*All archives* |  *Admin*

回復の見込みがなくなった時に治療の中止を認める、いわゆる尊厳死法案の提出が検討されている。人生の終わりに、どうすれば尊厳は守られるのか。

■ 深く悩み納得するのが先 映画監督・周防正行さん

 「患者に良かれ」と思い、治療をやめたお医者さんが、告発される。
一度つけた呼吸器は外せない。そんなことがあるのなら、
何らかの法律が要るんだろうなと漠然と思っていました。

 でも、2012年に公開した映画「終(つい)の信託」
をつくるため終末期医療を調べるうち、
「待てよ」と感じるようになりました。
死の迎え方は、人がどう生きてきたかと同じように、
一律ではない。経済的な理由から治療をやめざるをえない場合もあり、
社会システムの問題でもあると気付いたのです。

 取材してわかったのは、
食べられなくなった時に栄養を直接いれる胃ろうをつけた家族も、
つけなかった家族も、どちらも「正しかったのか」と悩んでいること。
そこに正解はなく、あんなに考え、話し合って決めたのだから、
という思いがせめてもの救いになるのでは。
その質と量によって納得するしかないんですよね。

 今の医療現場では、患者や家族と医師らの間で信頼関係を築きにくい。
お互い忙しく遠慮もあるのでしょう。患者や家族がいつでも、
これからのことや不安を相談できる人が病院にいる態勢づくりが、
大事だと思う。患者と医師を結びつけてくれる窓口のような存在がいると、
患者や家族は深く考え、きちんと悩めるようになるのです。

 この人が望む道は何なのか。共通認識を持ち、それを実現するのが
「尊厳ある治療」なんじゃないかな。まずはそれが大事。
良い医療かどうかって、患者や家族がいかに納得できるかにかかっている。
コミュニケーションがうまくとれないとだめなんです。

 法って、社会秩序を維持するためのものですが、
私たちはいちいち、法律を考えて行動はしません。
「人としてどうあるべきか」という倫理によって動きます。

 一方で法律ができると、要件がそろったから、
と深く考えずにすぱっと物事が決まってしまう恐れがある。
治療をやめる結論が簡単に得られ、議論の質も量も薄まってしまう。
極めて個人的な「死」についての考えが、
法律に引っ張られる怖さもあります。
だから医療に司法は介入しないほうがいいと思うようになりました。

 法律ができたら争いはなくなるんですかね? 
これとこれを満たしているから、絶対罪に問われませんと進めても、
患者の家族から「おかしかったのでは」と問われることは、
出てくると思います。
逆に、この患者にとって何がベストなのかを話し合うことができれば、
法律に頼らないですむ。

 尊厳死法案に障害者の団体が反対していると聞きます。
「受けたい治療が受けられず、切り捨てられるんじゃないか」
といった不安の声に耳を傾け、その思いを反映させないといけない。
そういう声をきちんと聞けない社会は、良い社会とは言えないでしょう。

 一方で多くの人は、死の迎え方について、深くは話し合っていないですよね。
僕も「無理な治療はやらないでいい」と妻には言ったつもりでいたんです。
なので、ある会見で「彼女はわかっていると思います」と言うと彼女は
「えっ。聞いてない」と言い、周囲は大爆笑。
「そっか。やっぱり文書にしないとだめなんだな」と思いましたね。
でも今も、文書は書けていません。

 彼女がそうなったらどうするか。
追い詰められないとわからないですが、
お医者さんとやりとりをして、
彼女にふさわしい治療や死の迎え方を一生懸命考えて決断する。
そうするしかないですよね。(聞き手・辻外記子)

     *

 すおまさゆき 56年生まれ。妻は俳優の草刈民代さん。
代表作に「Shall we ダンス?」「それでもボクはやってない」。
最新作「舞妓(まいこ)はレディ」は今秋に公開予定。




■ 静かな看取り、条件整備を 内科医・日本尊厳死協会副理事長、鈴木裕也さん

 救急車で急病人が病院に運ばれてくる。
医師は人工呼吸器などをつけて全力で治療をし、助けようとする。
その結果、回復して退院する人もいれば、亡くなる人もいる。
しかし、救命治療がいつしか延命治療に変わり、回復の見込みがなく、
意識のない植物状態になってしまう人もいる。
私は「不自然な生」と呼んでいます。

 「治りません。(呼吸器などは)外せません」。
医師がそう言い、治療が延々と続く。家族は途方に暮れる。
医学の発達と高齢化により、こうした存在はどんどん増えています。

