか・・。

長くなるので、ここではご遺族のグリーフケア
グリーフワークについては省きますが、
現在、此の世に不老不死は存在しません。
自死や事故死や災害死は別にして、
人間として生まれた限りは必ずや老いて死ぬ運命(さだめ)なのです。
日本では異常とも思える程に死を覆い隠しますが
私にはとても不自然なことだとしか思えません。
「誕生→死」は自然の理であり、現代科学で覆すこともできません。
昭和の時代までは家族に看取られての在宅死が多数を占めていましたが、
時代は変わり、家族の形態も考え方も変わり、死に方も多様になりました。

『また誰か、亡くなった 新宿の団地、老いて独り』を、
老いも若きも明日は我が身として受け容れ、
老いを自覚されている方々は体力気力があるならば、
今というこの一度限り時間を大切にし、
やがてその日が訪れるまで、目いっぱい愉しまなければ損です。
私は「ああ、愉しかった・・」と思って死んでいきたいのです。
できれば、100歳ぐらいで・・それも自然死で・・。(^^

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テーマ : シニア・エッセイ ジャンル : 日記

tag : 孤立死 ピンピンコロリ 不老不死 グリーフケア グリーフワーク

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Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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