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「平和と繁栄」の後で、日本社会はどこへ行こうとしているのか?いっそのこと「どん底」まで突き落とされたら、かえって開き直れるのか?
日本社会はどこへ行こうとしているのか。
日米双方の心と言葉で語り続ける研究者は、胸を痛めていた。
戦後の繁栄が過去のものとなり、
さらに平和すら手放そうとしているのでは……。
第2次大戦直後の東京で生まれ、
米シカゴで暮らすノーマ・フィールドさんの目に映る日本の風景を、
そっとのぞいた。


 ――二つの国の間で「宙づりになっている」と、
著書「天皇の逝く国で」に書かれていますが、
その日米両国の今をどう見ていますか。

 「米国生活が長くなりましたが、
この国の政治のひどさが身に染みるようになりました。
オバマ大統領に期待しただけ余計にそう感じます。
日本も、米国流の格差社会に追いつけ、
追い越せといわんばかりですね。

日本社会がかろうじて残してきたものが壊されていると思うと、
いたたまれません」

 ――居場所がなくなるという感覚でしょうか。

 「いえ、そんなことはありません。
同僚の大学教員たちは、ひどい政治家が大統領になったら米国を脱出するよ、
などと言いますが、
大学があるシカゴのサウスサイドに住む貧困層の人たちは、
国が嫌になったら国外に出る、なんてことはできない。
逃げたくても逃げられない人たちがいるのです。
余裕があるから『国を捨てる』などと言える。

運命を共にするというと大げさですが、軽口はたたかないと決めました」

 「一方、日本は何年たっても『帰る』という感覚なんです。
大切な人がたくさんいるから。でも、このままいくと、
いずれ帰れなくなるのでは、という恐れも感じます。
私は父親が米国人、母親が日本人の日本生まれで、
当時の国籍条項では米国籍しか得られなかった。今の状況が続くと、
最悪の場合はビザがおりなくなることもあるように思えて」

 ――日本での原点は何ですか。

 「団塊の世代の66歳ですから、私の原体験は質素な日本なのですが、
そこには戦争が終わった解放感が確かにありました。
『めだかの学校』に歌われてるような、
誰が生徒か先生か分からない、そんな空気です。
空襲で防空壕(ごう)に逃げなくてもよくなったという喜びは、
たびたび母に聞かされました。
あの感覚が日本では次第に薄れているのを感じます」
 

――確かに、戦後的なものが急速に崩れてきています。

 「知人によると、日本のある小学校での講演で
『平和』という言葉を使わないように言われたそうです。
プロレタリア文学を研究していると戦前の伏せ字を扱いますが、
戦前、戦中に平和は『××』とされたことが多かった。
いまや、戦後と地続きではなくなったというか、
敗戦直後に日本人が真剣に議論したことがゼロになりつつあるように思います。
安倍首相も靖国神社参拝を強行しました。
米国従属から一歩踏み出ようとしているのでしょうか。
米国を中心とした考え方が良いとは思いませんが、
大国の制止も気にしないような空気が漂いつつある。それは非常に怖いですね」


 「いわゆる『普通の国』イコール戦争ができる国ということなのでしょう。
戦争になって最初に犠牲になるのは、
若くて生活に困っている層だということは米国の歴史が証明しています。

東京都知事選の結果からは、
そんな若い人たちも『強い国
を主張する田母神俊雄さんに投票したように見えます。
最初に戦場に出る若者が右傾化を支持する。
それは、近代史の忌まわしいパターンの一つだと思います」


 ――今の若者は「戦争を知らない子どもたち」ではなく、
「戦後を知らない子どもたち」ですね。

    ■     ■

 「戦後を知らないし、バブルの頃すら知らない世代です。
自分たちに戦後民主主義と繁栄の恩恵がもたらされているとは
感じられないのだと思います。
細川護熙さんは都知事選立候補の会見で
腹七分目の豊かさでよしとする成熟社会を』と語りました。
就職できない若い人たちはこれをどう感じるだろうか、
と日本の知人が心配していました。
細川さんの考えが間違っているとは思いません。
でも、その言葉が届かない」