 北海道や富山の病院で医師が患者の呼吸器を外して死亡し、
殺人容疑で書類送検された事件の後、
不起訴にはなりましたが現場は萎縮したままです。
医師が患者や家族に治療の内容や今後について説明し、
治療の中止を患者側が望んでも、医師は治療をやめない。
そのほうが安全だから、と「ことなかれ」が横行している。
患者にとって不幸なことです。

 一定の条件のもとでは治療を中止しても医師は罪に問われない、
と明確に法律で位置づけることが重要です。法律ができれば、
静かに看取(みと)るための知識や技術を全ての医師が真剣に学び、
取り組むようになります。

 障害者にとっても必要な法律だと考えています。
難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の診断時に医師は、
「進行したら人工呼吸器をつけますか? つけると外せません」
と患者に問うと聞きます。
どうしたいかはつけてみないとわからないことが多いのですが、
途中で治療方針は変更できない。そう宣告されているのです。

 「終末期の医療における意思の尊重に関する法律案」という名称なのに、
尊厳死法案と呼ばれるのが誤解のもとです。
尊厳死を皆に勧めていると勘違いされがちですが決してそうではありません。

 意識がなくなった時に備え、
終末期医療への希望を残しておく書面、リビングウイル(LW)を広め、
それぞれの思いを尊重することがとても重要です。現在の日本尊厳死協会のLWは、
治療への拒否を示すものですが、
これはしてほしいという選択肢も含む内容への見直しの検討を始めました。

 自身の最期を真剣に考え、LWを書く人が増える。
医師がそれを受け止め、患者は安心して望む最期を迎えることにつながる。
そのために必要な法律だと考えています。(聞き手・辻外記子)

     *

 すずきゆたか 43年生まれ。慶応大医学部卒。
埼玉メディカルセンターなどに勤める。元埼玉社会保険病院長。
日本尊厳死協会副理事長・同関東甲信越支部長。



■ 死への誘導にならないか 鳥取大学医学部准教授(宗教学)・安藤泰至さん

 現代医療には、正反対の二つの方向性が混在しています。
ひとつは「不死」へのベクトルです。
新しい臓器に取り換えられないか。老化を止められないか。
「死なせない」ための研究には巨額の予算が割かれます。

 一方で、必要な治療すら受けられない患者がいる状況は深刻です。
経営的に割が合わなければ重症でも追い出される。
そのうえ「尊厳」の有無で線引きをし、
それ以下は切り捨てようとしています。これらは「死なせる」ベクトルです。
仮に「尊厳のない状態」というものがあるとして、
じゃあ、死なせてしまうしか尊厳を保つ方法はないのでしょうか。
医療やケアの問題点をそのままにして、
死にたい人を死なせてあげるのが人道的という考えは危険です。

 もがき苦しむ。チューブだらけで延命させられる……。
「悪い死」のイメージばかりが共有されるようになっています。
「そうなったら死んだほうが幸せ」という幻想を、
医師も患者側も信じようとしているかのようです。
早い段階で割り切ってしまい、「苦悩する力」が弱くなっていないでしょうか。

 尊厳死というレトリックは「たちの悪い宗教」のようなものです。
脅し文句みたいに「そんな姿で死にたいですか」
「事前に自分の意思を表示しておけば悪い死に方はしなくてすみますよ」とささやく。
一方の手で人の不安をあおり、もう一方の手で救いを約束するわけです。
意図的ではないにせよ、結果として死への誘導になっている。

 尊厳死を肯定する側は「死の自己決定権」ということを言います。
米国の一部の州や欧州の中にはすでに、
安楽死や医師幇助(ほうじょ)自殺を合法化したところがあり、
さらに「自殺権」の主張にまで議論は拡張されています。

 もともと自己決定権は米国の公民権運動のように、
社会的に弱い立場の人たちが生きるうえでの選択権として勝ち取ってきたものです。
それは患者の権利運動と結びついていきました。
ところが「死」を選ぶというのは、自分の可能性を開くのではなく、
閉ざす決定です。
しかも医療者が「死なせる」方向で患者や家族に
恣意(しい)的な説明をする恐れも捨てきれません。

 日本には、患者が尊厳を持って生きる権利を保障する法律もありません。
それなのに尊厳死法なんて本末転倒です。
いまの医療のあり方や制度を前提にして発想してはいけません。
広い意味での医療文化を根本から変えていくことが先のはずです。
(聞き手・磯村健太郎)

あんどうやすのり 61年生まれ。
宗教学のほか生命倫理や死生学も専門とする。
編著「『いのちの思想』を掘り起こす」、
共編著「シリーズ生命倫理学第4巻 終末期医療」など。





