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間近に迫り来る死に正面から向き合っている神経学者の想い・・「がんの転移がわかって 残りの時間、濃密に生きる」(ニューヨーク・タイムズから)
昨日の新聞記事で、死が目前に迫っている米国の神経学者の記事を読み、
自称、生半可なメメント・モリ研究家?としては、
備忘録として残しておくべき文言だと思いました。

1カ月前、私は自分が健康で、至って丈夫だとさえ思っていた。
81歳のいまでも、毎日1マイル(約1.6キロ)を泳いでいる。
だが、運は尽きた。
数週間前、肝臓にがんの転移がいくつもあることが分かったのだ。

 9年前、眼内黒色腫というまれな目の腫瘍(しゅよう)が見つかっていた。
腫瘍を切除するための放射線とレーザー治療を受け、
結局、そちらの目は見えなくなった。
私の場合、転移する可能性は低いと言われていたが、
運がなかったというわけだ。

 がんの最初の診断から9年という、
健康と実りある時間を与えられたことには感謝している。
だが、いまは死と正面から向き合っている。
がんは私の肝臓の3分の1に広がっていて、
その進行を遅らせることはできても、食い止めることはできない。


 残された月日をどう生きるかは、いまや私次第である。
力の及ぶ限り豊かに、深く、生産的に生きなければならない。
この点で私を勇気付けてくれるのが、
大好きな哲学者の一人であるデービッド・ヒュームの言葉だ。
彼は65歳で、死を避けられぬ病と知るや
たった1日で短い自伝「私の生涯」を書き上げた。
1776年4月のことである。

 「あっという間に消えてなくなるのだろうと、
いまは考えている」とヒュームは書いた。
「私は病の痛みにほとんど苦しまなかった。
さらに不思議なことに、私の体は著しく衰えたにもかかわらず、
生きる気力がそがれることは一瞬たりともなかった。
研究にはこれまでと変わらぬ情熱を抱き、
仲間といるときも同じように陽気でいられる」と。

     *

 私は幸運にも、80歳を過ぎるまで生きてこられた。
そして、ヒュームの享年65を過ぎて以降の15年間も、
同じように仕事と愛情に恵まれた。この間、私は5冊の本を出し、
自伝も書き上げた。ヒュームの自伝よりかなり長いもので、
今春出版の予定である。
ほかにも完成間近の本が数冊ある。

 ヒュームはこうも書いていた。
「私は……気質が穏やかで感情を抑えることができ、
開放的で、社交的で、陽気で愛情深いけれど、
悪意を覚えることはほとんどなく、
あらゆる感情が非常に中庸である」

 この点で、私はヒュームとは異なる。
愛情に満ちた人間関係や友情を謳歌(おうか)したし、
悪意を持つことはないけれど、
気質が穏やかだとはとても言えない。
私を知る人で、そう言う人は誰もいないだろう。
それどころか気質は激しく、過激なまでの熱意を持ち、
あらゆる感情がこの上なく過剰である。
 それでもヒュームの次の言葉は、
私にはことのほか真実に思える。
「いまほど自分の人生から距離を置いたことはないだろう」

 ここ数日、私は自らの人生をものすごく高い所から、
まるで景色でも眺めるように見つめてきた。
そして人生のすべての要素のつながりが深まるのを感じた。
これは私が人生を終えたということを意味するわけではない。

 その逆で、私は濃密に生きていることを感じる。
そして、残された時間の中で友情を深め、愛する者たちに別れを告げ、
執筆を進め、体力が許せば旅をし、
理解や洞察の新たな次元に到達したいと願っている。

 それには、大胆さや明敏さ、
気持ちを率直に言葉にすることが必要になる。
この世への借りを返そうというのだから。
でも、何か楽しいことをする時間もあるだろう。
何か馬鹿げたことも含めて。

 焦点がピタリと合い、視界がクリアになった気がする。
無駄なことをする時間はない。
心を向けるべきは自分自身であり、仕事であり、友人たちである。

もはや毎晩、ニュース番組を見ることはないだろうし、
政治や地球温暖化の議論に目を向けることもないだろう。

 関心がないというのではない。距離を置くということなのだ。
いまでも中東情勢や地球温暖化、
格差拡大は大いに気にかけているが、もはや私の課題ではない。
未来に属する事柄である。
才能ある若い人たちとの出会いが私にはうれしい。
たとえ、それが私にがんの転移を診断した人であってもだ。
未来は確かな人たちの手に委ねられているように思う。

