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なぜ現代人が「悪魔祓い」を求めるのか?
1970年代に大ヒットした、悪魔に取り憑かれて首が360度回ったり、ブリッジしたりする少女と
キリスト教の神父との壮絶な戦いを描いたオカルト映画「エクソシスト」。
今そのエクソシストの養成をカトリックの総本山であるヴァチカンが急いでいるそうである

P65~67
なぜ、この世から難病はなくならず、なぜ、生命力にあふれた子どもが犠牲になるのか。

なぜ、この世から戦争が消えず、なぜ、無辜の市民が毎日のように殺されるのか。

なぜ、生んだわが子を虐待死させる親がいるのか。

なぜ、津波や地震で多くの人が一瞬にして命を失うのか。

なぜ、無差別に殺人を犯す人がいるのか。なぜ、暴力は消えないのか。

なぜ、世の中にはたくさんの人間がいるというのに、災難は自分に降りかかったのか。

なぜ、こうも眠れない日々が続くのか。



どんな人でも、長い人生で一度は、心の中で発する疑問だろう。
これらの「不条理な悲劇に意味はあるのか」という、
『ヨブ記』とまったく同じ禅問答の回答を得るためには、
「この世とは光と闇の勢力の戦いである」と説く二元論的な信仰を根拠とするほうが、
はるかに容易だ。しかし、キリスト教の教義はあくまで、唯一の神が世界を支配していると説く。
神は全能であり、いつも善なることを望んでいる、と。
長い歴史のなかでいつも、
キリスト教は善悪の闘争で世界を説明しようとする二元論に抗(あらが)う必要があった。
そのために、悪魔は存在し続けた。
つまり、人間が道理に合わない不幸に納得するための理由として、
人類の普遍的な疑問への回答として、悪魔は存在する必要があった。
人々が不安に心を揺さぶられ、「なぜ」という疑問符を発するたびに、
悪魔はその輪郭を与えられてきたのである。

P185
日本人にとっては意外に思えるが、実はイタリアには精神病院はない。
正確にいえば、法律に基づいて消えつつある。
この場合の精神病院とは、精神疾患のある患者の治療・保護を専門に行う、
隔離病棟を含む入院施設をもった病院のことだ。
イタリアで精神病院を禁止する法律が制定されたのは1978年。
制定の理由は、精神病院が非人間的な環境であり、
治療よりむしろ病状の悪化を引き起こし、
さらには社会福祉予算を当て込んだ不正運営の温床となるというものだった。

P201~202
心に病を抱える人にとって、心理学者のもとへ通うことは、
あたかも自分が普通の人間ではないと宣告されるようなものだと教授は分析する。
世間のそんな偏見が患者たちには何よりつらいことで、
エクソシストに「悪魔が憑依していますよ」と言われたほうがずっと気が楽なのだという。
なぜなら、悪魔が憑いていると告げられた瞬間に、
彼らの病は文化的に記録が残っているカテゴリーに分類されるからだ。
悪魔は集団で共有する問題であり、もはや個の過失や弱さではなくなる。
また、聖書が描いたキリストや聖人たちがそうであったように、
キリスト教では悪魔に苛まれることを魂の浄化のための試練だと考える者もいる。
「悪魔憑き」と呼ばれたその瞬間から、
彼らの苦しみは「選ばれた人」たる意義をキリスト教文化のなかでもち始めるのである。



精神のバランスを失った人々に「偏見の入り込まない聖域」を保証し、彼らの苦しみに共同体に
認められるような、何らかの意義を与えること。エクソシズムの効果を、タミーノ教授はそう表現した。




日本には、文化庁の発表によれば、法律で認可されている宗教法人の数は18万を軽く上回り、
神道や仏教の系列下にない宗教法人が年間に平均して100法人ほど新たに生まれ続けているそうである。
どうも、日本は教祖様で溢れているらしい・・。

日本では癒しを求めてのスピリチュアルがブームとなっている。
有り余るほどの物に囲まれていても、それでも満足できずに、
魂のレベルでの癒しまで求め、
自称霊能者、自称ヒーラーにその辺に転がってる石ころを、
御利益のあるヒーリンググッズとして高額で買わされ、
日々崇め奉り、感謝!感謝!を口にしている人も多いらしい。

それだけ、癒しを求める人が多いということだろうが、
自称、神の啓示を授かった者の霊的存在の力にすがる人々の多いことに唖然としつつも、
あまりにも神から啓示を受けたと公言する人が多いことにもなかなか納得がいかない。

ちなみに、ヴァチカン認定の本物のエクソシスト
スピリチュアルカウンセラーも兼務しているが、料金は一円もかからない。

目に見えない世界を全て否定する気はないし、
肉体の苦痛に苛まれ、藁にもすがりたい気持ちも否定はしないけれど、
日本に数多いる霊能力者の手当治療や遠隔ヒーリングで病気が治った、
もしくは楽になれたと思えるのなら、それはそれで結構なのだが、
小さな奇跡を起こせる人として、なぜ口コミで有名にならないのだろう?

私の古い知り合いにも「神の声が聴こえる!」と言っていた人がいた。
後にこの人は統合失調症と診断されたと風の便りで聞いたが、
神の声が聴こえること以外はフツーなので、危ういバランスを保ちながら
今もフツーに暮らしているらしい。
この人の場合の神の声は病気に因る幻覚、妄想であったと思われるが、
このブログにも、「神の声が聴こえるらしい自称救世主」から、
訳のわからない笑えるコメントが来ていた。
好奇心でそのサイトを覗いてみたら、
各種難病及びその他の処置一覧表(税別)に「精神分裂症(統合失調症) 300万円 」
「心筋梗塞(各種心臓病も含む) 800万円」etc.................... と出ていた。
この自称救世主は、人様の病気は治せても、自分の病気は治せないらしい。

朴念仁の私には厳かな神の声は聴こえないが、
加齢に因る更年期症状の耳鳴りはときどき聴こえる。
どういう資格や感性があって初めて神の啓示を受けられるのだろうか?
できるならば、私も耳鳴りよりも神の声を聴いてみたいものである。
精神の病気ではなしに・・・。

君があると言うのならあるのでしょうコンテンツなき神の姿も
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Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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