・私に介護が必要になっても子どもの時間を奪わない。

終末期医療については、望まない延命治療は受けない。


私の近未来の姿と死を自己決定する上で、
上記の二つは外せない必須要項として、
エンディング・ノート終末期医療の要望書に自筆で記し、署名捺印をしている。
それはあくまでも私という人間の個人的な自己決定の権利であり、
現時点では、私の死に関しては、
法による国家の介入は一切望んではいない・・。


「尊厳死法制化を考える議員連盟」の議員たちの名前を見た。
超党派と言いつつ、彼らは、名も無き人々の終末期における命の尊厳よりも、
社会保障費医療費の削減など、
経済的なことしか考えていないと思わざるを得ない人たちばかりだった。
結局は「重度障害(児)者や認知症の高齢者などの、
金(税金)食い虫でもある社会の役に立たない人間のお荷物おろし」
という構図しか見えてこない。


もし、尊厳死法が法制化されたりしたら、まだ見えてこない背景として、
いずれは、臓器提供など、死に関するあらゆる分野に
多大な影響を与えることになるだろうことは、
私のようなど素人でも簡単に予測ができる。


サミエル・ウルマンの「青春の詩」の一節である、
「年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。」
に老いることへの救いを求める人も多いが、
それは決して叶えられぬ、見果てぬ願望でしかないのである。
老いるという現実は非常に厳しく無残で残酷で、
誰しも、高齢者と呼ばれる年齢になれば、
加齢による種々の死に至る身体的病や認知症に罹り、
末期高齢者ともなれば、完全寝たきりになることは避けられない。
介護を必要とする老親にそれなりの資産がある上に、
介護離職でもなんでもしてくれる子どもでも居れば別だが、
大多数の高齢者はなけなしのお金で介護サービスを買って、
嫌でも他者の手を借りなければならなくなる。


日本女性は世界一の長寿らしいが、その世界一の大半を支えているのは、
胃ろうのチューブを付け、紙おむつを当てられ、
一日中、天井を向いたままで、
生きているのか、死んでいるのかさえも分からないような、
完全寝たきりの女性高齢者たちである。
介護保険が始まる直前、県主催の介護ヘルパー資格取得の実習で、
或る特別養護老人ホームへ行ったときに見た光景であるが、
6人部屋の彼女たちに、死の尊厳はおろか、生の尊厳もあるとは、
私には100歩譲ってもそうは見えなかったし、思えなかった・・。
そして、そのときから、これが私の成れの果てか・・
と背筋に寒気が走ったものだった。

「自宅で家族に看取られながら穏やかに死んでいく........」
と言われると、理想的な死に方のようなイメージを想起させられるが、
それは、三世代同居が普通であった昭和30年代頃までの話であり、
夫婦、もしくは親子単位の核家族どころか、
独居者が増え続けている平成の世においては、
(今上天皇が生身の人間なら、いずれは平成の世が終わることも避けられない事実としてある)
「自宅で家族に看取られながら穏やかに死んでいく........」
のは到底無理な話になる。

厚生労働省のホームページの「在宅医療の推進について」のページには、
『できる限り住み慣れた家庭や地域で療養することができるよう
在宅医療提供体制を整備するための施策を講じています。』

などと嘘ばかり書いてある。
私は政令指定都市に住んでいるが、半径5キロ以内に
在宅医療をしてくれる医療機関は一件もない。

近未来に我が夫婦に待っているのは、
老々介護の厳しさの果てに、どちらかがパートナーを見送り、
残された片割れが、もし私であったなら、
「美しい国、日本」(風景は美しいが、国家は腐りきり、社会は少しも美しくない)
の片隅で、誰にも看取られずの孤立死するのだろうと、今から覚悟をしている。
あと、40年後ぐらいに・・。(^_^)
関連記事

にほんブログ村 シニア日記ブログ 女性シニアへ



テーマ : ひとりごとのようなもの ジャンル : 日記

tag : 終末期医療 延命治療 エンディング・ノート 終末期医療の要望書 社会保障費 医療費の削減 臓器提供義務 サミエル・ウルマン 青春の詩 介護離職

Secret
(非公開コメント受付不可)

検索フォーム
人気ブログランキング
にほんブログ村
福島は今...
プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
最新の世迷言
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
RSSリンクの表示
お気に入りブログ
ブロとも申請フォーム
読書メモⅠ
商品紹介
Twitter
読書メモⅡ
永遠の世界への旅立ちグッズ