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医学の限界を知り「人は必ず死ぬ」という事実を受けとめる覚悟を・・そして、最期まで自宅で自分らしくある天寿を迎えたいけれど・・現実は?
先月、我が家から約300mの場所に待ちに待った
「24時間訪問診療」のクリニックが開業しました。
午前中は外来診療で午後からは訪問診療とのことなので、
もし、風邪でも引いたら、一度診察を受けに行こう。
そして、必ず来る我が夫婦の最期のときのために、
院長先生の人物像を把握し、顔繋ぎでもしてこようか・・。
などと、失礼で不埒なことを考えているのですが、
若い頃から、決まって季節の変わり目である5月か6月に
必ず酷い風邪を引いていたのですが、
この数年は水泳にかなりの時間を割いているせいか、
風邪も引かず、なかなか診てもらう機会がない状況にいます。

そして今日、新聞で
(インタビュー)在宅医療で見えたもの・・
医学の限界を知り「人は必ず死ぬ」受けとめる覚悟を・・
最期まで自宅で自分らしくある天寿を支える 

の記事を読んだのですが、
私は『医学の限界を知り「人は必ず死ぬ」という事実を受けとめる覚悟』は
既にできていますが、
「最期まで自宅で自分らしくある天寿」を迎えるには、
在宅介護してくれる家族が必要になります。
今の時代、私と同世代の知人友人の間では、
同じ屋根の下で暮らす複数の家族がいる人は、
数組の夫婦二人暮らしを除き、ほとんどがおひとりさまで、
2世代同居の人は数える程しかいません。

私は夫を先に見送ってから死ぬつもりでいますが、(^^;)
人生は想定外の連続であり、逆のパターンも視野には入れています。
ゆえに、近い将来、我が夫婦のどちらかが確実に一人暮らしを余儀なくされます。
そのとき、独りになった者は、認知症や寝たきりになった場合、
いったい誰に在宅で介護をしてもらえばいいのでしょう?
我が家の場合で言えば、役所窓口での要介護認定(要支援認定を含む)等への
介護保険の申請などは子どもたちも協力はしてくれるでしょうが、
共働きの子どもたちには、家事や介護等はこちら側からは頼めません。

更には、介護度が重度と認定されても、
24時間に渡り、生活援助と身体介護で、
代わる代わるヘルパーさんに来て頂くことは
経済的に無理があります。
また、訪問看護師さんも忙しいらしく、
10分ぐらいしか居てくれない・・
と近所の人がこぼしてました。
2025年には、おひとりさまの高齢者が都市部では爆発的に増え、
地域の数少ない24時間訪問診療医
地域のヘルパー派遣事業所から派遣されるヘルパーだけで、
すべてのおひとりさまの高齢者を支えるのはとても無理です。
言葉のあまり通じない外国人ヘルパーが家事援助に訪れたり、
訪問看護師の滞在時間も数分間になることも否めません。

また、在宅で終末期を過ごすとなると、緊急の場合に
24時間訪問診療医」に連絡をしてくれる
家族の誰かが常時家にいることが必須となります。
結局は、家族の誰かが傍にいなければ、
「24時間訪問診療」のクリニックが近くに開業していても、
最期まで自宅で自分らしくある天寿を迎えることは、
なかなか難しいことのようです。

団塊世代とその前後の世代の方々は、
今から孤立死野垂れ死にの覚悟でもしておいたほうが
いいのかもしれません。
世間では孤立死野垂れ死には、
最悪の最期と捉えられているようですが、
私は必ずしも、そうだとは思っていません。
「人は死に場所を選べず、必ず何処かで息絶えなければなりません。」
そのときのために、折あるごとに自分の最期の時を頭の片隅に
イメージし、また知人等の訃報に触れたときなどに
メメント・モリを思い起こせば、余命宣告されたときなどには
それほど最期のときにジタバタしないように思うのです。
家族に看取られながら「最期まで自宅で自分らしくある天寿」を迎える・・。
これほど幸福な死はないとは思いますが、
全員が全員にそのような最期は望めません。
先日、友人の従兄弟に当たる方(一人暮らしの60歳男性)が
九州から東京に出稼ぎ中にアパートで孤立死していたそうです。

お子様のいらっしゃらない一人暮らしの高齢者は、
体を自由に動かせるうちに兄弟姉妹と行き来をして、
仲良くするしかないでしょう。
兄弟姉妹とも疎遠な方や、子どもも兄弟姉妹も無く、
天涯孤独の高齢者は今からサ高住グループホームを見学して、
場所や入居費用等を調べておくのも、
より良き死を迎えるための一つの手段かもしれません。

人間は老いも若きも、いつかは必ず死ぬのです。
集団的自衛権行使が生きがいの安倍総統閣下も、
御所内でどうなのかは、私には知ることはできませんが、
公の場ではお優しく温かみのあるお言葉がけで、
下々の民たちが平和で健やかなることを祈ってくださる今生天皇も、
私には騒音にしか聴こえない歌もどきらしいものを歌っているらしい
ヲタクのアイドルのAKB48の乙女たちも、
そして、下々の名も無き貧乏婆さんの私にも・・・・
死は平等に訪れます。