 「2000年に発行した『祖母のくに』の中の論考で
『繁栄感覚が希薄になったとき、
その代わりに何が出てくるのか』と書きました。
それがいよいよ現実になってきたのを感じます。
まず繁栄がなくなり、そして、平和すら犠牲にしようという流れになっている。
8月15日に『平和と繁栄』とだけ唱え続けてきた
欺瞞(ぎまん)はずっと気になっていましたが、
今聞くと懐かしくすらあります」

 ――経済の衰退が人々の意識を変えていく、ということですか。

 「経済的に一番弱い立場に置かれる人は、
自分の生命さえ犠牲にしないといけないようになります。
私は『生活と生命の乖離(かいり)』と呼んでいますが、
明日の生活のために5年先、10年先の命を顧みられなくなる。

マイケル・ムーア監督の映画『シッコ』で、
トニー・ベンという英国労働党の政治家がこう語っています。
人が押しつぶされそうになっている状態というのは、
支配層にとって、とても都合がいい、と。

『戦争ができる国』にしようとしている政治家を若い世代が支持するのは、
まさに生活と生命の乖離だと思います」

 ――「生活と生命の乖離」の例は、ほかにもありそうですね。

 「ええ、これは格差にあえぐ若い世代に限りません。
広い意味では、原発を誘致した地域や原発作業員にも当てはまる。
生活のために自分の存在自体を懸けなければいけない構図はいたるところにあります。
細川さんの文明論は、明日がどうなるか分からない人には、
抽象的でぜいたくなものに聞こえたかもしれませんが、
この乖離を乗り越えようと言っていたようにも思えます」

 「原発に反対しようとするなら、
反対できない人々のことを考えなければいけないと思います。

選択肢がない人は情報すら欲しくなくなる傾向があります。
さらに心配の種になるからです。
そういう意味では今後、現実を伝える言葉すらタブー視されるのではないでしょうか」

 ――戦後の繁栄と平和を知らない世代に届く言葉を、どう紡ぎ出せばいいでしょうか。

    ■     ■

 「都知事選では、宇都宮健児さんも若者の支持率が高かった。
田母神さんと宇都宮さんの若い支持層は逆の方向を向いているように見えるけれど、
実は同じ層から来ているのではないでしょうか。希望を託す先が違うだけで。

この双方の若者層に、時代のしわ寄せをすべて負わされている
『我々』という意識が生まれたら、
可能性があるとも思います」

 「小林多喜二は、『中央公論』で『党生活者』という作品を書いています。
舞台は満州事変後で、軍事産業の景気が良くなり、
工場がガスマスク製造を始めるために臨時工を雇います。
戦争のために臨時工が職にありつき、
一生懸命働いたら正社員になれるかも、と考えて働きます。
そこで、運動家たちが臨時工と普通工の共闘を仕掛けようとするのです。
劣悪な労働条件を改善すると同時に、
臨時工の雇用をもたらす戦争にも反対しようとする。
戦争が始まった状況で、それでもこんなことを目指していたのがすごい」

 「08年の『蟹工船』ブームの際には、物語を現代にあてはめても、
非正規労働者と正社員は一緒に闘えないだろうと繰り返し指摘されました。
そこをどう橋渡しするか。多喜二の作品でも結局は失敗しますが、
その失敗を丁寧に描いている。だから次があると感じられます」

    ■     ■

 ――どこに希望を見ますか。

 「私は『希望派』ではないんです。
自分が実感できない希望を、自分が信じていないものを、
人に伝えることはできません。
一方で、希望と聞くと、先日亡くなった
フォーク歌手のピート・シーガーを連想します。
シーガーは、決して諦めない人でした。どんな場で音楽を奏でても、
聴衆との関係を作り上げ、全員を参加させる。
体を使って模索する行為自体が希望だという気がします。
結果よりプロセスを重視するということでしょうか」

