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尊厳死宣言書
livingwill
誰も皆、自分が死ぬことなどは考えたくはない。
昔から死は忌み嫌われるものであり、死の話題には顔を背け、
今でも現実の死は社会からは覆い隠されている。
しかし、死と生は表裏一体。
「生を追及すれば死に至り、死を追及すれば生に至る」
ものなのである。

死の概念に対する男女差もある。
個人差もあるだろうが、
一般的に男性は死を直視し過ぎの傾向が強いのだろうか?
なるべくなら目を背けようとする気持が大きいように思う。

我が夫も、「自分が死ぬときのことなんか考えたくもない・・
死んだ後のことは君が好きなように勝手にやってくれ。」と言う。
だが、私が先に死ぬ場合、夫に好き勝手にはして欲しくない。
特にターミナルケアに於いては・・・。



女性は平気で自分の死に対する思いも、
パートナーの死の瞬間の様子も他人様の死も平気で話をする傾向にあるように思える。

若くしてご主人様(当時40代)を亡くされた友人がいる。
ご主人様の突然の発症(脳血管の病気)から死に至るまでの3日間、
彼女には成す術もなく、ただ右往左往するのみだったと言う。

救急車で病院に運ばれて3日目、延命用のチューブに繋がれ、
なんとか心臓は動いてはいたが、回復の見込みは皆無であり、
「ご主人様は既に脳死状態です。このまま延命を続けますか?費用もかかりますが・・?」
と担当医に訊ねられたそうである。

まだ手のかかる子供が3人もいる。
脳死状態の夫にかかりきりになるわけにもいかない・・。
迷いに迷った末に彼女はチューブを外すことに同意したそうである。

その時の決断が正しかったのか?間違っていたのか?と、
葬儀の後に悩んだ時期もあったが、
夢枕にご主人様が立ち、
「強く生きよ!子供を頼む!」と言われたと言う。
「突然の主人の死でパニックになっていて幻覚を見たのかもしれないわね・・。」
と苦笑していたが、今はあの決断で良かったのだと確信していると言う。


私は4日前に終末期医療の宣言書をここに載せた。
私自身は既に死亡適齢期に入っているばーさんであるが、
誰もいない場所でポックリ死でもしない限りは、病院で最期の日を迎えることになる。
もし、そこで脳死状態になったときに、延命措置のことで迷う家族も出てくるかもしれない。

早く楽にしてあげたい・・と思う家族や、
脳死状態でも良いから、
自ら息絶えるまでそこに存在していて欲しいと思う家族が出てくるかもしれない。
(いるかな?そんな家族・・
それでも、
そこで家族が悩まなくても済むように、
「本人が強く望んでいたことなのだから、同意しよう!」
と、決断の助けになるように、
終末期医療の宣言書と内容が似通ってはいるが、
更にリビング・ウィル(尊厳死宣言書)で念押しをして置こうと思う。

今というこのありふれたかけがえのない日々をより楽しく生きるために・・

101125r
あまた在る罪の懺悔をせぬままに罪人(つみびと)として生まれ変わらむ  
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テーマ : 「生きている」ということ ジャンル : 心と身体

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Re: NoTitle
ゆたんぽさん。こんにちは。
パラグアイはカトリックの国なのですか・・?
地理にも世界史にも疎いので海外の文化や宗教のことに付いては
よくわかりませんが、聖書は好きでよく読んでいます。
ではまた。(@^^)/~~~

NoTitle
終末期医療の要望書とともに 参考にさせていただきます。
いつも夫婦で話し合っていたこと、やはり形にすることは大事でしょうから。ここはカトリックの国、手ごわいです。
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プロフィール
Author:千風
気が付けば、シニア.........。 老眼鏡無しには新聞も本も読めず、 体の各部位が少しづつ、 壊れゆく 今日この頃、 この世での 残り時間を思うと、気持ちだけはアセアセ、ジタバタ、 ドタバタ。 心に反比例して 体の動きは うだうだ、だらだら、 とろとろ、のんべんだらりん、だらだらりん・・ついでに座布団に つまづいて すってんころりん。 ころころりん・・。 そんな明日をも知れぬ シニア女が老いと死の狭間で 揺れ動く、 切なくも哀しい乙女心。 じゃなかった・・(^_^;) 「お婆心?」を 時には超真面目に、 また或る時はユーモラスに、 独断と偏見思考で綴っています。
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