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仏陀や親鸞から学ぶ究極のマイナス思考からの出発
「3.11」から、早や25日が経った。
未だに大なり小なりの余震が続くが、
TVメディアでは被災された方々の美談や
避難所での苦労話を取り上げる比重が増えた。
それに、見るに堪えないばかばかしいバラエティ番組も復活した。

我が町は夜景と建物内が少しばかり薄暗いことと、
一部の食品についてはおひとりさま一個限りと表記された
限定販売商品もあるが、
それ以外ではスーパーにはまたモノが溢れ、
再び震災前と同じ日常が戻りつつある。

TVのニュースを見なければ、ラジオのニュースを聴かなければ、
そして、新聞を読まなければ・・・
何事もなかったかのように季節は巡り、暖かな春に向かう静かで平穏な時が流れ、
ちらほら咲き始めた桜を話題にしながら、平和そうな顔つきの家族連れが、
ファストフード店でハンバーガーをパク付く愉しそうな光景も目の前にある。

そして、選挙カーも走り回り、誰に遠慮するでもなく、
ウグイス嬢が候補者名を連呼している。





3日ほど前、台所に居た私は夫が見ている居間のTVから漏れ聞こえてきた、
悲鳴に近いヒステリックな響きが籠もった音声に胸を突かれた。
その声の主は、原発城下町から都内の避難所に避難してきた若い女性らしかった。

「私たちは今まで東京に電力を供給しているということに、
誇りと自負心さえ持っていました。
それが今、東京の人たちは私たちのことには無関心で
何もしてくれません。私はなにも悪いことはしていないのに、
あまりにもひどい仕打ちだと思います。」

フーテンの寅さんじゃないけれど、
「それを言っちゃあおしまいよ。」とも思ったが、

ストレスが溜まりに溜まり、
避難所暮らしはもう限界?らしい彼女に同情はするし、
もちろん出来る限りの救済や補償の手を差し伸べるべきだが、
最も責めるべき対象は原発を推進してきた原発利権派の政治家と官僚と財界と、
東京電力という独占企業のずさんな原発危機管理体制と隠蔽体質ではないのか。
それと・・交付金による恩恵と町民の原発関連雇用は別にしても、
フクシマに原発誘致を許可した当時の知事と町の議会と、
その議員を選んだ有権者たちも含まれるのではないか・・
とチラと思った。
(中には反原発を貫きつつも原発の町に住まざるを得なかった人もいるが。)

原発事故で一躍世界に名を知られた「フクシマ」・・
そして、未だ暗闇でモグラ叩きをしているかのような福島第一原発事故現場。
追い打ちをかける理不尽な風評被害と共に何もかも失い、
未来への一筋の光明さえ見出されずに、
日々途方に暮れながら原発難民と化した避難所暮らしの人々の群れ・・。


そんな中、

今朝の新聞で「都知事選、石原氏優勢 追う東国原・渡辺氏 情勢調査」の記事を見た。

石原氏は2010年4月30日のテレビ東京の番組で、
「本当に東京湾に原発を造ってもいいと僕は思っている。」
との発言をしている。


それでもなお・・・

公の場で上記のような発言する人が都知事選で優勢であるという
現時点での事実があるにも関わらず、
東京に住む私の友人は、「原発は怖いから絶対にいらない。」
と言いながら、毎回石原都知事に投票していると言う。
私には友人の意識に不思議感が漂いこそすれ、
民主主義の原則には抗えない空虚さを想う・・。


石原氏に投票しない人も大勢いるということも判るけど・・
この平凡な東京都民である友人の不条理感に満ちた意識の厳然たる事実を、
上記の原発難民女性はどう受け止めるのだろうか?




我が県も公明党に民主、自民(三党とも原発推進姿勢を表明)が
県組織での推薦とはいえ、
事実上相乗りした知事候補者が優勢であるそうな・・・。
きっと、10日の夜には「その候補者が知事になりましたとさ。」
の結果になることは確実。
なんだか、結果が見えている選挙に行くのがバカバカしくなってきたが、
無名の下々の民の私に唯一与えられた一票という権利を無駄に捨てはしない。


結局、震災前も震災後も何も変わらず、都合の悪いことは見て見ぬ振りをして、
善人でありたい無辜の民は搾取され続け、老いては福祉予算は削られ、消費税は上がり、
災害、事故、寿命、もしくは放射性物質の影響でガンを発症して一生を終えるのだろう・・。

だけど、必ずや歴史に記録されるであろう、
約20年~30年と言われている福島第一原発の廃炉が完了するのを見届けたいので、
どうしても長生きしたいものである。

今私は○○歳・・・
病弱なので30年後は無理かもしれないけど、
あらま・・・運次第では20年後なら余裕じゃん・・。(^^♪









いまなお・・・上記の原発難民の彼女の声が耳の奥に残っている。

人は苦境に立たされたとき、その状況が全てであると思ってしまうこともある。
ましてや、目の前に一筋の灯りさえも見えなければ・・・。

誰かを怨みたければ怨み、泣きたければ泣き、
辛ければ辛い!と声を大にして言えばいいと思う。

そして、怨み疲れ、泣き疲れたそのあとは・・・・・

私には今現在、もがいても、あがいても
「がんばりようのない苦境にいる人々」に対して、
歯の浮くような「がんばれ」メッセージは言えないが、
五木寛之氏の「大河の一滴」の表題広告から引用した
次の言葉を思ってはどうだろうか。

ここでは、仏陀や親鸞を宗教家として見るのではなく、
偉大な思想家として捉えています。


なんとか前向きに生きたいと思う。

しかし、プラス思考はそう続かない。

頑張ることにはもう疲れてしまった―。

いまこそ、人生は苦しみと絶望の連続だと、

あきらめることからはじめよう。

傷みや苦痛を敵視して闘うのはよそう。

ブッダも親鸞も、究極のマイナス思考から出発したのだ。

人生は苦しみと絶望の連続だ。

その覚悟が定まったとき、

真の希望と生きる喜びが訪れてくる。

110405ri
混沌を浮き沈みする葦船もいつかは浮かびぬ蒼穹の許に
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

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(非公開コメント受付不可)

Re: こんにちは!
おばちま様。こんにちは。
ゼロからの出発よりもマイナスからの出発のほうが
達成したときの喜びは大きいと思っています。

膨大な時間がかかるとは思いますが、
必ずや復興は成し遂げられると信じています。v-252
こんにちは!
同感!と思うとともに、
更に何ともすっきり素晴らしいお写真にも惹かれます。
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プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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