     *

 この10年ほど、私は同世代の死をますます意識するようになった。
我が世代は風前のともしびであり、
その一つ一つの死に、ある種の剥離(はくり)、
我が身の一部が引き離されるような思いを抱く。
私たちが亡くなれば私たちのような人はいなくなるが、
そもそも、ほかの誰かと同じような人などいない。
人が死ぬとき、その代わりとなれる人はどこにもいない。
人が残した穴を誰かが埋めることはできないのである。
なぜなら人は誰もが、かけがえのない個人であり、
自らの道を見つけ、自らの人生を生き、
自らの最期を遂げる定めにあるのだから。
それが遺伝子や神経というものの運命なのだ。

 恐れていないふりなど、私にはできない。
ただ、私の心を大きく占めるのはある種の感謝の気持ちである。
私は愛し、愛されてきた。
多くを与えられ、お返しになにがしかを与えてきた。
本を読み、旅をし、考え、書いてきた。世界とのかかわりを築いてきた。
それは著者と読者との、かけがえのない交流だった。


 何より私は、この美しい惑星で、感覚を持つ存在であり、
考える動物であった。そしてそのこと自体が、
とてつもなく大きな恩恵であり、冒険だったのである。

 (NYタイムズ、2月19日付、抄訳)


 ◇神経学者 オリバー・サックス

 ニューヨーク大学医学部神経学教授。
映画「レナードの朝」の原作者としても知られる。

引用元:http://digital.asahi.com/articles/DA3S11635046.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11635046







一昨年、弟が59歳で亡くなり、私の友人たちも此の世から、
一人づつ消えていっている昨今、
やがては私を含めて全員が、此の世から消えゆく身なのだ。
ということをなんとなく実感はしているけれど、
どこか他人事に考えているもう一人の私がいることも事実です。

もがいてもあがいても、誰の身にもやがては訪れる死。
だが、その死が目の前に迫って来なければ、
その気持ちは例え家族であろうとも理解はできないと思います。


人体の神経については隅々までを知り尽くしているであろう、
神経学者のオリバー・サックス氏の
迫り来る死を前にしての気持ちを端的に現した記事を読んで、
私の人生の最終段階には、こんな風に思考を持っていけるだろうか?
と考えてしまいました。

此の世で何かを成し遂げたこともなく、今後も成し遂げることもなく、
やり残した研究の続きをせねば!のごとき仕事も欲も探究心ない。
何もない分、此の世への心残りも少ないはず。
と主観のみで自分自身を納得させていますが、
それでも、折に触れてときどき読み返しながら、
「人が死ぬとき、その代わりとなれる人はどこにもいない。
人が残した穴を誰かが埋めることはできないのである。
無駄なことをする時間はない。
心を向けるべきは自分自身であり、仕事であり、友人たちである。」

の言葉を、自身に何度も何度も言い聞かせたいと思います。

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テーマ : 備忘録的なもの ジャンル : 日記

tag : メメント・モリ オリバー・サックス

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Re: タイトルなし
たかのさん。こんにちは。(^-^)
なるべくなら無駄な時間を過ごしたくないと思いつつも、なかなか予定通りにはいかないものですね・・。
哀しいかな、それも私のような凡人の人生なのでしょう。
それよりも、良書である野本三吉さん著『生きること、それがぼくの仕事~沖縄・暮らしのノート』を教えていただきありがとうございます。私は本はまとめ買いなので、早速、購入リストに入れさせていただきました。
では。(o・・o)/
nasuyoさん、素晴らしい言葉を教えてくださり 聞かせてくださりありがとうございます。
本当にそうですね。
無駄な時間はこれまでもこれからもないのですよね。


今読んでいる本、野本三吉さん著『生きること、それがぼくの仕事~沖縄・暮らしのノート』ですが、野本さんのラジオからの生の声を聴いて その人柄にとても惹かれたことがきっかけで本を手に取りました。
アベシンゾーさんに読んでいただきたい☆
特に「子どもといのち」の章を。

私の10年くらい先を歩かれているnasuyoさんの声は私に考える時をくださいます。
ありがとうございますm(_ _)m

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Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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