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法制化への動きが進んでいる尊厳死法案について考える--人生の最後をどう生きるか。「自分の最期は意思表示できるときに自分で決めておく?」それとも「自分の最期は家族の意思と国家に任せる?」
4月17日の新聞で、記者有論「尊厳死法案 人生の最後をどう生きるか」
の記事が目を惹いたので切り抜きをしておいた。

 終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案。
いわゆる「尊厳死法案」が、早ければ今国会に、議員立法として提出されそうだ。

 私は「延命治療が患者の苦しみを長引かせることがある」と考え、
法案が早く提出されれば良いのにと思ってきた。
だが、超党派の議員連盟ができて9年。いまも反対の声が根強い状況を見るにつけ、
何かが足りないと感じるようになった。

 この法案は、本人が延命治療を望まないことが書面などで明らかで、
回復の見込みがなく死期が間近と2人以上の医師が判断した場合、
延命治療をやめても、医師は責任を問われないというものだ。

 しかし、事実上「死を急がされるのではないか」という不安は消えない。
中でも障害者団体は「生きる権利が奪われる」と強く反対する。
患者本位というが、一部の患者の意思が尊重されるだけではないか。
そんな疑念が、この法案への理解を妨げている。

 米国で始まった「エンド・オブ・ライフケア」という考え方がある。
人生の最終段階を迎えた患者が、どんなケアを受けたいか。
看護師らのチームが、本人の希望の把握に努める。
価値観を重視するため、同じ病状であっても、人によって選択は異なる。
国内でも採り入れる病院が出てきたが、まだ少ない。

 「尊厳ある死」の前に、「尊厳ある人生の最終段階」を担保する、
こうしたケアを広めることが重要だ。

 厚生労働省が昨年度、「終末期」という呼び方を
人生の最終段階」に変えようと提案したのも、
医療行為だけでなく、個人の生き方に着目すべきだとの考えからだろう。

 医療技術の進化と共に、私たちの選択肢は広がる一方だ。
「もう治療は不要。穏やかな最期を迎えたい」という願いと同時に、
「もっと生きたい。頑張る」という思いをかなえる道も必要だろう。
患者に必要な情報を伝え、様々な選択をサポートする態勢づくりを急いでほしい。

 意識障害や認知症のため、本人の希望がわからないという難題もある。
回復の見込みがなくなった時にどこまで治療をしてほしいか、
家族らと事前に話し合い、思いを共有しておくことも大事だ。

 よりよい最期は、それぞれの思いが反映されてこそ。一般の人に、
この法案にもっと関心を持ってもらいたい。
そして様々な場面で、患者の意思が尊重される工夫を、ひとつひとつ積み重ねたい。

(つじときこ 科学医療部)
引用元:http://digital.asahi.com/articles/DA3S11086585.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S110865854






七十歳安楽死法案可決」という近未来を舞台にしたSF小説があるが、
決して空想科学物語などではなく、今まさに、猛スピードで目の前を走り抜けている
現実を想定しているかのような内容だ。


人口が突出している団塊世代とその前後生まれの人々が死に絶えるまでは、
死に関するあらゆる場所の混乱や国家の社会保障の負担増や避けられない。
それなのに、解りきっていたことを、なぜに今まで放っておいたのか。
それは、歴代政府の目線が、名も無き国民などには向いていないことの
確たる証拠でもある。

思えば、団塊世代とその前後の年代とは、
なんと、時代というものに翻弄され続けてきた年代なのだろうか。
戦後において、復員兵が次々と結婚し、とてつもないベビーブームが到来した。
ポスト団塊の私でさえも、異常ともいえる人数(高校は一クラスに56人もいた)
の中に生まれ育ち、日本の高度成長に多大な貢献をしたにも関わらず、
老いを迎え、国家の役に立たなくなったら、終末期の意思を明確にしておき、
社会保障費削減のためにも、尊厳死法の助けを借りて、
お国のためにも早く死んでもらいたい・・という算段なのだろう。

しかし、私は極めて個人的な問題である「死の決定権」に関しては、
国家が介入することには違和感を覚える。
個々人の死の在り方については、個別に決めるのが本来の姿であり、
国家に介入される「尊厳死法案」は現段階では必要ではない。
その理由として、日本はまだまだ、障害者差別、高齢者差別、人種差別が堂々と
まかり通っており、すべての「命」や「人権」に関する限り、
成熟国家の域には達しておらず、むしろ後進国であり、
命の大切さについての認識は決して高くはないからである。