若い人は交通事故で死の淵を彷徨いながら息絶えるかもしれません。
高齢者は抵抗力が落ちているため、ガンそのものは縮小しても、
抗がん剤の副作用で重篤な状態に陥り、
そのまま命を落としてしまうことも多々あります。
結論として・・・・
やはり、インタビューで大田医師が述べておられるように、
『医学の限界を知り「人は必ず死ぬ」という事実を受けとめる覚悟』
を持つことが最重要なのではないのでしょうか。
そして、己の死を考えることは、
限りある生の時間を更に豊かにし充実させることでもあるのです・・。

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病院中心の医療から、住み慣れた地域や在宅で支える体制への転換を政府は打ち出した。65歳以上の人が人口の30%を超え、団塊の世代が75歳以上になる「2025年問題」に対応する狙いだが、地域のかかりつけ医として在宅医療に取り組む医師の太田秀樹さんは病や死への向き合い方を見直すべき時期だと考えている。太田さんに聞いた。


 ――20年余り前に、なぜ在宅医療を始めたのですか?

 「それまでは、自分が働いていた大学病院は最高の医療を提供できる、最先端の医療は患者を幸せにできる、と信じていました。でも大学は研究をし、論文を書く場でもあります。患者第一ではないことも少なくないと感じました。たとえば、大腿骨(だいたいこつ)骨折の手術をした90歳の人が、歩けるようになって退院しても、寝たきりになって病院に戻ってくる。転んだら困ると家で寝かせきりにされるからです。そういう患者はやがて床ずれができて、肺炎になって亡くなる、という経過をたどります。退院後の家庭での介護力や療養環境を考えずに病気だけを診た結果です。これでいいのかと漠然と疑問を抱いていました」

 「ちょうどそのころ、車いすの人たちから医師の同行がないと海外旅行に行かせてもらえないと頼まれ、ついて行きました。1991年です。車いすは医師として処方していたのですが、押したことがなかった。じゅうたんの上では車いすが進まない。その不便さに初めて気づきました。旅行中に一緒に酒を飲むと、『医者は都合のいい患者の都合のいい病気しか診ていない』などと医療への不信を語る本音が聞けました。ショックでしたが、よく考えると、そうだな、と。医師と患者が信頼関係を築ける医療はどうあるべきなのか。この旅行で感じたことや大学病院で感じていた疑問が、在宅医療を始めるきっかけになりました」

 ――実際に始めてどうでしたか?

 「経営は苦しかったが、楽しかった。何よりも患者さんが幸せそうでした。末期のがん患者でも表情が明るい。孫がそばにいて、ペットもいる。最期までたばこを吸いたいと言って吸っちゃう。同じことをしたら病院ではとんでもない患者と言われますが、おいしそうにたばこを吸い、家族に囲まれ笑顔も出る。いい表情をしているんです。自分もこういう最期を迎えたいと思いました」

 「診療所は午前は外来、午後は在宅診療です。最初は赤字で、ダメかなと思ったときもありました。94年に診療報酬が上がり、96年からは黒字に。いまでは診療所4カ所と訪問看護ステーション3カ所、介護老人保健施設などを運営しています」

    ■     ■

 ――日本では病院で亡くなる人が多いですよね。

 「8割が病院で亡くなります。がん患者の場合は9割。日本は病院死の割合がとても高い。米国はともに4割前後、オランダは全体の病院死が35%、がん患者は28%です。昔は日本でも自宅で亡くなるのがふつうでした。76年に、病院での死亡率が自宅での死亡率を上回ります」

 「僕の考察ですが、73年に政府の『1県1医大構想』が決まり、10年ほどで医師数は倍増します。臓器別や疾病別の専門医の増加につながりました。同じころ老人医療費が無料化されます。福祉政策が未整備で家族に重い介護負担がかかる状態だったこともあって、医学的に入院の必要がない高齢者の入院が増えます。CTの設置など医療の高度化も進み、何でも病院が解決してくれるという病院信仰が生まれた。風邪でも病院に行く人が増えました」

 ――大きな病院に頼りたいという気持ちはわかります。

 「一橋大教授の猪飼周平さんが著書『病院の世紀の理論』で書かれていますが、21世紀のいま、『病院の世紀』は終わりました。例えば、腎疾患の患者は尿毒症では死ななくなりましたが、治せないから透析し、移植をします。でも、遺伝子解析や人工臓器ができるようになっても、人は死ぬのです。もう医学の限界を認めなければなりません」

 「超高齢社会を迎えるにあたって、治せるものは病院で治すが、治せないものは治せないと、患者や家族、医療関係者を含めた社会全体が受け入れることが必要です。そうでないと、いつまでも病院で濃厚な医療をすることになる。必要なのは、1分でも1秒でも長く生きる長寿ではなく、天寿を支える医療です」

