*All archives* |  *Admin*

「無常教」という宗教に生きる日本人
先日、切り取っておいた、漫画家・いがらしみきお氏の「許して前を向く日本人
副題・・大震災で見た「神様のない宗教」(2011.6.7asahi)をじっくりと読んでみた。
IMG_r
鰯の頭も信心から・・。
と言われているように、何かを神に例えてそれを神と崇め、信じるのはそれぞれの自由ではあるが・・
信仰心の欠片もない私。ゆるゆるにボケた頭ではあるけれど、
私も「神様のない宗教」について考えてみた。

3.11の大地震による大津波、そのことは大規模な自然現象の一端であり、
多くの人の命を奪っていったことも、多くの家々が倒壊したことも、神の意思によるものではない。

日本人は農耕民族であるがゆえに、
古来より浪々と崇拝し続けてきた神の概念(超自然的な存在への畏敬の念)が存在する。
各地で行われる春祭り、夏祭り、秋祭りという行事があるが、
Wikipediaに因ると、「まつり」は、超自然的存在への様式化された行為である。
祈願、感謝、謝罪、崇敬、帰依、服従の意思を伝え、意義を確認するために行われた。
とある。

日本では、時の為政者の思惑で形を変え、
また都合よく歪められた宗教(ほとんどが仏教の各宗派)が強引に創られ、
平民は強制的に檀家制度に組み入れられた。そのなごりは今も根強く残っていて、
檀家でもないのに葬儀と言えば仏式で執り行われることが多い。



中世のカトリック異端審判所の記述などを読むと、
カトリック教徒でもカトリックの教理と少しでも違うことを唱えれば、
魔女狩りに代表されるように、即、火あぶり等の公開処刑になったそうである。
日本侵略の為のスパイ兼布教者として送り込まれた宣教師も、
隠れキリシタンと呼ばれる人々の布教成功のみで、その活動は終わりを告げた。

絶対的な創造主という概念が存在していない日本では、絶対主の観念は受け入れ難く、
そのことを上手く利用した徳川幕府(異教徒は残酷な宗教だと知っていた)により、
日本にとっては残酷極まりない異教徒キリスト教の侵入を鎖国と言う制度で水際で食い止めたのである。
結局、日本には各宗派に枝分かれした仏教以外の唯一神を崇める異教徒は根付かなかった。
それゆえ、絶対神に対する畏怖の念は存在せず、八百万の神という、収拾の付かないほどの神様が溢れ、
そのときの都合に因って、単なる気休めとして神を使い分けをしている。


それに、日本には新興宗教の信者は別にして、
キリスト教原理主義者やイスラム教原理主義者のような過激で狂信的な仏教原理主義者
存在することはするが、表に出てくることは先ずない。
アメリカではキリスト教原理主義者たちが、子供を学校にも行かさないで、
ジーザス・キャンプなるところに押し込んで、
進化論を否定し、リーダーと呼ばれる人たちが、
自分たちに都合よく歪めた絶対主の教えのみを叩きこみ洗脳し、
大統領選までもが福音派と言われる人々に左右されるという現実がある。


キリスト教とイスラム教間の宗教戦争に名を借りた聖戦で、
権力欲にしがみ付く者と拝金主義者たちの、神を利用した行為で、
今まで数多の人々がが犠牲になったのか私には見当もつかない。
愚かな人間がジャスティス(実は自国のエネルギー資源確保の為の方便)を振りかざすには、
絶対神の存在とは、為政者にはなんとも都合のいい神様なのだろう。

そこには民を思い、不朽の愛を公平に与える絶対神など、どこにも存在しない。

神に化けたルシファー(サタンに魂を売ったことさえ気づかない邪悪な人間)の群れが、
善良な指導者の仮面を被り、甘事を囁きながら、民を苦しめてその苦痛を見て快楽を覚えながら、
偉大なる指導者として君臨している。
無辜の民は、善良であることを自負しているがために、
それらの人々の甘事を信じて、また騙されていても、
そのテクニックの裏に隠された事実や巧妙さに気づくことはなく、
そしてまた民主主義という餌に食らいつき、再び同じことを繰り返す。

日本には絶対主の存在は無きに等しいが、
日本に於いては、別な形で同じことが行われている。




ずいぶん話が逸れちゃったけど・・(^_^.)



交通事故や犯罪に巻き込まれたのならいざ知らず、自然災害死では怨んでも怒っても、
相手が応えてくれるわけでもなし・・それに壮大過ぎて怨みの対象としても歯が立たない。
災害死では、今は悲しくても辛くても、
自分が向き合ってしまった現実と折り合いを付けるしかないという、
日本人独特の無常感を心の拠り所にして、
逆境にあっても前を向いて生きる姿勢が芽生えてくるのだろう・・。

そこには絶対唯一の神の存在は影も形も見えず、
かけがえのない人々失ってしまった喪失の区切りと供養としての
宗派を超えた仏教の宗教者による祈り(経文)で死者に別れを告げるシーンしか見えてこない。
普段は敬虔な仏教徒でないにも関わらず・・・。

震災でかけがえのない人々を失くした方々は生涯に渡って喪失感を抱えて生きてゆくのだろうが、
それでも、人と人との繋がりにおいては、自責の念は覚えても神を特定して恨むことはしない。
日本人は意識の底に連綿と受け継がれてきた
無常教という宗教」に生きる民族ではないのか・・と思った。
神などというものは初めから存在しないということを既に知っていたかのように・・。
110625r
神様が居るが居まいが人間は人を赦して人として生く
関連記事

にほんブログ村 シニア日記ブログ 女性シニアへ



テーマ : ひとりごと ジャンル : 日記

tag : 許して前を向く日本人 神様のない宗教 無常教という宗教 カトリック異端審判所 魔女狩り スパイ兼布教者 宣教師 隠れキリシタン ジーザス・キャンプ 仏教原理主義者

Secret
(非公開コメント受付不可)

検索フォーム
人気ブログランキング
にほんブログ村
福島は今...
プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
最新の世迷言
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
RSSリンクの表示
お気に入りブログ
ブロとも申請フォーム
読書メモⅠ
商品紹介
Twitter
読書メモⅡ
永遠の世界への旅立ちグッズ