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小野田寛郎氏は軍国主義の亡霊か?ラスト・サムライか?最期まで大日本帝国陸軍少尉としてしか生きられなかった彼の生と死について思うこと。
ご年配の方々の中には、市川雷蔵主演の「陸軍中野学校
という映画を見た方がいらっしゃるかもしれない。

陸軍中野学校とは戦前から戦中にかけて
実在した大日本帝国陸軍のスパイ養成機関であるが、
その中野学校出身で、情報将校として大東亜戦争に従軍し、
遊撃戦(ゲリラ戦)を展開、
戦争終結から29年目にして
フィリピン・ルバング島から帰還を果たした
小野田寛郎氏が91歳で亡くなられた。






中野学校の学生は「名誉や地位を求めず、
日本の捨石となって朽ち果てること」を信条とした。
日本軍一般の教育とは異なり、
生きて虜囚の辱めを受けてもなお生き残り、
二重スパイとなって敵を撹乱するなど、
あくまでも任務を遂行すべきよう教育された。
また、汚く卑怯ともいえる諜報活動を行うこととなるからこそ、
「至誠」の心を強く持つよう教育された。


帰国の際に「天皇陛下万歳」を叫んだ事や
現地軍との銃撃戦によって多数の軍人や住民が
死傷した出来事が明らかになった事
フィリピン政府当局の判断により、小野田への訴追は行われなかった)、
また本当に敗戦を知らなかったのかという疑問が高まるに連れて、
マスコミや文化人からは「軍人精神の権化」、
「軍国主義の亡霊」といった批判もあった。

小野田に対し、政府は見舞金として100万円を贈呈するが、
小野田は拒否する。拒否するも見舞金を渡されたので、
小野田は見舞金と方々から寄せられた義援金の全てを、
靖国神社に寄付している。
天皇との会見も断り(自身が勝手に潜伏していたので、
陛下は声の掛け様が無いだろうと判断)、
小野田は戦闘で亡くなった島田と小塚の墓を参っている。
※参考 wikipedia



 

文明社会に出てきた感想は?と問われた際には、

「非常に危険な感じが強い。科学の進歩は目覚ましいが、
自然の摂理(自然界を支配している理法)は正しい。
人間はウソをつく。...愛国心がそんなに強いわけではないけど、
今の日本は自己主張をしなさ過ぎだと思います。
こんなだらしない国にするために命を懸けて戦争をしてきたわけじゃない」

そんな息子に母のタマヱさんは、
「あの子は子どものころから商人になりたいと言うていたが、
すっかり軍人精神になってしもうた。教育は恐ろしい」
と答えていらっしゃる。
※参考 週刊長野記事アーカイブ








小野田寛郎「私が見た従軍慰安婦の正体」  

 

首相の靖国神社参拝従軍慰安婦の問題は、

全く理由のない他国からの言いがかりで、

多くの方々が論じているところだ。

南京大虐殺と同様多言を弄することもあるまいと感じていたのだが、

未だに妄言・暴言が消え去らない馬鹿さ加減に呆れている。

戦後六十年、大東亜戦争に出征し戦場に

生きた者たちが少なくなりつつある現今、

私は証言として、「慰安婦」は完全な「商行為」

であったことを書き残そうと考えた。

 外地に出動して駐屯する部隊にとって、

治安維持と宣撫工作上最も障害になる問題は、

兵士による強姦と略奪・放火である。

そのためにどこの国もそれなりの対策を講じていることは周知の通りである。

大東亜戦争時、戦場には「慰安婦」は確かに存在した。

当時は公娼が認められている時代だったのだから至極当然である。

 野戦に出征した将兵でなくとも、

一般に誰でも「従軍看護婦」と言う言葉は常識として知っていたが、

従軍慰安婦」と言う言葉は聞いた者も、また、使った者もいまい。

それは日本を貶める為に後日作った造語であることは確かだ。

「正論」一月号より (2005年 平成17年) 




晩年、小野田氏は、現在、都知事選に立候補している
田母神俊雄氏主宰の田母神塾にゲスト出演したり、
田母神論文と自衛官の名誉を考える会」第一回会合に出席したりと、
常にそういう方々との接触があったことに、
第三者の身としては、何も晩節を汚さなくても・・
とは思うのだが、小野田氏はそういう生き方しかできなかったのだろう。

小野田氏の死に関係はないが、無党派層の視点からは、
閣下と呼ばれて喜んでいる田母神氏はマックスで危ない人でしかない。



時の為政者によって、特殊教育を受けさせられ、
自分が生き残るためには、罪のない現地の住民を何人も、
否、何十人も殺さなければならないような
過酷な生を強いられた小野田氏・・
自然の摂理による死という永遠の眠りに着くことができ、
すべての苦悩から解放されて良かったですね・・。
としか、私には言いようがなく、
ただただ成仏を・・と願ってはいるが、
私には小野田寛郎氏は最後の最後まで、
陸軍中野学校での特殊教育により、
フィリピン・ルバング島からの帰還後も、
大日本帝国の陸軍少尉としてとしてしか
生きられなかったような気がしてならない。

そしてまた、小野田氏の91年の生涯は、
「ラスト・サムライ!」と賞賛や賛美するものもいれば、
過去には「軍国主義の亡霊」といった批判するものもいた。
今となっては、故人にはレッテルなどはどうでもいいだろうが、
当時の帝国陸軍の異を申し立てられないトップダウンに支配され、
翻弄され続けた生は哀しく辛く、また身体に傷を負った傷痍軍人のごときに
心に深い傷を負わされた傷痍軍人の一人でもある。
小野田氏もまた、国家の大いなる犯罪による大いなる犠牲者であった
としか私には言い様がない。
ご冥福をお祈りしつつ・・・・    ---合掌---
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tag : 陸軍中野学校 小野田寛郎 二重スパイ ルバング島 諜報活動軍国主義の亡霊 靖国神社参拝 従軍慰安婦 田母神俊雄 田母神論文と自衛官の名誉を考える会

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気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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