 ――希望は見えにくいけれど、諦めない、と。

 「井上ひさしさんは多喜二を描いた戯曲
『組曲虐殺』で『絶望するには、いい人が多すぎる。
希望を持つには、悪いやつが多すぎる』
というセリフを主人公に託しています。
いとおしく思う人や譲れない理念があるからこそ、愛情と共に怒りが生まれる。
私にとって怒りは原動力です。
これほど人間を馬鹿にした政治を押し通すなんて、
放っておけるものか、と考えています。
希望とは、外にあって元気づけられるものではなく、
主体的に作り上げるものではないですか」

     *

 Norma Field 47年東京生まれ。
65年に渡米。シカゴ大教授として日本文学・文化を教えた。
源氏物語や小林多喜二の研究で知られる。


 <取材を終えて>

 ふと振り返って、ずいぶん遠くに来てしまったことに気付く。
ノーマ・フィールドさんの言葉を咀嚼(そしゃく)しながら、
そんな思いにとらわれた。自身の一部である日本社会に対して、
彼女の思索は厳しく、そして温かい。
戦後の繁栄と平和はすでに過去のものである。
そんな覚悟から始めなければ、新たな希望は生まれない。
(ニューヨーク支局長・真鍋弘樹)

引用元:http://www.asahi.com/articles/DA3S11005077.html



昨日(2014.03.01)の新聞に載っていたインタビュー記事で、
私が常々思っていることを端的に、且つ、洞察力鋭い視点での論評であったので
ここに転載しておこうと思う。


私は戦後の繁栄と平和の中で生きてきた。
給料もボーナスも毎年上がり続け、
それは私が体を壊して会社を辞めるまで続き、平和をも享受していた。

だが、繁栄と平和を享受する時代は終わりを告げた。
私は今は、すべて為政者のせいだとは言わない。
この国の約半数がその為政者を支持・応援をしているからだ。

しかし、その為政者を支持していない人たちが
約半数存在するということを、
為政者を含む支配層に属する人々と、
そんな彼らを支持・応援する人たちは、
あたかも支持していない人たちが存在していないかのように
目を背けていることが大きな問題なのだ。

少数意見に一切耳を傾けない為政者は
必ずや近々に衰亡し、そして消滅するのが
太古の時代からの世の常なのである。



私が特に伝えたいことと符丁が一致した部分については太字にした。

私と同世代の数人の方々には読んでいただけるとは思うが、
若い方々がこのような泡沫ブログをを訪れることは無いだろう。
だけど、間違えて来てしまったたった一人の方にでも、
このノーマ・フィールドさんの
インタビュー記事の一部分にでも興味を持ってもらえたら・・と、
母、祖母、妻、女、そして、もうすぐ前期高齢者としての立場から物事を考え、
イデオロギー的には右でも左でもない無党派層を自認する私としては
心から、また老婆心からそう思うのでありまする。



ところで、最近の安倍総理って、
「オレはエラいんだ!最高権力者なんだ!」の
ふんぞり返りドーパミンが止めどなく分泌しているように見えますが、
あのようなパワーズ・ハイ状態って持病に影響はないのかしらん?
わたくし、とっても、とっても心配です・・・。
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テーマ : 伝えたいこと・残しておきたいこと ジャンル : 日記

tag : ノーマ・フィールド 国を捨てる 靖国神社参拝 強い国 右傾化 近代史の忌まわしいパターン 腹七分目の豊かさでよしとする成熟社会 平和と繁栄 生活と生命の乖離 マイケル・ムーア

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Re: 初めまして
一握の砂様。はじめまして。
拙く支離滅裂なブログではありますが、
今後共宜しくお願い致します。(_ _)

初めまして
大変興味深く拝読しました。

お名前も素敵ですね。

またお邪魔させていただきます。
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プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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