「生きる権利が奪われる」と反対している障害者団体の方々のお気持ちは、
「アシュリー・トリートメント事件」の概要をお読みになれば、
ある程度はお分かりになられるはずなので、
興味のある方は下記リンク先をご参照ください。


アシュリー・トリートメント


Ashley事件から生命倫理を考える



アシュリー・トリートメント事件が尊厳死法案問題と
非常に類似していると思うのは私だけだろうか。
つまりは、意思を表示できない人間は、人間の尊厳の欠片も認められず、
国家の応援による他者(家族や後見人)の判断一つで、
生かすも殺すも自由という危険性を孕んでいます。

現在問題視されている、出生前診断も、経済至上主義社会においては、
国家と社会に利益をもたらさない人間は、
生育過程における保護者の多大な心身の労苦と、
国家及び地方自治体の税による金銭的負担ばかりが多いゆえに、
生まれる前に種を断ってしまえ!という人間の身勝手さとともに、
国家による人権無視の側面も見え隠れしています。


また、私の身近な高齢者(老人)と呼ばれる層に属する人々の多くが、
老いてもなお、死は他人事であり、葬儀やお墓も含めて、
「死に関連する話なんて縁起でもない!
自分が死ぬことなんて考えたくもないわ。そのときはそのときよ。」
と言って避ける傾向にあります。
中には少数派ですが、
「常にメメント・モリを意識している。限りある生をより良くいきるために。」
という人もいます。

死をタブー視するしないも個人の自由ですが、
今は、自分の意思で自由に体を動かせる高齢者でも、
時間の経過とともに、いつなんどき死ぬか、
また運良く?延命チューブに繋がれて生きながらえることができたとしても、
個体自体は既に死の準備段階にはいっており、
臨終のときが訪れるまでは、2度と自分の意思で自由に体を動かせない
状態になることは、避けられない現実となります。


延命チューブに繋がれながら水ぶくれになったまま、
苦痛に苛まれながら死に至るか。

臨終の際には、脳内麻薬エンドルフィンの分泌により、
ほとんど苦痛は感じないという自然死状態で死に至るか?

もちろん、決めるのは個々人の生前の意思に委ねられていますが、
老いも若きも、また、性別年齢に関わらず、自然災害や事故や病気や老衰で
必ず一度は死ななければなりません。


運良く、健康体に生まれ、自然災害や事故にも遭わずに
高齢になるまで生き延びられたとしても、死は必ず訪れます。


そのとき・・皆様は下記のどちらを選択なさいますか。

「もっと、もっと、もっと、もっと、生きていたい。
 どんなに苦しくても延命をして欲しい。」

「もう辛い延命治療はして欲しくない。
 眠りに入るような穏やかな最期を迎えたい。」

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法案 第1案(未定稿)


終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)



(趣旨)
第一条 この法律は、終末期に係る判定、患者の意思に基づく延命措置の不開始及びこれに係る免責等に関し必要な事項を定めるものとする。

(基本的理念)
第二条 終末期の医療は、延命措置を行うか否かに関する患者の意思を十分に尊重し、医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手と患者及びその家族との信頼関係に基づいて行われなければならない。
2 終末期の医療に関する患者の意思決定は、任意にされたものでなければならない。
3 終末期にある全ての患者は、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられなければならない。

(国及び地方公共団体の責務)
第三条 国及び地方公共団体は、終末期の医療について国民の理解を深めるために必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

(医師の責務)
第四条 医師は、延命措置の不開始をするに当たっては、診療上必要な注意を払うとともに、終末期にある患者又はその家族に対し、当該延命措置の不開始の方法、当該延命措置の不開始により生ずる事態等について必要な説明を行い、その理解を得るよう努めなければならない。

(定義)
第五条 この法律において「終末期」とは、患者が、傷病について行い得る全ての適切な医療上の措置(栄養補給の処置その他の生命を維持するための措置を含む。以下同じ。)を受けた場合であっても、回復の可能性がなく、かつ、死期が間近であると判定された状態にある期間をいう。
2 この法律において「延命措置」とは、終末期にある患者の傷病の治癒又は疼痛等の緩和ではなく、単に当該患者の生存期間の延長を目的とする医療上の措置をいう。
3 この法律において「延命措置の不開始」とは、終末期にある患者が現に行われている延命措置以外の新たな延命措置を要する状態にある場合において、当該患者の診療を担当する医師が、当該新たな延命措置を開始しないことをいう。

(終末期に係る判定)
第六条 前条第一項の判定(以下「終末期に係る判定」という。)は、これを的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う判断の一致によって、行われるものとする。