 「たとえば、最期のときに病院に運んで治療するのではなく、家族が休暇を取ってそばにいるという医療です。そのためには『死』を受け止める覚悟が必要です。少しでも長く生かそうと死のそのときまで点滴を続けることがありますが、点滴すればむくんで苦しくなる。しなければ眠るように安らかに旅立ちます」

 「うちの診療所ではこれまでに約2千人の在宅療養を支援し、約600人を自宅で見送りました。自宅でみとった患者さんの割合は開業した92年当時は20%でしたが、今は7割近い。昔は『家で死なれたら困る』『世間体が悪い』という人も多かったですが、最近は患者さんや家族の意識も変わってきたと感じます」

    ■     ■

 ――在宅医療は病院より質が低いと言う人もいます。

 「在宅でも、エコーやX線、外傷の縫合もできます。質をはかる尺度を『数値改善』に限れば、在宅の方が低いと言う人もいますが、生活の質を考えると、病院より質のいい医療をしています。たとえば、病院で放射線をあててがんの大きさが半分になっても、だるくて苦しくて寝たきりになった末に命を落とすのと、放射線治療をせずに自宅で緩和ケアをし、苦しくないようにして好きなものを食べて、家族と暮らすのとを比べてください。命は短いかもしれないけれど、後者の方が幸せじゃないですか」

 「もちろん、苦しくても、とにかく病院で治療を受けたいという人は病院に入院すればいい。けれど、天寿を受け入れ、安らかに自宅で死にたいという希望があっても、在宅医療を提供する態勢が整っておらず、その希望がかなえられないという、いまの状況が問題なのです」

 「肝臓がん末期のある男性患者は認知症があり、病院では縛られて暴れていました。80歳近い方でした。お迎えが近いと家に帰され、僕が在宅診療をしました。病院では酒は厳禁ですが、せっかく帰ったんだから楽しく生きた方がいいと、本人の希望で酒を飲み、たばこも吸いました。一時は自転車に乗り、簡単な大工仕事までするぐらい元気になりました。いつ亡くなってもおかしくないと言われて戻ってきたのに、亡くなるまで2年診ました」

 「『死んでも病院に行きたくない』という80代の男性が肺炎になったことがあります。酸素と抗生物質を与える治療法は病院でも在宅でも同じです。違いは、看護師がそばにいるかどうか。たぶんこの方は病院に行けば、夜中に騒ぐ。そうすると縛られて、食事はチューブになり、寝たきりになってしまうだろう、と思いました。認知症も進むかもしれません。病院に行けば、肺炎を治しやすいかもしれないけれど、この人らしくなくなってしまう。訪問看護師や家族などと話し合い、自宅で治療しました。在宅医療は、患者さんの『生きざま』を認め、それを支える医療なのです」

 「言い忘れましたが、在宅医療の主役は訪問看護師です。医師は病態を判断し、指示し、責任をとる。医師は病気を治すことを最優先にしますが、看護師は、治す、いたわる、癒やすという、三つの支え方が得意です。さまざまな形で支える医療が生活の場では重要です」

    ■     ■

 ――在宅医療は、増え続ける医療費を減らし、安上がりにするためだ、と言う人もいます。

 「患者の生きざまを支える在宅医療は無駄な医療をしないので、結果的にコストは下がる。末期のがん患者に高額な化学療法をしなければ、安上がりになります。でも、コストの問題はあくまで結果です」

 「在宅医療は、入院の受け皿ではなく、外来の延長線上にあります。外来に来られなくなったから在宅で診療をする、ということです。病院は行って帰ってくるところ。行ったままにならないことが大切です」

 「医学が進んでも病院がすべてを解決することはできません。高齢化が進むと、医療が逆に状況を複雑にすることも多い。骨折手術で入院して認知症や寝たきりになったり、肺炎で入院して胃ろうをつくられ、口から食べられなくなったり……」

 「高齢者が入院すると、のみ込むと危険だと入れ歯を外されることがあります。退院するときに入れ歯が合わなくなると、食べられなくなってしまうのです。医療に支配された生活は不幸です。人はみな年をとる。足腰が弱ると、通院しにくくなります。病院はその虚弱な、要介護の高齢者が抱える心身の問題を解決する場所ではありません。虚弱な高齢者を支えるのは、生活の場や地域で行われる医療であり、介護です」

 「人は必ず死にます。それを受け入れなくてはなりません。それが、いまの医療の課題です。最期をどう迎えたいのか、私たち一人一人が考えなくてはいけないと思います」

 (聞き手 編集委員・大久保真紀)

    *

 おおたひでき 全国在宅療養支援診療所連絡会事務局長 53年、奈良市生まれ。栃木県の自治医科大学大学院修了。同大整形外科の医局長を経て、92年から同県小山市で在宅医療に取り組む。


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テーマ : シニア・エッセイ ジャンル : 日記

tag : 訪問看護師 家事援助 24時間訪問診療医 孤立死 野垂れ死に メメント・モリ サ高住 グループホーム

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プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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