(延命措置の不開始)
第七条 医師は、患者が延命措置の不開始を希望する旨の意思を書面その他の厚生労働省令で定める方法により表示している場合(当該表示が満十五歳に達した日後にされた場合に限る。)であり、かつ、当該患者が終末期に係る判定を受けた場合には、厚生労働省令で定めるところにより、延命措置の不開始をすることができる。

(延命措置の不開始を希望する旨の意思の表示の撤回)
第八条 延命措置の不開始を希望する旨の意思の表示は、いつでも、撤回することができる。

(免責)
第九条 第七条の規定による延命措置の不開始については、民事上、刑事上及び行政上の責任(過料に係るものを含む。)を問われないものとする。

(生命保険契約等における延命措置の不開始に伴い死亡した者の取扱い)
第十条 保険業法(平成七年法律第百五号)第二条第三項に規定する生命保険会社又は同条第八項に規定する外国生命保険会社等を相手方とする生命保険の契約その他これに類するものとして政令で定める契約における第七条の規定による延命措置の不開始に伴い死亡した者の取扱いについては、その者を自殺者と解してはならない。ただし、当該者の傷病が自殺を図ったことによるものである場合には、この限りでない。

(終末期の医療に関する啓発等)
第十一条 国及び地方公共団体は、国民があらゆる機会を通じて終末期の医療に対する理解を深めることができるよう、延命措置の不開始を希望する旨の意思の有無を運転免許証及び医療保険の被保険者証等に記載することができることとする等、終末期の医療に関する啓発及び知識の普及に必要な施策を講ずるものとする。

(厚生労働省令への委任)
第十二条 この法律に定めるもののほか、この法律の実施のための手続その他この法律の施行に関し必要な事項は、厚生労働省令で定める。

(適用上の注意等)
第十三条 この法律の適用に当たっては、生命を維持するための措置を必要とする障害者等の尊厳を害することのないように留意しなければならない。
2 この法律の規定は、この法律の規定によらないで延命措置の不開始をすること及び終末期にある患者に対し現に行われている延命措置を中止することを禁止するものではない。

附 則
1 この法律は、○○から施行する。
2 第六条、第七条、第九条及び第十条の規定は、この法律の施行後に終末期に係る判定が行われた場合について適用する。
3 終末期の医療における患者の意思を尊重するための制度の在り方については、この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行の状況、終末期にある患者を取り巻く社会的環境の変化等を勘案して検討が加えられ、必要があると認められるときは、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるべきものとする。

理 由
 終末期の医療において患者の意思が尊重されるようにするため、終末期に係る判定、患者の意思に基づく延命措置の不開始及びこれに係る免責等に関し必要な事項を定める必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。

法案 第2案(未定稿)


終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)



(趣旨)
第一条 この法律は、終末期に係る判定、患者の意思に基づく延命措置の中止等及びこれに係る免責等に関し必要な事項を定めるものとする。

(基本的理念)
第二条 終末期の医療は、延命措置を行うか否かに関する患者の意思を十分に尊重し、医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手と患者及びその家族との信頼関係に基づいて行われなければならない。
2 終末期の医療に関する患者の意思決定は、任意にされたものでなければならない。
3 終末期にある全ての患者は、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられなければならない。

(国及び地方公共団体の責務)
第三条 国及び地方公共団体は、終末期の医療について国民の理解を深めるために必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

(医師の責務)
第四条 医師は、延命措置の中止等をするに当たっては、診療上必要な注意を払うとともに、終末期にある患者又はその家族に対し、当該延命措置の中止等の方法、当該延命措置の中止等により生ずる事態等について必要な説明を行い、その理解を得るよう努めなければならない。

(定義)
第五条 この法律において「終末期」とは、患者が、傷病について行い得る全ての適切な医療上の措置(栄養補給の処置その他の生命を維持するための措置を含む。以下同じ。)を受けた場合であっても、回復の可能性がなく、かつ、死期が間近であると判定された状態にある期間をいう。
2 この法律において「延命措置」とは、終末期にある患者の傷病の治癒又は疼痛等の緩和ではなく、単に当該患者の生存期間の延長を目的とする医療上の措置をいう。
3 この法律において「延命措置の中止等」とは、終末期にある患者に対し現に行われている延命措置を中止すること又は終末期にある患者が現に行われている延命措置以外の新たな延命措置を要する状態にある場合において、当該患者の診療を担当する医師が、当該新たな延命措置を開始しないことをいう。

(終末期に係る判定)
第六条 前条第一項の判定(以下「終末期に係る判定」という。)は、これを的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う判断の一致によって、行われるものとする。

(延命措置の中止等)
第七条 医師は、患者が延命措置の中止等を希望する旨の意思を書面その他の厚生労働省令で定める方法により表示している場合(当該表示が満十五歳に達した日後にされた場合に限る。)であり、かつ、当該患者が終末期に係る判定を受けた場合には、厚生労働省令で定めるところにより、延命措置の中止等をすることができる。

(延命措置の中止等を希望する旨の意思の表示の撤回)
第八条 延命措置の中止等を希望する旨の意思の表示は、いつでも、撤回することができる。

(免責)
第九条 第七条の規定による延命措置の中止等については、民事上、刑事上及び行政上の責任(過料に係るものを含む。)を問われないものとする。

(生命保険契約等における延命措置の中止等に伴い死亡した者の取扱い)
第十条 保険業法(平成七年法律第百五号)第二条第三項に規定する生命保険会社又は同条第八項に規定する外国生命保険会社等を相手方とする生命保険の契約その他これに類するものとして政令で定める契約における第七条の規定による延命措置の中止等に伴い死亡した者の取扱いについては、その者を自殺者と解してはならない。ただし、当該者の傷病が自殺を図ったことによるものである場合には、この限りでない。

(終末期の医療に関する啓発等)
第十一条 国及び地方公共団体は、国民があらゆる機会を通じて終末期の医療に対する理解を深めることができるよう、延命措置の中止等を希望する旨の意思の有無を運転免許証及び医療保険の被保険者証等に記載することができることとする等、終末期の医療に関する啓発及び知識の普及に必要な施策を講ずるものとする。

(厚生労働省令への委任)
第十二条 この法律に定めるもののほか、この法律の実施のための手続その他この法律の施行に関し必要な事項は、厚生労働省令で定める。

(適用上の注意等)
第十三条 この法律の適用に当たっては、生命を維持するための措置を必要とする障害者等の尊厳を害することのないように留意しなければならない。
2 この法律の規定は、この法律の規定によらないで延命措置の中止等をすることを禁止するものではない。

附 則
1 この法律は、○○から施行する。
2 第六条、第七条、第九条及び第十条の規定は、この法律の施行後に終末期に係る判定が行われた場合について適用する。
3 終末期の医療における患者の意思を尊重するための制度の在り方については、この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行の状況、終末期にある患者を取り巻く社会的環境の変化等を勘案して検討が加えられ、必要があると認められるときは、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるべきものとする。

理 由
 終末期の医療において患者の意思が尊重されるようにするため、終末期に係る判定、患者の意思に基づく延命措置の中止等及びこれに係る免責等に関し必要な事項を定める必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。

尊厳死法制化を考える議員連盟

衆議院議員
(*は役員)

松本 純 自民*
後藤田正純 自民
相原史乃 生活
松崎公昭 民主
大畠章宏 民主*
笠 浩史 民主*
町村信孝 自民*
松浪健太 自民
太田和美 生活
長勢甚遠 自民
野田聖子 自民
徳田 毅 自民*
あべ俊子 自民*
森山 裕 自民
中川正春 民主
初鹿明博 民主
伊東良孝 自民
遠藤利明 自民
小里泰弘 自民
馳  浩 自民*
小宮山洋子 民主
田村憲久 自民*
中野渡詔子 生活
小林正枝 生活
鴨下一郎 自民*
平井たくや 自民
塩崎恭久 自民*
福田康夫 自民
村田吉隆 自民*
奥野総一郎 民主
石川知裕 大地
岡本充功 民主*
大野功統 自民
近藤和也 民主
田嶋 要 民主
石森久嗣 民主
森本和義 民主
平岡秀夫 民主
樽床伸二 民主
山尾志桜里 民主
森山浩行 民主
石井登志郎 民主
鳩山邦夫 無
森 喜朗 自民
河村建夫 自民
野田 毅 自民
高山智司 民主
大口善徳 公明
石田勝之 民主
石田真敏 自民
福島伸享 民主
川口 浩 民主
吉田統彦 民主
金子恭之 自民
山口俊一 自民*
池坊保子 公明*
筒井信隆 民主
柿澤未途 みんな
下村博文 自民
加藤紘一 自民
北村誠吾 自民
坂口岳洋 民主
田村謙治 民主
柴山昌彦 自民*
山本幸三 自民
室井秀子 民主
松岡広隆 民主
川越孝洋 民主*
瑞慶覧長敏 無
野田国義 民主
江渡聡徳 自民
津川祥吾 民主
磯谷香代子 民主*
岩屋 毅 自民
今村雅弘 自民
塩谷 立 自民
竹本直一 自民
中谷 元 自民*
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プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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